杉山花恋の真相
杉山花恋は、花粉症で亡くなって転生したと思っていた。
転生した先も、あらゆる花粉があらゆるところで舞う花粉症にとっては地獄のようなところで、自称ヒロインに連れて行かれた聖地に至っては、花粉の元凶である樹木たちが、より大きく、より大量の花粉を飛散させる、さらなる地獄であった。
地獄に到達する前に『強制スリープモード』とやらに入り、杉山花恋ことギヤは、意識を失った。
再び目を覚ますと、ギヤだったはずの杉山花恋は、今度は杉山花恋として、病院のベッドで目覚めたのだった。
「お名前、言えますか?」
無言でいた杉山花恋に、看護師が心配そうに聞いてきたので、自分の名前を答えたが、あちらの世界でのカラニーナ時代の癖なのか、こちらの身体では久しぶりに声を発したからか、声はとても小さかった。
看護師はそれでも聞き取ってくれたらしく、今度は誕生日を聞かれたので、それも答えた。
そうしているうちに、看護師に呼ばれたらしい、主治医らしき医者がやってきて、色々と確認された。
医者の話では、どうやら、杉山花恋は、確かに大量の花粉を一度に浴びたことにより、目のかゆみやくしゃみや咳が出るだけでなく、呼吸困難に陥り、意識消失したらしい。
その様子を見た近所の住人が、救急車を呼んでくれたらしく、大事には至らなかったが、なかなか目を覚まさなかったらしい。
目は覚まさなかったものの、自分で呼吸もしていたし、容体も安定していたので、早々に集中治療室を出て一般病棟に移っていたそうだ。
そして、どうやら2ヶ月近く入院していたようだ。
それを聞いた杉山花恋は、まず最初に、入院費絶対嵩んでる、と、顔色を悪くした。
医者は50日間目を覚まさなかったと言っていたし、ここは個室だし、その間仕事してないし……。
花粉が入ってこない病棟では、杉山花恋は、特に何の不調も覚えなかったので、体は大丈夫そうであることと、なるべく早く退院したいことを伝えると、担当医は、検査など諸々調整してみます、と言って、立ち去った。
一緒に看護師も立ち去っていった。
一人になった杉山花恋は、ふと、あちらの世界にはどれくらいいたのだろう、と、考えた。
確か、カラニーナが前世のことを思い出した、というより、杉山花恋がカラニーナと融合したと思われるその日に、ちょうど月1回のポラン公爵の面会日があった。
そして、次の面会日に、ポラン公爵の実の娘でないことを知り、屋敷から逃亡しようとしてダイに保護され、そこからポラン公爵邸で働いたが、結局10日ほどで逃亡した。
その後、蛮族にうっかり合流したり、ちゃっかり帝国に亡命したり、花粉強者女子でヒロインであるヒミカと旅をして、聖地に連れていかれて意識を失うまで、これもまた10日ほどだったはずだ。
と、言うことは、あちらの世界にいたのもちょうど50日くらいかもしれない。
確か、あちらの世界も、こちらの世界と1年が365日だったり、1日が24時間だったりと、類似しているところも多かったはずだ。
とは言え、偶然かもしれないし、いくら目覚めたばかりで記憶にしっかり残っているからとはいえ、所詮夢なんだと、杉山花恋が思い直したところで、担当医が戻って来て、諸々の検査が終わるまでは入院して欲しいと伝えられたので、せめて大部屋に移動したいと伝えたところ、個室を空けて欲しかったのか、すぐにその申し出が受理され、移動させてもらえた。
「あれ?新しい人来たのかい?」
看護師に連れられて入ってきた部屋で、いきなり同室の住人に声をかけられた。
「あ、横山さん、杉山さんです。杉山さん、この部屋にかれこれ2か月近くいる、横山さんです」
「いやぁ、なかなか退院できなくてね、でも、看護師さんが優しいし、この病棟はいいよ」と、言う、横山さんの顔は、何だか見覚えがあるような気がしたし、どことなく声にも聞き覚えがあるような気がした。
初対面のはずなのに、何故だろうと考えているうちに、他の二人からも挨拶された。
ほかの二人は、この部屋にいる日数が長い順に、松本さんと、猪口さんと言うそうだ。
「そうそう、あのね、横山さん、記憶力がすごいのよ!看護師さんの名前も全部把握してるのよ!」
何気ない会話をしている最中に急に松本さんがぶっこんで来た。
「そんなことないわよ!私は、人間が好きなだけよ」と、横山さんが言うと、「またまた!横山さんが入ってからここまでの同室の人全員覚えてるんでしょう?」と、松本さんがさらにぶっこんだ。
猪口さんも、うなずいているので、松本さんが無茶振りしたというよりは、本当に、横山さんの記憶力が良いのだろう。
横山さんは、自分が入院した日に入院していた患者さんの話から離し始めた。
「最初この部屋に来た時に印象的だったのは、小児科病棟が満床だからってこの病棟に入院していたイブキ君って言う男の子が同室にいたってことかな」
イブキと言う名前をどこかで聞いたことがあるな、と、杉山花恋が思っていると、「松本さんが入った時にはもういなかったんだっけ、ダテイブキ君」
そのとき、杉山花恋は思い出していた。
ダイの『真名』は、「ダテイブキ」だった。
奇妙な一致を感じていると、「そうそう、隣のベッドにいたミズカワヤヨイちゃんと仲が良かったのよねぇ」と、横山さんは言うと、「あの二人、一回り以上違うのに、仲良しで、微笑ましかったわぁ」と、懐かしそうに言った。
ミズカワヤヨイの文字なかには、「ミ」と「ヤ」が入っている。
ダイが、自分の呼び名を付けるときに、ミヤの呼び名の付け方に合わせたのだとしたら、隣のベッドだったというミヤが、ミズカワヤヨイであったとしても、おかしくない。
「でも、二人とも、途中で体調が悪くなって、集中治療室に行っちゃったのよ」と、横山さんが続けた。
「あれ?でも、ヤヨイちゃんは、途中で一度戻って来たわよね」と、松本さんが言うと、「私、ヤヨイちゃんとは会ったことがあるわよ!」続けた。
「ね、折角戻ってきたのに、二週間ちょっとくらい前に、急変しちゃって、また、ICUに戻ってっちゃったのよね」と、横山さんが続けた。
ミヤさんが執事長に刺されて消えたのも、そのくらいだ。
これは、偶然の一致なのだろうか?
