元・深窓の令嬢の昏倒
おそらく前世花粉症で亡くなったらしい杉山花恋は、今世では、花粉症で療養するポラン・カラニーナとして、杉を称え、杉花粉に狂喜乱舞するシードァ神聖国に転生していた。
だが、本当はポラン公爵の娘ではなく、隣国から来る蛮族のための囮であったことを知った、カラニーナ改めギヤは、紆余曲折を経て、隣国に亡命した。
この隣国であるサイプレス帝国もまた、ヒノキを称え、ヒノキ花粉に狂喜乱舞するヤバい国であった。
ひょんなことからポラン公爵邸の『離れ』の面々に追われる身になってしまったギヤ次の国に結界を張りに行くヒミカに同行することになったギヤは、ヒノキ花粉舞うサイプレス帝国を旅していた。
「あそこがラグウィード共和国と、サイプレス帝国の国境だね」
ギヤは、ポラン公爵邸の『離れ』の面々に見つかることなく、ここまでやってきた。
「じゃあ、この国境近くに住んでる人たちに、一応あいさつしに行こうか?」
確かに、ポラン公爵邸の面々が『蛮族』に怯えていたように、この国境付近の人たちも、『逆賊』に怯えながら暮らしているかもしれない。
屋敷に向かうヒミカに、ギヤは完全に気配を消してついて行った。
歩き始めてすぐに、屋敷の国境側にある建物から「敵襲か?」と、騎士がどんどん出てきた。
何か、ポラン公爵邸よりもずっと好戦的だな、と、思いつつ、ギヤは気配を消し続けた。
「私は逆賊ではありません」と、ヒミカが堂々と言うと、「本当だ!」と、騎士たちは、「本当だ!」と、花粉症ではない様子のヒミカを見て、安心した様子で言った。
ちなみに、気配を完全に消していたため、ギヤの存在には気づかれていなかった。
ヒミカは、屋敷内に案内されると、領主に、これから、帝国に張ったものと同じような結界を共和国に張りに行くため、共和国からの逆賊は減るであろうことを伝えると、すぐに共和国へと旅立った。
ラグウィード共和国との国境の門をくぐると、そこは一面黄色の世界だった。
ブタクサ花粉が黄色く見えるのだ。
ギヤは、ブタクサ花粉も杉花粉と同じくらいにアレルギー反応が起きるのだが、ブタクサは文字通り草なので、丈が短い分、杉のように影響しないので、そこまで気にしていなかった。
だが、向こうの方に見えているのは、ブタクサの形をした巨木だった。
草を巨木にするんじゃない!と、ギヤはとても強く思った。
そんなブタクサ花粉だらけの世界でも、ヒミカは、涼しい顔をしている。
「ああ、今日も幸せの黄色い木の幸せの黄色い粉を浴びれて幸せだ!」と、近くを通った共和国民が言った。
もしかしなくても、この国では、ブタクサの巨木を『幸せの黄色い木』と呼び、ブタクサ花粉を『幸せの黄色い粉』と呼ぶのか?
『聖樹』と『祝福』は、まあ、それっぽかったし、『妖精樹』と『妖精の鱗粉』も、若干アレな感じはあったが、まあそんなものかと思った。
3国目にして、ネタ切れ感が強いし、『幸せの黄色い粉』に至っては、現代日本ではアウトな代物の予感しかしないのだが、共和国民は狂喜乱舞している。
だいぶブタクサ花粉がキツかったので、ギヤは、結界を張りに行くヒミカと別れて、適当な扉から自室に戻った。
自室で花粉の影響をシャットアウトして、ようやくギヤに、正常の思考能力が戻ってきた。
ラグウィード共和国に入った瞬間これでは、恐らくラグウィード共和国で暮らしていくことは、かなり難しい。
かと言って、サイプレス帝国に戻ったところで、逆賊としてとらえられたら、問答無用でシードァ城に強制連行されてしまう。
そこまで考えてところでふと、先ほど足を運んだサイプレス帝国のラグウィード共和国との国境近くの屋敷を思い出した。
確かに、国境付近に、多くの騎士などを配置して、何かあればすぐに迎えるようにしておけば、『離れ』の面々のように音を立てずに生きていく必要はないし、囮だって不要だ。
なぜ、ポラン公爵邸では、あんなまどろっこしいことをしていたのだろう?
そこまで考えたところで、不意にギヤは空腹を覚えた。
何とか、食べるものを手に入れよう。
意を決して、ギヤは、外に出た。
外に出ると、共和国民が、「あの忌まわしいサイプレス花粉が飛んでこない!」と、狂喜乱舞していた。
どうやらうまいこと結界は張れたらしい。
だがしかし、このブタクサ花粉の飛散量は尋常じゃない、と、ギヤは、マスクをしようとした。
「待った!」と、またしても阻止したのは、ヒミカだった。
「ここでマスクなんかしたら、『ヤバいあいつら』だと思われて、捕らえられてしまうわ!」
シードァ神聖国民は、侵入してくるサイプレス帝国民を『蛮族』と呼んでいた。
そして、サイプレス帝国民は、侵入してくるラグウィード共和国民を『逆賊』と呼んでいた。
どちらも、まあ、理解できたのだが、ラグウィード共和国には、きっと攻めてくるのは風向き的にシードァ神聖国だと思うのだが、その呼び名が『ヤバいあいつら』って、ネタ切れ感をすごく感じる。
もう少し、何とか設定を作りこめなかったのだろうか?
