旅立ち
今回で二章完結です。
その一見手入れの行き届いた城には、すでに人は住んでいなかった。
「野苺ーの赤きーを妬むように」
雑草一つ無い庭に、水の流れる噴水。
それはたしかに廃城であるにもかかわらず。城壁にツタが絡み天守塔が崩れているような、いかにも廃城っぽい雰囲気は微塵も存在しない。
「薔薇はーかーごの中でー踊る」
かつては活気があったのかもしれない。昼間は主人も使用人も忙しなく働き。夜には主人が吟遊詩人を招いてバラードを聞き、仕事を終えた使用人達は広間から聞こえて来るメロディに合わせて親しい者とダンスを踊って。
そんな光景がはっきりと想起されるのは、この廃城が廃城となった時のまま、時が止まったように荒れずに佇んでいるからだろう。
「いつしーかー籠をー飛び出してー」
しかし、異様な静けさが包む石造りの廃城は、いまや個人所有の単なる倉庫と化していた。
かつてパーティが催されていたであろう立派な大広間は。凡人にはまるで用途の分からない機械や薬品、難解な古文書に大きな怪物の骨格標本、大量の絵画や金属部がくすんだアクセサリーなど、とにかくジャンルを問わないガラクタがところ狭しと保管されていた。
連れてこられた無骨な無数の棚やガラスケースたちによって、荘厳な広間が少し萎縮しているようにも見える。
「いざー踊らん、『ベルゼラの舞踏会』へー」
その大広間を一人の人物が歌いながら通り過ぎて行った。
廊下に出て階段を降り、また長い廊下を進んだ先には、目的地である保管庫があった。
いや、この廃城自体がすでに巨大な保管庫なのだが。ここはかつての主人も保管庫にしていた、城の中でもなかなか頑丈な作りの部屋なのだ。
冷たい鉄の保管庫の扉が、重く軋む音を立てて開いた。
保管庫に入った人物は、どこか遠くから来たのだろうか、旅装束に深めのフードがついたローブを身につけている。
「野苺ーの白きー……ん?」
朗々と歌い上げながら倉庫を回っていたローブの人物は、保管庫のあるラックの前で足と二番を歌おうとした口を止めた。
ローブの人物が明かりで照らしたラックには、ぽっかりと三〇センチほどの空間があった。ちょうど、小物をひとつ仕舞えそうな、そんな隙間である。
「ここには確か、植木鉢が……」
真っ白な鉢植えに植わった、変哲無いように見える観葉植物。
最後にこの部屋へ来た時は、あったはずなのだが。
「……私を出し抜く気か。面白い、やってもらおう」
植木鉢が消えた理由を推理したローブの人物は、楽しそうににやつくのだった。
――――――
白い植木鉢に新鮮な泉の水をあげた俺は、外で待たせている女性のもとへ急いだ。
外は雲ひとつ無い快晴。旅立ちにはこれ以上ないほど似つかわしい空である。
「悪い、悪い。待たせたな。チャーリーに水をやるのを忘れていたぜ。朝のルーティンなもんで、やらないと落ち着かないんだ」
「全く待ってないけどね。ほんの一、二分だし」
謎の銀髪少女との邂逅から、最終確認の日を一日挟んで、いよいよ出立の朝。変化のネックレスを身につけ、一応人間っぽい姿になった俺たちは、荷物をまとめて外に出ていた。
耳が尖っていることもないし、羽も生えていない。身長は150とやや小さいが。
ただ、飛行に関しては何ら問題は無い。ちょっとアクロバッティックな動きが出来なくなったくらいで、普通の姿勢で飛ぶ分には法定速度をぶっちぎるくらいは余裕だ。
「本当なら他種族とは関わっちゃダメなんだけどね」
「緊急事態だし、良いだろ。俺たちにはこの世界の情報が必要なんだ。色んな場所を回って、話を聞いてみるぞ」
さすがにラプンツェルも早く故郷に帰りたいのだろう。特に反対することもなく、ネックレスを着けて街へゆくことへ同意した。
まあ、使いのこなすのは意外と難しかったがな。何せラプンツェルは人間の身体のことを詳しく知らないので、変なところに毛が生えたり足に比べて胴が長すぎたり、全然うまく変身できなかったのだ。
特に苦戦したのは胸だ。ピクシーは哺乳動物ではないので、女性であっても乳房を持たない。
ピクシー女性は胸を見せることに抵抗がない(胴体なんて内臓が詰まった円柱、程度の認識)らしい。というわけで、俺が直接指導したのだが。
「違う、乳首ってのはそんな細長いグロテスクな見た目じゃないの」
「でも猿のお乳ってこんな感じじゃない?」
「人間のはもっと小さいの!」
「よく分かんないわね。脂肪の塊に小さい突起でしょ? じゃあこれでどうよ」
「ギャー、垂れすぎ! ヨボヨボのばあちゃんでも腰まで垂れるとかあり得ないぞ!」
と、ひと悶着の末に。
