『世界』の真相
花粉症で意識を失った杉山花恋は、とあるゲームの世界に転生したと思っていた。
だが、実際は、夢の中で、とあるゲームの世界にいただけであったことに気づいた。
その世界は、夢の中の出来事と片付けるには、あまりに現実世界に深くかかわりすぎていて、疑念を抱いた杉山花恋は、杉隣人で、そのゲームを作成したというゲームクリエイターの白石が、何かを知っているのではないかと、杉山花恋は大変不本意ながら、白石に連絡を取った。
「いや、俺も、あの家に引っ越してからなぜか寝ると、あの皇太子に憑依してただけで、どうして『聖女の花の旅』の世界が夢の中に出てくるかなんて知らないよ」
わざわざ仕事終わりの白石を待ち構えて、聞けた情報はそれだけだった。
杉山花恋にとっては、そういえば、『聖女の花の旅』と言う名前のゲームだったな、と、思い出しただけで終わった。
ついでに、カラニーナ時代のあの処遇についても、そんな裏設定は作っていないと言われた。
「そういえば、姫宮は、こっちの世界で起きてるような話をしてなかったから、こっちの世界では、ずっとICUかなんかで、寝たままなのかな?」
「姫宮?」と、杉山花恋は固まった。
「そうだよ、姫宮……下の名前覚えてないや、ほら、キャラクターデザインの、あっちではヒミカだっけ……」
杉山花恋は、不意に、今日会った医師の苗字も「姫宮」だったことを思い出していた。
「あまり詳しくないな」と、杉山花恋は答えると、二人は帰路についた。
自宅で眠ると、やはりあちらの世界で目が覚めた。
ヒミカと、元・皇太子がそこにいたが、元・皇太子は、よくわかっていない様子で偉そうにふんぞり返っていたので、まだ、白石が憑依していないなと、ギヤは思った。
そして、ヒミカは、泣きそうになっていた。
よほど、元・皇太子に言いたいことが伝わらなかったと見えて、ギヤと白石がいない状態では動けそうにない、と、頭を抱えていた。
元・皇太子はさすがに白石の呼び名の『コウタイシ』だと、いくら服装を地味にしたりしたとしても、身元がバレかねないので、『コウ』と呼ぶことにし、元・皇太子本人にも、どうにか納得してもらった。
そして、コウは、服装を地味にして、髪色を変えたら、案外、皇太子らしくなくなったので、最短距離でシードァ神聖国を突っ切ってポラン公爵邸を目指しつつ、道中でよさげな働き口が見つかったら、そちらで働く方針にしようと、ギヤとヒミカの間で決めた。
そして、そうしている間も、コウは人の話を聞く気もないなら偉そうにしているだけで、動く気配もなく、移動するときは、コウに白石が憑依している時だけにしようという話にもなった。
ギヤとヒミカでの認識が一致したところで、どうやらコウに白石が憑依したようで、動きやすくなったので、3人は移動を始めた。
行程の3分の1程度移動したところで、ギヤのタイムリミットが来たため、ギヤは自室に戻って、『強制スリープモード』に入った。
現代日本で目覚めた杉山花恋は、ある決意を持って、職場に出勤した。
本日は金曜日、そして、病院は土日休みであるため、今日のうちに、4月から来たという脳神経内科医師の姫宮先生とヒメミヤカレンとの関係を聞くか、あの不審人物が訪れた謎の部屋についての謎を解明するかしたい。
そして、決意を新たに出勤した杉山花恋は、朝一番で姫宮医師に出くわし、笑顔で「おはようございます!」と、話しかけてみたが、姫宮医師は「……おはよう」と、一応返事はしたものの、会話をしようとする気配はなかった。
だが、立ち去る前に、姫宮医師は盛大なくしゃみをした。
よく見ると、目つきが悪いだけでなく、目が充血しており、目のかゆみもあるのかもしれない。
「もしかして、姫宮先生、花粉症ですか?」と、勇気を振り絞って、杉山花恋が尋ねると、姫宮医師は、「今まで花粉症にかかったことがないし、花粉症にかかるとしたら、今年最大の花粉量だった杉花粉の頃だろう?」と、正論で言いくるめられた。
その時、杉山花恋は前日に、姫宮医師が先輩スタッフと話していた会話を思い出していた。
風かもしれない、と、言っていた姫宮医師は、三日前から調子が悪いと言っていた。
前日から三日前だと、ちょうど、白石が花粉症を発症したときと同じだ。
そしてあの時、ギヤは、あの世界を作った人を呪ったのだ。
と、いうことは、今世紀最大のスギ花粉などの花粉症になりやすそうな条件が整っていなくとも、ギヤの呪いで花粉症になった可能性が考えられる。
そして、もしも、ギヤの呪いで花粉症になったとしたならば、姫宮医師は、あの世界の成り立ちに何か関与しているということだ。
杉山花恋は、そのままそこで考え込んでいたが、始業の時間が迫っていたことに気づき、慌てて職場へと向かった。
昼になり、杉山花恋は、再び姫宮医師を見かけた。
医局でも外来でもないどこかへ向かって歩いている様子だった。
そして、その気配の消し方は、以前の不審人物に似た何かを感じた。
