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月の蘇る-来-  作者: 蜻蛉
第一話 再会
7/441

 5

「矢張り愚かな子供ですな」

 碑未は鼻で笑うように言った。

「愚かだろうか。人に心を開けないだけだろう」

 龍起は寂しげに返した。

 人払いのされた、二人きりの執務室。

 昔はこんな事は有り得なかったが、成人した王を無視出来なくなった碑未はこうして意見の擦り合わせをするようになった。

 尤も、合わせているのは王の方だと言える。碑未の方針に否を言う理由が無くなった。

「それも含めて愚かなのです。陛下の誘いを断るなど」

「まあ…仕方なかろう。あの子にとって都は身を置く価値のある場所ではないんだ」

「殿下の意思など関係ありません。自ら陛下に示された好機を潰したのですから」

「どうするつもりだ」

「このまま閉じ込めるのは容易い事ですが、人攫いのような真似はせぬ方が良いでしょう。北州に難癖を付けましょう」

「難癖ね…」

「叩けばいくらでも埃の出る地です」

「金は大丈夫か」

「王府の直轄地としたのはあの男自身ですぞ?それを元に戻す…否、法の通りに治めてやれば良いのです」

「なるほど。それで、あの子はどうなる?」

「処刑する訳にもいかぬでしょうな」

 龍起は目を剥いた。

「殺すのか!?」

「そんな血生臭い事は致しませぬよ。陛下の愉しみを奪うつもりはございません」

「良かった…生かしてくれるか」

「無論」

 まだあの子供は燻っているだけだ。具体的に何をした訳でもない。

 但し、放っておくには危険過ぎる。

「問題は殿下自身ではなく、担ぎ上げる周囲ですからな。こちらが囲ってしまえば向こうも手出しは出来ますまい」

「まるで昔の私のようだ」

 皮肉を込めてその相手に言う。

「その通りです。尤も、陛下より酷な環境とさせて頂くつもりですが」

 皮肉など全面的に受け入れた上で流して、更に恐ろしい事を言う。

 全くこの男には敵わない。だから否を言う気など失せた。

「ただでさえ繊細な子だ。あまり酷な事はしないでやってくれ」

「さて。こちらは政をしております故」

 手加減など無用と言う事か。

「明日、もう一度話をしてみるよ」

 翻意を期待して王は言った。


 息苦しさで目を覚ます。

 体が強張って動かない。声も出せない。

 恐怖と同時に、またか、と冷めた心で呟く。

 亡霊が見える。それが誰かは分からないが、己を呪う声は聞こえる。

 否、父の代わりに己を呪っている。

 全く迷惑な話だ。別人だと言うのに。

 亡霊は際限なく増えてゆき、首に手を伸ばして――

「っは…」

 体が動き、大きく息を吸った。

 闇の中に蠢くものは消えている。

 都に来ればいつも見る夢。夢なのかどうかも分からないが。

 息を吐いていると、祥大が器を手に入ってきた。

「兄さま」

 差し出された薬に頷いて、手を伸ばす。

 睡眠薬と抗精神薬。未成年向けに効力はごく軽いものだ。彼の父が調合していつも息子に持たせる。

 一息に干して、器を返しつつ大きく息を吐いた。

 温かな薬湯を体内に入れる、その行為自体が落ち着きを取り戻させる。

「祥大…お前の父は、父上とこの城で死線を掻い潜ってきたと聞いたが」

「はい。お父上様が即位される前に」

「きっとその時の敵が俺を呪っているんだろう。今は亡き父に代わって、俺が当たりやすいから」

「祈祷師を呼びましょうか」

「やめてくれ。兄上の耳に入れば嬉々として恩を売ろうとする輩が出て来る」

「そうですね…」

 寝台の上で膝を抱えて、隆統は闇に暗い目を向けている。

「俺は…無理だろうな。きっと、耐えられない」

「何がですか?」

