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【完結記念:一気読みver.】夢重人格~24時間働けますか?~

作者: Akito

仕事が忙しく寝る暇もない。

そんな日々を送り身体も心も悲鳴を上げていた男に目を疑う情報が舞い込んだ。

24時間起き続けられる方法とはいったい?

24時間起き続けた男の顛末は・・・

人類にとって最も貴重な物は何か?金か?愛か?名誉か?いや、違う。それは時間だ。



「お待たせ致しました。それでは24時間活システムの同期テストをさせて頂きます。」


私は今、「24時間活動システム」なる物を受け入れようとしている。まずは、私がここに至るまでの経緯について語るとしよう。


私は古川という名で、大学在学中に企業し開発したゲームアプリが1,000万ダウンロードを記録し、運が良い事に若いうちに世の中でいう成功者となった。


まだまだ会社は成長期で忙しく、売上が右肩上がりに増えていくのが今唯一の楽しみだ。


不満といえば時間があまりにも足りない事だ。


寝る時間、食べる時間を極力削って仕事をしてきたが、それでもあまりにも時間が足りない。


「このままでは倒れてしまうな…」そんな事を考えていた時にスマホに送られてきた1通のメールが目に留まった。


大学在学中に私と同じく企業して私より一足先に成功していた家中からの連絡だった。


-------------------------------------------------------------------------------------

古川へ


1,000万DL突破おめでとう!


この前TVに出ている姿を見たよ。


ちゃんとメシ食ってるのか?


TVに映ってるってのに顔色が最悪だったぞ。


会社が忙しくてまともに休む事が出来ないのはわかるが、今は身体が資本だぞ。


休む時はちゃんと休め…って言いたい所だが、気持ちはよくわかるよ。


今は大事な時期だから、自分が関わらなければならなくて、出口の見えないトンネルを全速力で走ってる様な感覚だろう?


わかるよ、俺も同じだった。


文面でわかる様に俺は今はもうそうじゃない。


ただ、誰かに任せた訳ではなく、俺は今だにまともに休む間なく働いている。


24時間、365日だ。これはただ単に休日がなく働いているって意味じゃない。


本当に24時間、365日俺自身が動ける様になったんだ。


説明が難しいから、身体を壊す前に添付してるURLを見てみてくれ。


きっと今お前にとって最も必要な情報だ。


ログインをしないとその情報が開示されないから、問い合わせて仮のI Dとパスワードを発行してもらったので記載しておく。


発行期限が24時間だから、忙しいとは思うが早めに確認して欲しい。


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大学の時に気が合い行動を共にしていたが、やりたい事が違い、それぞれで起業をする道を選んだ。


会社は違うが共にスタートアップで苦労し、励まし鼓舞し合っていた。


彼が一足先に成功した事は悔しく、羨ましい思いをしたが、それを糧に自分がここまでこれたと思っている。


嘘くさい話ではあったが、彼の言う事であれば信憑性を感じざるを得なかった。


そして、私の目下の悩みは「時間が足りない事」、「肉体的に限界を迎えている事」だったので、まさに天から落ちてきた蜘蛛の糸の様に思えたのだった。


URLを開くと「ドリームハック」という会社のホームページだった。


睡眠に関する研究を主に行なっており、良質な睡眠を得る為の機器、寝具が主な商品となっていた。


ログインすると先程は無かった「24時間活動システム」という項目がHPトップに出てきた。


「時間が足りない…人類の究極の課題である活動限界に終止符を打つシステムを世界で初めて開発に成功。これから人は24時間、365日活動が可能となります。


まずは無料説明会へご参加ください。」


と記載があり、体験者のコメントがいくつか記載されていた。


体験者のコメントを読むと、家中と同じく「24時間、365日自分自身が動ける様になった。感謝している。」旨の記載だった。


「家中からの情報でなければとても信用できる内容ではないな。」


リモートでも説明会が受けられるとの事だったので、なんとか時間を調整し説明会には参加する事とした。


説明会の申し込みは希望日時、氏名、年齢、住所、連絡先、そして24時間活動システムを希望する理由についてだった。


項目をHP上のフォームに記載し送信すると、程なくして説明会実施日程の返信メールがきた。


「本日は24時間活動システムの説明会にご参加頂き誠にありがとうございます。」


飯島という名の女性が本日の説明会の担当との事で、担当女性と私の1対1の面談となっていた。


「弊社が開発しました24時間活動システムは古川様のご要望にお応えできる画期的な内容となっております。


まずはシステムの内容についてご説明致します。


画面資料を共有致しますので御覧になりながらお聞きください。」


「我々人類が活動する上で睡眠による休息は必須です。


しかし、多くの方がこの睡眠時間が極力短時間で済ませる事を望んでおられました。


そこで睡眠に関する研究を一世紀研究しておりました弊社がこの永遠の課題に終止符を打つ技術を確立致しました。」


「睡眠は人にとって脳と身体を休息させる為には必須である事は先ほど申し上げたとおりです。


そこで、我々が開発しました技術のご説明に移らせて頂きます。


それは、〈貴方様の記憶を保持した精密なアンドロイドを作成し、貴方様が睡眠中にアンドロイドで活動頂く〉という内容となります。」


「人にとって最適な睡眠時間はその方の年齢等によって異なります為、古川様の事前にご入力頂きましたデータと後ほどご足労頂き恐縮ではございますが、弊社研究所で睡眠のデータを分析させて頂き睡眠時間のご提案をさせて頂きます。」


