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ありふれた他愛の無いどこにでもある青春

 


 三回目の班活動が終わったあとだった。


「ちょっと話を聞いてくれ」と佐久川が言ってきて、一緒に廊下へ出た。隣には田中もいた。


 歩きながら、佐久川は切り出した。


「椎名、お前さ、あの班のメンバーで気になる子とかっている?」


 彼の口調は足取り同様軽かった。どこへ向かうのかはわからなかったが、教室から遠ざかっているのは確かだ。


「いや、別に。みんないい人だとは思うけど。佐久川は誰か気になる子がいるの?」


 困った質問には、とりあえず当たり障りのないことを答えておいて、向こうの真意を探る。これまで学んできた「可哀想な少年」なりの処世術だった。


 僕の問いに彼は何だか気味の悪い笑みを浮かべた。半歩後ろをついてくる田中のほうを横目で盗み見ると、彼も何やら意味ありげな笑みを浮かべている。


 階段の踊り場にきた。佐久川はわざとらしく声を押し殺して囁いた。


「俺、実はさ、相馬さんのことが気になってるんだよね」


 彼の緩みきった横顔を見て、僕は警戒を解いた。「気味が悪い」のではなく、単に「気色悪い」だけだったのだ。


「それでさ、ちょっと頼みがあるんだけど、椎名、うまくいくように手伝ってくれないか?」


 僕はすでに用意ができていた言葉を、少しだけ間をおいてから口にした。


「いいよ、何ができるかわからないけど。出来る範囲でなら何でも手伝うよ」


「まじか? ありがとぉ。椎名って良い奴だな」


 佐久川は肩を組んできた。僕よりも身長の低い彼にそうされるのは少し鬱陶しかったが、今振りほどくわけにもいかない。


「よかったな、佐久川」


 今まで気配を消していた田中がおもむろに口を開いた。すでに共犯関係にあったらしい。


 どうやら僕は彼らの期待通りの選択肢を、間違えることなく選び続けることが出来たようだった。



 その日から、班の男子三人の距離はより一層近づくこととなった。


 休み時間にはどうやって佐久川と相馬が二人きりになる時間をつくるかという作戦会議をしたり。昼休みにはどれだけ相馬が可愛いかを聞かされたり。


 まあ要は、色ぼけた男子高校生の話し相手になっていた。


 佐久川に頼まれ、相馬と話す時間も増えた。どんな音楽を聴くのか、休みの日は何をするのか、好きなテレビ番組は何か。僕にとってはまったく興味のない情報だったけれど、逆にそのおかげで気負うこともなく、自然と聞き出すことができた。


 そんなもの、直接本人に聞くから意味があるのではないかと思ったが、つまらないことは言わない。こういうことで効率や結果ばかりを追い求めるのは野暮というやつなのだろう。


 段々と、佐久川と相馬が話している時間より、僕と相馬が話している時間のほうが多い気がしてきたが、それも口には出さない。


 自分はあくまで恋のキューピッド。いや、伝書鳩なのだ。言われたことだけやっていればそれで十分だ。


 僕にはメリットがないのでギブアンドテイクには程遠かったが、逆にプライスレスこそが友情らしい友情なのではないかとも思っていた。


 相馬の口から発せられた言葉をそのまま伝えると、佐久川はとても喜び、思いつく限りの感謝の言葉を述べるのだ。多少いびつでも友情は友情だろう。


 といっても彼のボキャブラリーは、「ありがとー」と「サンキュー」と「感謝してるぜ」と「俺たち、一生友達だ」の四つだけだが。



 過ごす時間が増えるうちに、みんなのことがわかってきた。


 佐久川はかなりのお調子者だが悪い奴ではないようだった。少し周りのことが見えないところがある気もするが、男子高校生なんてみんなそんなものだろう。自分も他人のことは言えない。


 相馬のほうは、育ちがいい感じの柔らかい雰囲気の女の子だということが何となくわかった。きちんと手入れされたボブっぽい髪型は、大人っぽさよりは彼女の幼さを引き立てていて、良く似合っている。佐久川はこういうおっとりしたタイプの女の子が好きなのかもしれないと勝手に納得した。


 他人の恋愛なんて、昔の僕にとっては最もどうでもいいものの一つだった。


 でも、佐久川が相馬のことを考えて一喜一憂しているさまは、心のどこかでくだらないとは思いつつも、新鮮で、興味深かった。


 五月の暖かな日差しは僕の毎日をほんのりと色づけた。


 林間学校までの二週間は何だか中身のない時間がゆっくりと流れているような気がした。きっとそれは、高校生として正しい時間の使い方で。きっとそれは、僕がずっと求めてきたものだった。




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