ルーニーの店
なんだかんだで疲れていたのだろう。
グリンダの街初日は、あの後もちゃもちゃと部屋でご飯を食べたら、結局外にも出ずに二人ともぐっすり眠ってしまった。
二日目の朝、日が顔を覗かせるのと時を同じくして俺は目が覚めた。
まだ薄暗いが、二度寝は性に合わない。のそのそと起きあがった俺は魔法で清潔な水を出して、ぱしゃぱしゃと顔を洗った。
変化のネックレスは眠る際に外したので、今はドリア(ピクシーのすがた)である。
ずっと着けていると疲れるんだよな。寝る時くらいは外しておかないと。
身を整え、チャーリーに水をあげながら、俺は昨日ラプンツェルから聞かされた神話について考えていた。
神話、という割には、正直あまり神聖な感じはしない話だった。だがラプンツェルはそこに疑問は持っていないようだし、そういうもんなのだろう。
混沌から世界を創ったくだりは、あんまり俺には重要じゃないと思う。俺がここに来た理由、きっと鍵になる部分は、地球人たちがこの世界にやってきたというところだ。
彼らが技術を伝えた、それは言い換えると、技術を伝えたのは創造主じゃない、とも言える。
地球人は、創造主――ガンダとか言ったか?――に招待されてこの世界に来たのだろうか。何のために? おそらく、地球の技術をこの世界に伝えてもらうため。
だとしたら、ガンダ本人は技術とか、そういう文明的な知識はあまり無かったのだろうか。ガンダに狩りや農業や建築の知識があったなら、ガンダが伝えれば良かった話だ。
もし俺をこの世界に転移させたのがガンダなら、奴は俺に何かを成して欲しいということになる。
しかしそうすると、ガンダがこの三年間全く俺に接触してこなかったことの説明がつかない。
「……なんだか、見えてこないな」
おそらく真実を、あるいは真実への手がかりとなる情報を持っている奴は、この世界のどこかにきっと居る。それはピクシーの王族かもしれないし、ひょっとしたらパッとしない神話学者か何かが知っているかもしれない。
もっと情報が必要だ。そのためにラプンツェルを送り届けようとしているわけだが……そうだな、別の角度から推理を進められないものだろうか。
ラプンツェルの語った神話は、あくまでもピクシー族に伝わる神話である。万が一もあるし、他の種族に伝わる神話についても確認をしておきたいところだ。
ひょっとしたら、ピクシー族の間では忘れ去られた神話のワンシーンがあるかもしれないし、そこに何か鍵があるかもしれない。もちろん、そんなの無いかもしれない。
しかし、どこに行けば調べられるのか。やっぱり創造主とやらを崇拝する教会があるのだろうか。だとしたらそこに行けば良いんだろうが。今度役所で聞いてみるか。
俺がゴソゴソやっていたせいか、隣の部屋からラプンツェルの大あくびが聞こえてきた。起こしてしまったか?
まだ朝も早い。ご飯を食べようにも、開いている店は無い気もする。
まあ、食料はたくさんあるから良いけどな。
そうだ、お金が入ったんだから今日は市場で買い物をしよう。手元に無い野菜や調味料が買えるかもしれないし、貴重な金物や金属を補充できるかもしれない。
そして、ひょっとしたら酒も手に入るかもしれない。
ストレージの肥やしになってる大量の毛皮を買ってくれないかも交渉したいな。
「おはよ、ドリア」
「昨日はよく眠れたか?」
「お風呂に入れなかったのが何とも。まあお湯くらい魔法で用意できるから良いけどね」
ラプンツェルと合流してコロキャッサバのスープを頂いた俺たちは、とりあえず昨日勧められたルーニーの店とやらに行ってみることにした。
無愛想な主人に、宿泊の延長を頼むのも忘れない。
ちなみに素泊まりの宿とはいえ、朝ごはんは有料だが主人の奥さんが用意したスープとパンが食べられるらしい。この世界の料理にも興味はあるし、今度頼んでみるか。
「昨日の神話を聞いて、ひとつ気になったんだがな」
「なに?」
「魔法って、創造主が守護者たちに授けたもの、なんだよな。でも、魔物だって魔法が使えるじゃないか。魔物たちはどうやって魔法を身につけたんだ?」
「ああ〜、ローズコブラみたいな? 諸説はあるけど、進化の過程で自然と身につけたって言われてるわ。もともと魔物たちは体内の瘴気を抑えるために魔力を溜めているから、魔法を使う下地はあるのよ」
ふむ……そういうものなのだろうか?
人の精神を介して現実に影響を与えるという性質上、魔法を使うにはそこそこに高度な知性が必要だと思うのだが。
うーん、なんか納得いかない。
まあ、今これ以上考えても仕方がないか。
グリンダの住民にとって、呪術師ルーニーの店は誰もが知っているお店のようだ。
まだ人が少ない時間にもかかわらず、道中での聞き込みによって、俺たちはスムーズに目的地へたどり着くことができた。
店が開いているのか少し気になったが、街の人曰くあそこはいつ開いていつ閉まっているのかよく分からないらしい。何だそりゃ。
凛と立つオガタマたちのトンネルを抜けると、開けた丘の上に一軒の石造りの屋敷が見えてくる。町外れの丘にあるルーニーの店は、周りに他の建物は無く、オガタマの林に囲まれてひっそりとしていた。
屋敷は小奇麗にされていて、ついさっき掃除がなされたのか家の壁が湿っている。
その横には園芸用なのか花壇が併設されているが、土は暗めの桜色。春だというのにそこは何も植えられていない。それどころか花壇の周囲だけ雑草一つ生えていない。……なんかヤバい土じゃなかろうな。
そして煙突からは、キラキラと輝く青色の煙が登って、溶けるように宙へ消えてゆく。人に害の無い煙だと信じたいところだ。
もっと魔女の邸宅のような、壁面にツタが絡みついているようなおどろおどろしいものを想像していた俺は、少し意外に感じていた。
だが全体的な雰囲気はひどく地味で、静けさしか覚えない。失礼ながらとても人気のある店には見えない屋敷である。
その屋敷の入り口には『開店中』と書かれた吊るし看板があり、さらにその横に木の立て看板がつっ立たされている。とりあえず開いているようだ。立て看板は最近新調したのか塗料がテカテカしていて褪せていない。そして立て看板の内容だが……。
『ルーニーとコリオリカの店 雨乞いはじめました』
と、そういうことのようだ。
ルーニーさんの名前は散々聞いたが、コリオリカっていうのは誰だ?
しかし、雨乞い、か。
魔法だと、天気を変える魔法というのはとても難しい。
単純に、魔力をアホみたいに使うからである。
その理由はなんといっても、範囲がとても広いからに他ならない。攻撃魔法はとりあえず的へ当たれば良いが、天候操作は辺りの半径十キロとかが対象になる。
それほどの範囲の気候や大気の動きを把握、イメージして、魔法を発動するのは至難の業だ。
まあ、科学知識を使えばある程度の楽はできるのだけれど。それでも消費するMPは千や二千じゃないだろうな。
この呪術師ルーニーさんも、行うのはあくまでも雨"乞い"なのである。ここは魔法が現実にある世界だからな、効果がないわけではないんだろう。確実性が無いだけで。
「その点メサルティムなら降らすついでに回復もしてくれるから優秀な奴だよ」
「誰よそれ」
さて、誤解されやすい人だという情報もあるが。一体呪術師ルーニーとはどんな人なんだろうな?
……カランカラン。
「いらっしゃいましー!」
俺が店のドアを押し開けると、外観に合わないずいぶんと快活な声が俺の耳に響いた。