「父上と同じ場に立たされたら、だよ」

「でも兄さまはお強いから」

「怖いから刀を振ってんだ」

「怖いから…?」

「誰よりも強くなれば怖いものも無くなると思ってた。でも違った。何もかもが怖くなっていく。刀を交える前に、他の存在そのものが…」

 だから他人を拒むのだろうかと祥大は考えて。

「僕は兄さまにとって怖い存在にならないよう頑張りますね」

 ふっと隆統は微かに笑った。

「お前だけだ。祥大。俺の心を汲んでくれるのは…」

 薬が効いてきて再び身を横たえる。

 眠りについた兄を見て、祥大も傍らの布団に身を丸めた。


 何故こうも、この城を恐れるのか。

 父の過去を聞かされる。悪意のある口が、如何にもあなたの為ですよという顔をして。

 その悲惨さを想像して夢に見る。

 だが、それだけではない。

 五年前、ここで聞かされた。

 母が今、何をしているのかを。

 宰相碑未の口から。

――そういう、汚れた母を持っているのですよ、殿下は。

 そう言われた。

 嘘だと言いたかった。言いたかったが、矢張り何も言えかなった。

 こんな激情でも、己の本心は外に出せない。

 偽らねばならない。それが出来なければ隠さねば。

 それが生き残る道。

 道を踏み外せば、死ぬ。


 兄が後宮を案内したいと言うので、渋々ついて行った。

 本当は今日一日書庫に閉じ籠もっていたかった。書物を読みたいのは勿論だが、何より人の顔を見たくなかった。

 夜の悪夢のせいで頭がぼうっとしている。

「懐かしいだろう。覚えているかな」

 後宮の中の光景は当然あまり記憶に無い。

「二歳だったものな、お前は。それ以来か」

 回廊を歩きながら王は一人喋る。

「可愛かったなあ、あの頃のお前は。私は毎日のように抱っこしに来ていた。それも覚えてないか」

 隆統はただ兄の後をついて歩く。その光景や建物を見るでもなく、兄の足元だけを見て。

「今も可愛い弟だがな。なあ春音、またここで暮らそうよ」

 初めて振り返ってその顔を見る。

 表情は無く、足元をぼんやりと見る目は変わらないまま。

「隆統、聞いてくれるか?」

 名を呼び直すと、やっと目が僅かに動いた。

 少し横に逸らされただけだが。

「中に入ろう」

 御殿の中に入る。中から子供の声がした。

「父上!」

 無邪気に駆け寄ってくる男の子。

 七歳になる王の嫡男、つまり王位継承者。

鵬羽(ホウワ)は覚えているかな、この人はお前の叔父上だよ」

 龍起は己の子に教えた。

「こんにちは、叔父上」

 子供の挨拶にも視線をくれない。

 数年に一度顔を合わせる関係ではある。だが、話をした事は一度も無い。隆統が口を開かないから。

 鵬羽は不思議そうに年若い叔父を見ている。

 父は構わず弟に語りかけた。

「そろそろこの子に名を授けようと思うんだ。龍の名を」

 表面上、その表情は何も変わらない。

「覚えているか?お前が私に龍の名をくれた時の事を。私は本当にあの時のお前に感謝しているんだよ。お陰で龍の名を息子に受け継ぐ事が出来る」

 あの日、天真爛漫に笑っていた顔が、嘘のように。

 王は弟の肩に手を置いた。

「怒っているのか?」

 小さく、首が横に振られた。

 頷いて、息子に言う。

「母上の所に行っていなさい」

 鵬羽は素直に言われた通りにした。

 人払いをし、椅子に座らせて。

「私に龍の名をくれた事、後悔しているのか」

「何故ですか。そんな訳が無いでしょう」

 口を開いた事自体に安心してしまう。

「そうか。なら良いのだが」

 寧ろこちらの方が不信の目で見られている。

 立場は逆だと思いつつ龍起は言った。

「昨日の話だが、どうも心変わりがあればなどと悠長な事は言っていられなくなった」

