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深窓の令嬢と虚像

 ここは、シードァ(英語で杉)神聖国。

 神聖国と呼ばれる所以は、国の中央に生えた巨大な聖樹()が由来と言われている。

 聖樹()はいつ何時でも国中に祝福(花粉)を与えていて、それが、粉雪のように舞う様は、大変幻想的(花粉症にとっては地獄)である。

 国の中央にある聖樹()のそばにたたずむ城に住まわれている国王に次いで神聖な立場にあるのはポラン(英語で花粉)公爵である。

 ポラン(英語で花粉)公爵は、国内での発言力もさることながら、帝国との国境に位置するポラン(英語で花粉)公爵領には多くの聖樹()が群生しており、ここもまた、祝福(花粉)が常に舞う、神聖な土地(花粉症には地獄)と言われている。

 そして、ポラン公爵の一人娘は、原因不明の病(花粉症)にかかってしまい、公爵領の屋敷で静養している。

 娘の(花粉症)を、聖樹()祝福(花粉)が癒してくれることを信じて……。


 その娘と言うのは前世、現代日本で恐らく花粉症で死亡したらしい杉山花恋(すぎやまかれん)である。

 そして、今世のカラニーナの原因不明の病とやらも、恐らく花粉症である。 

 生まれ変わっても花粉症であるだけでなく、静養地がこの世の地獄という環境である。

 花粉症以外は何の不調もなさそうだが、花粉症がひどすぎて、他の不調がないかどうかもよくわからないが、ずっとベッドで寝ていただけの体は、自分の力で満足に起き上がることすらできない。

 ハイテクなベッドのおかげで、上体を起こすのはサポートしてもらえるが、そのせいで、筋肉はすべてやせ衰えてしまっていた。

 まずは少しでも、動けるようにならなければ……。

 カラニーナはちらりと窓に視線を向けた。

 屋敷の周りの警戒を強化したのか、見回りしていないと確認したのかはわからないが、またしても窓は全開になっていた。

 無知な現地人にとっては祝福(花粉)を浴びることこそが正義のようだが、謎の病の正体が花粉症だと知っているカラニーナにとっては地獄の光景だ。

 いつ窓を開けられても、己の力で窓を閉められるようになりたいと、カラニーナは切に願っていた。


 何とか体を動かし始めたものの、筋肉がほとんどついていないカラニーナの体は想像よりはるかに動くことができないだけでなく、わずかに力を入れただけなのに、既に全身筋肉痛である。

 だが、カラニーナは朝食と夕食の時間以外、とにかく退屈だ。

 筋肉痛にめげずに少しずつ体を動かしていくことを幾日か続けた後、カラニーナは自分で起きられるようになった。

 だが、カラニーナのベッドが高性能過ぎて、起き上がる筋力がなかった時代からベッドの性能で起き上がることが出来ていたため、自力で起きられても、起き上がった姿に変化がなかったため、もちろん侍女は無反応だ。

 カラニーナが起き上がれるようになったことは気づかれることなく過ごしているため、当然のことながら、食事内容が豪華になることはなく、食事回数も増えることはなかった。

 そんな中で、密かに筋トレなど始めたものだから、カラニーナはエネルギー切れと疲労で食事を運ばれてくる時間帯に眠りこけていることも多くなった。

 蛮族対策で大きな声や物音を出せない侍女は、眠っているカラニーナを起こすことはせず、食事の入ったトレイを置き、空になった食器などをもって去っていくことが増えた。


 そんな日が続き、カラニーナは滑らかに上半身を起こすことはできるようになったが、まだ、ベッドから立ち上がってみたことはなかった。

 蛮族対策が著しいこの屋敷では、わずかな物音でも使用人がすっ飛んでくるために、音が出てしまうベッドの立ち上がりサポートモードは使用できない。

 最終目標を自力で窓を閉めることに定めているカラニーナとしては、勝手に動いているところを見つかるのは非常にまずい状況であるため、失敗すれば物音が出かねない動きには慎重になっていた。

 音が出ないことに細心の注意をはらいながら、慎重に、用心深く、足を床にそっとつけるところから徐々に徐々に脚に力を入れることに慣らしていった。

 そしてとうとう、カラニーナは自力で窓際まで歩けるようになった。

 やっと!やっと、窓を閉められる!

 そう思ったその時だった。

 かすかにドアノブが回る音がした。

 普通の人間ならほとんど音がしていないと思うくらいの微かな音も、常に静けさの中にいるカラニーナは気づくことができた。

 だが、扉が開くまでの間に、ベッドに滑り込める距離ではない。

 やっと、あの忌々しい花粉(祝福)を送り込む元凶の窓を閉められると思ったのに……ここまでか。

 とは思ったものの、とりあえずカラニーナは間一髪でベッドの下に無音でスライディングした。

 ドアが開き、侍女が食事を持って入ってきた。

 きっとベッドにカラニーナがいないことに気づくだろう。

 探されてる気配を感じたら、ベッドの下から這い出て、ベッドから落ちたと言おう。

 そう思い、カラニーナは覚悟を決めて待っていたが、侍女はカラニーナを探す素振りもなく、そのまま扉が静かに閉まる音がした。

 どういうことだろうか?

