はじめてのまほう
『タスクスケジュール(優先度順)
・魔法の習得
・安定して食料を手に入れる
・飛行訓練
・魔石の入手
・レベル上げ
・森林の開拓
・旧カンデラ遺跡探索
・念願の異世界旅行!(当分先の話)』
ストレージに無い以上、俺の服はこの一着だけである。まあ、洗う必要があったのだから仕方がない。
ひとまずスッポンポンで俺は帰宅した。近くにあった観葉植物からニョキリと枝が飛び出ていたので、ちょうど良い具合だと俺はそこに服を干した。あとは乾くのを待つしかない。
……ん? この観葉植物、洗濯物が干せるほど枝が長かったか?
いや、そもそも初めて家に入った時は、静寂の中でダンスを踊っていたような……。しかし、植物はピクリとも動かない。それが正常であるのだけれども。
まあ、他に干すトコ無いしな。気にしないでおこう。
裸でいるのも寒いので、俺は二階から布団を拝借し腰に胴にと巻きつけた。これで、最低限の暖はとれる。本当に最低限だが。
では、諸君。お待たせ、諸君。
「『魔法大全』、これを読めば魔法のおおよそは理解できる……と思って良いんだよな?」
周囲の散策もしたいところだが、それは全裸や布団一枚の格好ですることでは無い。それに、危険は無かったとはいえ魔物の存在も確認したのだ。まずは戦う手段として魔法の一つくらいは身につけるべきだろう。
と、さも予定の内とばかりに理由をつけたが、本当は魔法が使いたくて仕方がなかった。
俺は一階のソファに腰掛けると、ストレージから魔法大全とやらを取り出し、ぱらりぱらりとめくっていった。
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まずは魔法とは何かを知りましょう。
魔法とは何だと思いますか。人によっては、魔力を使って能動的に発動させる奇跡だとか、神秘的な力を利用する術だと考えているでしょう。しかし、私こと筆者はあえて魔法とは『願いを叶える技術』だと定義したいのです。
『願いを叶える技術』とは、どういうことか。
魔法とはそもそも本来なら起こりえないことを起こすものです。
つまり、『こういうことが起こって欲しい』という『願い』が無ければ魔法は使えないし、使う必要も無いのです。
逆に言うと、強く願えば願うほど魔法は使いやすくなります。究極的には詠唱も何もいらず、『火よ出ろ』と願うだけで火が出ます。魔法使いには『俺には絶対できる』という過剰なまでの自信が必要なのです。
とはいえ、人というものは時に臆したり弱気になったりするもの。そのため、どんな状況でも願いが叶うように、魔法という技術を確立させなければならないのです。
最初に約束してください。
この先、魔法を学ぶ上で、口にしてはいけない言葉が二つあります。
それは『できない』と『ありえない』です。
できないことをできるようにするのが魔法であり、ありえないことを実現してしまうのが魔法なのです。この二つだけは、何があっても絶対に否定しないでください。
今後もし、この言葉を口にしてしまったら。あなたはもう魔法使いではありません。
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「うむうむ、深い言葉だなあ」
魔法大全によれば、魔素と呼ばれる物理的特異物が人の心に反応して活性化し、魔力というエネルギー体となってさまざまな超常現象を引き起こすそうだ。この魔力とかをなんやかんやして人為的に非科学的な現象を引き起こすのが魔法である。……ん? まあ、先に進もう。
魔法には対応する術式というものがある。簡単に言ってしまえば『魔力をこう操作すると魔法が発動しますよ』という『魔法の設計図』みたいなものだ。
つまり、魔法を使うために必要な能力は次の三つ。
・術式を読み取る能力
・術式通りに魔力を操作できる能力
・発動に必要な魔力を用意する能力
とにかく、まずはこの三つの能力を鍛えなくてはならない。
そのページからしばらくは暗記推奨のよく使う魔力の操作とそれに対応する術式、術式の表記法とそれらが成す意味、体内の魔力を高める効果的な瞑想法などが載っていた。……思ったよりハードル高くない? まあ、先に進もう。
三つ目の『魔力を用意する』というのが意外と難しく、魔法によって効率的に魔力を調達できる方法が違ったりする。まあ、駆け出し魔法使いはみんな自分の体内にある魔力を使うみたいだけれど。
また素材や触媒(黒ヤモリの燻製とか動物の血とか宝石とか)から魔力を取り出して魔法を発動する方法も書かれており、素材の質を保つための保存法(黒ヤモリは湿気厳禁だそうな)なども細かく記載してあった。