 不信の目のまま見据えられる。

「謀叛を考える者達が北州に集まっていると報せがあった。そこにお前を戻す訳にはいかない。分かるな?」

「俺は担がれたりしませんよ。どうして意思なき人形が謀叛人を率いたり出来ましょうか」

「意思の無い人形だからこそ、奴らに操られる危険はあると思うが」

 隆統は口を閉ざした。兄は続ける。

「そうなったら悲劇だ。私はお前を討たねばならなくなる。そんな事はさせないでくれ」

「…北州が謀叛を企てているという証拠は」

「私の手のものが掴んだ情報だ」

「信じられませんね」

「私が信じられぬと?」

「何を…今更」

 目に露わになっていた不信感が、そのまま言葉にされた。

「俺を信じなかったのは兄上です」

「何故?そんな事は無い」

「自覚もありませんか?父上は病死ではない。俺はこの目で見ているのです。それを兄上は否定した。己の立場の為に」

「見ているって…三歳だろう?記憶違いなど当たり前だ」

「あんな衝撃的な記憶が消えたり書き換えられたりされるとでも?今も夢に見るんですよ、あの時の事を。父上を殺した者の屍の記憶も」

「それは、お前…。しかし、灌の記録にしっかりと残っているんだぞ…」

「兄上は母国を庇っておられるに過ぎない。だから母上の事にも我関せずなんだ。所詮他人に過ぎないから」

「お前…!」

「口が過ぎました。ご無礼をお許し下さい」

 如何にもわざとらしく言い、頭を下げて、立ち上がった。

「待て、隆統」

 無視して踵を返す。

 もうここには居られない。一刻でも早く北州に帰らねば。

 だが。

 扉を開けると、そこには碑未の姿があった。

「お話、聞かせて頂きました」

 普段、全く顔色を変えない少年の顔が。

 目を見開き、青ざめた。

「殿下のお言葉、反逆を窺わせるに十分なものかと。そうでしょう、陛下」

「碑未、待ってやってくれ。流石にそれは…」

「無論、今すぐ罪に問うというものでは。ご安心下さい。少し逗留を長くするだけというものです。北州の疑惑を洗い出すまで」

 少年は口を開きかけた。が、言葉は出されなかった。

 碑未は嘲る笑みを浮かべ言った。

「逗留の為の場所を用意してございます。こちらへ」

 隆統は思わず腰を探った。が、後宮に入る前に慣例として刀は預けてきた。

 その仕草を目敏く見抜いた碑未は笑う。

「後宮で良うございました。刃傷沙汰は互いの為になりませんぞ。これ以上お立場を悪くされぬようお振る舞い下さい」

 そして歩きながら正面に向き直り、吐き捨てた。

「馬鹿な子供だ」

 隆統は唇を噛むより無かった。

 その場所は後宮の中に用意されていた。

 寝台と机、椅子だけの簡素な部屋。狭い空間と言い、一つしかない明かり取りの窓と言い、牢屋を連想させる。

 そこに少年を入れ、碑未は自らも入った。その後ろに心配そうな顔をして王も立っている。

「ご不便でしょうが、暫しこちらでお過ごし下さい」

 隆統は部屋の真ん中に立ち尽くしている。

「ああ…一つだけ」

 踵を返す前に碑未は言った。

「どうやら勘違いされておいでのようだがお母上の事――如何にも灌が人攫いをしたような仰りようでしたな。真実は、あの女が前々からの灌王との約束により好き好んで妾となったのですよ。当時幼かった殿下には分からぬ事でしょうが。あの女は戔を売り渡したのであり、あなたは捨てられたのです」

 変わらない顔色の中に。

 一筋、涙が落ちた。

「碑未!あまり酷な事は言うなと…!」

「これは失敬。しかし真実をお教えしたまで。行きますぞ、陛下。南部からの使者が来ております」

 仕方なく碑未について出て行きながら、龍起は言った。

「また夜に顔を見に来る。心配しなくて良い」

 心配?

