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夢人の旅

作者: なと

宿場町、魂の道

ゆらゆらと赤焦げた火の玉提灯が

あちこちに浮かび

姐さんは夢人かい?

絶え間なく草虫が何処かで哭いている

恋の花火は、横顔を照らし

行く先は何処だろね

灯篭は川を渡り人の想いを載せて

海へ出る

八百八町の夢乗せて

旅人が放浪する草原にも

魂の灯りは、届くのです



いにしへの呪文は

あそこの開かずの間に隠しておいた

狐壺の中で何かが動いている

起きたら風呂が蛍石でぎっしり

恵比寿様が神棚から宝石をばら撒いている

微睡みの午後に

水差しに居れた水晶が溶け始めている

君用心したまえ

先生はそういったまま

荒れ野に行って還らぬ魂

いつか

会いに行くから





古き写真に見知らぬ影

貴方のお父さんだった人ですよ

想い出は人を大人にする

耳から蝸牛が這い出てきた

小さな父親が逃げだそうとするから

鳥籠に入れておいた

鬼に食べられてはいけないからね

古きいましめ

お味噌汁の中には小さな盗賊が

君の大切なものを盗んでいくからと

悲しかった記憶をこそりと





ここはどこだらう

見知らぬ街で迷子になってしまった

ブリキの警察が肥溜めに道案内するし

カキ氷屋の甘いシロップが血に見えて仕方ない

通り雨があって、お地蔵様も濡れている

そういえば、自分は、生前散髪屋をやっていたと

いつの間にこんな迷宮みたいな道にいるのだろう

道端の蒲公英がゆらゆら



あの頃走り抜けた廊下

今でも誰かが駆けぬけているのだろうか

シャボン玉が何処かの窓から

ふわふわ飛んできた

理科室の人体模型

ホルマリン漬けの動物の死体

美術室のお化けみたいな自画像の横顔

薄暗い廊下で開かずの扉の噂話

すべて夢の中の話みたい

もう使われていない教室たちに

今でも響く笑い声





教室では

死んだ学生たちが

兵隊さんに自殺の方法を

教えてもらっている

校庭では向日葵が咲いて

あの日に戻った気が

昭和の闇

お好きですか?