どんな大魔法使いになろうとも、この三つの能力を高めることを怠ってはならない。
新しく魔法を作るなら術式の意味まで理解しないといけないし、操作に失敗すれば魔法は暴発、不発する。そして、大規模な魔法ほど必要な魔力は増えるため魔力の調達能力もたいへん重要だ。
そして、『魔法大全』には魔法が暴発した際の対処法が、魔法の種別ごとに被害目安順で……ちょっと、タンマ。
「情報量が多い多いっ! ぐわーっ! こんなむずいのか魔法って!」
確かにゲームの中でも、レベルアップで自動的に魔法を習得することはない。普通、熟練ポイントを振って習得してゆくか、世界各地に散らばる魔導書を見つけて使用することで覚えてゆくのだ。
だが、そうだよな。現実は甘くないよな。本を読んで理解するというのは、とても高等な能力だ。パラパラめくっていたらいつの間にか魔法が使えましたなんて都合が良すぎる。
熟練度の『魔法の才』を強化したおかげか、すんなりと頭には入ってくる。しかし、それでも情報の整理が必要なほどだ。俺はストレージから食料を取り出して、持久戦に備えた。
魔力操作だけで魔法が使えるようになれば、次は呪文。
呪文にも三つのタイプがあり、『制御呪文』と『節制呪文』と『簡易化呪文』がある。
制御呪文は魔法を安定させて暴走しないようにし、節制呪文は発動に必要な魔力の量を減らし、簡易化呪文は魔力操作の負担を軽減する。どれも、魔法を使いやすくするための工夫であることには変わらない。
『例えばよく魔法を暴走させてしまう人は、制御呪文を多く取り入れた呪文にアレンジしてみましょう』
基本的にはこの三つの呪文を適切に組み合わせて詠唱する。意外にも呪文は魔法に必須というわけではないらしい。しかし、唱えたほうが魔法が使いやすいので普段使いなら呪文を唱えることが推奨されている。
魔法の杖も役割は呪文と似たようなものだ。後々のページで杖の作り方や手入れの仕方なども解説してくれているらしい。全部覚えなきゃいかんのかな。いかんのだろうな。
ちなみに、杖を持つ理由はMPが切れた時に敵を殴るためでもあるそうだ。杖は初心者にも扱いやすい武器なので、さほど訓練していない魔法使いでもある程度戦闘ができるというわけだ。
逆に言えば、魔法の杖は杖の形をしていなくても良い。剣が扱えるなら魔法の剣、銃が扱えるなら魔法の銃にしてもいい。MP管理に自信があるなら、指輪やネックレスの形にすれば普段嵩張らないので使いやすいだろう。
なお筆者は、魔法のスタンガンを愛用していたらしい。スタンガンがあるのかよ、この世界。
「ひとまず杖は無くても良いのか」
とにかくまとめると、魔法を使うのに必要なのは魔力を扱う技術と術式への知識、そして何より自分なら成功するという絶対の自信である。
杖だの呪文だの黒ヤモリだの、いかにも魔法使いっぽいことは後回し。
「けれど、解説は丁寧だし、『魔法の才』にもポイント振ったからな。よし、俺ならできる。俺を信じろ。ええと、『初めての実践は五十二ページに従って行いましょう』だって? このページか。ふむふむ、まずは深呼吸を……」
『難しい理論は後にして、とにかく一度魔法を使ってみましょう』
『魔力は全身のあらゆる細胞や体液を伝わりますが、初めのうちは特に血管を意識すると良いでしょう。体内の熱が血管を通って全身を巡るイメージを持ってください』
「決して焦らない……魔法が使えるのは当たり前だ。できて当然なんだ。当たり前のことを、当たり前に……」
『心を乱してはなりません。内なるエネルギーを、体内の熱を巡らせるのです。もし熱が感じられなくても、巡っているのだとイメージするのです。魔力は心に反応します。強く強く、イメージしなさい』
「自分を騙して、思い込む。俺の心臓に熱があるんだ。熱く熱く、行き先を求めているエネルギーが。こいつを、巡らせるんだ。脳へ行け、指へ行け、かかと、脇腹、背中。良し、そのまま心臓へ戻ってこい……」
最初は、魔力を感じているフリだった。
ぶつぶつと自分に言い聞かせながら、彼らの通り道を出来る限り克明に示してあげるのだ。
そうしてどれほど経ったのだろうか。その瞬間はなんの前触れもなく訪れた。
「――っ!?」
ホワンと、自分の中に何かが現れたのだ。
全集中を注ぎ込んでいた俺は動揺してしまい、そいつは消えそうになった。だが、今まで死線を潜り抜けるような経験を積んできたからだろうか、根性でもってそのホワンとした何かを捉える。
俺はそのホワンを、ゆっくりと血管に通してゆく。
「ふぉっほほほほほ!? 何だこの、心の中が無重力になったみたいな、変な、高揚感とも言えない気持ちょっほほほほほ!」
熱い! 熱い上にくすぐったい! 熱くてくすぐったい上に楽しい!
