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【改稿中】地球から来た妖精  作者: 妖精さんのリボン
【改稿中】三章 萌えた大輪の花
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魔法と呪術

「うーん、何というか、物々しいわね」


 ルーニーの店をぐるりと見て、ラプンツェルは言った。

 確かに、内装はコリオリカの店以上にいかめしい。


 秘密を守るためなのか、単に防犯のためか、窓は人が通れないような小さな換気窓しかない。採光は換気窓と薄い布を張った明かり障子頼みで、その障子にも鉄格子が嵌められ外から入って来れないようになっている。


 さすがにそれだけは暗すぎるのか、燭台に立ててあるロウソクにルーニーは火を点けた。だが、俺たちが来るまで消えていたということは、来客が無い時はずっと消しているのだろう。


 人の骨格図ポスター、犬の頭蓋骨のようなドクロ、棚には薬品に浸かった虫が陳列されている。今、毛虫が一匹身じろぎした気がするのだが?


 鍵つきの箱には様々な鉱石類がゴロゴロと入っており、今はぱかりと口を開けている。


「この街は旅の宿で食ってるからな。住民としては、旅人を無下にするわけにはいかない」


 ルーニーはそう言うと、来客用のソファをざっと拭いて俺たちに掛けるように言った。


「失礼かもしれないけど、そのハイセンスな顔の模様は何かしら? あととても素敵なマントね。少し見せてもらっても良い?」

「そんなことが気になるのか」

「私ファッションデザイナーだから」

「ファッ? 何だって?」

「仕立て屋って言えば分かる?」

「ああ……どうぞ」

「え、良いの?」


 ルーニーはマントの留め具を外すと、あっさりラプンツェルに手渡した。

 ふむ。やっぱり良い子なんじゃないか。


 ラプンツェルは、話だけはちゃんと聞いているから私のことは置いといて、とマントをじっくりと見始めた。俺たちは会話を続ける。


「さっきから気になっていたんだが、お前、どんだけゴブリンに恨まれてるんだ?」

「ゴブリン?」

「いやな、ものすごい数のゴブリンの怨念がお前の周りで群れてるから、気になって仕方ねェんだ」


 マジで?

 ふむ。それは心当たりが多すぎる話だな。


「まあ、ゴブリンの怨念なんて例え一万匹分が集まろうとも大したことないから、放っておいても良い。もし心配ならお祓いの依頼を受けるぜ。金の無駄だとは思うけどな」


 呪術師の少女にすら蔑まれるゴブリンが哀れ極まりない。


 確かにこのゲーム、スライムよりゴブリンのほうが弱いからな……。現実でもそれは全く変わってない、どころかより扱いが悪くなっている。


「それで、呪術についてどれだけ知ってるんだ」

「実は、あんまりな。ただ、魔法は無から何かを生成することはできるが、呪術はできないと聞いた」


 俺は水くらいなら魔法で簡単に出せるが、呪術で水を出すのはかなり難しいと魔法大全には書かれていた。


 呪術と聞くといわゆる『ノロイ』をまず連想するが、それは呪術のたった一分野でしかない。

 呪術の本質は『マジナイ』だ。魔法と違うのは、誰もが無意識のうちにやっているという点。


 怪我した子どもがいれば、痛みが飛んでゆくようにオマジナイをする。雨が降って欲しくなければ、てるてる坊主を吊るして祈る。

 呪術とはそれらのオマジナイ、願掛け、祈り、験担ぎをキチンと体系化し、技術として扱ったものなのである。


「外野でそこまで理解しているなら十分だよ……」


 ルーニーはすり鉢に青くて脆そうな鉱石とカピカピに乾いた何かの骨を砕き入れると、ゴリゴリと擦り始めた。アレが悪霊退治のアイテムになるのだろうか?


