グリンダの街
三章からは現在改稿中となっています
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『完璧とは終着点であり、すなわち有限の属性をもつ。人が完璧を求めるのは、有限に過ぎないそれに安心するからだ』
「グリンダの街へようこそ。何にも無い宿場町だけど、まあゆっくりして行ってよ」
街の門を守る人間の衛兵は、俺たちから入場税を受けとると道を開けた。
俺は彼から税を要求されるまで、ストレージに入っている千ゴールドのことをすっかり忘れていた。まあ、入場税はあくまでも関税としての役割が強いらしく、大した荷物を持たない俺たちはほとんど金を取られなかったが。
ストレージに家が丸々一軒入っているのだが、そっちは調べなくて良いのか? まあ、調べなくて良いのならこっちも面倒が無くて良いんだが。
「何にも無い街って。仮にも公の職に就くあなたがそれを言っちゃうのかよ」
「みんな分かってることじゃないか。どうせ君たちもエルトアールの演劇祭が目当てだろう?」
何じゃそら。俺は知らんぞ。
疑問符を抱く俺に代わって、ラプンツェルが会話を引き継ぐ。
「私たち、田舎から出てきたところなの。その、演劇祭というものは有名なのかしら?」
「え、知らないのかい。この街の先にあるエルトアールはね、演劇の聖地と呼ばれているんだ。三年に一度の演劇祭は外国からも大勢の客が来るんだぞ」
「へえ! 演劇は好きよ。それは是非見てみたいわね」
「ああ、君たちは実に運が良い。演劇祭は今年の夏に開催されるからね。今はまだ春先だけど、夏なんてすぐそこさ」
演劇、ね。旧カンデラ遺跡といい、なんか最近縁があるな。
「まあ、君たちがこの街のことを考えてくれるお人好しなら。少しでも良い宿に泊まって、少しでも多くの金を落としてくれよ」
「ははは……まあ、そうだな。田舎から出てきたばかりの俺たちは世間の常識やルールを知りたい。どこに行けば常識を学べるかな。もしかすると勉学のためにしばらくはここに滞在することになるかもしれんぞ」
「んー……なら役所が良いんじゃないか。ほら、ここからでも見えるだろう、あの赤い屋根の大きな建物だ」
門番が指す先を見ると、旅人を迎える噴水や煉瓦造りの商店の向こうに一際目立つ赤い屋根が見えた。ここからでも見えるということは、三階以上ありそうだな。
「ああ、あそこに傷ついたPIKACHUを連れてゆくと治療してくれるんだな」
「何の話よ」
「……? よく分からないけど、怪我をした時はちゃんと治療院で診てもらいなよ」
門の中には何人もの人間が話をしたり先を急いだり、しゃがんで何かを拾ったりと銘々の行動をとっている。そこにはワービーストやエルフといった人種は見受けられず、グリンダの街はどうやら人間の街であるらしいと分かった。
「ここに、人間以外の種族は居ないのか?」
「ん? いや、ここには居ないよ。エルトアールみたいな大都会ならまだしも、ここは単なる宿場町だからね」
そういうものか。『ペンタングル』ってもっと色んな種族が雑多に住んでいるイメージだったんだがな。
ピクシーも鎖国してるし、一体この世界はどうなってしまったのだろうか。
俺たちが礼を言って中に入ろうとすると、衛兵は最後に一つ言わせてほしいと呼び止めて来た。
「気をつけたほうが良い。二人だけで旅をしているということは、君たちも大人なんだろうけどさ。君たちの場合、子どもだけの集団と侮って良からぬことを企む輩もいるだろう。この街では大丈夫でも、この先、この先の先の街では分からないよ」
「……ああ、ありがとう。わかってる。こう見えて俺たち強いんだよ」
大蛇を倒せるくらいには、な。
――――――
役所である赤い建物に入った俺たちをカウンターから迎えたのは、ノローマさんという、のんびりした雰囲気のゆるふわ巻き毛お姉さんだった。
「はあー、世間の常識、ですかあ」
「まあ、やっちゃダメなことを端的に教えてくれれば良い。そういうサービスはやっていないか?」
「いえー、上京してくる方々のために、ルールブックやマナー講座が用意されてますよー」
常識なんて尋ねるものじゃないからだろうか、のんびりレディは目を開いて驚いたが、すぐにカウンターの下から一冊の綴じ本を取り出した。