「その後、弊社で準備致しましたアンドロイドに古川様の記憶を転送致します。


アンドロイドと記憶の転送技術は社外秘の内容の為、事前に守秘義務契約を頂き、テスト同期の際にご確認頂く内容にてご了承願います。」


「アンドロイドに関しましては、顔は古川様のお顔に限りなく似た内容となりますが、運動機能等の身体的な能力に関しましては現在の古川様の状態とは異なるます為、予めご了承くださいませ。」


「アンドロイドでの活動に関しましては使用内容によって前後致しますが、およそ8時間が限界となります。

こちらは記憶転送を行う技術の制約になり、長時間のアンドロイドによる活動は睡眠状態のご本人様へ戻られる際の負荷が非常に大きい為です。


アンドロイドで活動されました時間の記憶情報をご本人様の脳へ転送致します為、データ量が多いと脳への負担が大きくなる為です。」


「また、実施頂きます際は必ずテスト同期を義務とさせて頂きます。


アンドロイドとの同期において問題が起きないかご確認をさせて頂きます。


テスト同期に関しましては、ご本人様のお顔の再現が出来ていないサンプル機となりますので、弊社研究所からの外出は避けて頂きデータをとらせて頂いている間外出不可とさせて頂きます。


外出しなければ問題ございませんので、PC等をお持ち頂きお仕事をされても問題ございません。」


「費用に関しましては、同期テストは無料とさせて頂き、初期設定が1000万円となります。


その後、同期させる毎に10万円とさせて頂きます。非常に高額な内容で恐縮ではございますが、ご案内は弊社はご対応頂けますお客様のみにこの内容をお伝えしており、一般のお客様はお断りさせて頂いております。


古川様にはお身体のご健康と御社の更なるご発展の為、是非ともご活用頂きたくお願い申し上げます。」


「さて、古川様は非常にご多忙の事と存じます為、簡単ではございますがご説明は以上とさせて頂き、ご質問等がございましたら後程メールでも構いませんのでご連絡くださいませ。


もし、弊社システムをご利用頂けます場合には、ご本人様がお眠りになってるテスト時間でのご質問でも構いません。


ご検討の程宜しくお願い申し上げます。」


これが雑多にある情報の中から自分が見つけた内容だったら全く信じない内容だった。


しかし、信頼している人物からの紹介、制限された人物のみへの情報開示、高額な金額からごく一部の人間にのみに先行して伝わる真実である可能性も高いと感じた。


いや、肉体的に精神的に限界を迎えていた私にとっては信じたいという気持ちが強かったのだろう。


私は24時間活動システムを活用する事に決めた。


そして、徹夜をし施術の為の時間を作り、都内のドリームハックの研究所内の今に至る。


「同期テストを担当させて頂きます伊達と申します。


本日は宜しくお願い致します。」


伊達は外見はなんとも特徴のない細身の男だか、心地良い声とスピードで淡々と話をする印象だった。


「さて、まずは転送するアンドロイドのご確認です。」


ベッドに横たわっているアンドロイドは顔は少しこけており、私よりも年齢は上の様な印象で、近くで見ても人間にしか見えなかった。


「これは本当にアンドロイドなんですか?」と私が訊ねると、


「ええ、精巧にできている為、皆様驚かれます。


さて、こちらが記憶を転送させる装置になります。」


と伊達と名乗る男は答えた。


物置の様といえばいいのか、大きな機器がアンドロイドの頭側に設置されており、その機械から伸びた多量コードの先には何やらヘルメットの様な形状の機器に接続されている。


「この機械をこの様に頭にセットします。


この機械で記憶の転送を古川様からアンドロイドに移動させます。


そしてアンドロイドで活動中の間、古川様ご自身の体はこちらのもう一つのベッドで睡眠状態となります。


これから古川様の睡眠時間等のデータを取らせて頂き、アンドロイドの活動限界時間をご提案させて頂きます。


古川様、転送テストを実施致しますので、御着替えを用意しておりますので、奥の更衣室で御着替えになられたらお戻り頂き、こちらのベッドに機械の方に頭を向けて横になってください。」


寝具を販売しているだけあって、上質なパジャマが用意されており、着替えていたが、普段は着の身着のまま寝ていた為、パジャマに着替えるという行為がひどく懐かしく感じた。


ベッドに横たわろうとすると、


「こちらの薬をお飲みください。これは睡眠導入剤になります。


この状況下で直ぐにお眠りになる事は難しいと思いますので。」


殺風景な部屋ではあるが、機械の動作音に見知らぬ人物、初めて訪れた部屋等、眠れなさそうな点は多々あったが、ここ最近まともに眠れていない私は睡眠導入剤を飲んだ後、程よい柔らかさのベッドに懐かしさを感じ、程なくして眠りについていた。


