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【改稿中】地球から来た妖精  作者: 妖精さんのリボン
【改稿中】三章 萌えた大輪の花
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グリンダへ迫る者

 その夜は特に星が美しく見えそうな、春もたけなわとなった暖かい日のこと。


 趣味である星空観測のために、俺はラプンツェルを連れて街の北にある街門を目指していた。北の街門の上は十人が寝そべって余る程度のスペースがあるらしく、誰でも自由に登れるとのことだ。

 そのスペースはもともとある盗賊団が幅を利かせていた時代に街を守るため作られた見張り台なのだが、その盗賊団が消滅した今ではただの展望台と化しているらしい。


 この近くには強力な魔物も生息していないので、本当にそれしか使い道が無いのだろう。


「そういや、そろそろこの街を出発しようかと思うんだよ」


 俺は隣を歩くラプンツェルにそう提案した。


 ゴブリンの怨念と引き換えに、当面の活動資金として十万ゴールドを貯めることができた。これ以上グリンダに留まる意味は薄いと思うのだ。物資も必要なものは市場で購入したし、よりレパートリーを求めるなら大きな街エルトアールに行った方が早いだろう。


「何を仕入れたの?」

「足りないもの全部。鍋やナイフといった調理器具、豊富な野菜と料理のためのスパイス」


 野菜は具体的にはジャガイモやキャベツ、野草売りからはドクダミやカラシナやツクシなどを仕入れることができた。


「錬金魔法も勉強したいから薬草や各種素材、それと魔法素材を収集・保管する練習として黒ヤモリとコウモリを。あと酒」


 魔法素材ってのは魔法の力を増幅させる物体の総称である。ほぼ全ての物体は魔法の力を少なからず増幅するとされるが、魔法学ではキログラムあたりMP換算で1以上の力を持った物体をそう定義している。

 かつても少し触れたが、黒ヤモリは湿気厳禁である。全部ストレージに入れとけば保存も何もないじゃんと思われるかもしれないが、俺の拘りとしてこういう基礎知識を疎かにはしたくないのだ。

 ほら、電卓が使えるからといって、かけ算ができなくても良いとは言えないじゃん? 一流の魔法使いになるなら基礎を身につけないとな。

 謎システムに頼るのもほどほどにしないといけない。


「北の門ってのは、アレか」


 宿を出て二人でぽてぽて暗路を歩いていると、街門が見えてきた。その上には月明かりをまとう勇敢な戦士の彫刻が据えられている。

 彼らは街の外へ視線を向けているため、その表情はここからでは分からない。しかし、かつての時代はその佇まいでもって盗賊どもをビビらせていた……のかもしれない。


 さすがにブランデンブルクの門と比べたら月とすっぽんではあるが、高さは4メートル、幅は15メートル弱のまあまあ立派な街門である。


「……あら、街門の上に誰かいるわね」

「おっ、同志か?」


 街門の下からは夜の暗さも相まってかなり見にくいが、たしかに上の展望台にはゴソゴソと二つの影が動いている。


 街門の脇に固定された木製のハシゴに手をかけ、展望台へ。空を飛べるピクシー族の国には、こういったハシゴや階段は存在しないのだろうか。時々他の種族が漂流してくるらしいから、概念自体はあるかもしれない。


 ハシゴを上りきって、辺りを見回すと、下から見えた二つの影は月のおかげである程度はっきりと視認することができた。そのうち一方は体格の良い男で、顔は見えづらいがおそらく知らない顔だ。

 だが一方の影が身につけているピンク色のマントはとても見覚えがあった。


「あのマント、もしかしてルーニー?」


 ルーニーと見知らぬ男性が街門の上でじっと北の空を見つめていた。

 といっても何か甘酸っぱい雰囲気があるわけではなく、むしろ張り詰めたような、敵襲に備える兵士たちのそれに似た気迫を感じる。俺たちと同じく星空鑑賞……という感じでもなさそうだし、何をしているんだ?