こちらをどうぞ、と差し出す冊子の表紙には、ワードン領の規則、という字が刻印されている。
ワードン領って言うのか、ココ。
「幸いにもこの街は、エルトアールの街と同じ領主様が治めているのでー。そこへ至る宿場町であるグリンダもー、税収の割に整備のための予算があるのですよー」
「税収の割にって」
「快適な宿以外には何にもない街ですからねー」
のんびりレディよ、お前もか。
ひとまずルールブックを見せてもらう。
盗みをしないとか暴力をしないとか、人として基本的なことに始まり。勝手に商売をしないとか、嫌がる人に酒を飲ませないといった、田舎モンは知らんやろと言わんばかりに細かく規則が記載されている。
要求された税はにっこり払おうなんて規則もあった。仏頂面で払う人が多いんだろうか。
とりあえず、知らないとつい犯してしまうようなトラップ的な規則は無かったな。
「魔法に関する規則は無いのですか?」
「あらー、魔法が使えるのですか?」
「ええ、二人とも」
「すごいですねー。魔法は、緊急時以外は攻撃魔法は禁止ですよー。あと、周囲への影響が大きい魔法は、事前に行政の許可を得て使ってください。それ以外の魔法は、まあ常識的な範囲でー」
「……その常識的な範囲が分からない魔法使いがここに二人居るんだが」
「あー……人や人のものを傷つけなければ大丈夫だと思いますよー?」
それで良いのか、規則。
ストレージや亜空間の中もチェックされなかったし、人間にとってピクシー族ほど魔法は一般的ではないのだろうか。
まあ、何にせよしばらくはここに滞在しようと思う。人の街にも慣れたいしな。
「おすすめの宿とか店は、あるのかしら?」
「俺たちは探し物をしている。何か、情報を得られそうな場所も知りたい」
ラプンツェルと俺がが尋ねると、ノローマさんは前者に関しては何とも言えないですねーと返した。
「この街は宿場町ですからー。グリンダ宿屋協会さんが頑張ってくれてるのでー、どの宿もちゃんとしてますよ。だからー、どこに泊まっても損はしないと思います」
そしてノローマさんはカウンターに街の地図を広げ、町外れにある丘を指して見せた。
「おすすめの店はここ、ですかねー? 見せ物とか街の目玉ってわけじゃないんですけどー、ルーニーさんのお店は変わったものがいっぱいあって楽しいですよ?」
「ルーニーさん、ですか」
「ほんの二年前ですかね? 呪術師の女の子が、引っ越して来たんですよー。誤解されやすい方なんですけど、優しいんですよー。旅人さんもー、何かお探しのようなら、占ってもらったらどうですか? 本当によく当たるんですよー」
ふむ、『呪術師』かあ……。そういやあったな、ゲームにもそんな職業。
ダメージソースに欠けるためそこまで流行はしなかったが、敵の行動阻害や弱体化、味方の強化、厄介な呪いの無効化などを請け負う職業だ。特に呪いは回復系の『ドクター』や『ハーブセラピスト』では対抗手段が無かったから、一定の需要があった。
あくまでもゲーム内での話なので、現実ではどうなってるのかは知らないが。少し興味はあるな。
のんびりレディ曰く、ルーニーさんは親身になって話を聞いてくれる街の人気者らしい。誤解されやすいという点は引っかかるが、良い人ではあるのだろう。
そしてもちろん、仕事として依頼をすれば、呪術を使って解決してくれるらしい。
依頼料は少し割高だが、仕事は確かだと街では評判だそうだ。
「呪術とはまた面白そうだな。占いか……ここら辺では、占いで行動を決めるのは当たり前なのか?」
「んー? どうでしょうねー、人によります。ルーニーさんも外すときは外しますからー。でも、八割当たるのでー、多分大丈夫ですよ」
うーん。魔法のある世界だと占いもオカルトだと切って捨てられるものではなくなってくるよな。
依頼、試しにしてみるか?
「そうだ、俺たちは路銀が無くてな……何か稼ぐ手段はないか?」
「なるほどー、それは困りましたねー」
「確かに、このままだと数日後には宿にも泊まれるかという惨状ね」
まあ、いざとなれば街の外にテント感覚で家を出せるのだが。
とりあえずしばらくの生活費さえ確保できれば良い。一応、ストレージには大量の毛皮や魔石が入っていることだし、これを売り捌けば金になるのか?
さて、どうしたもんかね。