 カラニーナはしばしの間思案した。

 そのまましばらく待ってみたが、侍女が探しに来る素振りは見られなかったので、カラニーナは静かにベッドの下から這い出すと、静かに窓を閉め、ベッドの方を振り返った。

 サイドテーブルにはいつものように質素な食事が置かれていた。

 そして、ベッドを見ると、奇跡的に人1人が寝ていそうな風合い感に仕上がっていた。

 そして、普段のカラニーナは花粉(祝福)対策で、頭から布団をかぶってるため、ぱっと見ではカラニーナはいつも通りに寝ているのだと感じられたのであろう。

 数刻前の自分のファインプレーにカラニーナは思わず心の中でガッツポーズをした。


 その日からカラニーナは布団をいい感じに偽装しつつ、運動がてら無音で室内を散策するようになった。

 あたかもそこに人が寝ているように布団が偽装できている分、万が一食事を運ぶタイミングにベッドに寝ていなかったとしても、バレることはない。

 扉があくまでの間に、死角に入れば何の問題もないのだ。

 散策を始めて数日して、カラニーナはふと違和感に気づいた。

 姿見にうつるカラニーナは、波打つ金髪に碧眼の美少女だ。

 だが、現在のカラニーナは根元の方が黒い。

 黒い毛が明らかに視界に入っているので、間違いはないはずだ。

 カラニーナは、杉山花恋の記憶を思い出した日に、何となく根元が黒い気がして、見たら、慌てて侍女に風呂に入らされ、その後、髪のキューティクルと引き換えに、根元が金色になっていたことを思い出した。

 あれはやはり、風呂に入るついでに髪を金髪に染められていたらしい。

 姿見に近寄って見てみても、明らかに黒い髪が、鏡越しに見ると金髪に見える。

 鏡の前の美少女の金髪は、父であるポラン公爵の金髪とそっくりだ。

 鏡に細工をしてまで、カラニーナの髪色を金髪と言うことにしたかったのだろか?

 カラニーナの面会に来るのはいつも父なので、母が黒髪説も十分あり得るはずだが、なぜ、カラニーナの髪のキューティクルを犠牲にしてまで、金髪でいさせようとするのだろうか?

 もしかしたら自分は……。

 そう考えたところで、ドアノブに手がかかった気配を感じて、カラニーナは音もなくベッドに滑り込むと布団を頭までかぶった。

 今のカラニーナの状態で侍女と顔を合わせたら再び髪を染められそうな気がする。

 折角、まだ少しマシなキューティクルで黒髪が生えてきたというのに、またキューティクルを殺されてはかなわない。


 寝たふりをしているうちに本当に寝てしまったようだ。

 そう気づいたカラニーナが空腹を覚えて目覚めた時には夜がとっぷり更けていた。

 前世の杉山花恋時代は、晩御飯を抜いた程度では目覚めなかったが、ただでさえ栄養不良のカラニーナは、極度の空腹状態になると目が覚めるため、ご飯を食べそびれることはなかった。

 いつも通りの粗末な夕食を食べたカラニーナは、そっとベッドから降りると、鏡に近づいた。

 月明かりがわずかに入る程度の状態では、鏡は、うすぼんやりと美少女の姿を映すのみだ。

 カラニーナは鏡に手を近づけた。

 鏡の向こうの美少女の手も近づく。

 カラニーナの手はずいぶんとやせ細って、骨が浮き出ていたが、鏡の向こうの美少女の手は、程よく肉がついていた。

 これもこれで、おかしい。

 カラニーナは思案した。

 黒い髪が金髪にうつり、やせ細った手も健康的に見える。

 光の屈折だけでない何かがこの鏡には働いているのだろうか?

 

 風と共に花粉(祝福)が舞い込んでくる気配を感じた。

 どうやら、今日の晩御飯を運んできた侍女は、窓を開ける派だったようだ。

 カラニーナの部屋に来る侍女は、謎の病(花粉症)がうつることがないように、日替わりだ。

 だから、窓が閉まっていても、あまり気づかずに、さっさと食事の配膳などを済ませてしまう侍女と、ご丁寧に窓を開け放つ侍女がいた。

 窓が閉まっていてもバレないためと、たとえ相手も、多少は花粉(祝福)を吸着してくれないだろうかという期待を込めて、カーテンを閉めているのだが、気づく侍女は気づいてしまうのだ。

 蛮族対策なのか、カーテンは閉まっていた。

 夕食を持ってくる侍女は、防犯のためか、蛮族のためか、今まで窓を開けて行ったことはなかった。

 珍しいこともあるものだなと思いながらも、カラニーナは、そっとカーテンを開けると、窓を閉めた。

 

 窓を閉め、そこに反射で映った自分の姿を見たカラニーナは絶句した。

 ポラン公爵邸で無音を強制されていなければ、声を出していたかもしれないほど、もしかしたら前世の記憶を思い出した時よりも、カラニーナは動揺したかもしれなかった。

 だが、無音でいることを強制された生活のおかげで、辛うじて声は出さずにいられた。

 窓に反射でうつったカラニーナの顔は、いつも鏡で見る美少女とは全く異なる、やせ細った、大して美人とも言えず、髪の毛のキューティクルも死にまくった子供であった。

 まるで前世の杉山花恋が幼く、髪の毛のキューティクルがなくなって、やせ細ったような姿だ。

 今までずっと自分だと思っていた美少女は正しい自分の姿ではなかった。

 そして、カラニーナは同時に絶望を覚えた。

 転生しても花粉症に悩まされ、どうやらネグレクトを受けているような家庭環境で、それでも、唯一見目だけは整っていると思っていた。

 だが、真実は、見目すら整っていなかった。

 世の中に、簡単に転生チートなど手に入らない現実をカラニーナは知った。

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