閑話 皇太子の初恋?
ゲームクリエイターである彼は、その世界に来た時、何となく見覚えがある世界観だな、と、感じた。
それもそのはず、この世界は彼が作ったゲームであり、彼の黒歴史である『聖女の花の旅』の世界だったからだ。
「さ、皇太子さま、準備は完璧でございます!いつも通り、かっこよく仕上がっておりますよ、さ、ご覧ください!」
手もみしながら従者が言い、言われるままに、鏡を見て、あ、こいつか、と、彼は納得した。
同時に、皇太子とやらの記憶も流れてきたが、彼が作ったキャラクターなので、概ね相違ないな、と感じた程度だった。
確かに、キャラクターデザイン担当の女性が、このキャラクターは、顔面をゲームクリエイターの彼に寄せたと言っていた。
そのため、彼は、当初の予定よりも、この皇太子を派手好きのあんぽんたんに作り上げた。
昔の自分がそうであったように。
だが、一つだけ、ゲームの世界との違いがあった。
本来ならば、本編が始まる前に、既に悪役令嬢との婚約を済ませているはずだが、この皇太子はまだ婚約者がいなかった。
それだけでなく、すでに本編が始まっているにもかかわらず、ヒロインは、数回皇太子と会っただけで、皇太子とは何の絡みもないままに、この国でのイベントを済ませてしまっていた。
そんな中、救いようのないおバカ皇太子でも、一人しかいない皇太子であるため、嫁探しが重要になっていた。
そこで白羽の矢が立ったのは、ゲームでも悪役令嬢として君臨した『ポラン・カフニーナ』嬢であった。
このシードァ神聖国で国王の次に神聖な立場であるポラン公爵の一人娘だ。
恐らく、ゲームの中よりも、婚約の打診のタイミングが遅かったのは、皇太子がバカだからポラン公爵も一人娘を差し出すのを躊躇したからであろう。
気持ちはわからないでもない。
そして、状況的には、これからどうやらお見合いをするらしい。
既に、彼は、ポラン公爵邸の客間で準備を整え終わった所であった。
「さ、皇太子さま!いきますよ!真ん中をいつも通り偉そうに堂々と歩いてください!」
この国では『聖樹』と呼ばれているが、要するに杉の木の群生地を派手な服装の集団に囲まれながら皇太子である彼はふんぞり返って歩いていた。
この、皇太子の体は、ふんぞり返って歩くのが習慣になっているらしく、彼は普通に歩いているつもりだが、どうしてもふんぞり返ってしまう。
日傘をさしたポラン・カフニーナ嬢と思しき令嬢が見えてきたところで、「皇太子さまのおなーりー」と、集団の先頭の派手な男が叫んだ。
彼は、集団の真ん中から、日傘の令嬢に近づいた。
そして、思った。
悪役令嬢であるポラン・カフニーナのキャラクターデザインからずいぶんかけ離れているな、と。
ただ、ポラン公爵邸で蝶よ花よと育てられ、大事に慈しまれているはずの令嬢にしては、髪のキューティクルが死んでいるな、と感じられただけで、顔はほとんど扇子に隠れて見えないので、実は本物なのか、偽物なのかはわからない。
だが、出てきてしまった以上、無言になるわけにはいかなかったので、「お前が、カフニーナか?」と聞いてみた。
カフニーナらしき令嬢は頷いた。
自称本物のカフニーナらしいが、顔を見てみなければ、本物かどうかわからない。
「顔をあげろ」と、彼が言うと、令嬢は、扇子ごと顔を上げた。
「いや、そうじゃなくて、顔を見せろ」と、彼は、令嬢の扇子をつかんでいる方の腕をつかんだ。
何故か令嬢は扇子を取られまいと、反発してきた。
やはり、偽物なのか、と、思いつつ、さらに力を入れると、令嬢の力では彼には及ばなかったようで、ようやく令嬢の顔を見ることができた。
カフニーナかどうかよりも、充血した目と、垂れ幕った鼻水が目に入り、思わず、絶句した。
「なんかごめん」
その言葉を残して、彼は、その場を後にした。
その時、彼は、思い出していた。
小学生のころ、好きな女子がいた。
彼は、その女子の顔が好みだったのだが、どうも、周囲のメンバーとは趣味が違ったらしく、他の友人から見たら、その女子の顔は取り立てて美人でも可愛くもなかったらしい。
そのせいもあってか、小学生時代の彼は、好きな女子にアピールをするのではなく、ちょっかいをかけていた。
ある時から、その女子はマスクをして学校に来るようになった。
顔を見れないもどかしさと、いつも通りからかってやろうと、彼は、その女子のマスクを外してみた。
その時の彼女の顔は、先ほどの自称カフニーナの顔と同じだった。
それから、彼女とはほとんど関わることがなくなってしまったため、彼は花粉症をとても恨んでいたし、花粉症に嫌悪感を抱いていた。
思わず花粉症の人が卒倒しそうな、杉花粉とかヒノキ花粉とか舞いまくりの国を舞台にしたゲームを作成してしまうほどに。
彼のゲームの中のカフニーナのキャラクターデザインとは明らかに異なるので、恐らく先ほどの自称カフニーナは本物ではないのだろう。
恐らく、皇太子がおバカすぎて、見合いすらしたくないと、本物のカフニーナ嬢は嫌がったに違いない。
気持ちはわかる。
絶対におバカすぎて国を傾けそうだし、結婚したらろくなことにならないだろう。
城の皇太子の部屋で彼は、自称カフニーナ嬢に思いをはせていた。
もしかしたら、彼女もこの世界にきているのだろうか?
最後に見た彼女の姿を彼は思い出していた。
アパートの隣の部屋から出てきて、くしゃみをしながらせき込んだかと思ったら、倒れてしまった彼女。
救急車は呼んだが、その後どうなったかは知らなかった。
好きだった女子のはずなのに、名前は思い出せなかったが、彼女につけたあだ名だけ思い出した。
「花粉……」
彼は、そのぼんやりと言った独り言が従者に聞かれているとは思いもよらなかった。
そして、自分で作ったキャラクターであったにもかかわらず、カフニーナの愛称が『カフン』であったことも、すっかり失念していた。
この独り言のせいで、皇太子は、カフニーナをこっそり愛称で呼ぶほどカフニーナにぞっこんであると王宮で話題になり、噂が巡り巡ってポラン公爵邸にまで及び、その原因となった自称カフニーナことギヤという侍従が逃亡したことにポラン公爵邸の『離れ』のメンバーが気づいてしまうきっかけになることを、皇太子は知る由もなかった。




