皇太子の真相
現代日本で花粉症で亡くなり、ゲームの世界に転生したと思っていた杉山花恋は、ゲームの世界で『強制スリープモード』に入ったことにより、現代日本で再び目覚めた。
ゲームの世界は夢の世界だと考えていた杉山花恋であったが、同室の入院患者が皆同じ世界の夢を見ている可能性に気付いた。
さらに、ゲームの世界で出会った『転生者』のうち、何人かは同じ病院に現在入院していたり、入院歴のある患者だと気付いた杉山花恋は、ヒロインに転生したらしい患者の存在に気づき、ゲームの世界と現代日本の病院の繋がりに一歩近づいたように感じていた。
しかしながら、退院した患者はゲームの世界には現れないらしいという中、杉山花恋の退院は目前に迫っていた。
あちらの世界の自室で『強制スリープモード』に入ったギヤは、現代日本の病院の病室で杉山花恋として目を覚ました。
空は白んでいて、看護師たちが早朝採血をするために動き始めていた。
先程、夢の中で見たヒミカの部屋の『真名』、ヒメミヤカレンが、集中治療室で見た患者の名前と一致しているか確かめたいところだったが、今、病室を出ると悪目立ちする。
杉山花恋は、忘れないように、先程あちらの世界で唱えた『ヒメミヤカレン』という名を自分の手帳にメモした。
退院の手続きが終わると、杉山花恋は荷物を持って、職場に向かった。
「え?杉山さん何言ってるんですか?病み上がりなんで帰ってください」と、後輩に塩対応され、上司からも冗談だったと謝られた杉山花恋は、仕方なく帰路についた。
本当は、ヒメミヤカレンがあの時集中治療室にいた患者と同じかどうか確かめたかったが、致し方ない。
杉山花恋の自宅は、病院のすぐそばのアパートである。
職場の近くならば、始業ギリギリまで寝られるという何ともズボラな選択理由である。
自宅が病院からほど近かったことと、ずっと入院していたため、杉山花恋はすっかり失念していた。
現代日本のこの時期は、まだ妖精の鱗粉ならぬヒノキ花粉が舞いまくっていることを。
そして、花粉症の薬は切らしたままだったことを。
勤めている病院でついでに耳鼻科にかかれないか聞いたところ、既に退院手続きを済ませてしまっているので難しいと言われ、杉山花恋は、かかりつけの耳鼻科に行くことにした。
耳鼻科で受付を済ませている間、謎の視線を感じていたが、待合室で腰掛けた瞬間、誰かが近づいてきた。
「あの……」と、話しかけてくる声に聞き覚えがなかったため、杉山花恋は自分が話しかけられているのではないかもしれないと考えて、反応しなかった。
「おい、花粉!」と、言われて、杉山花恋は、自分に『花粉』という不名誉なあだ名をつけた上に『花粉』と言うあだ名で唯一呼んだ男子を思い起こしつつ無視した。
だが、声の主がとうとう、肩をたたいてきたので、仕方なく振り返った。
「おまえ、大丈夫なのか?」と、話しかけてきた男性は、確かに昔杉山花恋に『花粉』という不名誉なあだ名をつけてきた男子の面影があるような気がした。
男性が、杉山花恋の昔のあだ名しか覚えていないように、杉山花恋も、その男子生徒の名前は既に忘却の彼方に行ってしまっている。
「ほら、俺、小学校の同級生の白石幸太郎だよ、覚えてるか?」と、まくしたてるように『花粉』と言うあだ名をつけてきた白石が言った。
全く覚えていなかったが、確か、五十音順が近かったから席が近くていじられた記憶があるから、記憶とは矛盾しない名前だな、と、思いつつ、なんとなく、記憶にないこともない旨を杉山花恋は白石に伝えた。
「ところで、俺、『花粉』ってあだ名しか覚えてないんだけど、名前、何って言ったっけ?」と、悪びれもせず白石が聞いてきたところで、「杉山さーん」と、受付の人が杉山花恋を呼んでしまったため、白石に杉山花恋の苗字があっさりバレた。
「杉山さ、救急車で運ばれただろう?大丈夫なのか?」と、席に戻ってきた杉山花恋に白石はめげずに話しかけてきた。
「退院しました」と、杉山花恋は簡潔に答えると、何故白石は杉山花恋が救急車で運ばれたことを知っているのだろうと訝しげに見た。
「俺が、救急車、呼んだんだからな」と、白石は言うと、感謝しろ、と付け加えた。
「ドウモアリガトウゴザイマシタ」と、杉山花恋が棒読みでお礼を言うと、「そういえば、やっぱ、杉山は、花粉症でここに来たのか?」と、白石が聞いてきたので、仕方なく、杉山花恋は頷いた。
「俺はさ、二日前くらいから風邪ひいたみたいで、くしゃみと鼻水が止まらなくて、市販の風邪薬では治らなかったから来たんだ」と、聞いてもいないのに、白石は話し始めた。
そう言った白石の目は赤く、恐らく目のかゆみもあるのだろう。
思わず、杉山花恋が「花粉症では?」と言うと、白石は、「いや、俺、生まれてこのかた一度も花粉症にかかったことないし、花粉症だけは絶対ないと思う!」と、強めに言った。
花粉症は、かかったことがないから永遠にかからないというわけでもないが、と、杉山花恋が思っていると、診察室から白石を呼ぶ声がして、白石は診察室へと消えていった。
数分後、診察室から出てきた白石は「花粉症だった」と項垂れていた。