「こんばんは、ルーニーさん。そちらも天体観測かしら?」

「……ん? おや、ドリアとラプンツェルか」


 ラプンツェルが声をかけると、二人は驚いたようにこちらを振り返った。

 暗がりの中、近くでよくよく見ると、ルーニーと共にいる男性はある程度の身分であると分かった。高級そうな服を着こなし銀縁メガネをかけた、知的な男である。


「こんばんは、ミス・ルーニー。こちらの紳士は?」

「ああ、この街の代官様だよ」

「初めまして、エキスタと申します」


 代官と紹介された男は代官らしい。男は自分の名を告げると、ご丁寧に一礼した。


「ん? 確か干物屋の店主もそんな名前だったような」

「あ、エキスタって名前はね、この世界ではとてもありふれた男性名なの。ピクシーにも時々いるわ」


 俺の小さな呟きを隣で聞いたラプンツェルがそう補足してくれた。

 なるほど、地球でいうジョンみたいな名前ってことか。どの世界にもそういう名前はあるんだな。


 ちなみに後で聞いたことだが、ありふれた女性名ではガーヤというのが圧倒的に多いらしい。

 いつも思うんだが、こういう『よくある名前』って逆に子どもにつけるのをためらったりするんじゃなかろうか?


「これはどうも、俺はドリア・ポーリュシカです」

「ラプンツェル・ランフェよ」


 それはそれとして、名乗ってくれた以上はこちらも名乗り返しておかないとな。

 ドリアってゲームの中だけの名前だったはずなんだが、最近はすっかりこの名を名乗ることやこの名で呼ばれることに違和感が無くなった。


「何か物々しいムードを醸しに醸していたが、どうした?」

「……どうしますか、代官様」

「そうですね、ルーニーさんにとって、彼らは信用に値しますか? もしそうなら話しても構いませんよ。ただし、ここだけの話にしていただきますが」

「ふむ。まあ、彼らにも無関係な話では無いからな」


 こんな夜中に街門で剣呑に空を見ているだけあって、それはなるべく聞かせたくない内密の話であるらしい。


 うーん。これはヤッカイゴトの気配! まあ、一応聞くけれどもね。


「これは私の占いなんだが、この街にドラゴンが向かっている。種族ははっきりしないが、時期から考えて熱龍だと思われるぜ」

「ほお。ドラゴン! そりゃ、一大事だな。占いが当たっていれば」

「……分かってると思うけど、私は戦わないわよ」

「さすがにやらねえよ」


 ラプンツェルの念押しをばっさりと切り返す。

 確かにドラゴンを地上に堕とせる魔道具を開発中だけれども。それを本当にドラゴンでテストするなんて無計画にして無謀の極みだ。

 もしや、未だに俺が戦闘狂であるという誤解が解けていないのだろうか。ははは、泣いちゃいそうだ。


 心に負った傷へツバを付けながら、俺は徐に熱龍とやらをディクショナリーで調べてみる。結果はすぐに出てきた。




『ヴィブラゴン』(熱龍から転送)

 熱龍とも呼ばれて畏怖される巨大な龍。冷気が弱点で、頭がキーンとなってしまう。


 ドラゴンの中でもかなり大型で、全長は一キロにも達する。大きさに対して体躯は細身で、その見た目どおり、力はそこまで強くない。

 綺麗好きな生態で、周囲の大気を二百度まで発熱させて虫や獣を追い払う。近づくことすら困難なため、効果的な遠隔攻撃ができないなら逃げるべし。

 最大の武器は強靭な声帯から放たれる音波攻撃で、180デシベルの咆哮は人体に深刻な後遺症を与える。




「180デシベル……」

「何ですって?」

「いや、何でも」


 どのくらいすごいのか、想像もつかんな……。多くの子どもを泣かせる雷鳴でさえ110くらいだろう? 物理的にいろいろ壊せる強烈な音だぞ。

 おまけに虫や獣に対して過剰なほどの熱攻撃を仕掛けるらしい。


 熱というより、振動を操るドラゴンって感じだな。

 うん、やっぱり今は勝てない。『できない』は魔法使いの精神に反するとか、そんな理屈を持ち出すべき相手じゃない。倒したいならレベルを上げないとな。もりもり。


「なるほど、それを公表したら街がパニックになるから、ひとまず街のトップである代官だけに伝えて、こうしてドラゴンが襲来する予定の空を見ながら二人で対策を考えていた。そういう訳だな?」

