ちょっとシメてくる
ぶっちゃけ俺らは、これからもずっと泊まる場所に困ることは無いだろう。街の外に出て、どこか目立たない所に家を出せば良いのだから。
でもそれじゃあ、旅としてはあまりに味気ない。それに情報を集めるためには、なるべく街中で行動したほうが良いだろう。
「あらまあ、若いのにお金の話かい。辛気臭いわね!」
ノローマさんに路銀の相談していると、俺の会話を聞いていたのか声の大きなおばさんが話に混ざって来た。
買い物帰りなのかバゲットの入った袋を抱えるふくよかなおばさんは、聞いてもいないのにべらべらとありがたい情報を教えてくれた。
知ってる知ってる、たまにいる世話焼きマダムという人種だろう?
……いや、こんなコテコテの人には会ったこと無いけど。
「金に困ってるなら、街の外にいるゴブリンでもちょっとシメてきたらどうだい。かよわいアタシでも簡単に倒せるんだから、魔法が使える二人なら大丈夫だよ。アッハッハ」
「ゴブリンですか。それは特にどの辺りに居るのですか、マダム?」
「あらやだ、マダムだなんて! なんと言ってもまずは洞窟ね。でも北東の洞窟はちょっと距離があるのよね。おすすめはダンジョン。この街を出て、西へ三〇分くらいかしらねえ、ゴブリンしか出ないダンジョンがあるの。途中の道も整備されてるから、路銀が無いなら行って来なさいな」
「ちなみにその程度の小規模ダンジョンはどの街の近くにも一個くらいはあるものよ。あんまり狩りすぎるのはマナー違反だから注意ね」
グリンダマダムの話をラプンツェルが補足する。
世のダンジョン事情は詳しくないが、マダムが否定しないところを見るにペクセィ大陸もこの大陸もダンジョン事情はあまり変わらないのだろう。
ちなみにディクショナリー先生はこのように仰る。
『ダンジョン』
何らかの原因で大量の瘴気が一点に集まり、自己崩壊を起こすことで生成される特異な空間。さらなるエネルギーを求めて、空間内部に侵入した者をまるで生物のように攻撃する。
崩壊した瘴気に害は無いが、空間が乱れているため魔物の発生など様々な異常現象が起こる。副次的にダンジョンから有用な資源が採れるので、経済に影響力を持つこともある。
何言ってるかちょっと分からんが、夢とロマンの詰まった魔物の巣窟だということは分かる。ん? そういうことじゃない?
まあ、少なくとも破壊神がツルハシで掘った穴じゃないようで安心したぜ。
「あくまでも安全にということであれば、街の広場で何か芸でもやったらどうだい? そっちの女の子はすっごく綺麗だし、ちょいとばかし踊れば街の男どもからおひねりをふんだくれるわよ。ウチの旦那まで魅了されたら少し困るけど。ああでも、その時はアレの酒代が減るだけだし、むしろ健康になって助かるかもね!」
「イルゴニ兄弟記念広場ですねー。あそこなら少しの間であればいつ誰が芸をしても良いんですよー」
その後おばさんは一方的におすすめの店(この街の人は呪術師ルーニーの店を旅人に勧めたくなるようだ)や比較的治安の悪い地区、評判の良い商店などを俺たちに教授し、ハイテンションのまま去っていった。
どこの世もおばさんのマシンガンは錆びつくことを知らんなあ。
しかし、芸か……俺って特技、何かあったか? eスポーツならある程度は戦えるんだが。
一応、ブレイキンをやっていたことはあるが。独学で誰かに習ったわけではなかったし、もう二〇年以上も踊っていない。
俺が困ったようにラプンツェルを見ると、彼女は少し考えて言った。
「私なら、歌、とか?」
ああ、確かに。ソングジャンキーだもんな、ピクシーは。俺は下手くそだが。
「でも、確かラプンツェルの歌は……」
「ええ、まあ。言葉は通じないでしょうねえ。でもそれならそれでやりようはあるのよ。ドリアはその西のダンジョンとやらに行ってきたら? あなたなら例えゴブリンが千匹居たって怪我しないでしょう」
「ダンジョンに行くならー、現地の職員の指示に、従ってくださいねー」
その後ノローマさんにおおよそ聞きたいことを聞いて、ノローマさんがにこにこと手を振るのを背に、俺たちはとりあえず役所の外へ出て今後のことを話し合うのだった。
ラプンツェルとしては、あまり現地人と関わるのは避けたい、と森を出る前に言っていた。
