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第四話 公爵のもとに集う

 口述試験、面接が終わり、選抜が始まって半年。ついに後継者候補発表の日が来た。


「……まさか、突破した……?」


 掲示にはヴェノーグの名前があった。しかし、


「アラピアじゃ、ない?」


 アラピアの名はなかった。


――――――


「ようこそ、レイエンガー家へ。セーラムだ。面接以来だね」


 ヴェノーグたち後継者候補はセーラムに呼ばれていた。まだ正式なお披露目前なので、格好はそのままでと言われたが、周りと比べるとみすぼらしさが目立つ。

 地方の貧乏貴族の令嬢もいるようだが、それでもちゃんとしたものを来ている。それくらいはあって当然なのかもしれないが。


「はっ。閣下に選んでいただけたこと、我々一同光栄に存じます。公爵家のため、誠心誠意尽くして参ります」


 挨拶したのは最年長の十八歳、ヘラ・ミキシン。実家はグルフェノス男爵家で、近衛も輩出している、武門とは結びつきが強い家だ。

 事前に話し、良くも悪くも古風で規則にうるさい性格だとわかった。平民に対する差別意識はないようだが、私的には付き合いにくい。


「うん、よろしく。皆優秀な者が揃ってくれたようで何より。十二人、時には協力しつつ、誠実に戦ってくれると信じている。ではこれから一人ずつ面談をしよう。ヘラから……と言いたいところだが一人心細そうな子がいるね。その子からにしよう。ヴェノーグ、来なさい」


「え? はい」


 先導するセーラムに続いてヴェノーグは一室に入れられる。


「会いたかったよ、ヴェノーグ」


「……光栄に思います。シバリシファ公」


「そうかしこまるな。ヘラじゃあるまいし。私のことは母と思うといい。候補者とはいえ、正式に家に入るのだからね」


「は、母上?」


「ふっ、そう呼ぶか。いや、それでいい。とくに君に対してはそうありたい。少し贔屓しているからね」


「贔屓?」


 妙に優しい雰囲気を纏わせているセーラム。少し前に皆に見せていたようなものとは違う、女性の柔らかさが感じられる。


「同じ異界人としてね」


「え?」


「驚いたみたいだね。私なりに君に思うところがあるのはそういう事情」


 セーラムの身元もそうだが、自身の正体がバレていたことにヴェノーグは驚く。場合によってはこの場で戦う必要がある。『可変』を使えば、少ないマナでも一般的な異界人とは渡り合える。

 セーラムが普通の異界人とは思えないが、隠しておくべき秘密を握られたのは危険すぎる。


「そう身構えるな。私も正体を明かしたじゃないか。安心して。君が異界人であることは私が独自に調査したものだから私の部下たちは知りようもない。知っていたとしても口は堅い信頼できる連中だよ」


 ということは、実戦試験でセーラムが見に来たのはヴェノーグだった可能性が高い。


「まさか異界人だったことが理由で候補に残ったのですか?」


「君が異界人だから候補者に残したことは認めよう」


「やはり……」


「もちろん君が優秀なのも事実だ。亜人の子といい勝負だったが、決定打になったのが異界人というだけのこと。それに、贔屓するといっても、甘やかしはしない。むしろ他より厳しく君に接する。君が私の後継者になれることを願って。私なりの贔屓だ。一般的な母の愛情ではないのだろうが」


 母親。明確な家族の記憶がないヴェノーグにとって、あまり想像もできない。家族自体、アラピアを弟と思っているが、家族に対する情を抱けているかは断言できないでいる。

 優しくも厳しい。そんなセーラムを母と思ってもいいのだろうか。


「一つ、伺います。アラピアはご存じですね?」


「ああ、あの子か。君の弟を名乗る、出自不明の平民、でしょ? 君同様異界人を疑ったが違ったようだ」


 アラピアが異界人だということは知らないらしい。アラピアは異界人の持つ因子の反応を自力で隠せる上に、異能を使えない。それ故にいくらセーラムの調査能力が優れていようとなかなか正体を見通せるものではないだろう。

 超能力はアラピア特有のものだが、そのことも伝わってはいないらしい。実戦試験では使わずして一位を取っていたのだろうか。


「あの子が漏れたわけが気になるか? 確かに筆記試験も実戦試験も申し分ない成績だった」


 その通りだ。アラピアが漏れたことはあちこちで話題になっていた。何か裏で取引があったのではないか、などと。

 おかげでアラピアと同じ年齢で候補に残っていた女子は肩身が狭い思いをしているようであった。


「だが私は今回、男は採らないことに決めた。元より候補者は男女どちらかに統一しようと考えていたが、君やアラピアほど優秀な男たちが各年齢にいなかった。君は異界人だから方針をねじ曲げて入れたが、アラピアは違うからね」


「そんな。なぜ男女で偏らせる必要が?」


 それでは優秀な人間をみすみす逃すことになるではないか。

 男女で分けるという合理的な理由は見当たらない。


「子どもの君にはまだわからないだろうが、この年代の男女を一つにして碌なことにはならない。価値観の違いもそうだが、無用な怨嗟を生む。それは純粋に優秀な人間を集めるよりもデメリットが大きい」


