消えた信仰
前話『グリンダの市場』を少し加筆しております。
ご了承ください。
いや、大した話じゃ無いんですけどね、とユッキは前置きして言った。
「私とフェンテレンさんは人を探してまして……コエナナという女性を知りませんか?」
「コエナナ? ドリア知ってる?」
「初めて聞く名ですね。どうやらお役には立てないようです」
「ははあ、そうですか。コレはどうも」
ユッキは俺たちにぺこりと頭を下げた。
「フェンテレンさん、今ちょっと機嫌が悪くて……いつもはあんな強引な人じゃないんです。応援よろしくお願いします」
「別に、モノは手に入ったわけだし、気にしてないわ。むしろ悪いわね、彼女を宥めるの、あなたでしょう?」
「ははは、ご心配なく。本当に、今日がちょっと特別不機嫌なだけなんです。へへっ」
そう言うとユッキは戻ってゆき、何事も無かったかのようにスッとフェンテレンの後ろに控えた。彼はフェンテレンのマネージャーか何かだろうか?
ファンサに勤しむフェンテレンはまだこちらに気づいていないようだ。これ以上面倒になっても困るので、俺とラプンツェルはそっとその場を離れた。
例えば金物、例えば油、例えば酒。必要なものを揃える頃には、そこそこにあった金はすっかり溶けてしまった。
酒は必要なのかって? 飲酒ってのはある種の娯楽なんだよ。精神衛生に配慮した金遣いだ。
「俺はまたダンジョンに行くが、ラプンツェルは?」
「私も行くわ。三千ゴールド分は頑張らせてもらうから」
「気にすることは無いぞ? でも戦えるのにじっとしているのも損か。よし、二人で行こう」
すでに宿の宿泊は延長してあるから、問題はない。
俺はラプンツェルを連れて街を出ると、真っ直ぐダンジョンへ向かった。
しかし冷静に考えれば考えるほど、ダンジョンって不思議な場所だな。どうして魔物が自然発生するのだろう。
ダンジョンは膨大な瘴気が集まってできた異常な空間。つまりエネルギーを消費して魔物を生み出している?
だとしたら、そのエネルギーを全て使い切ったら、ダンジョンは消滅してしまうのか?
分からん。この世界の人もよく分かってないみたいだし、今はそういうものだと考えておこう。
「あっ、魔物といえば」
「どうしたの?」
俺は一つ気になっていたことがあった、
「例の神話によると、人に魔法を教えたのは創造主ガンダだって話になってるよな」
「うん」
「じゃあ、魔物に魔法を教えたのは何者なんだ?」
「魔法を使う魔物……ローズコブラのことね。魔物たちは、永い進化の過程で偶然魔法を使う能力を得たんだと考えられているわ」
なるほど、魔物でも魔法を使うものと使わないものがいるのは、進化の過程で身につけることができたか否かということか。
実は魔物達のバックに魔王的な存在がいて、そいつが魔法を教えていた……とかだったら面白いんだがな。
「それでも、魔法を使う魔物なんてそんなに多くはないはずよ。アイツらは下手な小細工をするより瘴気を使ったゴリ押しのほうが強いから」
「確かにアホみたいなパワーとスピードだったなあ、あの大蛇」
話し合っているうちに、ダンジョンに着いた。
案内所の青年に一言告げに行くと、ガチ魔石ハンターが仲間を連れてきたと思われたのか青年はちょっと慌てた。
「つい昨日報せがあったんですがね。今年はどうも役者の方々が少し早めに移動されているみたいで、ちらほら宿が埋まってきているようです」
「じゃあ、あまり狩り過ぎないほうが良いか?」
「裕福な劇団も有れば、余裕のない劇団もありますからね。滞在費を稼ぎに来る役者も居るかもしれません。できれば昨日と同じく、百匹程度で止めていただけると……」
「まあ構わないさ。財産を作りたいわけじゃないからな」
二手に分かれてダンジョンに潜ることも考えたが、油断は大敵、別に用事がないので早く済ませる必要も無いので二人で行動する事にした。
正直ゴブリンで死ぬビジョンが見えないが……ダンジョンの危険は何も魔物だけでは無いからな。
俺はゲーマーの必修科目として地形把握術を履修しているが、ラプンツェルはそうではない。ひょっとしたらダンジョン内で迷ってしまうかもしれない。
ゲーマーとていつでも効率を求めるわけではないのだ。
ダンジョン探索はサクサク進んだ。ゴブリンしか出てこない上に、お約束のトラップも無いからな、ココ。
ローズコブラを倒して多少レベルが上がったのだろうか、何だかラプンツェルの射撃がより様になっている気がした。
「ドリアの世界では銃は珍しかったの?」
「いや、下手したら刃物よりもメジャーな武器だったかも。俺も触った事はある」
「使ったことは?」
「ある。ちょっと練習した。全然的に当たらなかったけどな」
ゲーム内だとバシバシ当たるんだがな。悲しい話だ。
後、結果的には二人で行動した事は大正解だった。ラプンツェルが戦闘、俺が解体を受け持って分業することで、逆に効率的になったのだ。
なるほど、だから勇者は格下のダンジョンでも必ずパーティで動くんだな。勉強になったぜ。