目を開けると室内の電灯が酷く眩しく感じた。


「古川様、目は時間をかけて眩しさが収まるまで少しだけ開ける様にしてください。」


伊達の声が耳元でし、上手く目が開けられず薄目の様に少しだけ目を開ける様にした。


目が少し慣れてくると身体の違和感を感じた。


「古川様、次は手の指を順番に動かしてみてください。


まずは親指。」


動かす事は出来るが、感覚がいつもと違う。


言葉で表現するとそんな状態だ。


「古川様、次は足の指に力を入れてグッと折り曲げる事は出来ますか?」


足に力を入れる事は出来るが、感覚の違和感がやはりある。


「大丈夫そうですね。


古川様、それでは次は腕を上げてみてください。


そう、大丈夫ですね。


続いては足を上げてみてください…」


まるでリハビルの様な内容が続き、時間をかけて身体を動かせるかの確認を行なっていった。



「古川様、身体の状態は問題ございません。


身体を起こしてベッドに座ってみましょう。


身体を軽く伊達に支えられながら、ベッドから立ち上がる時の様にベッドの端に座った。


「今から鏡で姿をお見せします。


古川様は先程見て頂いたアンドロイドの姿になっております。」


その言葉を聞いてハッとした。


手を見ると、足を見ると自分のそれとは違っていた。


「古川様、大きく深呼吸をしましょう。


吸って、吐いて、吸って、吐いて…」


事前には聞いていたが、実際に自分が自分の身体でなくなる衝撃は大きかった。


何度か深呼吸をし、気持ちが落ち着いた事を伝えると伊達は鏡を持ち私に向けた。


「はっ…ぁ!」


そこには眠る前に見たアンドロイドの顔があった。


「私は、私はどこに?」


「古川様、あちらでございます。」


後ろを見るとベッドに先程とは別の機器を取り付けた見慣れた私が横たわっていた。


いや、自分自身の眠っている姿を見た事は無いのでこれは見慣れていないと言うべきなのか。


「古川様、無事転送テストは成功致しました。


おめでとうございます。


これから古川様ご本人の睡眠データの分析を行います為、アンドロイドの状態で暫くお過ごしを頂きます。


別の部屋をご用意しましたのでこちらに。」


私は暫し呆然とした感覚で伊達の案内されるままに部屋をでた。


「古川様、転送をしたばかりですので体調はあまり優れないかと思われます。


ご無理はせず、お休みになる際はこちらのベッドやソファをご使用ください。


体調がよろしければ古川様のPCをご用意しておりますのでご利用ください。


それではお一人になりたいお気持ちもあるかと思いますので、私はこの部屋から失礼致します。


もし何かご入用でしたら、こちらのボタンをお渡ししますので押して頂けましたら直ぐに参ります。


何かご質問はございますか?」


まるでモデルルームの様な部屋を見まわし、


「いや、今は特にありません。」


と答え、伊達はボタンを私に手渡し部屋を後にした。


私はソファーに座り込み、深く息を吐き両手を見た。


見慣れない掌で顔に触れると触った事の無い感覚がなんとも言えない気持ち悪さだった。


「本当のオレは寝ていた。


そして、これはオレじゃ無いがオレだ。


なんだよこれ、何だよ!こんな事が本当に現実に起こるのか!


…最高じゃないか、最高じゃないか!オレはこれで24時間の時間が使える。


ははは…嘘じゃ無いよな、夢じゃないよな。」


顔を叩き、腿をつねると痛みが確かに感じられた。


「古典的だけど、やっぱりやってしまうんだな…」


少し落ち着くと喉が渇き、お腹が減った感覚に気づいた。


「アンドロイドでも腹が減るのかよ?メシって食っていいのか?」


手渡されたボタンを押すと直ぐに伊達が部屋に入ってきた。


「伊達さん、アンドロイドでご飯は食べていいの?」


「古川様、問題ございません。


あちらの冷蔵庫に飲み物をキッチンにお食事を準備しております。


アルコール含め、今までの生活をして頂きほぼ問題はございません。」


「ほぼというのは?」


「今古川様は意識は本人でも身体が違う状態となっております。


身体の機能をご本人様と全く同じ状態にする事は不可能です為、その差異は発生致します。


例えば、アルコールに対する耐性もその一つです。」


伊達はそう言って冷蔵庫から私の好きな銘柄のビールを取り出した。


「古川様、他に何かご質問はございますか?」


「いや、特に。」


「かしこまりました、それではどうぞ、ごゆっくりお過ごしください。」


伊達が部屋から退出し、私はビールを一口飲んだ。


「味覚もあるのかよ!どうなってるんだこの身体。」


最近は忙しくて何を食べても、何を飲んでも味を感じなかったが、久しぶりに美味しいという感覚も味わう事ができた。


キッチンにあった私の好物のカレーと唐揚げを食べると、目からポロポロと涙が勝手に溢れ落ちた。


「オレは本当に人間だったのだろうか?


