カウントダウン1
僕が初めて結の部屋に泊まったときのことを思い出した。僕は人と一緒に寝泊まりするのがあまり得意ではなかった。でも、結がどうしてもと言ったのだ。
「いびきとかうるさくても全然気にしないから」とか「朝起きて隣に好きな人がいる幸せっていうのを味わってみたいの」とか、結はらしくない言葉を繰り返して、帰ろうとする僕を必死で引き留めた。
僕の困った顔に気付いていないはずもないのに、結にしては珍しいわがままだった。だから僕は一晩だけ、彼女の部屋に泊まることにした。
だが、やはりシングルベットで二人で眠るなんていう息苦しいことをしたのが良くなかったらしい。
その日の晩は怖い夢を見た。
今まで何度も見た、悲しい夢だった。
「どうしたの、光君。大丈夫?」
結の声で目が覚めた。周りの景色が意識の中に落ちてくる。音が脳まで届き始める。僕はひどく喉の渇きを感じた。
無理やり口の端を持ち上げてから、結の顔を見た。
「大丈夫。ごめん、起こした?」
上半身を起こした彼女の頬にかかる髪が、うっすらと光を受けて透き通って見える。朝が近いようだった。
「ううん、平気。光君ほんとに大丈夫? うなされてたみたい」
「うん、大丈夫」
背中を流れる汗が気持ち悪かったが、今度はしっかり笑えたはずだった。それなのに、結の顔はまだどこか浮かなかった。
そのまま自分の部屋に帰り、シャワーを浴びた。ザーザーと零れ落ちるお湯と一緒に、さっき見た夢の断片がちらちらと浮かんで消えて行った。
――僕は電車に乗っている。
その電車は木の椅子が置かれている茶色の古めかしい電車で、僕以外に乗客は誰もいない。
何だか不安になって首を回し窓の外を見ると、見慣れた故郷の景色広がっている。山と田んぼと、広い空。そういう田舎の風景だ。
田んぼは緑に染まっているし、空には大きな入道雲があるから、どうやら季節は夏らしい。
田んぼの脇のあぜ道に誰かがいることに気が付く。それは白いワンピースを着て、麦わら帽子を被った姉さんだった。
そこで僕はいつも、これが夢であることに気が付く。
姉さんはそんな女の子らしい格好をしないからだ。ああ、これは僕の虚しい願望なのだと嫌でも気がつかされる。
それでも僕はどうしても姉さんのところへ行きたくて、必死で電車から降りようとする。
ドアを探して駆け回り、窓をこじあけようとする。けれど、どうしたって走る列車から降りることはできない。
電車は姉さんを追い越し、嫌がらせのようにどんどん速度を上げていく。そして姉さんの姿が見えなくなってから、僕は気が付く。
僕はもう、一人ぼっちなのだと。
そして胸の苦しさとともに目が覚める。
昔、何度も見た、悲しい夢だった。
……姉さんが、私を忘れないでと言っているようだった。
それが昨日のことだった。




