ダイの真相
花粉症で亡くなり、転生したと思っていた杉山花恋は、現代日本で再び目覚めたことにより、転生したと思っていたあの世界は、夢の中の世界だと思うことにしていた。
だが、夢の中の世界として片づけるには、その世界は、あまりにも現実世界に深く結びついていた。
夢の中の世界で、ミヤが殺されたのは、自分がミヤが殺された現場であるカラニーナの部屋から逃亡したからかもしれない。
そう思い至った直後に、再び杉山花恋は現代日本で目を覚ました。
朝一番で採血をされた杉山花恋は、ほかにも午前中に様々な検査などを行った。
午後になると、担当医が杉山花恋のもとに訪れ、検査結果に問題はなく、結果に時間のかかる検査についての説明は後日の外来での説明でもよさそうであることと、当院の職員でもあるため、何かあれば外来にかかるよう伝えられ、明日の朝退院で良いでしょうと話をされた。
昨日目覚めたばかりで退院の話をするのは異例中の異例のようだが、もともとただの花粉症だったので、そんなもんだろうと杉山花恋は思っていた。
午後は何も検査などがないため、自由に過ごしていいと言われた杉山花恋は、明日の朝退院である旨を伝えに、自分の職場に行くことにした。
職場の長に明日退院である旨を伝えると、ちょうど明日職員の休みが重なって人員不足だから明日から午後からでいいから出勤してくれと鬼畜なことを言われた。
退院した荷物を持ってそのまま働くのであれば、白衣があったほうが便利だな、と、杉山花恋は、鬼畜発言に順応して、白衣を取りに行った。
病休を申請する上で必要な書類なども渡されたため、どう白衣を持とうか考えた揚げ句、杉山花恋は、そのまま白衣を羽織ることにした。
白衣を羽織ると、なんともしっくり現場になじんだため、杉山花恋はふと気になることがあったので、近くにあった電子カルテ端末を開いた。
患者検索画面を開いた杉山花恋は、「ダテイブキ」と入力した。
カルテ画面を開いた時に、「この患者は亡くなっています」と、アラートが出て、一瞬、杉山花恋は凍りついた。
カルテを見てみると、記載は10日ほど前で終わっていた。
それは、ちょうど、あちらの世界でダイが消えたときと同じ日だった。
杉山花恋は、一つ息を吐くと、カルテ画面を閉じてその場を離れた。
そして、このまま白衣を羽織っていたら、なんの違和感もなく他の病棟にも入れるのではないかと、杉山花恋は、ふと思った。
集中治療室に入院していると言われている、ミズカワヤヨイの状態が気になっていた。
病院指定の白衣を着た杉山花恋は、誰に咎められることもなく、するりと集中治療室に入り込むことができた。
一番重症の人が入っている部屋を見ると、ネームプレートに「水川弥生」と記載されていた。
ミズカワヤヨイは、ミヤとは違って黒髪だが、どことなく面影があるなと、杉山花恋が見ていると、ちょうど脳波の検査を行っているようだった。
気配を消して、波形を見てみると、脳の電気活動は無さそうに見えた。
いわゆる、脳死とされうる状態だ。
杉山花恋は呆然とその様子を見ていたが、あまり長居をしすぎると、いくら気配を消したとしてもさすがにバレそうだと、杉山花恋はその場から離れた。
自分が気配を消していたためか、こっそり侵入したことがバレないよう周りを警戒していたためか、杉山花恋は不審な動きをする人物に気付いた。
その人物は、するりと杉山花恋の隣を通り過ぎると、誰に話しかけるでもなく、あるベッドのところに入っていった。
杉山花恋は不審人物に気づかれぬようにそっとその部屋の方に近づき、様子を窺った。
不審者が入っていった部屋のネームプレートには「姫宮香蓮」と書かれていた。
不審者は、杉山花恋の視線に気付くことなく、周囲を警戒しながら姫宮香蓮の部屋の奥の壁をさりげなく触った。
すると、どこからか隠し扉が現れて、不審者はその中に消えていった。
何故集中治療室の壁に隠し扉なんてあるんだ?と杉山花恋は首をひねったが、流石にそこまで追うとまずいと思い、とりあえず、姫宮香蓮とやらに、夢の中で見覚えがないか見てみることにした。
杉山花恋はそっと姫宮香蓮の枕元に忍び寄った。
杉山花恋とギヤの両方を知っている人がいたならば、もしかしたら、杉山花恋は、ギヤが、健康的に成長したときにこんな風になるかもしれない、といった風に評価することもあるかもしれない。
それと同じように、姫宮香蓮は、ヒミカのヒロイン補正をなくして普通の顔にしたらこんな感じになるかもしれないとそんな予感がするレベルでのヒミカと似た雰囲気を感じた。
姫宮香蓮の文字の中に「ヒ」と「ミ」と「カ」が入っているため、彼女がヒミカである可能性は否定できなかった。
多くの謎は残ったものの、本来ならここにいるべきではない自分が、これ以上詮索するのは危険だと、杉山花恋は引き返すことにした。
病室に戻ると、同室の先輩方は、またしても、夢の話をしていた。
