第三話 実戦試験では大活躍
タイトル詐欺です
「これから実戦試験を行う。森の中に魔法で生み出されたオートマトンがいる。時間内に撃破せよ。倒したオートマトンの数、強さを審査対象とする。立ち回り、戦い方は対象にならない。なお公平性を考慮し、魔法の使用は禁止する。武器を配布するのでそれを使うこと」
この国の貴族、王族は全て、魔族という魔法を扱う人類が属する地位だ。また魔族は称号を持たずとも、生家付という立場で官職、聖職を独占する特権階級である。
一方、他の人類は蛮族の亜人、奴隷身分の異界人、それ以外の平民という分類がなされ、これらは魔法を使うことはできない。魔法を扱えることが特権階級の証左と言っていい。
一応貴族以外にも門戸を開いているという建前であるからこの試験では魔法の使用は制限されているようだが。
「スティーブくん、私と協力しましょう」
「おお、ポールくん。喜んで。成果は二人で公平に分け合うということでいいですね?」
「ええ」
まだ十一歳ながら貴族同士、子息は繋がりがあるらしい。魔法の制限があろうと、協力関係を結べる人脈は、平民に対してアドバンテージとなる。
戦い方は審査対象とならないというルールなのだから、魔法以外、どんな手を使ってもいいのだ。当然人数は多い方がいい。
平民の子どもは二十人ほどいるが、スムーズにチーム作りというわけにはいかないらしい。手柄の取り分の取り決めなど、信頼関係がないとできないことだから無理もない。
「もっとも、私は異能を使って傀儡たちを狩るので仲間はいない方がいい。魔法でもない超能力者なんて怪しすぎるし。というわけでさっさと行こう」
一年間、時間の合間を縫って『可変』を利用した異能行使の訓練は行ってきた。実戦は久しぶりだが、相手が生物ではなく傀儡ならシミュレーションに近いはず。
「筆記試験では出遅れたけど、ここで大活躍して追いつ」
――――――
「ジジ……」
傀儡が五体、ヴェノーグの異能によって炎に包まれた。
「そこまで! オートマトンを停止した。以降は倒しても評価の対象にならない」
そのとき、終了の合図が森に響いた。
「ふう、終わったか。なかなかいいんじゃないの? 他がどれくらい倒せたかは知らないけど」
傀儡たちは対物理戦のみを想定していたためか、異能には全く耐性がなかった。よって楽に倒すことができた。ずるいと言われれば否定できないが、元より尊重されるべき公平性などないに等しい試験だ。
「まあこれで相当順位は上がったはず……ん?」
「お、おい。何で、亜人がここに……」
森の出口からそんな声が聞こえて、見ると牙の生えた毛深い少女がいた。獣人、見かけるのはコルニアに来る以前、一年ぶりだ。
亜人は自治区内に住み、滅多なことでは外に出ないという話だったが、まさか受験しにきていたとは。
「ああ? あたしは正当な受験者だから当たり前だろ。亜人の受験を禁止なんてしてないし」
「ふん、暗黙の了解も知らぬ獣が。自治区の外においてお前たちは人間に支配される側だ。大人しく辺境の地で引きこもっていれば良いものを。とっとと失せろ」
「文句あるならここでやり合ってもいいぞ。魔法だろうが何だろうがかみ砕いてやる」
「くっ、亜人風情が偉そうに。舐めるなよ! ファイア――」
「遅い」
獣人の少女は貴族と思しき少年に向かって体当たり。爪を首に突きつけた。魔法を放つ前に勝負を決めていた。
「人形を倒したくらいでいい気になるなよ。生きた獣を狩ったこともない坊ちゃんがあたしに勝てるわけないだろ。動きもトロいし、手を相手に向けるとかバカか? 仮に魔法を放てたとしても避けられるぞ」
――う。
少女の指摘に突き刺さるものがあるヴェノーグ。標的に手を向けて攻撃をぶつける。魔物相手にやっていた。
獣人にしてみれば素人の動きということらしい。
「あいつ、一体どれくらい倒したんだろうな……」
場合によってはヴェノーグ以上であろう。思わぬ伏兵だ。
「お前たち、何をやっているか! 亜人め、あれだけ警告していたのにこの狼藉とは覚悟はできているのだろうな?」
そのとき、警備の男たちが駆けつけた。やはりというか、喧嘩両成敗ではなく貴族の側に立った。
