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気の早い黄昏

 


 翌日から通常の授業が始まった。名門校だけあって勉強は毎日新しいことをすごいスピードで学ばなければならず、予習復習が少し大変だったが、空回りしたやる気に見合うくらいには張り合いもあって、心地がよかった。


 三木をはじめとして、段々と友達の輪も少しずつ広がってきた。当たり前のように嘘をついたり、愛想笑いを浮かべたり。そんな上辺だけの付き合いを怠らなかったからだろう。


 結局、何でも本音を言い合えて、ありのままの自分を晒し出せる相手なんてものは存在するわけがないのだから、それでいい。


 人の本音なんてものはそのときそのときによって姿を変えるし、本音だと自分が思っているものが本音である保証もない。本当の自分なんてものは存在せず、目の前の人間に対して接している自分を本物という他ない。


 そんなふうに割り切って、ただ友達がほしいからと適度な付き合いをしていたら案外簡単に友達はできた。それになにより、高校生というのは中学生よりもみんな大人で、お互いに近づき過ぎることはなかった。大人になるにつれて、傷つけ合わないで済む距離が段々とわかってくるのだろう。


 そんなわけで僕は、俗に言うところの「高校生デビュー」に成功し、クラスでもそこそこ居心地の良いポジションを確保した。


 上辺だけの笑顔に文句をつける人間は誰もいない。お前はそんな良い人間じゃないだろうと囁く者は誰もいない。毎日がキラキラと輝くとまではいかなくても、今すぐ雨が降る気配はなかった。


 明日が来るのが楽しみというわけではなくとも、明日なんて来なければいいのにと思うほどの苦痛はない。気楽な人生だった。


 これでようやく姉さんに顔向けができる。そう思っていた矢先だった。


 僕の日常を壊す可能性がふっと目の前に現れたのは。


 濡れた電気コードのような。消えかけの煙草のような。芽が出たジャガイモのような。そんな日常に潜む可能性が、いつの間にかそっと僕の目の前に置かれていた。




 昼休みのことだった。クラスメイトたちと自動販売機にジュースを買いに行って、みんなでダラダラ話をしながら教室に戻っていたとき、どこか見覚えのある女子生徒が向こうから歩いてくるのが見えた。


 遠目には、あれ? 誰か知り合いに似ているな、という程度だった。


 けれど段々と距離が近づいてくるにつれて記憶の蓋が外れた。


 すれ違う直前には、もう確信していた。


 彼女は僕と同じ中学に通っていた、相澤(あいざわ)だった。


 彼女も僕に気が付いたらしい。すれ違うその瞬間まで、彼女は僕のことをじっと見つめていた。


 僕は目を逸らしたくてたまらなかったが、結局はそうすることができなかった。他人のそら似であることを、どこかで期待していたからかもしれない。


 すれ違う瞬間、相澤の唇が少しだけパクパクと動いた。僕は心臓が止まるかと思った。だが結局、その唇が言葉を発することはなかった。


 振り向くことはできなかった。疑いは確信に変わっていた。




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