変な人
ある日、ラプンツェルはドリアと別行動をとり、一人でグリンダのダンジョンに来ていた。
路銀を稼ぐのもそうだが、最近は街から出ておらず銃を撃っていないので、腕が鈍らないようにしたかったのだ。
ちなみに、もちろんピクシー族が射撃が得意というわけではない。むしろ普段から空中にいるせいで身体の固定がしにくいくらいだ。
ラプンツェルの正確なエイミングは、単に練習の成果である。
ラプンツェルというピクシーは一言では形容できない。
しかし敢えて一言賛するならば、要領が良かった。
努力を実らせる才能があったとも言える。
歌は上手いし、学力も並以上を保持していた。射撃も上手で料理は美味しく、飛行のフォームも綺麗で計算が速い。そして裁縫のプロフェッショナル。実は町内の激辛早食い大会の優勝者である。
そんなラプンツェルの特技をまた一つ見つけるたびに、周囲のピクシーは言った。
「ラプンツェルは何でもできるね」
ラプンツェルは少し納得しきれていなかった。練習したのだから、そりゃできるだろう、と。
決してラプンツェルはあらゆる才能に富んでいるわけではなかった。むしろその逆で、苦手意識のあることも多い。
例えば、ラプンツェルは資産の管理が苦手だ。金額の計算自体は早いのだが、金額の価値がよく分からないのである。
ラプンツェルはその行動力をフルに活かして、とにかく何でも練習してみたに過ぎない。その中には当然、私には向かないなと見切りをつけたものだって沢山ある。水彩画はそれなりに描けるが、油絵はあのベタベタしたタッチが全く活かせない。
ラプンツェルとしては、せいぜい百や二百の特技を見ただけで、あいつは何でもできるなんて結論づけて欲しくはないのだ。
ラプンツェルは努力家である。そして同時に、最短ルートしか選ばない。ラプンツェルは無駄な努力、必要の無い努力を選別する能力に長けているのだ。
彼女が見た目麗しいのだって、単にラプンツェルの美意識が高いことと努力家の性が噛み合っただけである。
さすが英雄のお孫さんだ、と。数は少ないがそう言う人たちも居た。
ラプンツェルの祖父は、ラプンツェルの顔を見ることなく亡くなった。祖父は英雄だった……らしい。決して見栄ではなく、王族がラプンツェルの家に墓参りに来たこともある。
ピクシーの王族であるシャルドネ王女と仲良くなったのも、それがきっかけだった。ペクセィ大陸の鎖国について教えてくれたのもシャルドネ王女である。教えてくれたというより、少々強引に聞き出したのだが。
英雄と呼ばれるおじいちゃんも、こんな冒険をしたのだろうか。
ラプンツェルがそう思ったその時、背後から聞こえた足音を聞き取った彼女は瞬時に振り返って銃を構えた。
「一人で来ているとは思わなんだ」
しかし、続いて聞こえた言葉が知った声であることに気づいて、ラプンツェルは銃口を下へ向ける。
「呪術師ルーニー。あなたもダンジョンを利用するのね」
ルーニーは短剣一つを腰に差して、ゴテゴテの黒い指輪を右手に光らせながら悠々とラプンツェルのほうへ歩いていた。短剣の扱いに自信があるのか、呪術を使って戦う術を持っているのか。
マントは屋敷に置いてきたのか、今は動きやすいインナーに革の鎧だけをぴしっと着こなしている。ダンジョンに挑む際の基本的な服装だ。
ラプンツェルはピクシーなので、今の姿は人間であっても、服装は飛行能力に支障の出ないぴっちりとした軽い戦闘服だ。
「これでもダンジョンに関してはそれなりに誇れる実績があってな。その時からの癖で、逆に落ち着くんだ、ダンジョン独特の不穏な空気が」
その気持ちはラプンツェルには良く分からないが、ダンジョンにいると首筋がピリつくのは確かだ。
それが落ち着くとは、なかなかにダンジョンに毒されているような気もするが。
「ドリアは靴を見に行ってるの。ブーツがあれば欲しいって」
「うむうむ、旅人たるもの靴はキチンとしておかねェとな。ブーツは頑丈で雨にも強い」
「いや……履くだけでドラゴンより速く移動できるからって」
「は?」
アリティア騎士団の名声を知らないラプンツェルたちは、当然何のことかさっぱり分からないのであった。
ついでに言えば普段から飛んで移動するラプンツェルには、靴の重要性もピンときていなかったりする。