「はあ」


「まあべつに候補者同士で協力させる気もないのだが、一応同じ屋敷で過ごしてもらうことになるからね。それにアラピアは少し性格に難がある。私の後継者の器じゃない」


「……では、アラピアを私の付き人にしてください」


 アラピアを付け人にする。この案はスベラが提案したものだ。

 ここに来る前にスベラから密かに呼ばれ、助言を得ていた。

 ヴェノーグとしては、目的が不明瞭なスベラの計画にアラピアをこれ以上関わらせるのは望むところではなかった。しかしアラピアがヴェノーグから離れることを異様に嫌がり、収拾がつかなかったので仕方なく、スベラにいい案はないか尋ねたのだ。


「候補者としてでなければいいでしょう?」


「ふっ、かまわないよ。そこまであの子と一緒にいたいのなら」


 そういうわけでもないのだが。スベラの手元に置いておくよりは自身の近くに置いておいた方が利用されずに済むだろうという思惑もある。

 スベラの目的は妹との王座争いに勝つというものだと、スベラ自身から聞き出したが、その争いにヴェノーグやアラピアが何故必要で、どう利用するのか、それは聞き出せなかった。


『私には恩を返すためにあなたに協力しようという思いはありますが、アラピアにはない。ですから、あの子をわけのわからない争いにはこれ以上巻き込まないでください。私はあの子の方を優先しますから、そのつもりで』


『うん、それでいい。あなたも嫌なら、私から離れていいわよ。あなたたち抜きでも手はあるから』


 スベラからも一応の了解は得ている。ヴェノーグは殺人や、自身の倫理観に著しく反する計画以外には協力するつもりだが、アラピアにきな臭い話はもう持ち込ませたくない。

 スベラの目的を聞いた今では、アラピアが漏れてくれていてよかったとすら思っている。あの途中成績から漏れたことにヴェノーグもショックを受けたのは事実だが。


「では私から一つ、大事なことを聞こう。進路はどうする?」


 候補者は進路選択の自由を保障されている。それぞれの進路で結果を出せば後継者として選ばれる。

 ヴェノーグはスベラから進路は指定されていた。


「王立第一中学校男子部に行きます」


「……なるほど。君の学力なら合格も容易いだろうし、承認する。ただし原則として五日に一度はこの屋敷に戻り、三日過ごすこと」


 この国でも一週間は七日。五日目の学校終わりに戻ってこいということだ。


「わかりっました」


「殿下との悪巧み、どうなるか見ものだな」


「……やはり知っていたのですね」


 繋がりがバレているのではないかと実戦試験後にスベラに報告したとき、


『まああの方なら調査済みでしょうね。その上であなたたちが選抜を通れば、あの方は私の動きを妨げないということよ。私があなたたちを派遣したのはあの方の態度を確かめるためでもあるの』


 と言っており、繋がりが発覚していることなど、気にも留めていなかった。

 結果としてヴェノーグは選抜を突破しており、スベラとの繋がりをセーラムから黙認されたことが確かめられた。

 実戦試験で勝手に青ざめていたのは実に滑稽なことであった。


「我々の情報収集能力は王家よりも上だ。まあ殿下も聡いお方だから直接的な証拠は掴めなかったけど、そう判断するに足る状況証拠はあなたたちから集められたから。あなたが学校で動き出せば公然の秘密として殿下との関係は広まるだろうね」


 言外に「秘密を守れない男」という認識を臭わされた。

 もっとも、セーラムが公然の秘密と言って軽い態度な以上、スベラとの繋がり自体はそこまで問題にはならないのかもしれない。


「私は君が殿下とどう関係を進めようと妨害しないが、応援もしない。あくまで中立だ。候補には妹君の支持者もいるからな。ヘラもそうだったはずだ。まあ、公爵家跡継ぎ候補としての威光を使う分には構わないが。それはどの候補もやっていることだから」


「わかりました」


 ともあれ、こうしてスベラの計画は予定通り進んでいくのは決定した。それが正しいのかはわからない。だが止まるわけにはいかない。


「最後に、君に爵位を与えるよ」


「はい」


 候補者たちには、公爵家に付随する二十の爵位のうち一つが与えられる。セーラムの指名に基づいて王家が任命することになっているという。


「ピスキウム男爵だ。一応王城で叙勲の儀はあるだろうが、所詮は儀礼称号。十二人で纏めてやる簡素なものだから、今日より好きに名乗るといい」


「ピスキウム……」


 どこか聞き覚えのある言葉だ。この世界に来る前のような。


「確か、星座?」


「うん? その反応……。そうか、君は同じ星の、本当の意味で同胞の異界人か」


「地球、ですか?」


「ああそうだ。ちなみにピスキウムはうお座の属格だ。十二星座は知っているだろう? 公爵家は創設時よりこの十二の星座の名を冠する爵位を持っている。私はこれらの爵位を他の候補者たちにも与えるつもりだ。ちょうど十二。シャレが効いているだろ?」


 シャレ、というのはヴェノーグにはよくわからないが、星占いに使われる十二星座は名前だけ知っている。

 公爵家が創設されたのはおよそ五百年前。その頃に地球の関係者がいたということだろう。


「うお座は二つの魚が結ばれている。殿下と二人……は不敬か。そう、アラピアと二人、いいじゃない」

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