杉山花恋としては、ヒミカのことが一番気になってはいたが、ヒミカの話が出たのは、「なんか、聖女様が結界を張ったとかで、黒服の人たちの業務内容が変わったらしい」という、うわさ話を聞いたときだけだったのを思い出した。
恐らく、ヒミカが、ポラン公爵邸と、ほとんど関わり合いがなかったので、ポラン公爵で働いていると思われる彼女たちとの接点がないのだろう。
今日は何の話をしているのだろうと考えていると、三人はひたすら執事長の悪口を言っていた。
どうやら、執事長は、ありとあらゆる悪事をしてそうで、それを暴こうとした人を消したり、女性スタッフに手を出したりとやりたい放題していたようだ。
ギヤが、ポラン公爵邸から逃亡して久しいため知らなかったが、ここ最近、執事長は姿を現していないらしい。
杉山花恋は、執事長もダイやミヤのように亡くなったのかと思ったが、退院しても、夢の中には出てこなくなるそうだ。
と、言うことは、明日退院する杉山花恋も、あの世界を見るのは今日が最後なのだろう。
その夜、病室で眠りについた杉山花恋は、見たことのある部屋で目を覚ました。
部屋を見まわした杉山花恋ことこの世界ではギヤは、前日ミヤの部屋で寝落ちたことを思い出した。
ギヤは、昼間の集中治療室で、杉山花恋が見た水川弥生の姿を思い出した。
杉山花恋の経験上、脳死とされうる状態となった水川弥生が回復することは、恐らくない。
こちらの世界のミヤが、執事長に殺されたことで、あちらの世界の水川弥生が、脳死とされうる状態になったということだろうか?
幸か不幸か、執事長は現在、この世界にいないようなので、この世界で他の『転生者』が、殺される危険はそんなにないように思われる。
そうだ、退院したらもう、この世界に来ないかもしれない。
この世界は、現代日本の、特に今、杉山花恋が入院しているあの病院と密接に関わり合っている。
なぜそうなったのかは、全くわからない。
この世界の元になったゲームの主人公のヒミカも、何も知らないと……。
そこまで考えた時、昼間の集中治療室で、杉山花恋が見たもう一つの光景を、ギヤは、思い出していた。
不審人物が入っていった部屋。
そこに眠る、どことなく、ヒミカに似た雰囲気を持つ、ヒミカの『真名』でも矛盾しない名前の女性。
その部屋の奥にあった隠し扉。
もしも昼間に見た女性が、この世界のヒロインのヒミカなら、あの時見た光景は、この世界の成り立ちに密接に関わっているのかもしれない。
もうこの世界にはきっと来ないから、確かめてみてもいいかもしれない。
もし、扉を開けてヒミカに出くわしても、扉を開けて全く知らない人に出くわしても、一時の恥で終わるはずだ。
ギヤは、ミヤの部屋を出ると、出てきた扉のノブをつかんだ。
『そなたの『真名』を述べよ』という、いつもの機械音声の間に、ギヤは必死で、昼間に見た名前を思い出していた。
姫なんとか……カレンだった気がする。
ギヤは、心の中で『ヒメヤマカレン』と名乗った。
『該当する名前の登録はありません』と、機械音声が聞こえ、続けて『3回存在しない名前を念じた場合、今後すべての『真名』の使用ができなくなります』と聞こえた。
機械音声に言われてすぐに、ギヤは、自分がなんと心の中で唱えたか思い起こした。
ヒメではじまり、名前が自分と一緒のカレンという名前だったところまでは憶えていた。
恐らく自分の真名の『スギヤマカレン』に引っ張られたのだろう。
しかも、『ヒメヤマカレン』では、呼び名はヒミカではなく、ヒマカになってしまう。
ヒマカって1字違うだけでヒロインらしさがかなり減る。
扉は3回存在しない名前を念じてはならないと言った。
3回のうち1回目が先ほどのミスなら、あと2回は失敗できるし、『真名』が使用できなくなったとしても、退院したらこの世界には来ないのだから、大丈夫だろう。
ギヤは、今度は、ちゃんと病棟で見た名前を考えた。
ヒメで始まって、最後がカレンなのは間違いない。
それに、『ミ』がつく何かをくっつけたらいい。
その時、不意に、ミヤの顔が浮かんだ。
ギヤは扉のノブをつかむと、心の中で『ヒメミヤカレン』と名乗った。
今度は扉が開いた。
そして、扉が開いた中にあったのは、ヒミカの部屋だった。
ヒミカがいた時の言い訳を考えていたのだが、扉を開けて見える範囲にはヒミカはいなかった。
ギヤは、そっと扉を閉めると、今度は自室に戻った。
ヒミカの『真名』は、『ヒメミヤカレン』だった。
今度こそ覚えた。
まずは、集中治療室にいたあの女性の名前が『ヒメミヤカレン』で間違っていないか確認しよう。
そして、女性が『ヒメミヤカレン』だった時には、あの隠し扉と、『ヒメミヤカレン』、そして、この世界の関連が何かわかるかもしれない。
そう心に決めたギヤは、自室のベッドに寝転がった。
『休憩しますか?強制スリープモードに入りますか?』
機械音声に、『強制スリープモード』と、心の中で唱えながら。