「まあ、せっかくだし。一緒に最下層にでも行ってみるか? ここからほんの小一時間下るだけだが」
ラプンツェルはその提案に乗った。別に断る理由は無かったし、親切な人と親睦は深めておいて損はないし。
探索、という名のピクニックは極めて平和であった。時折奥からゴブリンが湧いてはくるが、ラプンツェルの精密な射撃によって一撃与えることも叶わず倒れてゆくからだ。
一方でルーニーが使う術は不可思議なものであった。
岩を引っ掻いたようなザリザリとした呻き声じみた文句を口にしたかと思えば、ゴテゴテと飾られた右手が真っ赤に染まる。その手をゴブリンどもへ向けると、彼らは一様に何度も何度もダンジョンの壁へとぶつかって行き自ら頭蓋をかち割って死んでゆくのだ。
「しかし見たことない武器で戦うね。てっきり魔法で戦うのだと思っていたが」
「私は魔法使いじゃなくてファッションデザイナーだからね。……銃を見たことが無いの?」
「いや、私はそんな筒みたいな……ん? 違う、どこかで見たな」
「そうなの」
「でも一般的な武器でないのは確かだ」
確かに銃を携帯する人間はまだ街で見たことがないラプンツェルであった。ついでに、人間なら銃を撃つよりも斧か何かを振りかぶったほうが強そうだな、とも思った。
ドリアの世界では銃が一般的だったらしいので、実際には銃のほうが強いのかもしれないが。
「お前は、ドリアのことをどう思っている?」
「……どうって、何が」
「私たちだって年ごろじゃないか。集えばガールズトークが始まるものだろう?」
「ここダンジョンなんだけど」
と言いつつも、ラプンツェルはここの所ずっと行動を共にしてきた男の顔を思い浮かべた。
好きなことは星空鑑賞。なぜかレベル上げと魔法に対して並々ならぬ情熱を持っている。
妙に色々なことに詳しく、何をやらせてもそつがない、凡庸なようで非凡な男。
順応性と計画性があり、ラプンツェルと違って事前のシミュレートをまめにやっている。
そして、地球から来た男だ。
考えてみれば本当に変な奴である。環境も全然違う、右も左もわからない異世界にやって来たというのに、なぜあの男は地球に帰る気が無いのだろうか。
いや、帰る気はあるのかもしれないが、彼の中でその優先順位がぐっと低いのは間違いないだろう。
異大陸に飛ばされただけのラプンツェルでさえ、帰ることで頭がいっぱいだというのに。あそこまで順応して、まあつさえ最悪骨を埋めてもいいやと言わんばかりの姿勢でいられるのは、メンタルが強すぎやしないだろうか。
そこまで考えて、あれ、とラプンツェルは気づいた。
自分は、ドリアという男を全然知らないのだと。
どんな所で生まれ、どんな環境で育ったのか。どういう思想の持ち主で、どんな仕事をしていたのか。
知りたい、あの男を。ラプンツェルは初めてその感情を持った。
「そうねえ……変な人?」
ラプンツェルは自分に芽生えた知識欲を一旦隅に置いてそう返した。
考えた末のあんまりな結論に、ルーニーは口を押さえて笑った。
「くししっ、変な人か。まあ確かに……変わってるな」
ここはそれほど大きくなくとも宿場町。余所者を珍しがる者などいない。
しかしそれでも、ペクセィなる大陸についてあちこちで聞いて回っている男女がいることくらいは、噂になっていた。
ついでに、男の方が変わった言動をするということも。
ルーニーも、ドリアが田舎の村の出身だと話していることは聞いていた。そして、その出生に似合わないほどの知識を持っていることも認識していた。
行動に一貫性の無い人物なのか、それとも簡単にはバレないと思っているのか。あるいは、身の上を偽る必要がないのに何となく偽ってる変な人なのか。
まあ、グリンダには一年に何千も何万も人が訪れる。中にはそんな人もいるだろうと、ルーニーはそれほど気にはしていなかった。
「私の占いによれば、お前とドリアの相性はかなり良いらしいぜ」
「多少は気がある、と思うわ。彼には助けられたし……あのままひとりぼっちだったら、今頃無気力のまま死んでいたかも」
「へえ。……詳しくは聞かないよ。でもそんなところを救ってくれたのに、異性としてはそこまでという感じなのか。あ、後ろ」
「気づいてる」
「ゴブェ!」
パシュンとゴブリンの眉間を撃ち抜くラプンツェル。
良い威力だ、と呟くルーニー。