何となく、この世界のもとになったゲームが売れなかった理由が何となくわかった気がした。
そういえば、ヒミカが、このゲームには乙女ゲーム的要素があると言っていたが、ヒミカが誰かと恋しているような雰囲気は一度も見られなかった。
「ところで、この世界って、乙女ゲームの世界では?」と、思わずギヤは、ヒミカに尋ねた。
「うん、そうなんだけど、予定よりだいぶ早く始めたし、進んだせいか、攻略対象が、皆幼くて恋愛対象にならなくて、本当は、3人いる攻略者のうちの一人と、聖地に行くはずなんだけどね」と、言ったヒミカは、手をパン、と叩くと、ギヤを見た。
「そうだ!ギヤ、一緒に聖地に行こうよ!」
「え?何で?」と、ギヤは言うと、自分は女だし、ヒミカの恋愛対象でもない、と、辞退しようとした。
「だって、ヒロインが選んだ攻略者と一緒に聖地に行ったら、その攻略者がほかの国の花粉を克服して、大陸全土を治める国王になれるんだよ」
国王になりたいとは思わないが、花粉を克服できるのはとても魅力的だ。
「それに、私は、あの中の誰かの花粉症よりなにより、ギヤに、花粉症を治して幸せに暮らしてほしい」
確かに、今のギヤでは、どの国でも花粉症に悩まされながら生きていかなければならないので、どの国の国民よりもつらい状況下であることは間違いない。
ヒミカもそう言ってくれているし、他に、有力な候補者がいないのであれば、ギヤが聖地に行ってもきっと大丈夫だ。
聖地は、世界地図で星が書かれていた大陸の中心にあるそうなのだが、聖女が各国に結界を張り終えたのちに、聖女の生家で祈りをささげると、聖地につながる道が現れるのだそうだ。
要するに、ブタクサ花粉舞いまくるラグウィード共和国を端から端まで横断しなければならない。
何度もブタクサ花粉にめげそうになりながら、ようやく聖女の生家にたどり着いたギヤは、自分で良いのかな、と、思いつつ、ヒミカが祈りをささげるのを見ていた。
ヒミカが祈りを捧げ終わると、そこにいつの間にか光の道が出来ていた。
「じゃあ、行こうか?」
ヒミカに言われ、ギヤは頷いて、歩き始めた。
ヒミカは、何も気にせず歩いているがギヤは、花粉を感じていた。
なぜだろう、と、思って、顔を上げると、そこには、シードァ神聖国の王都にあるものよりも数倍大きな杉と、サイプレス帝国の帝都にあるものの数倍大きなヒノキと、ラグウィード共和国の首都にあるものよりも数倍大きなブタクサがいた。
大きさに比例して花粉の量もかなりえげつない。
それだけでなく、何故か、大木たちの足元には稲が所狭しと自生している。
もちろん稲花粉にもしっかり反応するギヤにとしては、地獄のような光景だ。
これの、どこが聖地なんだろう?
こんな世界を作ったやつ!呪ってやる!
この時、ギヤの能力のせいで、現代日本でとあるゲームクリエイターが花粉症を発症したことなど、ギヤは知る由もなかった。
「おーい、ギヤ!どうしたの?」
なかなかギヤが来なかったので、ヒミカがやって来た。
「どうしたもこうしたも、聖地って、あそこ?」
「そうだよ、きっと、ショック療法とかで治るんだよ!」
こんなショック療法で、花粉症が治るわけない!
その時、風が吹いて、様々な花粉が、ヒミカと、ギヤめがけて飛んできた。
その花粉の飛散量は、ギヤのキャパを軽く超えた。
キャパを超える花粉の飛散量に、ギヤは、猛烈な目のかゆみとくしゃみと咳に襲われ、呼吸すら難しくなった。
「ギヤ?どうしたの?」と、ヒミカが尋ねてきたが、何だか意識が遠のいてきた。
不意に、『強制スリープモードに入りますか?』と、機械音声が聞いてきた。
強制スリープ?と、考えていると『強制スリープモードとは、この世界で強制的に睡眠状態に入り、あちらの世界に戻ることです』と、機械音声が教えてくれた。
あちらの世界って、どこだよ!と、思ったが、機械音声はあちらの世界については一切説明することなく、『なお、強制スリープモードに入らない場合は、再び先ほどいた場所に戻ることになります』と、説明した。
と言うことは、このまま、強制スリープモードとやらに入らずに、戻ってきたら、再びあの地獄と言う事か。
あちらの世界とやらは、よくわからないけれど、ここで花粉を浴びるよりはましだ。
ギヤが、機械音声が再び発した『強制スリープモードに入りますか』の問いに「はい」、と念じると、ギヤは、意識を失ってその場所に倒れた。
ギヤが目を覚ますと、蛍光灯が見えた。
あちらの世界では見たことがなかったが……なぜ?
そして、ギヤが目を覚ましたことに気づいた人が走ってきた。
あの制服は、うちの病院の看護師?
ん?うちの病院?
え??
「杉山さん、お名前言えますか?」
え?杉山?ギヤでなく?
困惑しながらも腕につけられたリストバンドを見ると『杉山花恋』と書かれていた。
そして、腕は、以前より多少は痩せていたものの、ギヤの時のような子供の腕ではなく、大人の腕だった




