コリオリカと呪術師ルーニー
俺たちを迎えたのはエプロン姿の元気な金髪の女性だった。笑顔と真っ白な歯が輝いていて綺麗だ。
「えーと、貴女がルーニーさん?」
「あ、いえいえ。私はコリオリカと申します。カフェスペースの従業員兼店長です。見たところ旅人さんですね。呪術師ルーニーへのご用件ですか?」
彼女は目当ての呪術師ではないらしい。
しかし、カフェだと? そんなものをやっているとは初耳なのだが。
「ええ、まあ。ルーニーさんはいますか?」
「んー、だとしたら申し訳ありません。ただ今ルーニーは儀式の真っ最中でして」
儀式って、雨乞いのか? いや、雨乞いとは限らんか。別の呪術かもしれないし。
しかし、うーむ。
「一応聞きますが、見学させてもらうことは?」
「できませんね。ルーニーから儀式中は原則人を通すなと言われていまして」
企業秘密ということなのか、単に危ないからか。何にせよそれは残念だ。
そもそも呪術って具体的に何をやっているんだろうな? 魔法とはどう違うのだろう。
「カフェっていうのは?」
「オープンしたのはつい最近なんですけどね。私と呪術師ルーニーが提携して始めたカフェですよ。良かったらメニュー見ます? 他じゃなかなか見ないような料理をご用意しています」
店内を見ると、飲食店らしく清潔に保たれているのが分かる。それほど広くはないカフェだが、照明の絶妙な加減が雰囲気をぐっと良くしている。店の奥のキッチンからはコトコト煮込まれたトマトスープの香りがして、朝を食べたばかりだというのにブランチをいただきたくなる。
けれどもインテリアは渦巻き模様のタペストリーや真っ赤な犬の石人形など変わったものが多く、中にはちょっと不気味な何かのツノなんかもあって、居心地は良そさそうだが長居はしたくないというおかしな具合になっている。
「この独特の雰囲気が意外とウケてるんですよね」
初めて来た人はだいたい同じことを考えてしまうのかもしれない。コリオリカは俺の思考を読み取ったように解説してくれた。
「ふむ。ルーニーさんの儀式は長いのでしょうか」
「長いときもありますが、今日のはすぐ終わると言ってましたよ」
「じゃあブランチでも食べながら待たせてもらおうかな。メニューをお願いします」
「ごゆっくりお寛ぎくださいましー!」
そう言うとコリオリカはメニューを取りに店の奥へ。
ラプンツェルはどうする、と俺は後ろをついてきた彼女に聞いた。
「……森を出る前にさ。私、あまり他の種族とは関わらないって言ったじゃない?」
「うむ」
「ピクシーと他種族が出会うことで何が起こるのか、私のカンはね、あまり首を突っ込むなと言ってるのよ。でも知能の進化とか言われても具体的には想像できないし。たかだか伝説に振り回されるのも癪だなって思った」
「うむ」
「あの神話には間違いがある、のかもしれない。もしかしたら何か別の意味が込められている、のかもしれない。何かその証拠になるようなものを見つけて、ウチの王族に教えてあげるのも面白そうじゃない?」
「おっ、良いんじゃないか? もっと話しかけてこうぜ。行く先々で知り合いが増えてゆくのも旅の醍醐味さ」
ラプンツェルは少し緊張がほぐれたように和やかに笑うと、メニューを手に出てきたコリオリカに話しかけた。
「ねえ、コリオリカさん。この店はいつ開いているか分からないと街の人が言っていたけれど、そうなの?」
「ああー、それは私が来る前の話ですよ! ルーニーは不定期に、週に四日くらいしか店を開けてなくて。今は私が予約を承ってますから、カフェの営業時間中に来ていただければスケジュールを合わせますよ」
そいつは、仮にも商売人としてはかなり困った奴だな。まあ、本人的には生活費さえ稼げれば問題ないというスタンスなのかもしれない。それでも周囲の評判が良いとは、よっぽど人柄と呪術の腕が良いのだろうか?
