ミヤの真相
花粉症で亡くなり、転生したと思っていた杉山花恋は、現代日本で再び目覚めたことにより、転生していたと思っていたその世界は、夢の中の世界だったのだと結論付けた。
だが、同室患者が見ていた夢との奇妙な一致は、杉山花恋の中で、小さな違和感として残っていた。
嵐のような一日が終わり、病棟の消灯時間が来た。
ずっと眠り続けていたから眠れないかもしれないという心配をよそに、杉山花恋はすぐに眠りについた。
「もう!ギヤ!急に倒れるから心配したんだよ!」
目を開けるとそこは、ヒミカの部屋だった。
聖地で倒れたギヤは、どうやらヒミカの部屋に連れてこられ、ベッドに寝かされていたようだ。
杉山花恋としてあちらの世界で眠ったら、今度はこちらの世界で目が覚めた。
そして、見事なまでに、あの時の夢の続きのような状況だ。
「迷惑かけてごめん……」と、ギヤが言うと、ヒミカは、「私の方こそ、まさか、ギヤが倒れると思ってなくて、何かごめんね」と謝った。
「それで、ギヤは、これからどうする?」と、ヒミカが尋ねてきた。
「もう一度聖地に行ってみる?」という問いかけには激しく首を振って拒絶の意向を示した。
ここは、夢の世界なのだから花粉を浴び過ぎたところで死ぬことはないのかもしれない、と、ギヤは思いかけて、ふと、思い出した。
この世界で、ミヤは、殺されたのだ。
そして今、限りなく死に近い昏睡状態にあるかもしれない、と。
だが、ミヤが「ミズカワヤヨイ」と同一人物かどうかはわからない。
でも、確かめられる方法ならある。
「ちょっと、気になることがあるから」と、言うと、ギヤは、不思議そうに見つめるヒミカの部屋を出た。
部屋を出ると、そこは、ラグウィード共和国だった。
ブタクサ花粉こそ舞ってはいるものの、あのおぞましい聖地に続く光の道が出ていなければ、聖地からのおびただしい花粉は襲ってこないようだ。
聖地の花粉の飛散量によるショック療法で実は花粉症が治っていないかとこっそりギヤは考えていたが、普通に目もかゆいし鼻もむず痒いので、やはり治っていなかったことを悟り、肩を落とした。
そして、もう一つ、確かめたいことがあった。
ギヤは、出てきたドアノブを再度掴んだ。
いつもの通り、ドアノブが『真名』を聞いてきたその時、ギヤは心の中で「ミズカワヤヨイ」と念じた。
扉を開けた先には、以前|ギヤが入ったことのある、ミヤの部屋があった。
ああ、やはり、この世界の「ミヤ」は、今、あちらの世界で限りなく予後の悪い昏睡状態の「ミズカワヤヨイ」と同一人物なのか。
こちらの世界で死ぬということは、あちらの世界で脳機能が停止すると同義語なのかもしれない、と、ギヤは考えた。
やはり、死ぬ思いをして聖地に行くべきではないな、と、ギヤはしっかり心に刻み、ミヤの部屋の中に入った。
このテーブルで、皆でお弁当を食べたな、と、ギヤは、テーブルに手をついた。
急な来客に焦ったのか、全然関係ないところのデスクの片づけまでミヤはしていたな、と、思い起こしていたギヤは、その時にミヤが何かを引き出しに入れていたことを思い出した。
デスクに近寄ると、一冊のノートが置いてあった。
日記……なのだろうか?と、ギヤは考えた。
確かに、日記だったら、他人に見られるのは恥ずかしいから隠すはずだ。
でも、何か、ミヤが生きた証が見られるかもしれない。
申し訳なく思いながらも開いたそのノートは、日記と言うよりは記録だった。
現地人への聞き取りの結果、この世界と、現代日本に共通点が多いこと、何故か、シードァ神聖国民は杉花粉を崇拝していること、この世界で、眠ると、基本的には現代日本で目が覚めること、深いこん睡状態では、こちらの世界で眠っても現代日本には戻ってこられないこと、この世界で殺されたら、現代日本でも二度と目覚められなくなること……。
いつか、他の人が見てもわかりやすいようにまとめられているそのノートは、別に隠す必要はなかったのではないかと、ギヤは思った。
だが、わざわざ隠した背景には、その場に一緒にダイがいたからではないだろうか、と、ギヤは推測した。
ミヤことミズカワヤヨイは一度一般病棟に戻れるほど回復したと聞いた。
恐らくその時に、ダイが深いこん睡状態で、このまま目覚めることはなさそうだと知ったのだろう。
ダイは、このまま、あちらの世界で目覚めることはない。
この世界が現実世界につながっていることを知ることも、自分の本体余命が幾ばくも無いことを知ってしまうことも、ダイにとってはつらいことだから、敢えて、それを知らせないために、あの時、ミヤは、このノートを隠したのかもしれない。
実際に、ダイは現代日本で目覚めることなく亡くなってしまったというのだから、その記載は事実だったのだろう。
ノートは、この世界のことについて実によくまとめてあった。
興味深くノートを見てページをめくると、「執事長について」と書かれているページが出てきた。
執事長はどうやら、この屋敷を取り仕切るという任務を与えられたのをいいことに、水増し請求や横領で、私腹を肥やすのみならず、度重なる婦女暴行や、脅し、殺人など、ありとあらゆる悪事に手を染めていたようだった。
執事長が行ったであろう犯罪と、その証拠が書き連ねられていた。
きっと、カラニーナ時代のあの飢えも、執事長の私腹を肥やすために、切り詰められた結果なのだろうな、と、ギヤは苛立ちを覚えたが、たぶん今、執事長を殴りに行ったら、確実に『離れ』の面々に捕獲されるな、と、考えを改めた。
ポラン公爵邸で、普通に暮らしているだけでは、ミヤが殺されたあの一件までは、執事長が悪人であることなど全く気づきもしなかったが、ミヤは、それを知ってしまったから、殺されてしまったのだろうか?