「理解の早い旅のお方、まさしくその通りなのですよ」


 正確には、私はまだほぼ何もしていないのですが。エキスタはそう付け加えた。


「占いを、信じてくれるのは嬉しい限りだぜ。外れることも多いんだがな」

「いやいや、ルーニーさんは的中させることのほうがずっと多いじゃないですか。……それに、私とて占いだけで街を動かすつもりはありません。だからこそ、こうして私自らの目で確認しに参ったのですよ」


 エキスタは責任感の強い青年らしく、そう自分の立ち位置を明確にして振り返り、空を再び見上げた。


「それに、思い当たることが無いわけではありません。この時期は『龍の渡り』と言って、毎年熱龍というドラゴンが西から東へと飛んでゆくのが確認されているんです。……まあ、普通はもっと北のルートを通るんですけどね。この近くまで来たという話は私の前の代まで遡っても一度もありません」


 なぜ西から東へ飛んでゆくのか、どうして東から西へ飛ぶ姿を誰も見たことが無いのか、謎は多くあれどずっと昔から『龍の渡り』現象は毎年確認されていることらしい。


「にしても、夜だからというのもありますが、星と月以外何も見えませんね……。本当にドラゴンは来るのでしょうか」

「外れることも多いとは言ったが、私は普段、自分の占いには自信を持つことにしている。だから何かしらの行動は取るべきだと主張するぜ」


 確かに、自分の占いに自信が無い占い師なんて聞いたことが無いな。ルーニーは占い師ではなく呪術師だが。この世界では占いも呪術の領分みたいだし。


「素人の意見でも良ければ、俺からも。このへんの人々が占いをどこまで信用しているのか知らんが、ルーニーの占いはそれなりの根拠になると考えているなら対策するべきだ」


 地球においても、人類は下手すると文字ができる前から占いで物事を決めてきたのだ。何なら今でも占いに頼る村は無数にある。

 もともと占いというのは直感の体現行為であり、第六感を科学する行為でもある。


 ラッキーアイテムとか、勝手に変な要素を追加するから胡散臭くなってしまうだけだ。血液型占いとか、アホじゃねーのと思ってしまう。人の性格がたった四種類に分類できるワケが無かろうに。


「住民を避難させるだけでもやるべきだ。具体的には、ここから西のダンジョンが良い。どうせゴブリンしか出ないし、ダンジョンは落盤もしないから良い避難場所になる。街の建物とかは悲惨なことになるかもしれんが、そもそも建物なんてのはいくらでも作り直せるし、グリンダがエルトアールへ続く中継地点としての需要がある限り必ず領主側から再建予算は出るだろう」


 ここは南からの物流を途絶えさせないための街でもある。このそこそこ大きな領土を持つ、ワードン領って言うんだっけか? ワードン領主ならその辺の正しい判断はできるだろう。


「政治的に考えるのであれば。どんな対策をするにしても少なからずお金がかかる以上、上へ報告する義務が発生する。その時に領主が『根拠は占いです』で納得するかはとても大事なポイントだ。もし領主が占いを一片たりとも信じない思想であるならば、下手に街の予算をかけるわけにはいかない。つまり、何も対策しないか、対ドラゴン以外の理由をでっちあげるか、俺たちだけでドラゴンを何とかするしかなくなるわけだ。代官様よ、その辺どうなの?」


 喋るだけ喋って、俺は代官エキスタへ返す。


「とても素人の意見とは思えない素人の意見を聞かされた気がしますが……あなたの言うことは正しい。領主様とルーニーさんには互いに面識がありますが、それでも占いだけを根拠に物事を決定することはないでしょう。しかし、耳を貸すくらいはなさるでしょうね」


 貴重なご意見をありがとうございます、と代官はさわやかに言った。


「実はすでにエルトアールへ向かう人々に出立を延期するよう警告は出しているのですよ。この街道は地形の関係上、途中で大きく西へ逸れるので、ドラゴンと鉢合わせする可能性がありますから。しかし、さすがに行政の立場としては占いが根拠だと言うわけにはいかないので、私の一存でひとまず『不審な魔物が発見された』ということにしていますが。まあ、あくまで警告であって、強制力は無いのですがね。すでに一組、フェンテレンとユッキという男女が北へ向かったようですし」


 む? 何だか聞いたことがある名前だな……。


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