旧カンデラ遺跡
補足:人、ヒト、人類などと表記した場合、このお話では人間に限らずエルフやピクシーなどを含めた多種族を指しています。
特に人間だけを指す時は、そのまま人間と表記しています。
「おっしゃ、木の実取ったる」
異世界生活四日目。ひとまず、魔法で火や水を出せるようになった。だが未だ攻撃に使えるレベルには、俺の技術は達していない。
……いや、正確に言えば、実戦で使えるレベルには達していないのだ。
何故って、攻撃魔法が全然真っ直ぐ飛んでいかないのである。
難しいんだよなあ、魔法。やはりイメージだけで使いこなすのは難しく、キチンと魔法の理論も学んでいかないといけないらしい。
今は『動体射撃理論と術式の変数設定』という分野を勉強中だ。
難解に聞こえるタイトルだが、要は攻撃魔法を当てるためのコントロールの勉強である。術式に相対物理量を導入することで命中精度の向上を図るらしい。……おかしいな、俺はいつから物理の勉強をしていたんだ?
しかし、俺はリスクを承知で食料を求めて森へ飛び出した。ぶっちゃけストレージにはまだまだ食料は残っているのだけれど、こういうのは食料に余裕があるうちに計画的にやっておくべきだと思ったのだ。
それに、前回泉まで行った時には、ジャコメダカしか魔物はいなかったからな。
飛行技術の練習も兼ねて、森を散策ついでに木の実狩り。
熟していそうなものはどんどんストレージに入れていく。毒の有無は、どうせディクショナリーで調べるので気にしていない。
キノコなんかも見つけたら採っていく。いかにも毒がありそうなものも、ひょっとしたら食べられるかもしれないので採って後で調べる。
泉にも寄って、キッチンにあった水瓶に水を汲む。そこそこでかい水瓶なので、これだけでも三日は保ってくれた。後で覚えたてホヤホヤの魔法で煮沸すれば十分クリーンになるだろう。
この時点で水と食料を確保することには成功。
となると、次にするべきは魔石の調達である。これが手に入れば、家の機能が色々と使えるようになるのだ。
もちろん俺は魔石の在り方など知らないので、この手のことに詳しそうな魔法大全を調べてみた。
基本的には、魔素が固体となって安定したものを魔石といい、簡単に言うと魔力の使い捨て電池みたいなものであるようだ。
魔素に干渉し活性化させて魔力にすることで、一瞬で、あるいは継続して多くの魔力を使うことができる。
ちなみに魔素と魔力の違いは、ディクショナリーにこう書いてあった。
『魔力(魔素)』
よく混同されるが、厳密には魔素とは不活性のエネルギー体で、魔素が活性化して人が扱えるようになったものを魔力という。魔力が魔力のまま存在しているのは自然界ではかなり稀なため、一般的に魔法を使う時はまず魔素を刺激して魔力にする工程が必要。
魔石は、多少技術は要るが家庭でも作れるし、地中に埋まったものもたびたび産出するとのこと。あと、魔物の体内にも魔石が存在するが、こちらは瘴気に侵されているため使用や加工には瘴気除去の一手間がいるらしい。
幸いにも、魔石から瘴気を取り除く『浄化』の作業はそこまで難しくないだろう。魔法大全の最初のほうに出てくるからな。
ただ、魔石を浄化すると、魔石が溜め込んだ魔素の半分が失われるためあまり効率は良くない。
「となると、いつかは自分で魔石を作れるようにならなきゃいけないよな。半年以内にはなんとかいけるか? まあ、焦りはイカンな。全く新しい学問を学んでいるワケだし」
だが、せっかく目の前に文明の利器があるというのに、使えないのはもどかしい。
「よし、魔物、倒すか!」
どうせいつか経験値稼ぎはするつもりだったので。
俺はなるべく弱そうな魔物を狙って倒すことにした。
魔石が手に入ったら浄化の練習台にさせてもらおう。
しかし、この森は意外にも魔物がいない。ジャコメダカとかいう魔物(笑)を除けば。
「なんか魔物が居そうな場所……ダンジョンっぽいところとか? この辺りでそれっぽいと言ったら、コレか」
ツーっとマップを東へスクロールして、その存在を確認する。
『旧カンデラ遺跡』。新がどこにあるのかは知らないが、この際どうでも良い。ゲームにおいて、古い遺跡とモンスターはセットでなければならないのである。
俺はこの遺跡に魔物が居ると踏んで、ここに行ってみることにした。
――――――
旧カンデラ遺跡はそこそこの広さをもつ木造の遺跡だった。サッカーコートがだいたい七千平米だから……目測では、その十倍はあるな。七万平米くらいか。
俺は石造りのいかにも遺跡なヤツを想像していたのだが、確かに遠くから石を運んでくるよりもそこら中に生えてる森の木を使う方が合理的である。
ただ、そのせいか大部分は朽ちており、遺跡はもはや天井の無い吹きさらしの状態である。
