王との謁見にて(1)
もうなんか全部どうでもいいからめちゃくちゃにしてやろうって時ありますよね
そういうストレスを詰め込んだ作品になっております
「ちっ、こういう事かよ…」
レクスは目の前の理不尽に舌打ちした。
その手に持っているのは見事に切り落とされた人の首。
絶世の美女と呼んで差し支えないほど美しい顔立ちをしているが、頭に生えた角が人ならざるものであることを証明している。
「そのような小娘が魔王だと?騙るにも程がある。褒賞ほしさに王を謀ろうなどと―――」
「あ~もういいもういい」
「貴様!王の御前であるぞ!」
宰相の話を遮ったレクスを近衛兵が怒鳴るが、レクスは全く悪びれた様子はない。
「あんたらの言い分はよ~くわかった。あんたらは国の存続よりもメンツが大事だと。本当にそんなヤツらばかりだとは、世の中はまだまだ俺の知らない驚きに溢れてるな」
嫌味口を叩きながら里の者達が言っていた事を思い返す。
『アイツらに助ける価値などない』
『奴らに関わるとロクな事にならない』
『救うだけ無駄。いや、損になる』
そうはいっても人間だ。言葉が通じない訳では無いだろうと思っていたが、レクスは読みが甘かったと後悔していた。
「もう帰るわ。あんたらにとって俺は金をせびりにきた嘘つき野郎みたいだからな」
レクスは反抗的に首をすくませ、その場を去ろうとするが、それを王が呼び止める。
「待て」
「あ?」
「誰が下がって良いと言った」
「まだなんかあんのかよ」
「その首は置いていけ」
褒美は出さず、虚偽を発していると決めつけられ、あげくに首は置いていけ。
理不尽に理不尽を重ねられ、レクスはとうとう我慢の限界を超えた。
「人が大人しく引いてやろうってのによぉ、褒美も出さずにブツだけよこせだと?盗賊だってもっとマシな取引するぜ」
「貴様、王になんたる無礼な―――」
「とはいっても!」
レクスは咎める宰相の言葉を再び遮り、言葉を続ける。
「だが、これがなきゃあんたらが困るってのもよ~くわかる。だからよぉ、優しい俺はなんと助け舟出してやろうって訳よ」
レクスは下卑た笑みを浮かべると、おもむろに首を掴んでいる腕を掲げた。
「ふ、ふん。口答えせずに素直に捧げておけば―――」
「リザレクション!」
レクスが呪文を唱えると、掲げた首が光に覆われる。
やがて光がおさまると、そこには裸の女がへたりこんでいた。その顔は当然、先程までレクスがその手に掴んでいたものだ。
「あれ………あたし、なんで。ここはいったい………」
状況が理解出来ず辺りを見回す魔王。すぐに自分の背後に立つレクスの姿を見つけて狼狽える。
「ひっ!?おおおお前はっ―――」
「セルフィッシュジャーニー」
レクスは有無を言わせず目の前の女を魔法でどこかへ飛ばした。
「貴様!なな何をしたっ!?」
「何って、魔王がいなきゃ討伐に出た王子様が困るだろう。だから復活させて元の場所に戻してやった」
「蘇生魔法に移動魔法………信じられん」
宰相の隣にいた魔導師は目の前で起きた奇跡に身を震わせる。
宰相もレクスが使った魔法がどれほど凄いものかは理解出来たが、それ以上に魔王を復活させるという所業に対してのショックの方が大きく、レクスに強い嫌悪を向けた。
「貴様……自分が何をしたかわかっているのかっ!」
「何って?別に何もしてねぇだろ。なんせ俺が持ってきたのは魔王の首じゃないんだからよ、あんたらにとってはなぁ」
「ぐぐっ…きさ、きさまぁ!?」
「貴様貴様って、それしか言えねぇのかよ。もういいだろ、俺は帰るぜ」
「ここまでの狼藉を働いて、ただで帰れると思っているのか!」
宰相の合図で謁見の間の端に控えていた騎士たちが抜剣し、レクスを囲むように前に出る。
「あんたらよぉ、俺は1人で魔王の首をとってきたんだぜ?騎士様十数人程度で止められるんならそもそも魔王軍なんかに苦戦してないだろう」
レクスが剣を鳴らしてみせると騎士たちが1歩たじろぐ。
「勇者の末裔よ」
「あ?俺のことか?」