不意に、ドアをノックする音が聞こえた。
ドアをノックされただけでは、決してドアを開けてはいけない、そう、ミヤから言われたことを思い出し、ギヤは固まった。
もしも、執事長が、このノートの存在を隠蔽しようとしてやって来たのであれば、ノートを見たであろうギヤごと消されてもおかしくない。
そのまま固まっていると、ゆっくりとドアが開いた。
そこにいたのはササミだった。
「何で、ギヤが、そこにいるの?」
驚きと、疑いのまなざしがそこにあった。
ササミは信頼できる人だと、ダイも、ミヤも、口をそろえて言っていた。
だから、ギヤも信じてみようと思った。
ギヤは、ずっとあちらの世界である現代日本では眠っている状態であったこと、そして、たまたま目が覚めたこと、偶然にも、ダイとミヤと同室だった人と同じ部屋になり、ダイとミヤと思しき『真名』を知ったことを伝えた。
「でも、本名の中に「ダイ」とか「ミヤ」とかつく人ってたくさんいると思うけど?」
まだ疑いのまなざしを向けてくるササミに、ギヤは、ミヤが殺された現場に偶然居合わせて、その日がちょうど、「ミズカワヤヨイ」が急変した日と同じくらいの日だと思われたこと、そして、ダイが消える瞬間にもたまたま立ち合い、ダイからは『真名』を託されていたために、現代日本での名前を知っており、その『真名』と同姓同名の「ダテイブキ」が、亡くなった日がダイが消えた日とほぼ一致したことを伝えた。
「そっかぁ……」と、一人呟いたササミは、「え?」と言って、ギヤを振り返った。
「ミヤさんは、誰かに、この世界で殺されたの?」
「……執事長に」
一瞬の逡巡の後、ギヤが答えると、「執事長は、話には聞いたことがあるけど、会ったことはないなぁ」と、ササミは言った。
「たしかに、ミヤさん、ミズカワヤヨイさんの病状は、そんな急変するような状態じゃなかったのよね」と、言うと、ササミは、あの病院の医師で、たまたま、この世界に、あの病院で眠っている人が来ることを知り、医療従事者だからこそ知りえた『真名』を利用して、集中治療室で昏睡状態の患者さんを見に来ていたのだと教えてくれた。
ササミはまだ見ぬ執事長について、いくつか質問すると「あ、呼ばれたから、私行くね!」と、出て行った。
一人、ミヤの部屋に残されたギヤは、ミヤのノートの次のページを見た。
そのページには「執事長対策!」と書かれていた。
最初に、誰かが部屋をノックしても、決して開けないと書いてあった。
これは、ギヤも、ミヤやダイから言われていた。
次に、執事長の部屋に連れ込まれそうになったら、『拒絶』すると書かれていた。
確かに、いつだったか、他人の部屋に入りたくなければ拒絶することもできると聞いたような気がするが、確かにこういった場合は、しっかり拒絶しなければ、己の身が危ういだろう。
そして、共用スペースは『拒絶』できないため、注意!と、書かれていた。
個人の部屋ではなく、予め、場所が定まっている食堂や、個人の部屋を持たない使用人の寝室などのスペースは、『拒絶』ができないと書いてあった。
その時、ふと、ギヤは、カラニーナの私室とされていたあの部屋は、共用スペースなのではないかと気づいた。
場所は、『離れ』の中でも一番端のあの場所と定められていた。
カラニーナの部屋のもともとの主であったギヤや、隣室登録をしている『離れ』のスタッフはどの扉からでもカラニーナの私室に入れたが、『本邸』スタッフは、本来のカラニーナの私室の入り口である扉から入ると、黒服スタッフから聞かされた覚えがあった。
あの時、カラニーナの逃亡が屋敷の主要なスタッフの知るところとなったせいで、カラニーナの私室だったあの小部屋が執事長が利用するのにちょうどよい部屋になってしまった。
そのせいで、執事長があの小部屋にミヤを連れ込んでいたのだとしたら、そして、ミヤが『拒絶』することができずに、あの状況になっていたのだとしたら……。
ミヤが執事長に殺されたのは、カラニーナが逃亡してしまったからかもしれない。
ギヤは、青ざめたまま机に突っ伏した。
『強制スリープモードに入ります』頭の奥で機械音声が聞こえた。