 一体、何の心配なんだ。

 扉は閉められた。外から錠を下される音が聞こえた。

 ここは後宮で不貞を働いた者を閉じ込めておく場所だろう。

 崩れ落ちるようにその場に座る。体が震えていた。

 呼吸が浅く、荒くなる。

 怖い。

 殺されるのが、怖い。


「なんだと…!?」

 賛比が声を荒げる。祥大は青ざめて絶句していた。

 隆統殿下は陛下への反逆が疑われる為、暫し監禁してその言動を注視する、と。

 碑未の片腕である孥晋(ドシン)が告げに来た。

「若様は今何処に!?」

「それをおぬしらに教える訳があるまい」

「暫しとはいつまで!?」

「さて。殿下が悔い改めるまで、とでも言っておこうか」

 話にならないと賛比は荒く息を吐く。

 か細く、祥大も口を開いた。

「殿下が、兄上様に逆らうなど有り得ません…!唯一この都で話が出来る方です。それだけ信頼しておられる証ではないですか…!」

「その話の中で殿下ははっきり仰られたそうだ。陛下が信じられない、と」

 祥大は泣き顔で首を横に振った。

 確かに口では反抗的な事を言う。だが本意ではないと祥大は知っている。

 誰にもぶつけられない本音を兄にはぶつける事が出来る。それが隆統という人だ。

 そういう意味での信頼だ。思慕と言っても良い。彼は兄が好きなのだ。幼い頃のままに。

 だからこそ、政の為にしか見て貰えない今の状況が、寂しい。

 祥大はそういう事を何とは無しに察している。

 それを大人相手に説明する事はまだ幼い彼には不可能なのだが。

「我々をどうするつもりだ?」

 祥大を守る意味でも賛比は問うた。

「無論、あなた方も我々の監視下に置かせて貰いますよ」

 孥晋は言いつつ祥大を見下ろした。

「しかし、殿下にも話し相手が必要だ。そうでなくてはいつまでもだんまりを決め込まれるお方なのでね。お前はこれまで通り殿下と共に過ごすが良い」

 祥大は怯えた顔で賛比を振り返った。

 彼は頷く。

「大丈夫だ。若様をお支えしてくれ」

 少年も頷き返し、孥晋に誘われて義理の兄の元へと向かった。


 後宮の小さな建物の扉を潜る。

 兄は、寝台の上で膝を抱え、震えながら泣いていた。

「兄さま」

 駆け寄って、細い背中を撫でる。

 すぐに扉は閉められた。錠が下される。

「祥大…何故来た…」

 苦しげに彼は問うた。

「だって、兄さまが心配で」

「俺の事なんか…!お前まで閉じ込められてしまったんだぞ…。分かっているのか」

「分かっています。でも、兄さまとなら僕は何処に居ても良いんです」

「…馬鹿…」

 抱え直した膝の中に顔の半分を埋める。

「馬鹿でも良いです。父もお父上様と同じようにしていたのですから」

 長い睫毛が濡れた目元だけを見せて。

 憔悴し切った目元だった。

「…済まん」

 他に縋れる手が無かった。

「いいえ。兄さまの言葉の意味は逆な事が多いと知っていますから」

 微かな笑う息。苦笑いに近いものだが。

 夜になり、簡素な夕餉が運ばれた。

 机上で二人、向き合って食べる。明かりは蝋燭一本のみ。

「…薬を持っているか?」

 祥大は頷いて、懐から包みを出した。

 それを食事と共に出された水で飲む。

「祥大、恐らく今から兄上が来ると思う。だけどもう、俺は話もしたくない。眠っておく…無理でも寝たふりをしておくから、適当にあしらっておいてくれるか?」

 王に対して恐れ多い事だが、祥大にとっては自分の兄貴分の方が大事に決まっている。頷いた。

「ご心配無く。上手く言っておきます」

「悪いな」

「いいえ。兄さまはお疲れなのでしょう」

「うん…。流石にな」

 この監禁騒動は堪えた。

 北州はどうなるのだろう。実の両親は?

 自分達は?