コリオリカからメニューが載った薄い冊子を渡されたので、俺とラプンツェルはそれを覗き込むように二人で見た。
ふむふむ……泣き払いの淡水魚フライ、ぷんぷんパンケーキ、スカイゼリー? 名前じゃどんな料理か分からんぞ。
「変わったメニューね。あなたのオリジナルレシピなの?」
「私のアイデアと、呪術師ルーニーの技術を活かして合作した不思議な料理ですよ。ぷんぷんパンケーキは、食べると怒りっぽくなるんです」
「何だそれ……」
「意外と人気なんですよ。この店の周り、静かでしょう? このパンケーキを食べて、日頃の鬱憤を込めに込めて叫ぶとスッキリするんです」
あー、うん。そういう系の店ね。
なるほど、呪術で作った摩訶不思議な料理が味わえるカフェということか。良いんじゃないの?
さて、何か面白いビックリドッキリ料理はあるだろうか?
――――――
結局、俺は飲むとしばらく声が綺麗になるらしいローレライコーヒーを、ラプンツェルは食べるとイカした髪型になるらしいイカすみサンドを頼んだ。
運ばれて来たのは一見普通の黒いコーヒーで、立ちのぼる湯気から鼻腔を心地よくくすぐる大人の香りがやって来る。
ラプンツェルのサンドは、挟まっている具材は普通だ。レタスと豆とトマトと肉。だがイカすみが混ぜてあるのかバゲットが黒い。そこはちょっと珍しくてイカす。
コーヒーを一口。コリオリカ曰くブラックとのことだが、コーヒーという割にずいぶんと甘い。普通のコーヒーでは無いのか? しかも後に残らない甘味だ、これは砂糖じゃないな? うーん、第一印象では果糖系の甘味だな。
総評としてはとても美味しい。後味にちょっと苦味を感じる程度で、全くクドくない。何よりも焦げ臭くないのが、豆が焦げないよう丁寧に焙煎した証拠だ。
「うん、美味しいよ。旅の一ページに一つ彩が加わった」
俺は元気なバリスタへそう礼を言った。
「ぷっ。ドリア、めっちゃイケボになってる。もぐもぐ」
「む? あー、あー。おお、これはさわやかイケメンの声じゃな?」
乙女ゲーの声優やってそう。知らないけど。
見た目はプリティなピクシーになっても、声はおじさん声のままだったからな。好感度が稼げそう。
「そういうラプンツェルも、いつの間にかすげえ髪型になってるぞ」
「もぐもぐ?」
「とてもイカした御髪ですね」
今日は邪魔にならないよう軽くまとめた程度だったラプンツェルの髪は、なんとオールバックのポニーテールに変化していた。しかも今もなお髪の毛はもぞもぞと動き、一人でにウェーブがかかりつつある。
ハイセンスでイカしてる、というかもはやポニーテールを越して蛇みたいだぞ。ゴルゴーンかな?