「杉山さん、検査呼ばれましたよ。歩いて行けます?」と、看護師が杉山花恋に声をかけた。
まさか、自分が休職中の職場に行くとは……。
そう思いながら、杉山花恋は、脳波の検査を行うために、検査室へと移動していた。
「あ、杉山さん!目が覚めたんですか!」と、後輩が検査の受付をする杉山花恋に声をかけた。
「ずっと寝てたのに、目が覚めたから。この検査なんだろうね」と、杉山花恋は答えた。
脳波の電極を付けられながら、杉山花恋は、「ところで、ミズカワヤヨイさんってひと、ICUにいるの?」と後輩に尋ねた。
「あ……入院は、してるんですけど……」と、後輩が暗い顔で言い淀んだのを見て、これは、良くない状況なのだな、と、杉山花恋は察した。
この後輩は、患者の状態がすごく顔に出るタイプで、この反応は、きわめて予後がよくない状態だ。
恐らく、脳死とされうる状態か、それに準ずるような状態なのだろう。
ついでに、ダテイブキ君について聞くと、後輩は今度は涙を流し始めた。
昏睡状態になって毎週脳波を取っていたのに、最近とっていないからと、気になってカルテを見たら、10日ほど前に亡くなっていたと知ってしまったそうだ。
後輩に悪いことをした上に、絶対に、同室のお姉さまたちには話してはならないな、と、思っているうちに、検査の準備が整ったらしい。
検査を終えて部屋に戻ってくると、既に夕食が配膳されていた。
「あら、杉山さんおかえりなさい、ここの食事、まあまあ美味しいわよ」
「横山さん、まあまあなんて、失礼じゃないですか!」と、たしなめたのは猪口さんだ。
「だって、猪口さんの料理のが美味しいもの、ね、松本さん!」
「そうね」
入院しているはずのこの面々はどうして猪口さんの料理が美味しいことを知っているのだろうか、と、杉山花恋が首をひねっていると、それに気づいたのか横山さんが言った。
「私たちね、夢の中でお屋敷で働いてて、その時の食事時には、猪口さんの手料理を食べてるのよ!」
夢の中……お屋敷……。
「私は、お掃除くらいしかできることがないから、お掃除担当だけど、横山さんは洋裁の腕前がすごいから、それを生かして被服室で働いてるのよ」
お屋敷……被服室……あっ!
杉山花恋は、ポラン公爵邸の被服室で、横山さんにそっくりな女性に会ったのだと気づいたが、カラニーナの時の癖が残っているのか、顔には出なかった。
そして、杉山花恋は、横山さんが向こうの世界で出会ったであろうギヤと比べると、だいぶ見た目が歳を取っているため、向こうの世界で出会ったことには気付いていなさそうだ。
杉山花恋は、出された食事を一口食べた。
確かに、味は悪くない。
だが、言われてみればポラン公爵邸の使用人の食堂で出た料理の方が美味しかった。
杉山花恋は、猪口さんの料理はこれよりも美味しいんですね、などとふんわり会話に混ざりながら、注意深く三人の会話を聞いていた。
聞けば聞くほど、その内容は、杉山花恋が夢の中で見たポラン公爵邸の内容に酷似している。
杉山花恋が夢の中でギヤとして働いていた時と違うのは、三人は、自分の部屋は持っておらず、使用人部屋と呼ばれる大部屋に寝に帰っており、あちらの世界で眠りにつくと、こちらの世界で目が覚めるというところだ。
だがこれも、『真名』を使わなければ、そういう過ごし方もあったかもしれないと思えば、それだけのために、杉山花恋の夢の中の世界とは違うとうい証明にはならない。
もし、同室の三人が三人とも夢の中でポラン公爵邸で働いているとしたら、この50日ほど杉山花恋が寝ていた間に見た夢だと思っていたあの世界と、同じ世界に三人もいたのかもしれない。
ダイもミヤも、この病院から来ていたとしたら……?
ダイが消えた日に亡くなったというダテイブキ君。
そして、ミヤが消えた日に急変したというミズカワヤヨイさん。
もしかしたら、この病院は、夢の中だと思っていたあの世界と、何らかの形で密接に関わっているのかもしれないと、杉山花恋は感じていた。
主人公が50日も寝たきりだったのに、起き上がれるの早すぎないか、と、感じられる読者様がおられるかもしれませんが、50日間寝たきりだったというよりは睡眠時間50日間で、寝返りとかは自由にできていたし、体が拘縮(動かなさ過ぎて動けなくなることだと認識しています)しないように、リハビリの人が頑張ったのと、主人公本人がカラニーナ時代の寝たきりからの回復術をうまく利用してうまいことやったおかげだと思われます。と言うことにしてあげて下さい。