ほどなくして、杉山花恋も診察に呼ばれたため、杉山花恋は項垂れている白石をそのままにして診察へと向かった。
診察を終えて戻ってくると、白石は、同じ体勢で項垂れ続けていた。
関わるとめんどくさそうだなと、直感的に感じた杉山花恋は、わざと遠くに座って会計を待った。
会計を終えて、薬局に行こうとした杉山花恋の腕を何者かが握ってきた。
振り返ると、そこにいたのは、先ほどまで項垂れていた白石だった。
「花粉症の薬のこと教えてくれ……」と、泣きそうな顔で縋ってきた白石に「薬剤師さんが丁寧に教えてくれるから大丈夫」と、杉山花恋は冷静に返すと、白石の手を振りほどいて薬局に向かった。
杉山花恋に手を振りほどかれた白石は、そのまま、杉山花恋とともに薬局へ行き、杉山花恋とともに帰路についた。
「どこまでついてくる気?」と、杉山花恋が言うと、「俺の家もこっちだし……」と、最初と比べるとだいぶ覇気のない様子で、白石は答えた。
白石は、今年度からこちらの支社に異動になったので、ここに引っ越してきたのだと、特に杉山花恋が聞いてもいないのに得意げに話した。
そのまま歩いているうちに、とうとう杉山花恋のアパートが見えてきた。
「俺、お隣さんだから」と、白石がどや顔で行ってきた。
そういえば、近所の人が救急車を呼んでくれたと聞いていたのだから、白石が救急車を呼んだと言った時点で、同じアパートかもしれないと疑ってもよかったと、杉山花恋が反省していると、「せっかくお隣さんだから連絡先交換しないか?」と、白石がスマホを出した。
「スマホ持ってない」と、とっさに杉山花恋が言うと、「いや、さっき持ってただろう?」と、白石が食い下がったが、「さっき電源が切れた」と、悪びれることなく、流れるように杉山花恋は嘘をついた。
「じゃあ、俺の連絡先渡すから、登録しろよ」と、白石はペンを持つと、自分のカバンを漁って「あれ?メモ帳がない!」と焦り始めたので、杉山花恋が自室に帰ろうとすると、「あ、杉山、手帳持ってんじゃん」と、目ざとく白石は杉山花恋の手帳を見つけて手に取った。
そして、手帳のページを開いた白石は「何でここに姫宮の名前が書いてあるんだ?」と白石が言った。
言われて手帳をのぞき込むと、そこは、杉山花恋が、夢で『真名』を唱えたヒメミヤカレンの名前が書かれているページだった。
「ちょっとした知り合い?」と、杉山花恋は曖昧に答えた。
ヒミカとは、たしかに、夢の中の世界では顔見知りだし、ヒミカの『真名』はヒメミヤカレンなのだから、まあ、ヒメミヤカレンと知り合いと言ってもおかしくはないはずだ。
「入院中に知り合ったのか?あいつ、調子はどうなんだ?」と、白石がまくしたててきたが、病院内で知り合いになったわけではないし、集中治療室にいる例の患者がヒミカであるという確証はなかったので、ヒメミヤカレンの今の病状については知らないと、杉山は答えると、白石から手帳を取り返して自室に戻った。
退院して耳鼻科に行っただけのはずなのに、疲れ果てた杉山花恋は、自宅のベッドで眠りについた。
そして、驚愕した。
二度と来るはずのないと思っていたあの世界のギヤの自室で杉山花恋は目が覚めたのだ。
杉山花恋が鏡を見ると、鏡に映ったのは、杉山花恋ではなくギヤだった。
もしかしたら、毎日夢に見過ぎて、たまたまよく似た部屋の、ギヤによく似た姿かたちで夢を見ているだけかもしれない。
そう考えた杉山花恋は、ギヤの部屋に酷似した部屋から出た。
しかし、部屋を出ると、やはり、前日の夢で、ギヤの部屋に入る前に見たラグウィード共和国の景色が見える。
それに、「ギーヤー!!」と走ってくるヒミカの姿が目に入った。
もう来ることはないと思っていたあの世界に、ギヤとして再びやって来たのだと、杉山花恋は悟った。
「ギヤ、探してたのに、ずっと見つからなかったから、どうしたのかと思ったよ!」と、ヒミカは言った。
「何で私を?」と、ギヤが言うと、「ギヤに、大事なお知らせがあるから!」と、ヒミカが言った。
「大事なお知らせ……?」とギヤが尋ねると、ヒミカは得意気になって、「実は、もう、ギヤは、ポラン公爵邸の人に追われることはなくなったのよ!」と言った。
そして、ヒミカが、続けて、「カフニーナ嬢に懸想していると言われていた皇太子が、廃嫡されたの」と言った。
「はい……ちゃく?」と、固まるギヤに、「要するに、皇太子じゃなくなったってこと。なんか、勘当されたらしい。何でか知らないけど……」と、ヒミカが説明した後ろで豪快なくしゃみが聞こえてきた。
そこにいたのは、いつぞやにお見合いをした皇太子だった。
正しくは、元・皇太子だ。
「お前、もしかして…ギヤ…か?」
元・皇太子がギヤを見て言ったが、一部の声は発言できずに、呼び名である『ギヤ』だけが聞こえた。
その声に、昼間に聞き覚えがある気がして見てみると、元・皇太子は昼間に見た、白石だった。
「何故ここに?」という、ギヤの問いに、元・皇太子は、「こっちの世界で謎の病にかかったから、廃嫡されたんだ」と、簡潔に答えた。




