ゴブリン
ゴブリン(仮)はもうだいぶ近くまで来ていたので、もたもたしていると気づかれるかもしれない。今のうちに戦闘や逃走の準備をしておかなければ。
俺はもう一度手鏡を使ってゴブリン(仮)の姿を映すと、それに画像検索をかけた。
これは、鏡に映ったものでも画像検索システムは作動するのかどうかという実験でもある。
幸い画像検索は成功した。となれば、もしかすると映像や写真を通して見たものでも、画像検索はできるのかもしれない。
『ゴブリン』
緑色の肌をした人型の魔物。貧弱、虚弱、息くさい。
体格が小さく、大きなものでも1メートルに満たない。戦闘能力はイタチと同等で、子どもや女性の戦闘訓練に最適。一生のほとんどを洞窟で過ごすため、目は退化して見えていない。弱点はヘソと股間。
地上に出てくるのは群れを追放された粗暴なオスで、これらの個体は女性を性的に襲うこともある。しかし子どもの力でも倒せるほどに弱いので、実は性被害の報告はほとんど無い。噂が一人歩きしているだけで、少なくとも病気になったり妊娠することはないので安心されたし。
「息くさいのか。あんまり近づきたくないな」
だが、イタチと同等ならば過剰な心配は要らない。いやこれ、決してイタチを舐めているわけではないが。
とはいえ、女子供の訓練に最適らしいが、ピクシーの二倍以上もデカいんだよなあ……。
そういえば、ゴブリンは結構近いところまで来てるというのに、全然こちらに気づかない。どうやら目が見えないというのは本当らしい。
ゴブリンはゲームの中にも居た魔物だが、はて、目が見えないなんて設定はあっただろうか? ……いや、今考えることじゃないな。
俺の攻撃魔法は今のところ命中率が低すぎる。なので魔物が出てきたらナイフでぷすっとやるつもりだったが、俺は少し考え直すことにした。
そもそもピクシーは正面切って戦うには向かないステータスをしている。安全に狩りをするには、知恵を使わないとな。
ピクシーのスピードは速い。俺もあれから色々と確認してみたが、レベル5の時点ですでに車よりも速いのだ。
そして何よりも、加速力が違う。静止状態から事前動作なしに、一気に時速四〇キロに達するのだ。緊急回避や奇襲の能力は目を見張るものがある。
というわけで、前々から考えていたのだが、石を持って体当たりをしようと思う。
手が石よりも前に出ないよう、石のフチに手をかけて、胸の前に掲げるように持つのだ。
たいあたりはいりょく40のノーマルわざだが、別にふざけてるわけじゃない。
考えて欲しい。俺は車よりも速く、ゴブリンへ接近できるのだ。しかも、ピクシーは車と違ってほとんど音を出さないのだ。果たしてゴブリンは、攻撃に気づいて戦闘に備えることができるだろうか?
あと、これが一番重要なのだが、体当たりはかなりの攻撃力が出る攻撃方法であると思う。
だって、拳大の石だぞ? それが車よりも速くぶつかって来たら、人はどうなる?