「魔法って、何だと思ってる?」

「願いを叶える技術」


 ルーニーが聞いてきたので、俺は迷いなくそう答えた。


「……ほう、面白ェ解釈をするな。呪術も魔法も、実は本質においては大して差はないんだよ」

「なるほど」

「魔法ってのは目的のために魔力を消費して発動する奇跡、つまり魔力を扱うことに軸がある」


 確かに魔法を上達させるには、魔力の扱い方を身につけることが最も重要である。魔力さえ完璧に操れれば、想像力の許す限り何でもできてしまうのだから。


「対して呪術は、魔力に捉われずあらゆるものを媒体とする。術者の望みと対価が釣り合った時、術者は理想と現実をスワップすることができるんだ。ゆえに、全ての呪術は等価交換が原則となる」


 一の魔力から十の結果を生み出すこともできる魔法に対して、呪術は一から生み出せるのはたかだか一だ。その点において、呪術は魔法に及ばない。

 しかし、確実性では遥かに勝る。魔力などという目に見えないものに願いを託す魔法よりも、同じ価値のものをスワップする呪術のほうが効果は出やすい。


「魔力の神秘性を引き出して願いを叶えるのが魔法。等価交換によって望みを叶えるのが呪術ってことだな。少なくとも私はそう思ってる」

「へえ、私の知ってる呪術とはずいぶんと違っているのね」


 ルーニーはこちらを一瞥もせず、己の手先に集中しているようだ。ラプンツェルはラプンツェルで会話には加わってきたが『しっかりした針仕事ね……』とマントから視線を逸さず感心している。ゴリゴリという音がいっそう響いてうるさく俺の耳を叩いてくる。


「その点において、お前の掲げる定義は面白い。魔法は『願いを叶える技術』である、と。その定義に則るんなら、呪術も魔法の一部ってことになるなァ」

「ふむ……むしろ俺は、ミス・ルーニーの話を聞いて、魔法と呪術は統合ができるのではないかと思ったがな」

「……ほう」

「魔法は願いを叶えるための、ただのツールだ。魔法はな、魔力がとても不思議な力を持っていて、とても不思議な現象を起こせるから、それを利用しているに過ぎないんだよ。もし、魔力以外のものを代償に奇跡が起こせるのなら。魔法業界としてもそれを研究する価値はあるんじゃないかなって」


 ゴミからペットボトルを作ろうとするのと同じだ。

 現状に満足せず別のやり方を考えたりやってみることはとても大事なことである。


「ていうか、君も呪術師のわりにずいぶん魔法に詳しいじゃないか。何でだ?」

「ん……まあ、教養みたいなものだよ」


 ルーニーは明らかに答えを濁した。何かあったのだろうか。

 まあ、俺は紳士だからな。レディが語ろうとしないことを無理に聞き出すつもりは全く無い。


「それよりも、一つ意見をくれよ」

「おっ、どうした」

「魔法的自己矛盾問題について」

「……?」


 何だそれ。魔法に関する問題だろうか。

 ルーニーは、これは魔法の万能性を声高にひけらかす魔法使いへの一つの反駁だと言った。


「魔法に不可能は無いならば、絶対に防げない攻撃魔法が作れるはず。魔法に不可能は無いならば、どんな魔法も防ぐ防御魔法が作れるはず」

「うーむ」

「では。絶対に防げない攻撃魔法と、どんな魔法も防ぐ防御魔法。この二つをぶつけたら何が起こるのか」


 あー、最強の矛と最強の盾をぶつける話か。知ってる知ってる、チャイナの昔話だろ?