今のアンドロイドのこの感覚の方がよっぽど人間らしさを味わえているんじゃないか?」


時間が欲しいと願った私はゆっくりゆっくりと噛みしめて飲み込んだ。


食事が済み身体の感覚にも慣れてきたので、私は仕事をする事にした。


事前に持ち込み部屋のデスクに察知されているPCを操作する。


「目の見え方、視力も違うな。


私よりも若干悪いのか?これが身体能力の差という事か。」


仕事に没頭していると部屋のドアが開く音がし、伊達が入ってきた。


「古川様、体調はいかがですか?」


「あぁ、悪くないです。


こうやって仕事も出来るし、自分の身体との違いも慣れてきましたよ。」


「左様ですか、何よりです。


古川様ご本人のお身体の調査が終了致しました。


本日はこれから元の身体にお戻り頂きます。」


「わかりました。


そういえば、この身体になってからどのくらいの時間が経ったんですか?」


「5時間程です。


本日の稼働状況ですと8時間は問題無いと思われますが、初回ですので念の為早めにお戻り頂きます。」


「わかりました。」


そう言ってモデルルームの様な部屋を後にし、機械音がなり、私が寝ている部屋へと戻った。


私は転送の際に寝ていたベッドに横になった。


伊達から睡眠導入剤を渡され、飲む前に一つ伊達に尋ねる事にした。


「転送?の時間はどのくらいなんでしょう?」


「平均して10分程度です。


活動する内容によって情報量が変わります為、あくまで目安ではありますが。」


「そうですか、ではお願いします。」


そう言って私は睡眠導入剤を飲み横になり、目を閉じて眠りについた。


「古川様、御気分はいかがでしょうか?」


伊達の声が聞こえ、目を開けると身体の違和感を感じた。


腕を動かし、手のひらをみると、


「…これは、私の身体だ。」


「仰る通りです。


転送が終了致しました。


古川様、本日はお疲れ様でした。


頭痛やご気分が優れない等の症状はございませんでしょうか?」


「あぁ、大丈夫です。」


「古川様、アンドロイドで活動された時のご記憶はございますか?」


「あぁ、ありますね。」


私は横に目をやり、横たわっているアンドロイドを見ながら自分の身体の腿をつねっていた。


「それでは、本日のテストはこれで終了となります。


本日はあくまでテストでしたので、問題なければ契約に移らせて頂きます。


宜しいでしょうか?」


「あぁ、はい。お願いします。」


「ありがとうございます。


それでは契約に関しましては別室でご対応とさせて頂きますので、服にお着替え頂きます様お願い致します。」


私は更衣室に入り、研究所に来た時に着ていた服に着替えた。


更衣室に取り付けられた鏡で自分を見たが言いようもない変な感覚が残っていて、もう1人の自分が背後にいる様な感じがして何度か振り返っていた。


更衣室から出ると説明会で話をした飯島が待っていた。


「古川様、こちらにご移動願います。」


案内された先は応接室の様な場所だった。


「古川様、こちらにお掛けになってお待ち下さい。」


椅子に座って待っていると、飯島が目の前に座り、契約書類を机の上に準備した。


ひと通り目を通し、私は契約する事にした。


転送についてはメリットを感じたし、何よりも私自身の体調が良くなったからだ。


身体が久々にぐっすり眠れた感覚を得られて、いつもの気だるさが無いだけでもその価値は私にとって大きかった。


アンドロイドの時の記憶は昨日の記憶の様に全て鮮明に覚えているわけでは無いが、それがかえって自分自身が行動した様に感じられた。


「古川様、ご契約誠にありがとうございました。


それでは今後についてご説明致します。


転送を行う為には事前にご予約を頂く必要がございます。


こちらのタブレットでID、パスワードをご設定ください。


設定が終了しましたら、1番下の確定ボタンを押してください」


飯島はそう言うと背を向けた。


「設定しました。」


「ありがとうございます。


それでは、古川様に事前にご登録頂きましたメールアドレスに予約フォームのURLをお送り致しましたので、先程設定頂きましたID、パスワードでログインをしてください。


後は日時を選んで頂き、確定頂けましたらご予約完了となります。


予約時間の10分前にこちらの弊社研究室までご足労ください。


その後の流れは本日と同じとなり、古川様はアンドロイドでの外出も可能となります。


最短で本日の21時から古川様と見た目が同一のアンドロイドをご準備致します。


本日のご予定はございますか?」


「そうですね、今日の21時に来ます。


ちなみに今何時ですか?」


「現在朝の7時となります。」


「そうですか、久々に気持ちいい朝です。ありがとう。」


「ご満足頂き幸いです。


本日21時にお待ちしております。


それではお帰りになる道をご案内させて頂きます。」


「古川様、それではお気をつけていってらっしゃいませ。」


研究所から外に出ると雲一つない晴天だった。


それは久々に感じた気持ちの良い感覚だった。


「朝飯食って会社いくか。」


世界は自分の見たい世界になる物だと感じながら私は歩き出した。



「お帰りなさいませ。古川様、お待ちしておりました。」


21時ドリームハックに着くと飯島が入り口で出迎えてくれた。


「それではご案内致します。」


飯島の後について歩いて行くとテスト同期で入った部屋にたどり着いた。


「お待ちしておりました、古川様。」