俺は、だいたい死ぬと思う。
とか色々考えているうちに、ゴブリンは結局開いている扉や俺に気づかず向こうへ行ってしまった。つまり、今は俺に背を向けている。攻撃のチャンスだ。
ストレージから予め採取しておいた手頃な石を出す。……結構重いな。うわー、ピクシーって貧弱、虚弱、息爽快。
力を振り絞って胸の前で持った俺は、背後から音を立てずにゴブリンに突貫した。
何気に不思議なのだが、ピクシーの羽は羽ばたいても音がしない。ぶるぶる震えているくせにだ。
だからこそ気付かれにくく、奇襲に向いているのだがな。
「グギヨェ!」
ぴゅーん、ゴッ、とゴブリンと俺(が持ってる石)は衝突し、俺はすぐさま天井付近へ退避した。下を見ると、ゴブリンは床に突っ伏したままピクピクと動いていて、次の瞬間ピタッと動かなくなった。
死んだフリをしているかもしれないので、しばらく見張った。倒せていなかったら、ナイフでトドメを刺すつもりだ。
ついでに、さっきの音を聞きつけて他の魔物が来ないかどうかも警戒していたが、何も来ない。仲間のゴブリンが助けに来るかと思っていたんだが。仲間が薄情なのか、コイツがぼっちだったのか。
結局、五分経ってもゴブリンは動かなかったので、俺は倒したと判断した。
「うーむ、やってみると意外とイケるもんなんだな」
俺は下に降りてゴブリンの死体に手を触れた。
そういや、ストレージに死体が入るかどうかの実験はしていなかったな。
一抹の不安を覚えたが、無事ゴブリンは俺のストレージへ消えていった。やはり死んだものはストレージに入るようだ。
よしよし、コイツは今晩のメシに……というのは冗談で、実際は死体の中にあるはずの魔石を、安全なところで探すためである。
ついでに死体を解剖して、ゴブリンの骨格についても研究しておきたい。人間と骨や筋肉の構造が似ているのならば、今度戦う時にはその分動きが読み易いからな。
「よし、トンズラするか」
さすがに初戦闘は緊張しっぱなしで疲れたのと、体当たりした時に腕にビリビリと衝撃が来たのがちょっと痛む。
衝撃を流すために、衝突と同時に天井へ逃げたのだが。やっぱ車と同じスピードを出すと、小さな身体でも運動エネルギーが出るんだなあ。次はもっと、ゴブリンの頭蓋を擦り上げるようにかち割ろう。
舞台に出て、崩れたドームから外へ。すっかり飛行姿も板に付いてきたのではなかろうか。
「魔物狩った、食料採った、魔法覚えた。あとは地道にこの森を開拓してゆくことになるのか?」
せっかく異世界に来た割にはイマイチ波乱の無い……いやいや、変なフラグを立ててはいかんな。平和なのは良いことじゃないか。美少女のピンチなんてそうそう起きるべきではない。
「そう言えば、レベルは上がったかな?」
ステータスを開いて確認をする。ゴブリン一匹じゃあな……と思っていたが、なんとレベルは上がっていた。
ドリア=ポーリュシカ(25)
性別:男
種族:ピクシー(L6)
形態:バトルピクシー
状態:正常
HP64
MP118
攻 119
守 51
魔 161
知 119
速 208
熟練ポイント:60
「しっかし伸びねーな、守。6しか増えてないじゃん。速は20も伸びてんのに」
とは言いつつも、俺はこんな簡単にレベルというものは上がってしまうのかと思った。
レベル上げ、魔石の確保、食料の確保。意外とあっさり見通しが立ってしまっただけに、少し拍子抜けである。
しかし、まいったな。ここからは何をするにしても魔法が無いと停滞してしまうぞ。
俺の計画では、より安定した食料供給を実現するため、畑か何かを作る予定だ。しかしピクシーの力ではえっさこらと木を切り、土を掘り返すのが難しいというのは間違いないだろう。
それを魔法でパパッとやってしまう予定なのだが、俺の魔法は小さな火の玉すら真っ直ぐ飛ばないという有様。
レベル上げにしたって、ゴブリンを体当たりで狩り続けるのは難しい。なるべく反動を逃がすよう心がけているとは言え、時速四〇キロでぶつかれば俺も痛いのだ。
さっさと魔法を覚えて焼き払いたい……ん? 待て、カンデラ遺跡は木造なんだから火を使っちゃイカンのでは?
とにかく、しばらくはチマチマと魔法の勉強をするしかなさそうである。
「しっかし、広い森だなあ……」
さすが、ウチから半径百キロ以上森なだけはある。現在地上から二〇メートルの空中。地平線の彼方まで森だ。
マップが無かったら北に街道があることにも、東に遺跡があることにも中々気づかなかっただろう。
幸いにも、ここには生きるための土台はある。まるで、誰かが用意してくれたみたいに。
……用意してくれたんだろうなあ、誰かが。
「ま、じっくりやっていきますか」
ふよふよと空を飛んでいる俺の前を、森の涼風が笑っているかのように優しく過ぎてゆく。
いつかはこの広い世界に繰り出したいと心を馳せながら。俺は地を照らす二つの太陽を見て気が紛れたように思えた。
Q.ヒロインが全然出てきません、バグですか?
A.第一章はボッチのまま進行します。