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エピローグ

 急に視界が暗転した。


 命が尽きたと思っていた杉山花恋は、「やめろ!なんてことを……」と、誰かが叫ぶ声で目が覚めた。

 生きている、ということだろうか?と、辺りを見回すと、薄暗い部屋の中に、壊れたゲーム機があった。

 そして、すでに壊れていそうなゲーム機に向かって金属バットを振りかぶる女医と、女医の足にすがりつく姫宮医師が見えた。

 どうやら、間一髪のところで、この女医がゲーム機を破壊してくれたおかげで、杉山花恋は助かったようだ。

 先程の視界の暗転は、杉山花恋の命が尽きたわけではなく、ゲーム機の故障のためのようだ。

 女医は、杉山花恋と目が合うと、振り上げていたバットを下ろして、「だいぶ苦しそうにしてたけど、大丈夫?」と駆け寄ってきた。

 姫宮医師は壊れたゲーム機を見て項垂れている。

 杉山花恋が頷くと、女医は杉山花恋の様子を見て、脈を測って、「よさそうね!」と、微笑んだ。

「あ!ササミさん……」と、杉山花恋が言うと、「あっちの世界で『ササミ』って名乗ってたわね。本名は笹岡翠(ささおかみどり)なの」と、さわやかに言った笹岡医師は、「じゃあ、姫宮さんの様子も診てくるね」と、隠し扉から出ていった。

 正しくは、隠し扉だったところから出ていった。

 隠し扉があった場所は大きな穴が開いていた。

 そして、たくさんの野次馬が穴の外から中を覗いていた。

 ヤバい、なんか目立ってる……。

 杉山花恋が、気配を消してその場を去ろうとした時、「そうだ!香蓮!」と、項垂れていた姫宮医師が立ち上がって慌てて隠し扉だったところから出ていった。

 隠し部屋を覗き込む視線がだいぶ少なくなり、気配を消しながら杉山花恋が動き出そうとしたその時、姫宮香蓮の病室の方から、姫宮医師の悲痛な叫び声が聞こえた。

 気配を消してそっと様子を見に行くと、脳波の波形が平坦になっている、と、姫宮医師が騒いでいた。

 確かに脳波のモニターの波形は出ていない。

 人工呼吸器なしで自力で呼吸している姫宮香蓮の脳波が平坦になるのは考えにくいなと、考えながら、杉山花恋は、脳波のモニターを注意深く観察した。

 そして、モニターから出ているケーブルの接続部が外れていることに気づき、そっと差し直した。

「姫宮先生、接続が外れていただけです」と、姫宮医師に小さな声で囁くと、その場を離れた。

 そして、歓喜の叫び声をあげる姫宮医師を尻目に、杉山花恋は、野次馬の人だかりの間を縫うようにして、抜け出した。

 その直後「ちょっとごめんね!私、ここの壁に穴をあけたことを病院長に詫びなきゃならないから!」と、人だかりの間を通って、笹岡医師が出てきた。

 その壁の穴のおかげで助けられた杉山花恋は、何か、笹岡医師の役に立てたらと思い、「私も行きます」と、人だかりを抜けてきた笹岡医師に声をかけた。

「あ、ここにいたんだ!一緒に来てくれるのはすごく心強いけど、体調は大丈夫?」と、笹岡医師が尋ねてきたので、「体調は、大丈夫です」と、杉山花恋は答えた。


 杉山花恋が勤務しているのは結構規模の大きい大学病院だったので、普通に一職員として勤務するうえでは、めったに病院長室に行く機会などなかった。

 それにもかかわらず、笹岡医師は、迷いない足取りで、病院長室を目指していた。

 その道すがら、杉山花恋は、どのようにして、笹岡医師があの隠し部屋にたどり着いたのかを聞いていた。

 どうやら、昼に、食堂で杉山花恋が姫宮医師と会話していた内容が、笹岡医師に聞こえていたようだ。

 そして、終業後に杉山花恋が集中治療室に向かうのを見かけて後をつけたらしい。

 笹岡医師は、杉山花恋が、隠し扉の中に入っていく様子は見たが、隠し扉の開け方がわからず、試してみたものの開けられなかったので、仕方なく、壁を壊すことにしたらしい。

 そして、そこで、苦しむ杉山花恋と、オロオロする姫宮医師を見つけ、昼間に聞いていた会話を思い出した笹岡医師は迷いなく、ゲーム機を破壊したそうだ。

 あちらの世界でのギヤ(カラニーナ)の状況的に、笹岡医師の動きがあと少しでも遅かったり、どこかのタイミングで躊躇ったりしていたら、ギヤ(カラニーナ)も、杉山花恋も命はなかったように思う。

 命を救ってもらった恩に報いるべく、笹岡医師に有利になるようにちゃんと証言しよう。

 杉山花恋が決意を新たにしたところで、病院長室と書かれた看板が見えた。

 扉の前に来た笹岡医師が扉をノックしたが、誰かが話している声は聞こえるものの反応がない。

 むしろ、病院長室の中がざわざわしているように聞こえた。

 笹岡医師が、そっと扉を開けると、中に数人の人がいた。

「とりあえず、警察に連絡を……」と、病院長が誰かに指示を出していた。

「あの、ICUの壁の破壊の件については、犯人は私なんですけど……」と、笹岡医師が、扉からひょっこり顔を出して言うと「へっ?ICUの壁?翠先生何したの?って、今それどころじゃないんだって!」と、病院長は集中治療室の壁が破壊されたことなど意にも介さずに、各所に指示を出して慌てていた。


