三つのキーワード
正しい単語を見逃すわけにもいかないので、一つ一つしっかり確認をしていると、終わる頃には二時間以上経っていた。一人でやったら六、七時間か。二度とやらんぞ。
この、占い結果を解釈するのにかかる手間が尋常じゃないので、開発はしたが普通はやらないらしい。
で、そうして紙に現れていたキーワードがこちら。
『カラミッデ帝国』『後宮』『海底火山』
予想以上に具体的だったが、同時にふわっとしていた。
「大陸どこだよ。ピクシーどこだよ」
「キーワード、にしては大陸と全く関係がないわね。『海底火山』の近くにあるってこと?」
「目印としてはほぼ役に立たないな……。『カラミッデ帝国』の『後宮』に居る人物がペクセィ大陸について知っているということか?」
「ふむ……待て、それは少し妙だぜ」
ルーニーが結果の解釈に待ったをかけてきた。
「今のカラミッデ帝国の元首は女性のはず。後宮は五年以上も前に閉鎖されているはずだ」
後宮の持つ役割は色々あるが、一番は妃たちから生まれた子の血筋を明確にするためだろう。血液鑑定の無かった時代に、妃から生まれた子が百パーセント王の血を引いていると証明するのは困難だった。もしかしたらソッコリ下郎と間違いを犯しているかもしれないからだ。
だったら日頃から女性たちを男子禁制の後宮に軟禁しておけばイイじゃん、という発想である。奥さんを守るにもそのほうが都合が良いし。
しかし当然、後宮の維持には莫大な金と人足が必要である。
加えて、そもそも元首が女性だった場合は後宮なんて何の意味も成さない。この場合後宮に入るのは父親たちということになるが、男を隔離したってしょうがない。父親が誰であろうが、女王のお腹から生まれた子は間違いなく王の血を引いてるわけだし。
カラミッデの女王、いや女帝も、その結論に至ったからこそ金食い虫の後宮を解散したのだろう。
次世代になれば再び後宮をもつ意味が出てくるのでは? とも思うが、そうなったら新しく建てれば良いという考えかもしれない。ついでに膨大な雇用が生まれ経済も回るし。
良い為政者は自分の損得はあまり考えちゃいないからな。
「じゃあ、『カラミッデ帝国』の『後宮』は存在しない?」
「ああ。それどころか大規模に改装して世界一の大学にするとの噂だ。伝統ある後宮をこうもあっさり廃止するなんて、間違いなく女帝の鶴の一声だろうな。カラミッデ帝国は皇帝の権力が非常に強いんだ」
ふむ。では後宮とは帝国の後宮のことではないのだろうか。
あるいは、かつて帝国の後宮で働いていた人? そうなってくると追うのはぐっと難しくなるが。
うーむ。少なくとも帝国に何かあるのは間違いなさそうだが。市場で聞いた限りでは、カラミッデ帝国はエルトアールから更に北へ王都まで抜けて、そこから北東へ二十日行ったところにあるらしいな。飛んで行けば一週間くらいか?
「『後宮』……他に思い当たるとすれば、ハレムの迷宮か」
「ハレムの迷宮?」
「正式名称は『貴き彼岸のハレム』。未だ最奥にたどり着いた者のいない超高難易度ダンジョンだ。何故か女性しか入れないから、その道の者どもに後宮と呼ばれているんだ」
ふーん。高難易度ダンジョンとはワクワクする……女性しか入れない?
えっ、俺お断りですか?
いやいや、このご時世に性差別は良くねえなあ? 当然ゲーム内にもそんなダンジョンは無かったぞ。
ヘイ、ディクショナリー。
『貴き彼岸のハレム』
世界でも珍しい、女性しか入れないダンジョン。豪奢な城のような内装をしている。
要塞のような複雑な構造と、何故か繁殖している多くの彼岸花が挑む者たちの精神を狂わせる。
昔から多くの女性探索者が集った結果、ダンジョンの周辺都市は現在も女性中心で発展し続けている。その社会制度や風俗は無形文化財級の価値がある。
ディクショナリーさん曰く、あるもんはあるんだから諦めろ、ということらしい。許せない世界だ。
ゲームの世界なのか、そうじゃないのか、もうはっきりして欲しいんだが。
入りたかったなー、高難易度ダンジョン。他所へ行けだなんてつれないじゃないか。
「まともに参考になりそうなのは『カラミッデ帝国』くらいか。依頼を受けておいてこれだけではアレだし、知り合いを紹介するぜ」
「知り合い? ミス・ルーニーのか?」
「レダー準爵という男が居る。名はウォーレッグ・デンク。彼の知識量はこの国でも五本の指に入るだろう。もしかしたらペクセィ大陸とやらも知っているかもしれない」
「レダー準爵のウォーレッグ・デンク、だな? 彼はどこに」
「この国の王都だ。帝国に行くならその道中にあるから寄ってみると良い」
やっぱり持つべきものは人脈だな。あっという間に目的地ができたぜ。
ハレムの迷宮とやらも気にはなるが……入れないんじゃ仕方がない。海底火山も、そもそもこの辺りは海すらないからな。一番近い海岸で一週間はかかるらしい。
「ありがとね、助かるわ」
「構わない、ついでに奴への手紙でも持っていってくれればな。ただ奴は、バカが感染りたくないと、頭の悪い者とは極力関わろうとしないなかなかに嫌な人間だ。聡明なドリアなら大丈夫だろうが、何か彼の興味をひけるような話を持っていけば協力を取り付けやすいかもしれない」
「おっ、インテリマウントが取れる話ならいくらでも引き出しがあるぞ」
所有権について一講釈たれようか、夜空が黒い理由でも話そうか、あるいは暗号理論について教えてやろうか。
インテリをその気にさせる話ならいくつかアテがある。その中でレダー準爵が知らない話でも聞かせれば良いだろう。
さすがに博学者にも、知らないことくらいあるに違いない。
ルーニーの占いを終えてカフェスペースへ戻ってくると、コリオリカのカフェにはそこそこ人が来ていて、林の中に佇む屋敷での静かな食事を楽しんでいた。
「終わったんですね。どうでしょう、もう遅いですし、今日のディナーはウチで召し上がって行かれては? 今日はひらめきマッシュバター炒めがオススメでして」
「そしてしっかりと客を掴むこの商魂よ」
「……実は、依頼を終えた客に料理を振る舞って更に稼ぐのが狙いでこんな構造になっていたりする」
実はちょっと気になっていた、呪術店がカフェを経由しないと入れない理由を、ルーニー自身がぶっちゃけた。
ところでひらめきマッシュバター炒めとは何ぞや。食べると何かアイデアが浮かぶとか? 脳を活性化させる怪しいキノコ……なわけ無いか。
へぇ〜、イイネ! 買っちゃおうかな〜!
……ダメだな、このネタはツッコミが居ないと成立しないわ。ちくしょう。
俺たちはもちろん、コリオリカのひらめきマッシュバター炒めを堪能した。濃厚なバターの香りと滴る汁の輝きが食欲を掻き立てる。
俺がキノコにかぶりつくと、ジューシーなそれから垂れた汁が皿に垂れた。
「……お、新しい魔道具を思いついたぜ」
「え、ひらめくの早くない?」
まさか皿に垂れた汁にインスパイアされるとは思っていなかったが。
今度時間を空けて作ってみようか……。




