CHUNICHI
四半世紀以上も昔の記憶が再び涙とともに・・・
「守りますドラゴンズのオーダーを発表します」
「一番ライト田尾」
張り裂けるような笛の音。けたたましいトランペットと太鼓の音。「昇竜会」と刺繍の入ったハッピを着た強面の男達の顔面は紅潮した。トランペットを吹いている男の額にはミミズのような血管が浮き出した。球場全体に割れるような歓声。大きな旗が振られ、ウグイス嬢のアナウンスが終わるたび、歓声が起こった。
「二番センター平野」
スコアボードは、コール毎に一枚一枚裏返り、選手の背番号と名字が現れた。シールでお気に入りの選手の背番号が貼ってある青いメガホンがそのたびに大きく揺れ、それを叩いた音が地鳴りのように、押し寄せた。
外野席はコンクリート製の階段があり、ビールの臭いとともに、無数のごみが散乱していた。たこ焼き、焼きそばのプラスチック容器に、割り箸、串、飲み残されたビールの入った紙コップには、吸殻が混じっていた。
色つきのサングラスに派手な柄シャツを着た二人連れの男達が、ビールとスルメをかじりながら、酔っ払って、野次を飛ばしていた。球場はそのたび、どっと笑い声が沸き起こっている。
「俺が、お前のビールを全部買ったるで、ここで座っとれ」
ビールの売り子がそう言われ、困り果てている。そのやり取りが面白く、観客はどっと笑った。
独特の言い回しの売り子さんの声が響いていた。
「ビールいかがですか~」
「平野はどえらい肩強えでよ。センターに球が飛んだらよく見とらないかんぞ」
「焼きそばいつ買ってくれるの?」
「まだ、早えで待っとれ」
「今日はホームランボール飛んでこんかなあ」
「飛んできたら、ちゃんと取れよ」
親子連れはそんなやり取りをしていた。
トランペットと歓声の鳴り止まぬ中、小学校の低学年の少年がごみだらけの階段をヨチヨチと降りていく。半ズボンに半そで姿。青い帽子にCDを組み合わせた刺繍の入った帽子を被り、手には安物のグローブを持っている。帽子は大きすぎて頭からずり落ちそうだった。少年は、大人たちの熱狂をよそに、背丈には大きすぎる階段を、一段一段懸命に降りていった。
選手が守備位置に散らばった。ライトスタンドに一番近くまで寄ってくる選手は、田尾選手だった。その頃漸く、一番前のフェンス際までたどり着いた少年は、帽子を被り直し、一番下の階段に陣取り、座り込んだ。田尾選手はプレイボール前の守備練習をしていたが、プロの野球選手の投げる白球は、彗星の如く長い糸を引き、フェンス越しに小さく見える相手の選手のグローブに寸分狂わずおさまった。
「田尾こっち向いてえええ」
突如、少年の声は一際甲高くこだました。
「田尾、田尾おおお」
田尾選手は無視しながら、守備練習を黙々とこなしている。少年から選手までの距離は三十メートルもない。当然聞こえているはずであった。少年は懸命に田尾選手の名を呼び続ける。
「田尾、田尾おおお」
プレーボールがかかった。
「田尾、ホームラン打ってえねえええ」
試合が始まっても少年は声を張り上げ続けた。一球毎に田尾選手は守備の構えをとり、試合に集中していた。
「頼むよおおお。ホームランだよ。ホームラン」
周囲の大人たちは、笑いながらその光景を見守り続けた。
「ボク、もっとでかい声で叫べ。そしたら振り向いてくれるかもしれんでよお」
大きく頷いた少年は、なお一層大声を張り上げた。
「田尾、たあおお。こっち向いてえ」
しかし、何度少年が叫んでも、お目当ての田尾選手は振り向いてくれなかった。プロの選手として、あくまで試合に集中している様子であった。
「まじめにやっとらんと叱られるんだろ」
大人たちの一人が呟いた。少年が執拗に呼びかけても、田尾選手は振り返らなかった。
一回の表の攻撃が終わり、チェンジとなったときも、素っ気無く田尾選手は試合に臨んだ。
「一回の裏、ドラゴンズの攻撃は、一番ライト田尾」
歓声とけたたましいトランペットの音の中に、観客が持っていた携帯ラジオの音が微かに聞こえた。
「今、プレイボールがかかりました。マウンド上の平松、第一球投げた。おお、これは大きなスイング。バッターの田尾、飛んだヘルメットを被りなおし、一度バッターボックスを外します。これは珍しいですね。初球からフルスイングですか。さあ、平松、第二球投げた。これも大きなスイング」
ライトスタンドの外野席からは、バッターボックスの様子は小さく見えるだけであり、どのコースにピッチャーが投げたかなど全く判らない。昇竜会の吹くトランペットの音と歓声の中、ビールを飲んでいる興奮した観客から野次が飛んだ。
「一番バッターが何やっとんじゃ。出来るだけ玉数投げさせろ!」
その打席、田尾選手はストライクをすべてフルスイングした。しかし、三振で打席を終えた。
一回裏の中日の攻撃が終わり、ライトの守備位置に田尾選手が戻ってきた。戻るや否や、また少年が叫んだ。
「田尾、たあおお。惜しかった、惜しかった。今度こそホームランだからねえええ」
よく見ると、田尾選手は大きく何度も頷いていたように見えた。
少年はその後も、何度も名を叫び続けていたが、田尾選手はライトの守備をするプロ野球選手として、試合に臨んでいた。