そうして三人でわちゃわちゃと話していると、唐突にガラリと店の奥にあったドアが開いた。地味すぎてスタッフルームかと見逃していたが、よくよく見るとクローズドの札がドアの横で怠けるようにちんまりと掛かっていた。
あのドア、もしかしてルーニーの店への入り口だったのか。
「騒がしいな。……らっしゃい」
中から出てきたのは、ルーニーと思しき人物。鼻にかかった高い声は少女のようだが、その態度は少しそっけない。
くるりとクローズドの札を裏返し、オープンに変える。呪術師ルーニーの店、開店の瞬間である。
「ルーニー、この二人、あなたのお客様よ」
「ふうん? 要件は」
呪術師ルーニーはピンクのマントを羽織った吊り目の女の子であった。雪のような白い美肌に映える、青みがかった黒い髪。童顔の真ん中でツンと主張する鼻がチャーミングだ。
何か呪術的な意味があるのか、白い顔にはキラキラと光る黒い顔料で紋様が描かれている。少女然とした本人の見た目とは対称に、うねるような渦巻きとジグザグのギローシュを組み合わせたシンメトリーはとても躍動感があって男性的だ。
さながらトライバルタトゥーのような、思わずかっこいいと呟いてしまいそうな紋様だ。
なぜか右手にだけ真っ黒な指輪をいくつも嵌めており、それらが室内光を反射して妖しく輝いている。
だが初対面だと少し敬遠してしまう人もいるかもしれないクセのある格好だな。……なるほど、確かにぶっきらぼうな口調と合わせて少し誤解されるかもしれない。
「あなたが呪術師ルーニーですか。いや、特に差し迫った困りごとがあるわけじゃないんだが、結構困っててな」
「……どっちだよ」
「あれ? まあとにかく、街の人からこの店をお勧めされてな。探し物を占って欲しいんだ。あと、呪術について教えて欲しいんだよ」
「ん?」
ルーニーは目を細めて俺たちを睨むと、こくりと首を傾げた。
「……弟子にでもなりたいのか?」
「いや。俺は魔法使いなんだ。魔法と呪術はちょっと似てるところがあるだろ? お互いにそれぞれの分野への造詣を深め合うことができればと思って。もちろん迷惑だと言うなら占いだけしてもらってお暇するが」
「魔法使い? だがそこの女はともかく、お前は杖を持っていないようだが?」
「それはまあ、機会が無かったからな。でも杖が無くたって魔法は使えるんだぞ」
あっそう、とルーニーはぼそりと言った。街の人曰く良い子、とのことだが、少し警戒されているのだろうか?
「今日の予定は?」
ルーニーはコリオリカに目をやると、スケジュールを聞いた。
「今日は午後に役場の人が来ますね。今のところその一件だけです」
「……明日は悪霊祓いの依頼がある。その準備と並行してということでも良ければ、話をする。奥へ」
「おっ、通してくれるのか。それじゃあ遠慮なく」
「お前は本物だからな」
ん? 何がだ?
あんまり無口だとすれ違いが起こるぞ、もっと言葉のキャッチボールしていこうぜ。
今度は俺がこくりと首を傾げると、ルーニーはめんどくさそうに補足した。
「政府が始めた、何だったか、幼年学校? あれは良い試みだとは思うんだが、ちょっと制度も教師も未熟なんだよ。もともと魔法使いはあまり技術を公表しないから、行政も優秀な教師を捕まえられてないんだ。だから魔法使いの挫折組みたいな奴らを雇用して騙し騙しやってる。アレは相当予算に余裕が無いな」
「そうなの? いや、それ問題じゃねえか?」
「問題だよ。偽物の魔法使いが育っちまうし、呪術はまだ注目が薄いから科目に採用されてないが、呪術業界までそんなことになったら私も困る」
でも、お前は本物の知識を持ってる、とルーニーは静かに褒めてくれた。
「ん? つまり俺は試されたのか? いや、別に構わないが」
「すまんな。……杖なんて要らない、そうきっぱり言える魔法使いは意外と居ない。幼年学校を出たエセ魔法使いの何割が、杖がどんな役割を果たしているのかをきちんと説明できるんだろうな」
へえ、魔法業界も大変なんだなー。
ていうか、この子、呪術師なんだよな。ずいぶんと魔法に詳しくないか?
まあ、その辺も含めて奥で色々聞いてみるか。
「うん、ごちそうさま。じゃあ私たちは奥に行きましょうか」
「ああ。コリオリカさん、お会計を」
「はあい。80ゴールドになります」
俺はストレージから硬貨を取り出すと、ジャラジャラとコリオリカに渡す。
そしててくてくと奥への扉を潜るルーニーの跡を、俺は少し気分を高鳴らせながらついてゆくのだった。