伊達が機械とベッドの側に立っていた。


「古川様、こちらをご覧ください。」


ベッドに寝ているのは紛れもなく私だった。


「…不思議な気分だな。


知らないだけでオレには双子の兄弟がいたのだろうか。


そんな感覚だ。」


「古川様、それではお着替えください。」


同期テストが何時間か前の事だったので、私はすんなりと受け入れ、ベッドに座った。


「それではこちらをお飲みください。」


私は薬を飲み目を閉じて薄れていく意識に身を委ねた。


「…古川様。」


声に反応して目を開けると伊達の顔が映った。


「古川様、ご気分はいかがでしょうか?」


「あぁ、特に問題ないですよ。」


私はゆっくり起き上がり横を見るとさっきと反対側に私が眠っていた。


差し出された鏡を見ると私が見ても私としか言えない顔だった。


「本当に信じられないな、これは。」


「古川様、それではあちらでお着替えください。」


着替えると服や靴に少し小さい様な違和感を感じた。


着替え終わり伊達に伝えると、顔は再現できるが、身体に関しては全く一緒にする事が出来ないという事だった。


事前に多少の違いや違和感がある事は聞いており、買い替えなければいけない程では無いので気にしない事にした。


「古川様のアンドロイドでの活動限界は8時間となります。


22時に転送完了致しましたので、明日の朝6時迄には必ずお戻りください。」


伊達の語り口に初めて人間らしい温度を感じ、時間厳守である事をひしひしと感じ取れた。


「わかりました。」


「古川様、それでは帰り道のご案内を致します。」


飯島に帰り道を案内してもらい、外に出ようとすると、


「古川様、くれぐれもお戻りの時間はお守りくださいませ。


いってらっしゃいませ。」


と飯島が深々と頭を下げた。


「はい、わかりました。」


まるでシンデレラの様な気分だな。


私は外へ向かって歩きだした。


駅に向かって歩き、人通りが多い場所に出ると私は妙な高揚感に包まれた。


(私がアンドロイドだと言う事を誰も知らない)


そう思いながら私は人混みに紛れ、込み上げてくる笑いを噛み殺した。


「古川、直接会うのは久しぶりだな。」


こうして時間が確保できる様になった私は家中にお礼も兼ねて会う約束をしていた。


「家中、君のおかげでこうして正気を保ってられるよ、ありがとう。」


「あぁ、オレも今交代している。」


家中も私が知っている家中にしか見えなかった。


「これは交代している家中に気付くヤツはいないな。」


「あぁ、お前くらいだな。」


そう言って私達は学生の頃に通っていたバーで酒を飲んでいた。


「こんな事が現実に起こるなんて、家中から話を聞かなかったら今頃私は廃人になってたよ、ありがとう。」


私は家中にようやくお礼を言う事ができ、これからの会社の行末についてゆっくりと話をした。


「そろそろオレは元に戻る時間だ、先に行くよ。」


家中はそう言うと店から出てタクシーに乗り込んだ。


時間は深夜1時。


私は交代の時間前まで仕事をする為に近くのコワーキングスペースに向かい、PCと向かい合った。


事前にセットしておいたスマホのアラーム音で元に戻る時間が近付いている事に気付いた。


「体調がいいと、仕事がはかどるな。」


タクシーを手配し、ドリームハックに向かった。


到着したのが5時00分。


あれだけ念押しされたので遅れるわけには行かないと思い早めに行動したが、思ったよりも早く着いた。


にもかかわらず、入り口で飯島が待っていた。


「お帰りなさいませ。」


飯島は深くお辞儀をした。


「飯島さん、いつから外で待たれていたんですか?」


「ご安心くださいませ、今から5分程前です。


古川様、お話がございましたらお戻りなられてからに致しましょう。


それではご案内致します。」


そう言うと飯島は振り向き歩き始め、私はその後をついていった。


「お帰りなさいませ、古川様。


それではお着替えになって、こちらのベッドへお戻りになってください。」


伊達は淡々と転送の準備を始めている。


私は着替え済ませ、ベッドに座り、薬を飲んだ後横になり目を瞑った。


(眠らないと1日は長く感じるもんだな)


薄れていく意識の中で、人生の体感時間が今までとはまるで違うという感覚に思わず笑みが溢れていた。


「古川様。」


「あぁ、はい。私です。」


伊達の声で私は元の体で目覚めた。


感覚的には2、3分うたた寝をして起きると体調が回復している。


そんな感覚だった。


「古川様、次回の転送はいつ頃のご予定で検討されていますか?」


「これから会社が大事な時期なので、毎日来させてもらおうと思っています。」


「かしこまりました、それではお待ち申し上げております。」


部屋を出て飯島に案内してもらい、外に出ると


朝日が気持ち良かった。


「さて、仕事するか。


その前に、シャワー入った方がいいか。」


私は足取り軽く家路にむかって歩き始めた。



そして、1ヶ月私は継続してドリームハックに通い、転送を続けた。


自分が2人いればいいのに…そう思っていたが、今まさに2人いる状態だった。


私は働きに働き続けて会社をそれに比例する様に業績が拡大していった。


夜にアンドロイドで活動してた時たまたま入ったコンビに陳列されていた本の一文に私は目が釘付けになった。


〈24時間、365日人が活動できる。そんな黒い未来がここにあった〉


(…これはドリームハックの話じゃないか、黒い未来?)