終盤、アウトセーフで審判と監督が揉め、試合が一時中断となったとき、守備についていた田尾選手は暇をもてあまし、センターの平野選手とともにキャッチボールを始めた。センターの平野選手をキャッチャーに見立て、ピッチング練習を始めたのである。振りかぶって放たれたボールは、彗星の如く長い尾を引き、平野選手のグローブに収まった瞬間、大きな歓声が沸いた。平野選手はレフトの大島選手に対し、同じように矢のような送球をし、ストライクを投げた。今度は大島選手の順番であるが、肩の弱い大島選手はやまなりのボールしか投げられない。球場は爆笑の渦となった。
大島コールとともに、真剣なフリをした大島選手は、キャッチャー平野のサインに首を振り、けん制球を投げる。球場全体が沸き、相手チームの抗議はさも馬鹿馬鹿しいといったパフォーマンスである。
少年は、その光景をフェンスの一番先頭に立って食い入るように見つめ、「すげえ。すげえ」と何度も口ずさんだ。
ナイターの照明の中でグリーンの芝が青々と茂っている。そのコントラストで、内野の土の濃い茶色も美しく見える。真夏の名古屋球場は、ナイター照明が煌々と灯り、無数の虫が照明に集まっている。明るいのは球場だけであり、夜空には無数の星が輝いていた。乾いた音とともに、白球が夜空に舞い上がる。真夏の名古屋球場で、ビールと煙草の臭いとともに歓声と怒声が、夜空にこだました。
少年は、何度も田尾選手を応援したが、結局その日、田尾選手は散々な成績だった。四打数ノーヒット、三三振。結果には結びつかなかった。
二十五年後。
夏の夜半、コンビニのビニール袋を提げたある中年男が、集合マンションの重い鉄の扉を開けた。誰もいない部屋で缶ビールの蓋を開け、一気に飲み干した。缶はつぶして台所に放った。もう一本のプルトップを空けると同時に、テレビのリモコンを押した。
深夜番組のスポーツニュースが映し出された。 楽天ゴールデンゴールズの監督となった田尾選手が出演している。
首位打者を争っていた田尾選手はチームが優勝争いをしており、現首位打者長崎は大洋の選手だった。大洋は優勝争いには加わっておらず、長崎選手に首位打者を取らせようと、休ませていた。打率を抜かれれば試合に出場し、トップに立てば、また欠場する。
規定打席には到達しており、このまま、追い抜かれることなくシーズンが終われば、首位打者の栄誉に輝くこととなる。
首位を争っている中日ドラゴンズの主力である田尾選手は休む訳にはいかない。試合に出場し続け、打率はあがったり下がったりしている。
優勝争いは最終戦までもつれ込み、中日の相手は大洋ホエールズであった。大洋が取った作戦は首位打者争いをしている田尾を全打席敬遠のファーボールであった。ヒットを打たれれば、田尾に首位打者を奪われる。チームとして、長崎選手に首位打者を取らせる作戦に出たのである。そのときの田尾が取った行動をクローズアップし、田尾選手(監督)は、テレビ出演していたのである。
第一打席からすべて敬遠のファーボールで歩かされていた田尾選手は、最終打席に入った。試合は大差で中日ドラゴンズがリードしており、優勝はほぼ確定している。相手チームのキャッチャーが立ち上がった。またも敬遠の構えである。スリーボールとなるまで、手を出さなかった田尾選手は、突如、バットに届きもしない次の敬遠の球を、打ちにいった。下を向いて、ボールを見ずにスイングした。当然空振り。そして次のボールも、もう一度スイング。カウントはツースリーとなった。そのとき、あわてて中日コーチがベンチから飛び出し、田尾選手に何やら耳打ちした。そして、結局ファーボール。この試合、全打席四球であった。チームは優勝したが、田尾選手は首位打者になれなかった。結果、大洋の長崎選手が首位打者に輝いた。
「あの時はどうだったのですか?なにくそという気持ちですか?」とアナウンサーが尋ねた。
終始にこやかにインタビューに受け答えしていた彼は、そのときの気持ちを明るく快活に否定した。
「結果、チームが優勝したから、何も文句というか後悔はないのですけれど、ただファンに申し訳なかった。せっかくチケット買って、楽しみにして観に来てくれているファンにね。小学生のお子さん達は、高いチケットを親に買ってもらって楽しみにしているわけでしょう。それが、僕の打席を見れないんじゃかわいそうでしょうがなかったんですよ」
少し目が潤んでいるように見えた。
中年の独身男は、二十五年前のナイターのことを思い出した。
野球少年であった彼は、プロ野球の選手になることが夢であったが、それも叶わず、会社勤めの日々を悶々とした気持ちで過ごしていた。折からの不景気で給料はカットされ続け、会社では軽くあしらわれ、一度離婚も経験していた。金銭的にも困窮し、想いの届かない家族には、長い間逢っていなかった。
子供の頃の、夢のような日々。プロ野球選手は、神様のような存在だった。決して手の届く存在ではなかった。必死で応援したあの日、届くはずもないと思われていた想いは、確かに、届けられていた。
二十五年前の純粋な想いは、しっかりと田尾選手に届けられ、今、こうして、自分の心にも帰ってきたのである。
大粒の涙が、ぽろぽろととめどなく流れ、とまらなくなった。
ナゴヤ球場の「焼きそば」はあのイチロー選手も絶賛していたソウルフードです。