……少し冷静になろう。ウン。
魔力の感覚は何となく分かった。次はこれを操らなくてはならない。
『今から行うのは魔法の極めて単純かつ基本的な使い方です。最初から厳密な魔力操作を行う必要はありません。何となくこうかな、と試しにやってみることが大切です』
『魔力の操作と言っても、もちろん右へ左へと動かすわけではありません。魔力を正しい順番で、適切に変調させてゆくのです。そしてそれはあなたの頭の中で行います。あなたの体内にある魔力は、あなたが思い描いた通りに変化してゆくのです』
『今から行うのは水を出す魔法の基本的なやり方の一つです。あなたの中で水を定義しましょう。水とは何でしょうか?』
海水から塩分を除いたもの、酸素と水素が化合したもの、川を流れているもの、雨として降ってくるもの、お湯が冷めたもの。
何でもいい。大事なのは、自分にとって一番分かりやすい定義であることだそうだ。
俺の場合は……なんだかんだ、酸素と水素の化合物が一番イメージしやすいかもな。現代人なんてそんなもんだ。
『定義したものを、目の前に出現させたいと願いましょう。手のひらに出すことをイメージします。魔力が少しざわついていませんか? あなたの定義と願いに反応して、魔力が変調している証拠です。もう少しですよ』
ざわつくとは少し違うが、なんだか魔力がひんやりとしてきた気がする。単純に熱が冷めたというよりも、存在感が冷たく変異したみたいだ。
『では仕上げです。魔法を発動させるには、魔力に対して変調は以上であると伝えると同時に、願いの発現を行わなければなりません』
変調を終わらせるのもまた、術者の強い意思だ。意識をすれば、魔力はそれに応える。
例えば、魔法の名前を大声で唱えたりとかすると、人の脳は変調の終わりを意識しやすい。魔法を発動する瞬間に唱える文言を『終言』または『鍵言』といって、これは術者がイメージしやすければ何でも良いらしい。
『本当は毎度毎度終言を唱えていると、脳の中でイメージが固定されて、逆に終言がないと魔法が唱えられなくなってしまいます。しかし今回は初めてですから、『水』と言って変調を終わらせましょう』
「そこは『純水創造(キリッ』みたいなダサかっこいいやつをさあ……まあ、長いし『水』でいいや」
俺は手のひらを睨みつけながら、再び意識を集中させた。
『願いの発現は、自分の心の中にしかない願いを魔力とともにポーンと現実世界に押し出すようなイメージを持つと良いでしょう。良いですか? 終言と同時に、願いを押し出すんですよ?』
俺の願い。すなわち、水よ出ろ。いや、酸素と水素の化合物よ、出ろ。出ろ!
「出ろ! 『水』ゥ!」
ビュッ、ピチャ。
俺の手のひらにグッと魔力が集まったかと思うと、そこからコップ一杯にも満たない水が飛び出してきて、手のひらを睨みつけていた俺のデコにかかった。
思わず目を閉じた俺の顔を、ツー、とミケンのシワから目頭へ水が伝った。興奮で熱くなっていた顔が少し冷えた気がする。
パタリと、俺は脱力して四肢をソファに投げた。ステータスを見るとMPが20減っている。
「ハハ、なんだ。意外と簡単じゃないか」
魔法が使えたのだ、俺にも。
その時あげた俺の咆哮は家中に響き、外の森へとこだました。
「YEAAAAAAAAAAAAAうっゲホッ、喉枯れそう……」
いくら嬉しくても叫ぶもんじゃないな、ウン。