 結局、邪魔だから、と、二人は病院長室から追い出された。

「翠先生!」と、部屋から出てきた二人のところに、冴えない男性が駆け寄ってきた。

 そして、流れるように、杉山花恋に「翠先生が、大変申し訳ありませんでした」と、スライディング土下座をして詫びると、笹岡医師を連れて去って行った。

 一人取り残された杉山花恋も、自宅に帰ることにした。

 病院の建物から自宅に一番近い出口から出た杉山花恋は建物を見上げた。

 そういえば、この建物の上階に、集中治療室があったな、と、杉山花恋はふと思うと、自宅に向かって、歩みを進めた。

 自宅アパートは、道路一つ挟んで病院の向かいにある。

 杉山花恋は、道路を渡って、再び、病院振り返った。

 そして、集中治療室が入っている建物には、救急車が入ったらすぐに入れるように道路に一番近いところにあり、同じ建物に、救急外来と、手術室と、集中治療室が、入っている。

 病棟に入院している患者もあのゲームの世界にいたのであれば、病院の敷地の半分くらいは、ゲームが干渉している範囲内にいたのだろう、と、考えた杉山花恋は、ふと、思うところがあって地図アプリを見た。

 同じ距離感で、ゲームが干渉するとしたら、このアパートも、思いっきり干渉する範囲内だな、と、杉山花恋が考えていると、「そんなに俺が待ち遠しかったか?」と、声をかけられた。

 振り返るとそこに白石がいた。

 金曜日の朝に目覚めて以降、杉山花恋は、白石と顔を合わせていなかったため、夢の中でゲームの世界の中に入ってしまうからくりに気づいたことすら知らせていなかったことに、杉山花恋は気づいた。

 そして、全部説明するのはめんどくさいな、と、思った。

 杉山花恋は簡潔に、夢の中でゲームの世界に入る現象のからくりが判明し、その原因が破壊されたので、もう今晩からその夢は見ないであろうことと、きっと目覚める姫宮香蓮は、あの世界で一生懸命頑張っていたので、落ち込んでいるかもしれないから、こちらの世界でもあちらの世界でも面識のある白石が励まし支えたほうが良いと伝えて、何か言いたげな白石を残して帰宅した。

 余計な会話をしたくないと思う程度には杉山花恋は今日一日で疲れ果てていた。

 帰宅した杉山花恋は、泥のように眠りこけた。

 案の定、夢の中にあのゲームの世界が出てくることはなかった。


 翌朝、テレビをつけるとニュースで、四条幸常(執事長)が逮捕されたと出ていた。

 どうやら、入院中のVIP病棟で婦女暴行未遂をした容疑で逮捕されたらしい。

 それで、病院長は、あの時あんなに忙しそうだったのか、と、杉山花恋は納得した。

 しかも、さすが、大学病院のVIP病棟に入院するだけあって、大会社の社長だったらしく、今までにもみ消したり有耶無耶にして逃げおおせていた案件などが蒸し返され、さらに、余罪もどんどん出てきて、叩けば埃が出まくる状態らしい。

 だが、日常生活に戻った杉山花恋は知ることはなかった。

 実は、()()()()VIP病棟の改修工事があって、VIP病棟の廊下が夜になると()()にも、あのゲームのポラン(英語で花粉)公爵邸の廊下にそっくりになっていたこと。

 そして、()()()()その日の四条幸常(執事長)の隣の部屋が、元・哺乳類最強女子と言われたレスリング女子世界チャンピオンの美女が検査入院しており、さらに哺乳類最強女子と言われている現在のレスリング女子世界チャンピオンの美女が付き添うという、ビジュアルも強さも最強布陣の隣室であったことを。

 ついでに、その日()()()()VIP病棟の看護師の休みが多かったために、()()()()他病棟の指折りの屈強な看護師たちが夜勤に入っていたことを。

 そして、いつもなら、金の力で、もみ消していたはずの案件だったのだが、病院長が、事件の連絡を受けた時に、()()()()病院長室にメディアが取材に来ていて、すぐさま事実を報道したうえに、()()()()いつも、四条幸常(執事長)の犯罪をもみ消していた四条幸常(執事長)の父親で大会社の会長である男が、業務提携を結ぼうとしていた、もっと大会社の会長から、「犯罪をもみ消すような会社とは業務提携できない」と言われて、今回はもみ消せなかったらしいことを。


 何も知らない杉山花恋は、日常生活を取り戻していた。

 だが、あの世界は崩壊したにもかかわらずギヤ(カラニーナ)の呪いは解けなかったらしく、姫宮医師も、白石も、未だに花粉症に悩まされているらしい。

 杉山花恋は、ふと、そういえば、カラニーナ時代のあの処遇は、思い返せば、『執事長』の仕業だったのだな、と、思い起こした。

 一発殴ろうと思っていたのに、殴ることすらかなわなかった。

 実際は、『執事長』が逮捕されるときに、一発殴るよりもだいぶ痛い目に遭っていたことは、杉山花恋は知らない。

 せめて、あの世界にいるときに、呪っておけばよかった、杉山花恋は考えた。

 既に、ギヤ(カラニーナ)の頃の呪いなど存在しないから、意味がないなと思っていた杉山花恋には知る由もなかった。

 ちょうどその時、四条幸常(執事長)が、花粉症を発症したことを。


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