冒険者ギルドにて(1)
「あ~………」
レクスはベッドに大の字になり、無気力な唸り声を漏らした。
こんなはずじゃなかった。本当なら今頃は大金を手に入れて豪遊三昧なはずだった。
もしかしたら爵位と土地も貰えちゃったりしてなんて夢見ていた。
それなのに現実は、もうお天道様がてっぺんを過ぎた時間だと言うのに安宿の固いベッドの上で暇を持て余している。
「はぁ………」
口を開けば、唸り声がため息しかでない。
じっとしていても何も進展しない。
レクスはダルい体に鞭打って外を出歩く事にした。
宛もなく街をほっつき歩いたいたレクスは、とある建物の看板を見上げて立ち止まる。
「冒険者……ねぇ」
そこは冒険者ギルド。腕っ節に自信のある者が日銭を稼ぐには最適な施設だ。
冒険者になるという選択肢はセクスも頭の片隅には浮かんではいたのだが、それをすると負けなような気がして目を逸らしていた。別に何か勝ち負けがある訳ではないが、気分的にだ。
しばらく看板を眺めていたが、1度財布を開き、中身が心許ないことを確かめると、フラフラと扉をくぐった。
レクスはいくつかある受付の列に並び、順番を待つ。
レクスは他の街のギルドを知らないから比べられないが、冒険者ギルドは大いに賑わっていた。
騎士よりも立派そうな鎧をつけた者、ローブで身を隠す怪しい者、むしろ盗賊にしか見えない下品な装備の輩まで個性豊かな面々が跋扈していた。
それらを眺めているうちにレクスの番が回ってきた。
「お待たせしました。ご要件は?」
「冒険者の登録を―――」
「にいちゃん、どきな」
受付に要件を伝えようとした瞬間だった。大柄の男がレクスを押しのけて割って入ってきた。
「依頼達成の手続きだ。さっさと頼むぜ」
男は自分が突き飛ばしたレクスの事などまるで気に留めない様子で受付に自分の要件を伝える。
「おい、俺が並んでたんだが?」
当然、レクスは男に文句を言う。
男は舐める様にレクスのつま先から頭までを観察してから嘲てみせた。
「おうそうか、ご苦労だったな。また並び直しな。もやし野郎」
レクスは身長こそ平均的だが、極めて引き締まった体をしていて決してもやしっ子ではない。だが目の前の男は縦にも横にも2.5メートルはあろうかという大男だ。こいつから見れば一般人全員がもやし野郎だろう。
「あんたからも言ってくれよ。ギルド職員だろ?」
大男には話が通じないと思ったレクスは受付の男に言う。しかし―――
「冒険者は血の気の多い方が多いですから、冒険者同士の多少のいざこざは黙認しております。そういったトラブルを自己解決するのも冒険者としての実力のひとつです」
受付の男は何食わぬ顔で淡々とそう返した。
「ははっ、そういうことだ、もやし野郎」
煽るように、大男も一言添える。
この対応を受けて、レクスは冒険者ギルドに失望した。
「ちっ、ここはゴミクソ野郎しかいねぇのかよ」
レクスはわざと、大男と受付、周囲の冒険者たちに聞こえるように吐き捨てる。
冒険者はクソだ。組織そのものが腐ってやがる。そう感じたレクスはもう冒険者にはならないと決めてその場を立ち去ろうとする。
「待てよ」
割り込みをしてきた大男がレクスを呼び止める。
「あ?」
「お前、冒険者の登録に来たんだろ?俺がテストしてやるよ」
下卑た笑いを浮かべた大男はレクスに立ちはだかる。
「いや、てめぇみたいな油団子と同類になるのは嫌だからな、たった今諦めたところだ」
「あぶらっ…………ぶっふっふっふ、遠慮すんなよ。てめぇは生かして返さねぇからよぉ」
大男は眉間に青筋を浮かべながら、冷静を装った声で返す。
『なんだなんだ?』
『また巨山のブークが新人いびりか?』
『あーあー、あの青年可哀想に、ははっ!』
事態に気づいた冒険者も楽しい見世物だと野次を飛ばし、誰一人として止めようとはしない。
それを見て、ここには本当にクズしかいないんだなとレクスは改めて認識する。
冒険者達も冒険者ギルドも本当にクソの集まり、クソの溜まり場だ。
そして何も悪くない俺は今、見ず知らずの豚野郎に殴られようとしている。
本当に、本当に理不尽だ。
冒険者も、冒険者ギルドも、絶対に後悔させてやる。
そう決めたレクスは、降りかかる巨漢の拳をまともにくらった。