野火
桜の花が咲き誇り、気持ちの良い風が横を通り抜ける季節。僕は高校生になった。
進学先は全国で五本の指に入るほどの偏差値を誇る、超名門校だった。
もちろん入学試験は簡単ではなかったが、それは大した問題ではなかった。
勉強は普段からコツコツやっていたし、中学三年の六月に姉さんが亡くなって部活を辞めてからは、一日のほとんどの時間を勉強に打ち込んでいた。
そして、小峰が亡くなってからは、現実逃避の手段としてより積極的に勉強をするようになった。
自分の罪と向かい合うことが怖かったのだ。だから僕は、何も考えなくていいように、勉強をし続けた。
暗記科目は教科書とノートを何度も何度も見返して、一文字残らず記憶するように脳裏に焼き付ける。それ以外の教科は何も考えずに同じ問題集を説き続けた。不思議なもので、どれだけ効率悪く、何も考えずに問題を解いているだけでも、回数をこなせば自ずとコツが掴めてくる。
きっともっと効率の良い方法はたくさんあるんだろうと思っていたが、それを探そうとはしなかった。
効率よく勉強する必要なんて、なかったからだ。
勉強なんて暇つぶしで、逃げ道でしかなかい。時間を潰すためだけにゲームをしているのに最短ルートを探す必要はない。すべてをクリアしてしまったら、また別のタスクを探さなくてはいけなくなってしまう。
勉強は、手段であって、目的ではなかった。
担任との面談で「お前の成績ならどこでも行きたいところに行けそうだな」と言われたのがきっかけだった。
それならいっそ誰も自分を知らない遠いところへ行ってしまおう。家から出て誰も知り合いのいないところで一人で暮らして……。
それはとても魅力的な話に思えた。ようやく僕に目的が生まれた。
もちろん父は反対した。高校生の息子に一人暮らしをさせるのは何かと不安があるのだろうし、我が家にはもう子どもは僕一人しかいない。一人暮らしをさせたくないと思うのは当然だろう。
けれど僕は、根気よく説得を繰り返し、自分はこの学校で学びたいことがある。行きたい大学があると強く主張した結果、最後は折れてくれた。
単なる暇つぶしが目的を果たすための手段に変わった。目的が生まれ、目標ができ、少しは効率を求めるようになると、成績は天にも届くかのように上がった。
そうして寒さが厳しくなる頃には、中学生が習うレベルの問題はほぼ解けない問題はなくなっていて、逆に解けない問題を探すのが難しいくらいだった。過去問題でさえも時間を余らせて満点近い点数を取れるようになっていた。そして無事志望校に合格した僕は、高校入学と同時に一人暮らしを始めることになった。
なぜか僕は、オートロックやら床暖房やらの付いた、高校生にはもったいないくらいの豪華なマンションに住むことになった。いささか贅沢過ぎる気がしたが父がそれで安心するというなら別に構わなかった。
三月の終わりに引っ越しをした。実家から持ってきたものはほんのわずかで引っ越しはすぐに終わった。
一通り荷解きを終えて、ダンボールをたたみ終えて。そろそろ帰るというときだった。
――体を第一に考えなさい。無理し過ぎないで、頑張りなさい。
――つらくなったらいつでも帰ってきなさい。
父さんはそう言って優しく微笑んでくれた。
それなのに僕は自分の本当の気持ちなんか一切伝えず、嘘を嘘で塗り固め、一人暮らしを始めた。
僕の心は最近覚えたばかりの罪悪感という感情のせいで、ぎいぎい軋み、悲鳴を上げた。
けれど一方で、これから始まる生活への期待で胸を躍らせていたのも確かだった。
――これで、僕は生まれ変われるかもしれない。一からやり直せるかもしれない。姉さんに恥じない、人間らしい生き方ができるかもしれない。
入学式前日、僕は久しぶりに明日が来るのが楽しみだと感じていた。




