代わり映えの無い新学期
「ねえねえ、椎名君ってさ、いつも何考えてんの?」
休み時間、後ろの席の女子生徒に背中をつつかれた。振り返ると、彼女は開口一番そう言った。
僕はいつの間にか二年生になっていた。新学期が始まって一週間が経った今日、僕は初めてしっかりと彼女の顔を見た。長くて艶のある黒髪が印象的な、女子高生らしい女子高生だった。
彼女のずけずけとした物言いに、相手をするのも面倒だと思ったので、頭に浮かんだをそのまま口に出すことにした。
「初対面の相手にかける言葉としては中々チャレンジングなチョイスじゃない? それ」
「だってほんとに何考えてるかわかんないんだもん、いっつも目ぇ死んでるし。喋んないし、友達いなさそうだし」
彼女の話し方は女子高生らしからぬ、なんだか男らしいがさつな感じだった。
「何を考えているかわからない相手にそういう口を聞くのはやっぱりリスクが高いと思うよ。いきなりカッターとかポッケから出すかもしれないし」
彼女はくだらないとばかりに鼻で笑った。
「椎名君って面白いこと言うね。もっとそういうキャラを出していったほうが友達できるんじゃない?」
「大丈夫。友達はいらないんだ」
僕はそれだけ言って前を向いた。これだけテキトーにあしらっておけばもう話しかけてこないだろう。いいタイミングで先生が教室に入ってきた。
「いやいや、これでもちょっとは君のことを心配しているのだよ」
後ろの彼女は僕の背中を指先でぐりぐり押しながらまだ話しかけてきた。
僕は前を向いたまま小さく「関係ないだろ」と呟いた。
「毎日プリントを渡し合ってる仲じゃん? まあ椎名君はあんまりこっち見ないけどさぁ。時々見える横顔がすごく疲れてるからね、これは私が何とかしないといけないって思ったわけよ」
僕は握っていたシャーペンを平手で机に叩きつけるように置いた。首だけを後ろに回し、「余計なお世話だよ」と言った。
僕の声が静かな教室に響く。思ったより大きな声が出た。最近あまり人と話していないから、声のボリューム調整が下手になっていたらしい。
けれど、彼女の大きな瞳は少しも驚いたふうではなく、むしろ楽しんでいるようだった。
「おい、授業はじめるぞ。静かにしろ」と先生の声が後頭部に浴びせかけられ、僕はさっと視線を前に戻した。
僕の心にはあれから蓋ができていた。
誰にも心を開かず、友達なんてものはつくらない。三木とも相澤ともクラスは別で、そもそも愛想の悪い僕に話しかけてくる人なんていなかった。何をしても蓋から感情が溢れだすことはないし、中身のほとんど入っていない瓶の底にはドブのような薄汚い感情が溜まっているが、その上澄みはほとんど無色透明で。
僕はようやく自分なりに、一人で立っていられる方法を見つけたつもりだった。
なのに今日の僕の心には、自分でも驚くほど簡単にさざ波が立った。
きっと彼女の言う通り、僕は疲れていたのだろう。
それからというもの、後ろの席の彼女は時々僕に話しかけてくるようになった。数えていたわけではないのでわからないが、たぶん二日かに一度くらいの頻度だろう。
「椎名、宿題忘れた。見せて」「やだ」とか。
「椎名、ケーキ食べたい」「どうぞご自由に」とか。
「椎名、私また告白されちゃった」「はいはい、良かったね」とか。
そんな程度のやりとりだ。
言葉のキャッチボールとは到底言えない。彼女が投げてくるボールを叩き落としているか、無視しているかに過ぎない。
彼女もきっと僕との会話を、暇つぶし程度にしか考えていないのだろう。
なんとなくダウンロードしたアプリのようなもの。容量がいっぱいになれば、真っ先に削除する。二人の関係はその程度のものだった。きっと次の席変えのときには、もう口を聞くこともなくなるような、ゆるくて、もろくて、どうでもいい、些細な関係。
最初はうっとうしく感じていたけれど、次第にどうでもいいと思うようになった。だから僕も、無理に関係を断ち切ろうとはしなかった。
相手にとって自分は特別な存在ではなく、自分にとっても相手は特別ではない。ただ、自分の後ろの席にいる人間というだけ。
気楽な関係だ。何かひどい言葉で傷つけて、明日から口を聞いてもらえなくなったとしてもなんら問題のない、赤の他人。
それが彼女だった。