百匹倒して街に戻ってくる頃には、日は沈みかけていた。昼間に結構がっつりショッピングをしたからな。
もちろん夜の予定も決めてある。俺たちがこの街に滞在している理由の一つは、ペクセィ大陸の情報を得ることた。
情報収集の基本は酒場だ! ということで街の人に勧められた店に行ってみたのだが。
『テメーしょの口縫い合わしぇちぇやるぞぅぅ!』
『お前こしょクセぇ口開けてんゃねえお!?』
『キャー!』
「……一杯嗜む雰囲気では無いな」
「……帰ろっか」
ちょうど酔客の乱闘騒ぎの真っ最中だったので、俺たちは回れ右をして宿へ帰った。
――――――
予想通りといえば予想通りだが、あれから数日経っても情報収集の成果は芳しくなかった。
誰もペクセィ大陸のことを知らなかったし、ピクシー族について仄かしても一人もピンと来た人はいなかった。
あの銀髪美少女の、なんだっけ。アラカルト、アルカロイド……そう、アルカルド伯爵の言葉を思い出してしまう。
ピクシーは既にこの世界では忘れられた存在。そりゃずっと鎖国してたらそうなるわな。でもどこかにアルカルド伯爵と同じように、ピクシーについて知っている者が居ても良いんじゃないかと思うのですがね。
後、この街の教会に行って神話を確認してみようという話だが、これは予想外な理由で実現できなかった。
「教会ですかー。この街にはありませんねー」
「えっ」
俺は教会について聞くべく訪れた役所でノローマさんを問いただしていた。
「ちなみに確認だけれど。この辺りでは、どんな宗教が信じられているのかしら?」
「さあ。宗教と言ったら私はー、創造教しか知らないのでー、それじゃないですか?」
なんだか曖昧だなあ……。
創造教とは、創造主ガンダの創り賜うこの世界を守り、より良くしようと啓蒙しているフツーの宗教団体らしい。
歴史は古く、ピクシー族の間で信仰されているのもこの創造教に基を同じくする宗教らしい。
「なんでこの街には教会がないんだ?」
「私のおじいちゃんの世代にはー、まだあったそうです。無くなったのは、単に誰も信じてないからじゃないですかねー。私も知識としてー、知ってはいますけどー、信仰はしていませんしー」
まさかの回答で、俺とラプンツェルは顔を見合わせる。
おいおいおい、こういう異世界ファンタジーの世界って、教会が強い力を持っているもんじゃないのか?
信じられてないどころか、教会、撤去されてんじゃねーか。
というわけで、エルトアールのような大きな街ならまだ教会があるかもしれないというノローマさんの言葉を信じて、俺たちは何とも言い難い気持ちで役所を後にした。
「……まあ、私も敬虔な信徒と言えるほど信仰しちゃいないけどさ」
ラプンツェルは少し寂しそうに言った。
あとこの街で頼れるのは、ルーニーの占いくらいか。
「そう言えば、占いならドリアもやろうと思えばできるんじゃないの? あなた一応、魔法使いでしょ」
「おっ、語っていいんすか、魔法使いに魔法語らせますか! 実は魔法ってあんまり占いには向いてないんだなーコレが」
「そうなの?」
占いは呪術の領分だ。
もちろん魔法でも占いはできる。できる……が、実は魔法の世界で占いはあんまり研究されていないのだ。
魔法大全を見てビックリしたぜ、あの内容の薄さ。原因もあって、魔法における過程としての占術の場合に話がちょっと複雑になってしまうからだ。
要するに魔法とは目的のための手段でしかないので、占い自体が目的でない限り、『その占いは目的のために必要なのか』ということが重要になってくるのだ。
例をあげるなら。今、水瓶いっぱいの水が欲しいとする。だから川を探したい。川の場所を占おう。コレは一見何も間違っていないように見える。
しかし実際には、目的は水なのだから、魔法で水を生み出したほうがずっと早い。
水瓶いっぱいではなくダム一つ分くらいの大量の水が欲しい場合は、やはり川を探すべきだろう。
しかしそれは、占いで探すべき物なのだろうか?
例えば魔法で空を飛んで、上空から捜索すれば良いのではないか?
例えば一トンを超える水にだけ反応するセンサー魔法を開発してみてはどうだろう?
川にこだわる必要も無い。上空にある適当な雲を水に換えるのも一つの解答だ。
とまあ、このように。魔法には解決のためにとれる手段が多すぎて、占いに頼らなければいけない状況がそもそも少ないのである。
そのため、占いの魔法はぶっちゃけ軽く見られているのが実情である。占いの最終目標である未来予測魔法の研究はそこそこ盛んらしいが、未来予知までゆくとそれは占いに括って良いものか俺は疑問だ。
その点呪術は占いを含めた儀式や祈念そのものを研究対象としているから、呪術師によっては高度な占い――高度な占いって何だ?――を会得していることもある。
そんなわけで、予約の日。
結局ペクセィ大陸について何の収穫も無いまま、俺たちはルーニーの店のドアを開けるのだった。