「はあ? 先に挑発してきたのはこいつで」
「とにかく、来るんだ!」
確かに売り言葉に買い言葉で挑発した少女にも非はあるが、あまり愉快な光景ではない。
「すみません、見ていた者ですがそちらの方も魔法で攻撃しようとしていました。一方的に獣人の子に責任を認定するというのも違うのでは? また、この方には亜人の受験の権利を軽視する発言もありました。公爵家に対する侮辱ではありませんか?」
気づけばヴェノーグは口を出していた。
はっきり言って勝ち目は薄い。この少女を庇うことに何のメリットもない。また、決して亜人に好ましい印象を持っているわけでもない。
にもかかわらず口を出してしまったのは異界人として理不尽に捕まりかけた己に少女を重ねたからであろうか。
「平民か……。ふっ、お前にも現実というものを教えてやろう」
警備の男はヴェノーグに迫る。今ここで異能を使えば異界人だとバレる。
無鉄砲すぎたかと後悔したとき、
「現実か。一体どんな現実を教えるのかな? 平民でも公爵家を継げるという現実は教えないとね」
後ろから女性の声が聞こえた。
「か、閣下!? なぜ、こちらに……」
「気になることがあったからね」
警備の男たちに動揺が走る。
女はセーラム・レイエンガー。当代のシバリシファ公爵だ。実際に姿を見るのは初めて。
多忙であるから挨拶もできず、受験者が姿を見ることができるのは面接になってからと言われていたが。
四十歳にしては若々しい外見で、貴族の女性としては珍しく髪をほとんど伸ばしていないという特徴もあって、想像以上に凜々しい印象をヴェノーグに与えている。
「さて、目当てのものはこの少女ではないが、一部始終は見させてもらった。ビル、お前は責任はこの少女にある。そう判断したんだね?」
「そ、それは……」
ビルと呼ばれた警備の男が狼狽える。
「このような事態は想定の範囲内だったはず。事前に止められなかったお前たちに不徳がまずあるだろう。お前たちの不徳であり、そんなお前たちを信じた私の不徳だ。よって今日を以て任を」
「お、お待ちください。た、確かにこの件は我々に責任がありました。しかし、たかが子どもの喧嘩ではありませぬか!」
「そうだ。所詮子どもの喧嘩だ。喧嘩を止められなかったにしてもその場での注意で終わらせればよかった話だろう。お前が責任の所在を明確にしたがっていたようだから、私の責任のもと処分を告げようとしたまで」
「そんな……」
セーラムは事態の責任を監督者側に求め、収拾させるつもりらしい。
子どもの喧嘩と言うには少々過激な面もあったが、誰も怪我人がいない以上、合理的な収め方ではある。
「……なんて、本気にするなよ。こんな下らないことで処分なんかするか。お前たちの軽率な行動を戒めただけだ」
「ええ?」
「だがわかっただろう。お前の身など私の裁量でどうにでもなる。お前がその少女にしようとしたことと同じくらいにな。そのことを覚えておけ。己の責任を自覚しろ」
「は、はは!」
「まあ平民や亜人を好まないお前にとっては屈辱なことだろうが、わきまえろよ。そうでなければいつまで経っても警備の仕事しかないぞ。ノーザン家付、無官のビル」
「く……」
ビルはやはり魔族だった。生家付の。
生家付魔族の中で、官職にあぶれた者の扱いはかなり悪い。結婚は許されず、認められるには運良く他家の養子になるか、軍人として身を立てるしかない。さらに軍人といっても、戦争のないこの国で婚姻を許されるほどの立場は近衛だけだ。
一貴族に雇われた警備員など、魔族にとっては屈辱極まりない立場だろう。しかもその雇い主は元平民である。
「おい、私なりの応援だ。下らない己の自尊心で主からの激励を屈辱に思うならお前はそれまでだ。お前は自分が劣ることを認めるところから始めろ。下がれ」
「……あり、がたき、お言葉……失礼致します……」
ビルをはじめとする警備の男たちはすごすごと去っていく。
「ここを受けに来る貴族の子らもそうだ。魔法が扱えるからなんだ? 諸君やその父上たちの魔法よりも私が持つこのペンの方が強い。その事実を甘んじて受け止められなければこの試験を落ちた後も、くすぶり続けることになるぞ」