杉山花恋は、気配を消して、姫宮医師の後をつけた。
姫宮医師は、迷いのない足取りで、集中治療室に向かうと、ヒメミヤカレンの病室に入っていった。
そして、しばらく、眠り続けているヒメミヤカレンの傍らに座っていた。
このままここに居続けるとさすがに怪しまれそうだと杉山花恋は思い、少なくとも、姫宮医師が、ヒメミヤカレンとかかわりがありそうだという事だけ収穫だったと思うことにして、杉山花恋はその場を後にした。
終業時刻になり、杉山花恋は、姫宮医師が退勤したのを確認して、再び気配を消して集中治療室に向かった。
姫宮医師から聞き出すのは難しいと考えた杉山花恋は、例の隠し扉の中を見に行くことにしたのだ。
病院指定の白衣を着て歩く分には、集中治療室では特に悪目立ちすることなく、気配を消して歩く杉山花恋に誰にも気づかれることも咎められることもなく、ヒメミヤカレンの病室にたどり着いた。
以前に見たものの見よう見まねで壁を押すと、見事に隠し扉が開いた。
狭い空間の中に、所狭しと配線がされている。
その中心に、病院の設備とは明らかに異なるもの、ゲーム機があった。
そして、その傍らに『聖女の花の旅』と書かれたケースが置かれている。
そのキャラクターには見覚えがあった。
中心にいる女性は、ヒミカにそっくりだ。
そして、元・皇太子ことコウとそっくりの男性も描かれている。
「なぜここにいる?」
背後から声を掛けられ、恐る恐る振り返ると、そこには、姫宮医師がいた。
「姫宮先生こそ、こんなところにこんな部屋作って、何してるんですか?」と、ド正論で杉山花恋が返事をすると、姫宮医師は言葉に詰まった様子だった。
再び、杉山花恋が口を開く前に、「妹の香蓮に幸せな夢を見させてあげたくて……」と、小さな声で姫宮医師が話し始めた。
「このゲーム、香蓮が初めてキャラクターデザインを任されたんだ。唯一、香蓮がキャラクターデザインをしたゲームで、香蓮は何度もこのゲームをやりこんで、香蓮にとっては思い入れのあるこのゲームの主人公になれたら、香蓮はきっと幸せだと思ったんだ……」
そちらの香蓮にとっては幸せな世界かもしれないが、こちらの花恋にとっては地獄の世界だったと思いつつ、「その世界に、香蓮さんだけでなく、このあたりの病棟で入院している全員が巻き込まれている」と、言った。
「香蓮が作った素晴らしい世界にいられるのであれば、何の文句もないだろう?」と、姫宮医師は悪びれることもなく言ったが、花恋にとっては、地獄だったし、文句しかないが、個人的な恨みを今言っている場合ではない。
「それに、もしかしたら、香蓮が臓器移植を必要とするかもしれなくてね、もし、脳死状態になるとしても、この素晴らしい世界の夢の中で楽しく暮らしているうちに本体が亡くなってしまうのであれば、逆に幸せなんじゃないかと思うんだよね」と、姫宮医師が続けた。
「それは違います」あの世界にとどまらせられたら最悪だな、と、思いつつ、この阿呆に思い知ってもらわなければならないことがあったので、杉山花恋は言葉を発した。
「香蓮が作った世界が幸せでないとでも言うのかい?」
「まあ、それもそうですけど、亡くなった人はもちろんだけど、脳死とされうる状態になった人も、もう、あの世界にはいませんよ」と、杉山花恋は言った。
ダイも、ミヤも、あの世界からはいなくなった。
脳機能が停止したとき、その人は、あのゲームの世界にすら、いられなくなる。
「それに、あの世界で殺された人が、現代日本で脳死とされうる状態になったんです」
「あのゲームの中の出来事のせいとは限らないだろう?」
杉山花恋の指摘に、姫宮医師が激高した。
「あのゲームの中の出来事のせいではないとも言い切れないですよね?」
杉山花恋は、激高している姫宮医師に極めて冷静に言った。
「このゲームが起動されているから、みんなの夢の世界がこのゲームの世界になるんですか?」と言って、ゲーム機に杉山花恋が手を伸ばそうとすると、姫宮医師がその腕をつかんだ。
「ダメだ。今、このゲーム機は、香蓮の検査機器とか、モニターとかいろんなものにつながっているんだ。これを外したら、香蓮が死んでしまうかもしれない」
そう言われては、今ここでこの電源を切るわけにはいかない。
それに、ミヤを殺した執事長は、退院したらしく、いないから、執事長の犠牲になる人は現れないはずだ。
夢の中の世界は、姫宮医師が作り出したものだと知ることはできたものの、根本解決はできないことを知った杉山花恋は、今日もまた、眠りに着いたらあの花粉まみれの世界に行かなければならないのだな、と、肩を落とした。
そして、杉山花恋はまだ知らない。
白石が出張で休日家を空けるために、眠っている間、ただ偉そうなだけで足手まといでしかない白石フリーの状態のコウを、ヒミカと二人でポラン公爵邸に引っ張っていかなければならないという難易度高めのミッションが待っているということを。