「多分、私自身が正直それどころじゃないんだと思う。それに、向こうにも恋愛の気があるかも分からないし」
「いやあ、お前は美人だからな。そんな目線を感じること、何度かあったんじゃないか?」
「まあ、それはドリアに限った話じゃないけれど」
皮肉にもそのおかげで、自分の見た目や声が良いことは一応ラプンツェルも自覚していた。
まあ、一番の根拠は年老いてもなお美しい祖母の血を、自分も多少なりとも引いているという事実なのだが。
「おばあちゃんが言うにはね、お互い様だって」
「……うん? 女も男を邪な目で見ているということか?」
「さあね?」
もちろんラプンツェルもかつてその理由を聞いたが、祖母は一人前の淑女になれば分かりますよとしか答えなかった。
ラプンツェルの祖母は話はすれども全ては語らない人だ。
いつも欅や桜の天辺にふわふわと浮かびながら茶を飲む姿しか見かけないが、ラプンツェルが訪ねるとにこやかに話を聞いてくれて、必ず一つ新しいことを教えてくれるのだ。
物静かだが芯はとても太く、ただずっと側にいて、見守ってくれるタイプの好々爺である。爺ではなく婆だけれども。
「何にしても、ちゃんと彼に確かめたことは無いかな。普段の感謝も全然伝えられてないし。普通は、弱ると感情が不安定になって、隠しきれずに面に出てきちゃう人が多いでしょ? でも私は逆。弱れば弱るほど、側から見て無感情になってゆく。感情を出さないのが私の素だから」
「なるほどね。じゃあ今のお前は弱ってるわけだ」
「……うん。本当は不安でいっぱい」
当たり前である。
ここはラプンツェルの知らない土地。これから向かうべき方角も分からないまま故郷を探し歩くのだから。
「まあ、あの男なら大丈夫じゃないか? 変な人だけど」
「うん、何かそんな気はするのよね。変な人だけど」
「男女の二人旅だ。もしかしたら、いつか一線を超えてしまうかもな」
「ああ……一線は、もう越えちゃったかな」
「へぅあ!?」
素っ頓狂な声をあげて、ルーニーが固まる。ラプンツェルが驚いて見ると、ダンジョンの暗がりでも分かるくらい白い顔が赤らんでいた。
「う、うそ……もうシたのか? 付き合ってもないのに?」
「あまりにも心細くて、つい誘ったことが……な、何よ。そんな反応されたら今更恥ずかしくなってくるじゃない! もしかして、経験無いの? そんなにかわいいのに」
「え、縁が無かっただけだ!」
「あはは、別に良いじゃない。恥ずかしいことじゃないわ」
なかなか乙女な反応を見せるルーニーに、ラプンツェルは少し心が晴れた気がした。
ラプンツェルは時折、祖母に言い聞かされていた。恋愛をしなければならない、恋愛はステータスだと考えている限り、恋には縁がないものだと。
それをいつかの本気の恋のためにとっておくのも、大切なことである。
「ごめん、ダンジョン内で大声を出すべきではなかった。とはいえかわいいと言ってくれるのは嬉しいが、私は見た目が個性的だろう?」
「顔の化粧のこと? でもそれたかが顔料でしょ? 洗えば落ちるじゃない。そうしないってことは、本気でパートナーが欲しいわけじゃないんでしょ。繰り返しになるけど、私は全くおかしいとは思わないわ」
「まあ、その通りなんだが……時々呪術の研究を支えてくれる人がいたらなと思うことはある」
実際には呪術用の特殊な顔料なので、落とすには一手間も二手間もかかるが、一応綺麗に消すことはできる。
「仕事を支えてくれるという意味では、コリオリカさんがいるんじゃない?」
「うーん、コリオリカとは、お互いに助け合うような関係じゃないんだよ」
コリオリカとルーニーは親友だが、いつもつるんでいるとか、分け隔てなく付き合ってる仲ではない。それぞれのプライベートは大切にするし、必要以上に施しあったりもしない。
むしろ、そういう人こそ親友と呼ぶに相応しい、とお互いの価値観が一致しているからこそ、コリオリカとルーニーは親友なのだ。
「まあ、私にはまだプライベートまでを曝け出すような関係は早いのかもな。恋愛話は好きだが、聞くだけで満足だぜ」
何よりも面倒くさいし。ルーニーはそう言うと、ガールズトークを切り上げ、少し天井が低くなるぞと言って前屈みになる。
「そろそろ最奥だ。最下層には強大なボスが、なんてことは無いけどな」