「……そうだなあ、多分、多分なんだけど」


 魔法使いといってもたった三年の新米なので、あまり発言に責任は持てない。俺はそう前置きして語り出した。


「ぶつけなければ良いんじゃないか?」

「…………続けて」

「いや、そんな深い考えは無いんだがな。魔法ってのは願いを叶えることが軸にあるから、解けない問題を素直に考え続けることはあんまりしないんだよ」


 前にマルチプロセス化の話をしたと思うが、魔法というのはとても自由度が高い。だから極力先入観を捨てて、色んな正解があるという前提で話を進めてゆくのだ。

 つまり、ある条件を設定した上で地道に解決法を探すには、魔法は実はあまり向いていないのだ。


「決められたルールで問題を解くのが数学なら、問題が解けるようなルールを提示するのが魔法だ。数学は便利なツールだから魔法の研究にも積極的に使うが、在り方は数学とは真逆なんだよな」


 だから俺は、矛と盾をぶつけると問題が起こるなら、『ぶつけてはいけない』というルールを提示する。


 時には見て見ぬフリもして良いのだ。

 最強の攻撃魔法? 最強の防御魔法? まず使えるようになってから屁理屈こねろよ、と。まあ、そういう事なのだ。


「魔法は問題解決のツール。最終的に解決さえすれば、それは『十分な結果』を得たと言える。……あっ、『十分な結果』っていうのは、れっきとした魔法学の用語だからな」

「ふむ……」

「魔法で言う、何でも出来るっていうのはな。万能ってのもあるんだが、解決できないことは無いってニュアンスもあるんだよ。これでは納得がいかないか?」

「……いんや。面白い話だよ。奥にあげて良かった。なるほど、さながらトンチみたいな話だが、私は気に入った」

「そうかい。なら、お返しと言ってはなんだが、絶対に当たる占いは存在しないことを証明してやるよ」

「……呪術師に対してずいぶん挑戦的なことを言うじゃないか。聞かせてもらおう」

「もちろん。ラプラスの魔物という怪物がいてだな……」


 ――――――


「なるほど、未来を知る者は存在し得ない、ということか」

「正確には、未来を知る者がいたとしてもその世界に干渉できない、が正しいかな。あくまでも人間の理性に従えばそういう結論になる」


 分かってはいたが、占いにも限界はあるのだな、とルーニーは少し寂しそうに言った。


「おっとルーニー、気は落とすな。未来をほぼ・・知ることならできる。近似予知って考え方で、要は知りたいことさえ正確に分かれば、その他の些細な予知が外れても良いってことだ」


 例えば雨がいつ降るか予知したとして、それが一時間後であると分かった。そしてその通りになった。

 その時に近くにいた子どもがコケることも予知したが、実際はコケそうになっただけだったとする。子どもがコケる予知は外れてしまったが、それはいつ雨が降るかということに無関係だし、雨が降るという予知は正確に当たった。


 予知の目的は果たせている。ならばこの予知は当たった、そう見なせるのだ。


「……『十分な結果』を得た、というわけか」

「おっ、良い復習になったな。そうそう、つまりそういうことなのよ」


 ゴリゴリという音はいつの間にかサラサラに代わり、すり鉢の中は空色の粉になっていた。ルーニーはその粉を親指ほどの小さな瓶に丁重に詰めると、すっとポケットの中に仕舞った。


「お前なら、もう少し話に付き合っても良いか」

「ほう。嬉しいことを言ってくれるじゃないか」


 かわいいレディとのお喋りはいつまでもしていたいからな。ルーニーはクールビューティならぬクールプリティという感じだが。


 ルーニーは何枚もの短冊のような長方形の紙を持ってくると、羽ペンにインクを付けて、次々に謎の文字を描き出した。


「せっかくだ。一つ呪術の儀式をするから、見てゆくと良い」

「本当に良いのか? 門外不出とかじゃないのか」

「見習いでも知ってるような簡単なやつだよ。さすがに私も隠している技術は簡単には見せない」

「あ、私も見て良いかしら」


 マントに満足したのか、ラプンツェルも立ち合いを希望する。ルーニーは返却されたマントを着けながらこくりと了承した。

 一体呪術とはどんなことをするのか。このワクワクこそ旅の歓びだと思いつつ、俺たちは場所を移すためにさらに屋敷の奥へ向かうルーニーに着いていった。

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