それはひとえに、ラプンツェルがかつて語った神話が根拠であった。
「私としても、あの神話がどこまで本当のことを言っているのかは分からない。でも王室が頑なに出入国を禁じている以上、ピクシーと他種族の知能レベルに差があるのは間違いないだろうって思ってた」
ペクセィ大陸の鎖国は、創造主なる存在が望んだこと。ピクシー達が他種族を淘汰しないようにという計らいに、古代のピクシー達が応じたから実現したのだ。
「でも、なんかそんな感じしないのよねえ。見た感じたしかに文明レベルは一昔前っぽいけど、まあこんなもんでしょって言うか」
「知能に差がある、とまではいかない?」
「まあ、至ってフツーかな? 正直言って、金属を扱っているかどうかも怪しかったのだけれど」
俺たちはグリンダの街を歩きながら、その街並みを観察した。
チキンと区画に分けられ整備された煉瓦の街。二階、三階建ての建物も珍しくなく、ある程度の建築技術が存在していることは明らかである。
あまりゴミが落ちていないことからも、公衆衛生に対する人々の知識と理解があると伺える。生活排水を処理する仕組みがあるのか、異臭を感じることもない。
至って当たり前に思うかもしれないが、これはすごいことだ。ひどい場合は裏道に一本入るだけでウンコが落ちてるからな。
パッとしない街(あくまで住人曰く)でこれなのだから、十分に規律正しい国だと思われる。
こうなってくると、尚更気になる。神話に伝わる知性の進化って、何のことだったんだ?
「一度、その神話の全容を聞いてみたいな」
「あら、じゃあ宿で落ち着いたら話してあげるわ。でも、その前に」
いつの間にか俺たちは街の広場、イルゴニ何とかがある、東よりの中央部へ来ていた。すでに旅芸人と思われる青年が一芸を披露したばかりのようで、歓声の中大きなフルートのような楽器をケースに仕舞っているのが見えた。
昼時だというのに、広間にはそれなりに人が多い。お昼休憩に訪れる人や、家事の合間に家から出てきた女性、それなりに身なりの良い子どもたちも見ているようだ。
ラプンツェルは人の間を抜けて旅芸人のもとへ行くと、お捻りが投げ込まれた容器を拾おうと屈んでいる彼に声をかけた。
「すみません、ここで芸をするのは、誰でもいつでもやって良いんでしょうか?」
役所でも確認はしたが、大事なことなのでもう一度。
旅芸人はむくりと身体を起こすと、ラプンツェルを見て息を飲んで動きを止めた。少し頬が赤らんでいるように見えるが、横にいる俺をちらと見るとすぐに再起動した。
「おお、これは……いや、失礼しました、レディ。貴女も旅芸人なのですか?」
「芸人ではないですが、旅人です。路銀が心許ないので、歌でも披露しようかと」
「それは素晴らしい。私も聴かせていただきたい。貴女の歌ならきっと一曲で次の街までのお金が稼げるでしょう。それで、この広場でのルールですね?」
私もここに来て日が浅いのですが、と旅芸人は前置きして、広場について話してくれた。
「ここは街の代官様が直接管理していて、歌や踊りを披露する程度なら事前の許可は要らないそうですよ。特に厳格なルールは無いらしいですが、演技時間は鐘一つ分三〇分のようですね。それより長く使いたいのであれば、申請が必要です」
その時、ゴーン、ゴーン、と街の中央部にある塔から鐘の音が響き、住人に時間を知らせた。
あの鐘は三〇分に一度鳴るようになっていると、ノローマさんが教えてくれた。
「あら、次はあの子がするのかしら」
「すっげえ別嬪。どこから来たんだあ?」
「んー、残念。彼氏持ちか」
彼氏とはおそらく俺のことだろう。肉体関係は持ったが、彼氏というのは誤解である。
「ドリアはどうする? ダンジョンに行くのか、街で情報を集めるのか」
「とりあえず滞在できるほどの金を集めるのが先だな。ダンジョンに行ってみるよ」
本当は宿を取るのが先なのだが、俺たちに限っては後回しでも大丈夫だろう。
俺もラプンツェルの歌を聴いて行きたいところだが、俺はいつでも特等席で聴けるからな。今日くらいは精力的に動かせてもらおう。
軽い発声練習を始めたラプンツェルを残して、俺は街の門へと向かうのであった。