「だから遺棄されたのかもな……修復が老朽化に追いつかなかったのかもしれん」
木は虫に喰われたりして管理が大変だからな。これは仕方ない。
とりあえず、空から遺跡を見てまわる。いきなり中に入るのはリスクが高いからだ。
「しかしこれは何の遺跡なんだ?」
外観自体はとてもシンプルだ。
大きな六角形の建物を中央棟として据え、四本の別棟を周りに東西南北の方向にそれぞれ配置している。
別棟と中央棟は互いに通路で繋がれており、上から見ると四角の中にバッテンを入れたような形になっている。
中央の建物にはドームがあるが、半分以上が朽ちて骨組みだけになり、中が丸見えになっている。
そこから中を見ると、劇場か何かだったのだろうか。ドームの東から南を通って西の壁側には、ぐるりと階段状のスペースが設けられている。そこには壊れた大量のイスが散乱していて、おそらく観客席だと想像がついた。
北側にどっしりとある舞台らしき場所は、完全に床が抜けてしまっていて、もう誰も踊ることはできない。
ただ……ここが仮に劇場だったとして、どうしてこんな森の奥深くに建てられたんだ? アクセスが悪過ぎるだろう。
「あのドームから少し入ってみるか」
中は天井があちこち抜けているおかげでそこまで暗くはない。しかし扉から床から調度品から色々なものがすっかり腐っており、カビの生えた柱も目立った。
俺は舞台らしき場所の脇にあった扉を開けて、廊下に出てみた。
薄暗い廊下には扉が並んでいた。ネームプレートのケースだろうか、扉には四角い板を嵌められそうな木製の枠が付いている。ただ名札自体は一枚も無いし、ケースも割れたり外れたりしていてほとんど使い物にならないだろう。
俺は適当な扉を一つ開けてみることにした。
ドアノブは人間にとっては至って普通のサイズだったが、今の俺はピクシーである。両手で回さないと開けることができなかった。
部屋に入ると、抜けた天井からの眩い陽光に一瞬目を瞑った。廊下のように天井がそこそこ無事なところは薄暗いが、この部屋の天井は腐りきったのか骨組みさえも残っていないためこうして光が入るらしい。
「ここは、楽屋か? マジで劇場なのか? なんだってこんな森の中に……」
部屋にはあまり物が無かった。大きな姿見と化粧台、木製の衣装棚、そしてテーブルとその上に置かれた飾り気のない手鏡、椅子だけがそこにあり、窓などは無い。楽屋、少なくとも更衣室としての機能がある部屋なのは間違いないだろう。
「何か使えそうな物の一つでも有ればいいんだがなあ」
特に今の俺は服を一着しか持っていないからな。ここ四日間ずっと同じ服を着ている。
衣装棚があるのだ。一着くらい着られそうな物があっても良いのではないかと思う。
……いや、あったとしてもそれがピクシーサイズじゃないと意味無いよな。
ドアノブの大きさと言い、姿見の大きさと言い、ここはどうも人間サイズの者が使うことを想定している気がする。
うーん、せめて布! 布の残骸でも良いから欲しい。
「ひとまず、姿見と手鏡と化粧台は回収しておくか。テーブルや衣装棚とかはカビてるし、放置で良いな」
木は森の中であれば調達に困らないだろうが、鏡に使われているガラスは素人にはそう簡単に作れない。
何に使えるかはさっぱりだが、とにかくモノが不足している今はガラクタ同然の鏡であっても確保しておきたいのだ。
姿見、手鏡、そして化粧台が俺のストレージへと消えていった、まさにその時。俺は確かに聞いた。
「ゲェ……グググ……」
音源は廊下。木が軋んだ音でも、風が扉を閉じた音でもない。まるで少年が呻いているかのような、耳に障るしゃがれた高音。
すぐさま俺はストレージからナイフを出し、順手に持って胸を横ぎらせるように構える。刃の腹を盾代わりにする防御系の構えだ。
俺は息を止めると、開けたままの楽屋の入り口から廊下の様子を伺うことにした。仕舞ったばかりの手鏡が早速役に立ちそうだ。
ストレージから取り出して、手鏡の先っぽだけ廊下に。これで部屋の中から鏡を通してこっそりと外の様子を確認することができる。
「グゥ……」
ソレは廊下の奥に居た。こちらに向かってゆっくりと歩いてきている。だがソレの視線から察するに、扉が開いていることやそこから鏡がひょっこり覗いていることには、ソレは気づいていないらしい。
割と距離が離れていたので、俺はひとまず安心し入り口から離れ、静かに呼吸した。
一旦、情報をまとめよう。
ソレの大きさは今の俺の倍以上。下手したら三倍ある。七十センチから一メートルってところだ。
人型で、毛量は少ない。細腕で筋肉質ではなく、姿勢は猫背。全裸で武器の類は持っていない。そして何より、肌が緑色だった。
……うーん、めちゃくちゃゴブリンっぽい。