 まだ死にたくない。

 際限無い不安を薬の中に溶かす。

 寝台に戻って横になる前に、祥大に眠る場所の無い事に気付いた。

 狭い寝台のなるべく端に寄って横たわる。

「ここで寝れるか?ちょっと試してみてくれ」

 躊躇なく彼は横に寝転んだ。

 身を寄せ合って眠る形になる。

「もっと広く使っても良いですよ、兄さま」

「うん…でもお前は寝相が悪いから」

「うわあ、気をつけます。叩いちゃったらごめんなさい」

「良いよ。わざとでも許す」

「わざとしませんよぅ」

 少し笑って、彼は目を閉じた。

 祥大は寝転がったまま、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。

 眠くはない。だけど、起き上がる気にはなれなかった。せっかく寝付いた兄の眠りを妨げたくなかった。

 いつからだろう。眠れないと彼が悩むようになったのは。

 都に来るようになってからだと思う。そうでないと同じ空間で寝るという事も無いから。

 もしかしたらもっと早くから眠れない夜を過ごしていたのかも知れないが、祥大が気付いたのは共に都に来るようになった五年前の事。

 祥大はまだ六歳。隆統は九歳。

 そんなほんの子供の自分に悩みを打ち明けねばならない程、彼は辛い思いをしていたし、他に話せる人間も居なかった。

――父上が死んだ時の夢を繰り返し見るんだ。自分も一緒に殺される夢を。

 青白い顔でそう言われた。

 父、祥朗に相談して、都行きの時は必ず薬を持って行くようになった。

 彼が春音と呼ばれていた頃は、よく笑いよく話す子だったと大人達が皆口を揃えるが、祥大はその姿を知らない。

 無口で、他人に対して頑なに心を閉ざし、義弟である自分に対してだけ少し微笑む隆統という人しか知らない。

 そんな彼を皆が嘆く。

 おいたわしいとか、哀れだとか。

 何を考えているのか、とか。先が思いやられる、とか。

 父に似ず愚かな子になった、とか。

 だけど祥大は知っている。彼はわざとそういう振りをしている。

 本当はとびきり頭が良い。刀の腕も凄い。どちらも、とてもまだ十四歳とは思えない程に。

 だけどそれを他人に見せられない。だから、心を閉ざす。そうやって他人をやり過ごす。

 その片鱗を見せたら、周囲は黙って放っておいてはくれないから。

 母にそうしろと言われた。そう彼は告白した。

 実母の於兎にだと言う。そうしないと、都は俺を邪魔者として殺すんだ。そう言う目は年相応に怯えていた。

 微かな寝息が聞こえる。あまりに疲れていたのだろう。

 蝋燭の火はいつの間にか消えていた。

 外から扉を叩く音。次いで、錠が上げられる音がして。

 王が入ってきた。自ら手燭を持って。

「春音」

 呼び慣れた名で王は呼ぶ。

「陛下」

 祥大は寝台を降り、跪いて臣従を示しながら告げた。

「殿下はお休みになっています。今日の所はどうか、お引き取り下さい」

 手燭の炎が向けられる。その眩しさに目を瞑る。

「お前も頭の良い子だな」

 王は言って、続いて弟の方へ明かりを向けた。

 嘘偽り無い眠りの中に居ると知って、兄はふっと微笑む。

「寝顔を見るとまだ赤子だった頃を思い出すよ。どんなによく寝ていても私の声を聞くと自然に目を覚ました。小さな手を伸ばして、高い高いをせがむんだ」

 想像しながら祥大は不思議な気分になる。

 自分の知らない彼が居る。そこかしこに。

「お前に頼みがある」

「はい」

 王は祥大に言った。

「北州の謀叛、この子に認めさせて欲しい。そうでなければ…恐ろしい事になる」

 流石にそれには返事は出来なかった。

 唖然と、明かりの向こうの顔を見上げる。

「頼むよ」

 言葉少なく念押しして、若い王は背中を向けた。

 扉が閉まり、再び闇が訪れる。

 祥大は身震いし、再び義兄の隣に潜り込んだ。

 北州の謀叛。

 なんて恐ろしい言葉だろう。

 それを認める?そんな事実も無いのに?

 そんな事をしたら、故郷は。父は、母は。

 闇の中を思考が空転する。

 今夜眠れないのは、自分の方だった。



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