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五月病

 


 ゴールデンウィークが終わった。生徒たちはだんだんと新しい環境に慣れていき、学校は活気づく。五月病とはきっと、心の余裕が生まれてきた証拠なのだろう。


 そして同時に、五月の終わりに行われる林間学校が近づいていた。内容は、二泊三日で飯盒炊爨などのオリエンテーリングを行い親睦を深めようというものだ。高校生にもなってそんなことをしないといけないのかとはじめは少し憂鬱だったが、今は違った。



 理由は初ライブの緊張から解放され心が軽かったから、というだけではなかった。


   *


 まだ桜も残る四月中旬、僕は軽音部に入り、相澤と三木と三人でバンドを組むことになった。

 僕とバンドなんて、生ハムとメロンくらい奇異な組み合わせだが経緯というのは至って単純で、三木に誘われたからだ。


 なんでも三木は高校生になったら軽音部に入ってバンドを組むとずっと前から決めていたらしい。小学校のときから吹奏楽部で打楽器をやっていて、けっこう上手だそうだ。熱くバンドのすばらしさを語る三木の眼が自分を捉えたことを僕は素直に嬉しいと思えた。


 相澤はてっきり断るだろうと思っていたが、部活の見学に行った帰り道にはもう入部することを決めていた。相澤とバンドなんて、解剖台の上のミシンとこうもり傘みたいにおかしな組み合わせだと思ったが、彼女いわく、「自分からは絶対に出てこない選択肢に触れることもたまにはいいと思うの。身も蓋もないことを言ってしまえばただの部活だしね。まあ三木君の変な情熱が移ったっていうのもあるけど」とのことだ。


 そして僕ら三人は一緒に軽音部に入り、バンドを組むことを決めた。三木がドラムで、相澤がベースで、僕がギター。ボーカルはとりあえず相澤がやることになった。


 メンバーの三分の二が初心者のため、初ライブは三分ほどのなるべく簡単そうなJポップのカバーを一曲だけやることになったが、僕はちゃんとできるか少し心配だった。本番は意外と近くで、連休明けだった。三年生の引退と一年生の初ライブを兼ねて、体育館でやることになっていた。



 言われるがままに練習をし、何が何だかよくわからないまま譜面通りにおたまじゃくしを並べる。そんなことを繰り返してあっという間に迎えた本番当日。


 ようやく手に馴染み始めたギターをぶらさげ、そっと舞台の袖から客席を見る。以外にも、けっこうな数のお客さんが入っていた。


 別に緊張したりはしなかった。でも少しだけ、野球の試合前とは違った落ち着かなさを感じた。


 曲は繰り返しの部分が多く、ギターソロも短めで、まあ何とか形にはなっているとは思う。先輩たちに色々と教えてもらったし、毎日遅くまで三人で合わせをしたから大丈夫だろう。


 左手の指の腹にはタコのようなものができて硬くなっていた。ぎゅっと手を握り、感触を確かめる。昔野球部だったときに手のひらにできたタコを思い出した。


 頑張れー、と声がする。練習を見てくれたギターの先輩たちが客席の最前列にいて、こちらへ向けて親指を立てていた。何も最前列にいなくてもいいのにと思い、同時になぜか僕ははるか昔の授業参観のことを思い出した。


「行くぞ、椎名、相澤」


「イエス、ボス」


 三木の威勢のいい掛け声に、相澤がらしくない低い声で答えた。


「誰だよ、緊張してキャラぶれてんぞ」


「うるさい。ほら、椎名も、イエスボス」


「イエスボス」


 三人でいつものように笑ってから、僕らは舞台に飛び出した。



 ライブは始まってしまえばたいしたことはなく、大きなミスもせず無難に終わった。


 もう少し感動とか、興奮とか緊張とかがあるかとも思ったが呆気ないものだった。練習でやっていたことを人前でやるだけ。違うのはライトがチカチカと眩しいことと、「もう一回」がないことくらい。なんてことはなかった。


 ただ、終わった後に先輩たちが「よかったよ」なんて言ってくれたり、三人でファミレスに打ち上げに行ったりするのは、まるで自分が真っ当な人間になったことの証明みたいで、少し感慨深かった。


   *


 では、それならどうして林間学校がそれほど嫌ではなくなったかというと、新しく友達をつくる絶好の機会になったからだ。


 僕は部活が始まってからというもの、三木と相澤とばかりつるんでいた。だから、担任教師から林間学校での班分けが出席番号順だと聞いた時には面倒だと思った。また一から人間関係を構築して仲良くしなければならないかと思うと憂鬱でしかなかった。


 しかし、最初の班の顔合わせの時点で、その不安は杞憂に終わった。


 同じ班になった男子二人、佐久川と田中。そして女子三人、佐々木、瀬川、相馬。


 彼らの中に嫌な感じの人は一人もおらず、特に田中はとてもいい奴だった。


 田中は話し合いを円滑に回そうと努力するし、その上、仕切りたがる男特有のめんどくさい感じはまったくしなかった。謙虚で頭がいいタイプは集団で何かをするときに一人いるととても心強い。


 佐久川も多少騒がしいくらいで明るい奴だった。女子たち三人も特に気が強いタイプではなく、ほどほどに愛想がよく、普通の女子高生という感じだ。


 見ていたところ、佐久川と田中は前から仲が良く、女子三人もある程度は知り合いだったみたいだが、それで僕が孤立したりすることもなかった。


 よくよく考えれば、このメンバーはほどほどに明るく、ほどほどに決断力も行動力も団結力もある、素晴らしいメンバーだった。


 実際、ホームルームの時間、班ごとに話し合いをするよう言われたときは、僕らの班はどの班もよりもそれを早く終えた。


 きっとこれを機に、良い友達になれるんじゃないかと僕は期待に胸を膨らませていた。




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