私は直ぐにその雑誌を買い該当する記事を読んだ。


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睡眠に関する研究、寝具の製造・販売をしているドリームハック。


会社の表の顔は良質な睡眠をサポートする会社だが、秘密裏に貧困層の人身売買に携わり人体実験行なっていた。


その人体実験とはにわかには信じ難いが、貧困層の人体に富裕層の人間の脳の記憶を書き換え、活動させる。という内容だ。


富裕層にとって何よりも手にしたいモノ、それは時間だ。


他人の身体を使い、1人の人間が2つの身体を持ち入れ替わり活動する。


活動していない身体と脳は休ませ、持続的な活動を可能にしたというのだ。


本誌はドリームハックの人体実験を受けたという人物とのコンタクトに成功し、顔出しをせず、名前も伏せるという条件で人体実験に関するインタビューを実施する事ができた。


「私は知人の紹介でドリームハック社の事を知りました。


私はその頃仕事が非常に忙しく、まともに眠れず働き続け憔悴しており、家族は休んで、病院に行く様に言ってきました。


私はその状態がけっして良くはない状況である事を理解できていましたが、仕事ではとても大事な時期で自分が休む選択肢を選ぶ事は出来ませんでした。


そんな中、ある知人から24時間、365日自分が活動できるサービスがあると、ドリームハック社の事を聞きました。


知人からの紹介と仕事を続けられる方法があるという事で私は藁にもすがる思いで同社を訪ねました。


そこでは私自身にそっくりの顔を持つアンドロイドと呼ばれるモノに自分の脳の記憶を一時的に移して活動し、自分自身の脳と身体はその間に休息を取るという内容でした。


まるでSF映画の様な話でしたが、私は正常な判断ができない状況だったと思います。


働く事、休む事が同時にできる内容が非常に魅力的に感じ、即決していました。


費用は最初に1000万円、その後身体を変える毎に10万円でした。


その当時は私にとっては妥当といいますか、費用以上の価値を感じていたのです。


実際、アンドロイドでの活動は家族を含め、誰にも気付かれませんでした。


私自身の身体は休息がとれ、1日24時間365日の活動も出来る事から肉体的にも精神的にも余裕がうまれ、仕事が順調に軌道に乗り、家族との時間も確保でき関係も修復でき、まさに順風満帆の生活を過ごす事が出来ていました。


あの日を迎えるまでは…


理由はお伝えできませんが、いつからか私は記憶障害が出る様になっていきました。


最初はあまり気にしていませんでしたが、自分には全く記憶がない様な出来事、人物を思い出す様になり、まるでもう1人の自分がいる様な感覚に囚われる様になりました。


そんな中仕事で訪れたある場所で記憶通りの光景を目にする事になりました。


その場所は私に縁もゆかりもありません、何故なら私は海外で過ごした事など人生を通してなかったからです。


私の目からは勝手に涙が溢れ、現地の人と私の知らぬ言葉で話しをしていました。


全く知らない言葉でしたが、口が勝手に話しているという状態でした。


その日を境に私は寝ている間、別人格で活動している様です。


起きると寝た場所と違う場所にいる、私の知らない言語で書き記したメモ、等々。


私は正常な精神状態でいられなくなり、今はこの精神病院に隔離して貰っています。


先生が仰るにはやはりもう1人の人物が私の中にいる様です。


会いたければ、夜に来るといいですよ。」


本誌取材班は本人と病院に特別に許可を取り、夜に同人物への取材を短時間という条件下で実施した。


しかし、彼の話している言語が特定できず、病院側からこれ以上の取材の許可が得られなかった為、インタビューは断念した。


だが、見た目は昼間のままだったが、明確な意思を持って違う言語を話している事はわかった。


言葉の意味はわからないながらも、1人の人間がそこにはいた。


確実に別人である誰かが。我々は夜の彼が話していた言語について今もなお現在進行形で調査を続けている。

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関係のない人間であれば単なる都市伝説で終わる様な話だが、私には信じられる証拠がいくつも心当たりがあった。


私は直ぐにドリームハックに電話をしたが、電話が繋がら無かった。


何度かけても繋がることはなく、私はドリームハックの研究所へと急いで向かった。


研究所へ近付くとマスコミ関係者が建物を囲んでいた。近付こうとしたが、マスコミ関係者の刺すような視線に私は恐怖を感じ、通り過ぎる近所の人間を装ってその場を横切った。


(彼らに気付かれたら私は格好のモルモットだ…)


私は背中にじっとりとする感覚を感じ、私は彼らに声をかけられない事を祈った。


「あなた、この施設の関係者の方ですか?」


マスコミの1人が私に話しかけてきて、私は心臓の鼓動が一気に跳ね上がった。


「いえ…たまたま通りがかって、人だかりが出来ていたので気になって見てたんですが、何かあったんですか?」


私は出来るだけ平常心で話す様にしたが、普段の私を知る人物であれば明らかに異常がある事を感じただろう。


彼は疑う様に一歩近づいてきたが、他のマスコミ達が少し騒ぎ始め研究所で何かあった事が気になったのか、私に声を掛けてきた人物は足をとめて、研究所の方向に戻っていった。