包帯でぐるぐる巻きの

負傷兵が

空を飛ぶジェット機を見つめて

日本万歳と

小さな声で呟いている

校門の処で

老婆が還ってこない

息子を想い

涙を流している





陽炎座の舞台が見たかったんだ

線香花火は終わってしまったよ

夕暮れ時の猫がにゃあと鳴いて

旅に出ようと思うんだ

荒れ野には、夢見が立っていて

彼らは寿命を告げてくるから

祖父の遺影を持っていけと

告げられる

通信簿の表に彼岸の文字

は、と目が覚めて

ちりん、と雲水さんの鳴らす

鈴の音





あの子は誰

お祭りで彼岸花を握り締めて

此方をじっと見つめていた小さな子

お前には、本当は妹か弟がいたんだよ

浅草の水子地蔵の前で

初めて母が云った昔のこと

白い花が咲いている

ただ、燦燦と日差しが

薄闇に身を投じている

自分を照らしていることを

川には真っ赤な鯉が

故郷を想って

泳いでいる



初めてマニキュアを塗ったのは

お祭りの夜

金魚の群れを

そっと河へ流す

発光体は提灯のなかで

寺で眠る夢を見る

お坊様になりたかった

生真面目な友人と

肝試しをして

墓場で線香花火を

狐面の青年が

夢を食べてしまったから

祭りの夜は

後をつける影

燐寸を忍ばせて

会えもしない黒電話の夢を見る





夜のしじまに

ため息をつくメロウに

お皿の上の満月に

そっとナイフを入れた

冷蔵庫の中の

水母をそっと海へ還す

波打ち際では

ヒトデが海藻を食べている

夜の海は母の寝息を思い出す

海沿いの宿で

横になりながら

波の音をずっと聞いている

蔵の中で、小さな小匣に

入ってゐた

海の欠片を

想う




昔翼を持っていた人の

折れた羽の一つが縁側に落ちている

夢は其処で終わったのだよ

死んだはずの祖父が

なぜか遺影の中から話しかけてくる

あの魚は水田の中を泳いでいる

私に生と死を教えてくれた

思えば遠くに来たものです

部屋の隅のコートには

線香花火が入ってゐる

夏が来たら

羽化するのだらう




牡丹が咲いている

あの頃にはもう戻れないから

蛇が開かずの戸の隅に隠れていた

小指の爪だけが真っ赤なマニキュアに塗られて

犯人は小さな古ぼけた子匣の中

潮騒がどこからから聞こえてきて

カリカリと窓をひっかく爪の音

悪い事をしたから

この家から出て行かれない

縁側には誰かの手首が堕ちている





夏の夢は懐かしい香り

どうしてもあの言葉が想い出せなくて

辞書の真理という文字を鋏で切り抜いた

子供ってどうしてあんなに怖いものが好きなんだろう

きっと大人には理解できない生き物

それでも真っ赤なマントを羽織って

路地裏で舞う小学生は

昔の自分にダブって

密かにアルバムの中に

閉じ込めだ





あそこの家の娘さん

鬼に取り憑かれていたんですって

格子の間からぎょろりと目玉が

辻の処で、黒い影が見えるんですが

不吉の訪れにしゃっくりが止まった

布団の中でお坊様が手招きしている

隣が火事になってお地蔵様が立った

小さなお椀の中に小さな父親が入ってゐて

鬼退治をするからと、川に流した






古き道は、過去の物語を教えてくれる

おおい、其処の影は踏んでは駄目だよ

お隣さんが葬式をやっているから

お風呂の中で息を止めよう

曲がり角の止まれの標識がぐんにゃりと曲がった

黒猫の目が確かに赤く光ったんだ

僕らは赤に呪われた世代

彼岸花がお地蔵様の隣で、くすくすと嗤う

お祭りはもうすぐ





夜な夜な怪物は

脛のあたりを齧っている

皮膚に浮き出た

骨を触っていると

線香花火が

そっと消える街角へ

旅に行きたくなる

海が綺羅綺羅と輝いているので

貴方に手紙を書こうと思う

家守の燻製を忍ばせて

此処の南京錠は開きません

門の中には

祖母と祖父が彼岸桜の下眠る

微睡みは

揺り籠の様に







夜の魔法が

昼ににじみ出して

闇の化物が

路地裏にたむろする

そっと瓶を傾けると

闇は小さな眼玉になって

瓶底で「夏が来る」と

繰り返し騒いでいるて

炎も捕まえて

壜の中で輝く太陽は

夕陽の宿場町で

そっと水面から掬い取ったもの

僕らはきっと奇譚蒐集家

不思議な物がないと

生きてゆけない



刻の彷徨い子

どうかその足取りを

夜の蛇の舌のような炎も

線香花火の火薬の匂いも

夏の祭りまで待っておくれ

刻の小径は

人の心をより薄暗く癒すから

祈りのような赤く燃える炎

それは魂の鼓動

心の慟哭は

いつまでも

少年の心の様に

置き忘れた古びたノートに

停まる赤蜻蛉の

待ちわびる古びた停車場




観覧車が

約束を忘れたように

ゆっくりと廻る天体遊戯

オリオン座に梯子をかけて

宙ぶらりんの

その頃、芒ヶ原では

少年が必死に月面のくぼみを

模写している

静けさは癒しの子鳥

耀天変目の器に

注いだ白湯に

泳ぎまわる蝉の幼虫

夏はまだかと

騒ぎ立てる

通りの竹の騒めき



ジグザク飛行の

紙飛行機

遠くまで飛んでいく

ゴミバコに入れ忘れた

零点のテスト用紙

綺麗な弧を描いて

青空の中を

すいすい魚みたいに

真昼の空を

そして落下して

何処かの家の屋根の上で

たまに授業中に見ると

雨の中

くしゃくしゃの原形をとどめない

紙飛行機





みずたまりのコップの中

泳いでいる蝸牛の子

うっすらと白んできた空に

泳ぐ月の子の背骨

遊覧船は刻を忘れたように

夜の空を漂い

シャボン玉はゆらゆらと

裏路地を漂う午後の日差し

すべて刻の止まったような

不思議な静謐の器のなかで

狂ったように

メトロノームだけが

煙を吐く

煙草の先が




懐かしい帰り道

影法師がいつまでもどこまでも遠くまで

西日のような母親に抱えられて眠る

羊水はゆらゆらと揺らめいて側溝の中にも

たましひの灯篭が街を照らす頃赤い炎が人を惑わす

夕暮れの蔵の中で娘が嬰児を抱いて放心している

夕焼けの影の中には悪い鬼がいて君の心を狙っている












魂の道とか夢人とかそういう単語が

路地裏に転がっている

活版印刷の活字ブロックが

風に吹かれている

おおいおおいと風は呼ぶ

旅人のニコンカメラを

古ぼけた写真に写る

お別れの文字

たださやうならと

真っ赤な炎は

釜のなかでまだ燃えている

ヒロポンの毒で

こめかみが痛む内に

夢から醒めねば


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