厳しい口調で周りの受験者たちに告げるセーラム。悪意ではなく純粋な激励なのがわかる。少し口調は大人げないが、面白い大人だと感じた。
そして、「ペンは剣よりも強し」に近い言葉をこの世界でも聞けたことにヴェノーグは感慨を覚えた。原義である戯曲の台詞に沿った意味だが。
「わかったね? バーナン子爵バニット家のユングくん?」
「は? 私のことを、ご存じで?」
セーラムは獣人の少女と争っていたユングというらしい少年に話しかけた。知り合いではないようだが、まさか受験者を全て把握しているのだろうか。
「知っているさ。受験者の素性は調査しているし、その情報は全て私に回ってくるからね。私は常に君たちを見ている。そのことを忘れるなよ。次は厳正に対処するから。喧嘩についてではないよ。私の発した要項に反して亜人を軽んじたことに対してだ。下がりなさい」
「はい……」
落ち込んだ様子のユング。直接的には言われなかったが相当悪い印象を与えてしまったことは明らかだ。試験を突破するのは絶望的だろう。
「さて、少女よ。君はカニド族のリッキーくんだね?」
「そ、そうだけど」
「あまり騒ぎを起こすなよ。私がいたからやめさせたが、あんなのは日常茶飯事だ。騒げば君が不利になるだけだ。この辺りでの不利益は覚悟しておけ。その覚悟がないなら去れ」
今までで一番厳しい口調と空気でリッキーという少女に圧力をかけている。隣で聞いていたヴェノーグも足がすくむほどに。
「あ、あたしにあれを我慢しろって言うのか?」
「そうだ。自分の意思でここに来たんだろ? 理不尽だろうと甘えを私は許さない。私はそうやって勝ち上がったのだから」
平民上がりという出自がセーラムの言葉に説得力を生む。リッキーも言い返せない様子だ。
「では、私はこれで失敬する。見たいものは見させてもらったから、ね」
「ん?」
ヴェノーグはセーラムが自分の方を見たように感じた。
そういえば彼女は受験者の情報を全て抑えているという話であった。ヴェノーグとアラピアはこの一年、スベラの用意した街中の部屋に引きこもって勉強していたのだが、まさかそれも調査済みであろうか。
スベラとの繋がりがあったことがバレたらまずい。教師陣は口が堅い者達を選んだとは言われたが。最悪は異界人であることまで発覚することだ。
「かなり底の知れない感じがする女だったけど……うーん」
「おい!」
「うわ!? いきなり何ですか?」
「ずっと話しかけてた。えーと、助けようとしてくれてありがと」
「……べつに。あなたを助けようとかではなく、私自身の気持ちが先走っただけです。冷静さを欠いた行動で、決して褒められたことではありませんでした。礼を言われるようなことではありません」
危うくヴェノーグも連れて行かれるところだった。一時の感情に突き動かされて窮地に陥る醜態をセーラムに見せてしまった。良い印象ではなかったはずだ。
「まあ、あなたも気をつけてください。私も決して亜人に好ましい印象は抱いていないので。失礼」
「お、おい」
やはり近距離で接するのは難しい相手だ。その牙、爪、人間にあるまじきものがついている様はヴェノーグにとって異形の姿だ。直さなければならないとはわかっているが、なかなか苦手意識を克服できるものではない。
止めようとするリッキーに背を向け、立ち去る。
そしてしばらくして、実戦試験の結果が出た。残り二つの試験を残して、途中経過が発表されるのはこれで最後。今の順位を確認しておく。
「おお、総合順位が三位まで上がってる。実戦試験で他を引き離した成績が反映されたか。……実戦試験でも二位なのは釈然としないけど」
実戦試験一位はあの亜人の少女、リッキーだった。総合では一位にいる。実戦試験の後、彼女の筆記試験成績を確認したら、三十八位。
どのような基準で順位をつけているのかは不明だが、実戦試験が圧倒的であれば、筆記試験の成績を覆すほどに順位が上がるらしい。
そして相変わらずアラピアは実戦試験もぶっちぎりの一位。当然総合順位も一位だった。