私は出来るだけゆっくりと足早にその場所を後にした。


深夜、私は会社に着くと周りを見渡してから建物に入った。


来客用のソファーに倒れ込み、大きく息を吐いた。


(オレは犯罪者でもないのになんで逃げ回っているんだ…)


自分のテリトリーにいる安堵感から私は眠りについていた。


目が覚めると私は見知らぬ場所にいた。


ボロボロの物置の様な家だった。


握り締めていた1枚の写真を見ると、私は衝撃のあまり口を覆った。


(テストで見たアンドロイドじゃないか…)


その人物が女性と子供と笑顔で写っている写真だった。


私は写真を手放し、後退りする様に外に向かった。壊れたドアを開けると、そこは漁港が直ぐ傍にあった。


「どこだよ…ここ」


腕時計を見ると、午前10時42分。


日付は私が眠った日から5日が経過していた。


(5日…5日間が経っている…寝ている間に?どういう事だ…)


混乱した私はその場でしゃがみ込んで動けなくなってしまった。


暫くすると1人の男が私に話しかけてきた。


「おめぇ、何してんだ、こったら所で?」


振り向くと男が私の顔を覗き込んだ。


「ん、見ねぇ顔だな。」


私は恐怖心を押し殺し、現状を少しでも理解する為に男に話しかける事にした。


「気付いたらそこの家にいたんです。…ここはどこですか?」


「ここは松前だ。」


聞き慣れない地名に私は混乱した。


「松後ってどこですか?」


「北海道の松前だ。」


(北海道!)


私の唖然とした顔を見て男は本当に私が何もわかっていない事を理解した様だった。


「おめぇ、あそこの家にいたっつったな。あそこの家は吉永さん家だったなぁ。随分前にいなくなっちまったけど。」


私は男に近付き「ご存じなんですか?」と詰め寄った。


「あぁ、吉永さんいなくなる前、借金取りが来てたみてぇだったな。


なんでそったら事になったのか知らねぇけど。


1年前くらいだったかな、夜逃げだったのか、急にいなくなってなぁ。


そんぐれぇだ、知ってる事つったら。」


「…そうですか、ありがとうございました。」


私は男にお礼を告げて先程の家に戻る事にした。


壊れたドアを開け中に入り、落ちている写真を拾いもう一度見た。


(ドリームハックの記事でアンドロイドではなく本当に実在していて人間を使っていた、と書いてあったな)


私は写真の見覚えのある男を凝視した後、女性と子供に目を移した。


すると涙が目から溢れ落ち、


「…マキ?…レナ?」


と口にした後激しい頭痛に襲われた。


「あぁぁ、がっ、ぐぅぅう…」


私は倒れ込み、のたうち回っているうちに意識が朦朧としてきた。


ドアが開き、明かりと人影が微かに見えて、私は気を失った。



気がつくと私は血まみれの包丁を握っていた。


「はぁっ、あぁああ!」


後ろに後退りすると私は何かを踏んだ感触に気がついた。


下を見ると男が血まみれで倒れていた。


「あぁあああ!」


私は飛び上がり、違う方向へ倒れ込んだ。


「…うるせぇなぁ。」


私は粗い呼吸のまま声のする方向に振り向いた。


「あなたは…」


そこにいたのは海で私に話しかけてきた男で血まみれで息も絶え絶えの様子だった。


「なんでこんな事に、あなたは?どうして?」


頭の整理がつかない私に男はふり絞る様に声を出した。


「おめぇ、吉永だったんだろ?良かったじゃねえか、仇がうててよぉ。」


「吉永って?仇ってなんなんですか?」


私が問い詰めると、


「あんたさっきまでとは別人だな…」


男はそう言って動かなくなった。


この状況の事は一つも理解できなかったが、ここを離れるべきだという事だけをなんとか私は思い付き、私は血だらけの包丁と用意周到につけられていた手袋を投げ捨て、急いでドアから走り逃げ出した。


「ここはどこなんだよ!


はぁっ、あいつは何なんだよ!」


建物から出ると繁華街の様だった。


私は深呼吸をし、息を整えて出来るだけ冷静を装って人混みに紛れた。


肩で息をするのを出来るだけ抑えて、ゆっくりと歩いた。


すると肩を叩かれ声を掛けられた。


私は血の気が引き振り返ると、


「お兄さん、いい娘いますよ、寄って行きません?」


と客引きの男だった。


「…結構です。」


私は男にそう告げて、力無く歩き進めた。


(私はこれからどうすれば…)


「そんな事、言わずにさぁ。


元気無さそうな顔して、嫌な事でもあったんでしょ?