王の言葉にレクスは雑に答えるが、王はそこには触れず言葉を続ける。
「その剣はもしや」
皆まで言わずとも王が何を言いたいのかをレクスは察した。
勇者の末裔たる自分が見るからに大層な剣を携えていれば、誰でも察せれることだ。
「その通り。伝説に伝わる勇者の剣、聖剣エクスカリバーだ」
「やはり」
レクスの全てを否定してきたわりに、それが聖剣であるという言葉をあっさりと受け入れた王。
ならば当然とばかりに王はレクスに命令を下す。
「しからばその剣、置いていってもらおうか」
「…………はぁ?」
今日ここにきて、こんな気持ちを抱くのは何度目だろうか。
理不尽、不条理、言葉は理解出来ても相手が何を言っているのか理解出来ずに思考が止まる感覚。
レクスの心中は、もはや怒りを超え、ただただ負の感情のみがストレスとなって渦巻いていた。
もともとレクスが魔王を討伐して王城へやってきたのは金が欲しかったからという理由だけだ。だがそれでも動機はどうあれ魔王が討伐されれば世界は平和に近づく。互いにWin-Win、誰も損しない事だと思っていた。
しかしその結果は、偽物だなんだと散々と悪態をつかれ、あげくに理不尽な要求ばかり突きつけられる。
自分はいい事をしたのに、何故こんな仕打ちを受けなければならないのか。
世界を救ったはずの英雄の負の感情は、スケールそのまま世界全てに向けられた。
もういい―――
この世界が滅んだって知ったことじゃない―――
俺がこんなに不条理を受ける道理なんかない―――
こいつらを困らせるためならどんな犠牲を払ったっていい―――
目には目を、歯には歯を、理不尽には理不尽をだ
国がどうなろうと構わないという一線はとうに超えていた。そこが終着点だと思っていたが、まだ先があった。
たとえどんな犠牲を払ってでも、自分が損をして傷つこうとも、理不尽には理不尽で返す。絶対にだ!
レクスはそう決意した。
「聖剣は英雄にこそ相応しい。しからば、貴様のような嘘吐きではなく、魔王討伐に向かった我が息子が持つべきだ」
「この剣は選ばれし者にしか扱えない。目先の名声しか見てない奴になんか使えやしないさ。それに俺が嘘吹きってんなら、この剣だって偽物のはずだろ」
「それでも構わん。その剣を置いていくなら此度の不敬、目を瞑ろう」
「なっ!?良いのですか!?」
「儂が良いと言っておるのだ。良い」
反論する宰相を黙らせ、あくまで自分が上の立場だといった目つきで真っ直ぐレクスを睨む王。レクスもそれに動じることなく、互いに見合っていたが、先に動いたのはレクス。
レクスは剣を鞘から抜いた。
たじろいでいた騎士達は、流石に王の命の危機を感じ、決死の思いで王とレクスの間に立ちはだかる。
我慢の限界を超えた目の前の男が斬りかかってくるかもしれない。
男の言うことは全てホラだと言ってはいるが、それはあくまで、そういうテイで話を進めているという事は、謁見を見ていた騎士達だってわかっている。つまり、この男の実力は本物。おそらく自分達では止められない。
そうと分かっていても、騎士として王のために命を張らねばならない。
広間全体に緊張が走る。
しかし、騎士たちの緊張とは裏腹に、レクスは襲いかかるどころか剣をその場に投げ捨てた。
「ははっ、こんなもんくれてやるよ。どうなっても知らねぇからな」
抵抗することなくあっさりと剣を置いて去っていくレクス。意外な行動に全員が唖然と、ただただレクスの背中を見送った。
「おっと」
謁見の間を出ようかと言う所でレクスが立ち止まる。
「剣には当然、鞘がないとなぁ」
レクスはベルトから鞘を抜き取ると、両開きの大扉の片方に立て掛け、最後にもう一度、下卑た笑みを王に投げかけて退室した。
どんなに強かろうと、所詮は1人の人間。王族や国を相手に本気で反抗するなど出来るわけもない。勇者の末裔といえど、結局は権力に従うしかないのだ。
その瞬間は誰もがそう思っていた。レクスが剣を置いていった意味を知るまでは―――