ほら、ウチに来たら元気になれるよ。」


と男がさらに詰め寄ってきたのでイライラしたが、絶望感が強く、面倒は起こさず一刻も早くここから遠ざかった方が良いと思っていた私は笑顔で、


「お兄さん、ありがとう。


ごめんね、また今度来た時に寄るからさ。」


と告げると、男はそれ以上は私につきまとわず、違う男性に近寄って行った。


暫く歩きポケットに手を入れると財布が入っており財布の中身は無事で、もう一つのポケットに入っていたスマホはバキバキに画面が割れて電源がつく事は無かった。


私は肉体と精神の疲労感に限界を感じ、近くに見えたビジネスホテルに入った。


最後の気力をふり絞り出来るだけ冷静を装い受付と支払いを済ませ、部屋へと急いだ。


ドアを開けベッドに倒れ込んだ。


「オレは本当に今生きているのか?」


「オレはホントうに生きているのか?」


「オレハホントウニイキテイルノカ?」


自分の口から溢れた言葉が頭をグルグルと周り、自分以外の声が聞こえた。


薄れる意識で私は違う声に向かって話しかけた。


「あんたは、吉永、さん、なんのか?」


「…あぁ、悪いな、また変わって貰う。」


その後私は割れる様な頭痛を感じ意識を失ってしまった。


気がつくと私は真っ暗な空間に置き去りにされた様だった。


薄い薄いスポットライトの様な光が自分にだけさしており、自分の身体が微かに把握できた。


そして、もう1箇所同じ様な微かな光源が目に入った。


私はその光源は探る様に近付き目を凝らした。


するとそこに経っていたのは写真で見たテスト時のアンドロイドの男だった。


「吉永さん?」


「あぁ、古川さんだな。世話になったな。」


男は静かに私の方を見ながら呟く様に口を開いた。


「漁港でお前が会った男を殺したのはオレだよ。」


男の発言に私は激昂し、詰め寄った。


「あんたのせいで、オレは訳もわからず、どうしてくれるんだ!」


男はため息をつき、私を睨んだ。


「元はと言えば、この身体はオレだ。


お前が勝手に乗り込んで来たよそ者だろう。


オレが何しようがオレの勝手だ。」


私は男の言葉にハッとしたが、納得いかなかった。


「私はあんたがアンドロイドだと聞いていたんだ。


本当に生きていた人間だったなんて…私は何も知らなかったんだ。」


男は私に近寄ると、


「これからの話をしないか?」


と呟いた。


「これから?…どういう事だ?」


「オレはお前が邪魔だ。


お前はオレが邪魔なんだろう?


どっちがこの身体の主導権を握るかって事だよ。」


「何を言っている?


そんなロボット操縦の様な話訳がわからない。


大体どうやってそんなの決めるんだ?」


男は私を押し倒し馬乗りになって首に手を回した。


「こういう事だよ。」


私は男の鼻を殴り、一瞬怯んだ隙に手を外して逃げた。


「ハァっ…ふざけるな。あんたは狂ってる。」


男は跪いたまま俯き笑い始めた。


「ハハハハ…そう、狂ってる、狂ってるよ!


こんな人生まともでいられるワケないだろ!


妻と娘は殺されちまった…もうオレも殺してくれ…」


男と距離をとって私は男に何があったのか尋ねた。


「オレはギャンブルで借金まみれだったんだ。


ある夜、家族もろとも攫われた。


オレが殺したのは借金取りの1人だ。


奴に聞いたら妻と娘は売り飛ばされ、薬漬けになって死んだとよ。」


私は男を見下ろして呟いた。


「それであんたも売り飛ばされて、行きついた先がドリームハック。


不幸な目に合ったのは自業自得じゃないか。」


男は力無く答えた。


「あぁ、全部オレのせいだよ。


オレは生きてたってしょうがねぇんだよ。」


男に当たっていた光が弱くなっていき、真っ暗になると私は目が覚めた。


私はホテルの受付を済ませ、新聞を読んで事件が発覚していない事を確認し、ホテルの観光案内のチラシで現在地を把握し、駅へと向かった。



私はドリームハックへ向かう事にした。


道中私は何も考える事が出来なかった。


今はただ自分の身体を取り返す事が最優先だと感じ、その事だけが頭にぼんやりと浮かんでいた。


新幹線、電車、タクシーを乗り継ぎ私はドリームハックへ辿り着いた。


マスコミが周りを取り囲み逃げる様に離れた日から1週間が経っていたせいなのか、誰1人建物の周りにはおらず静かなものだった。


私は建物の中に入ろうとしたが、正面のドアは鍵がかかっており入れなかった。


中の様子を見ようにも真っ暗で様子がわからず、スマホも使えない為電話も出来なかった。


建物の周辺を歩いていると、ドアが動いた様に見えた。私は急いで近付き様子を確認しドアノブに手をかけるとドアが開いた。


館内は暗く非常灯のみが光っていた。


人の気配が全くない館内を私は早歩きで進んでゆき、何となく以前見た場所に辿り着き、転送を行なっていた部屋へ急いだ。


ドアを開ける私が眠っていたベッドがあり、転送に使われていた機械はボロボロに破壊されていた。


私は膝から崩れ落ちた。


「私はこれからどうすればいいんだよ…私の身体、私の身体は?」


私はその場に寝転がり非常灯に照らされた天井を見上げた。


(私は誰なんだろう。


身体が違う人間でこのまま生き続けられるのか?


吉永は?


いっそ私の存在を消してくれないか?)


私は目を瞑り考えるのをやめた。


静けさの中1つの消えかかった非常灯の音が耳に入り込んだ。



この世の中には自分にそっくりの人間が3人はいるという。


その人間は本当に他人なのだろか?



あなたは寝てくださいね。

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