結局人に見せる機会なんて無いんだから胸が無くても良いじゃん、ということになった。
つまり、羽が無くなり、サイズが人間になっただけで、身体の構造はほとんど変わっていないのだ。
その結果ラプンツェルは、現在ぺったんこな女の子に見える(そもそもおっぱいという器官が無い)始末となっているのだが。まあ本人は全く気にしないようだし、俺もあんまし女性の胸には興味無いし。これで行くことになった。
しかも、なぜか服まで身体のサイズに合わせた大きさに。ネックレスを脱ぐと元の大きさに戻るんだがな。どうなってんだこのネックレス。
「できればもう少し大きくなれたら良いんだがな」
「このネックレス、あんまり元の姿との差が激しいと疲労しやすいのが難点ね。人間にはこのくらい小柄な人もいるんでしょ?」
「まあな……ただ150センチだと子どもに見えてしまうかもしれない」
このまま街に行く以上、俺たちは長時間この姿で過ごすことになる。疲れすぎず、でも成人した人間としてギリギリ通用するラインとして選んだのが150センチというサイズだった。
身体つきや顔立ちは人間とピクシーは似ていたのが幸いだ。変えるのはサイズと羽の有無だけで済むのだから。
まあ、身長のことで何か問題があれば修正しよう。五センチくらいなら急に伸びても誤魔化せるだろ。
「ところで、ねえ、本当に出来るの?」
「さあな。でも出来なくても、荷物を減らす必要は無いだろ。ストレージにいくらでも入るんだし」
「……やっぱりそのヘンテコな亜空間転送は規格外ね」
はっはっは。俺も原理は全然分からないぜ。
『ストレージ』ってのはもともと倉庫って意味なんだが、情報科学の世界ではデータの保管庫のことを指す。
つまりはメモリのことであり、パソコンであればハードディスクに内蔵されている。
SDカードやDVDなんかも、データが保存できるのでストレージの一種と言える。
『ペンタングル』というゲームは、最初期の頃はストレージというシステムは無かった。プレイヤーが持てるアイテムの量には制限があり、ボス戦だからと言ってアイテムを持ちすぎると簡単に所持制限超過、いわゆる「にもパン」状態になるのであった。
だがそのシステムには問題があった。最初期のころは一般アイテムとイベントアイテムが、「ふくろ」という項目に全て仕舞われていた。そのため、例えば複数のクエストをいくつも掛け持ちしていたりすると、数多くのクエストアイテムで「ふくろ」の半分が埋まってしまうのだ。
イベントアイテムなので捨てることもできないし、持てる回復アイテムが少ないとボス戦で不利になる。
結局、リリースから一ヶ月後にはアップデートによってストレージというシステムが導入された。
世界観を壊さないためか、『株式会社ストレージが運営する魔力データ化ビジネスによって、プレイヤーはアイテムを魔力に変えて異空間にストックできる』という要らん設定までひっ提げて。
アイテムをデータ化しているから、ストレージって名前なんだろうな。
ビジネスといっても、もちろん課金要素ではない。株式会社ストレージの幹部を名乗るキャラクターから簡単なクエストを受けてクリアすると、プレイヤーはそのお礼として無料でストレージが使い放題になるというストーリーがあった。……今俺ストって何回言った?
ただ、この世界におけるストレージが、一企業のビジネスだとはとても思えないんだよなあ……。まあ、今考えても仕方ないか。
で、これから何をやらかそうと言うのかというと。おそらく察しの良い方々はお分かりだろう。
ストレージは、物体を容器、あるいは容器に準ずるものごと収納することができる。これは異世界に来て二日目のときに実証したストレージの性質だ。
話が変わるようで全く変わっていないんだが、家って、それ自体が家具や人を収納する容器として見れないだろうか?
「よし、入れ!」
パッ、と目の前にある大樹が消えたかと思うと、ぶわりと風が吹いた。先ほどまで家があった場所が真空になり、そこに空気が押し寄せたのだ。
これで旅先でも、場所さえあれば家を出すことができる。
「ホントに、家を転送しちゃったよ。この男……」
「ストレージとは一体……うごごご!」
「何よそのうめき方」
こうして、俺たちは森から北西にあるグリンダの街へと足を運ぶことになった。
三年間、俺を守り続けてくれた森に感謝しつつ、俺は旅の仲間と楽しく語らいながら空高く上昇した。
地平線まで森が広がるが、すぐに街道や街が見えてくるだろう。
ピクシー達はなぜ鎖国をしたのか。
この世界の神話は何を意味するのか。
そして、俺がこの世界に来た理由。
ラプンツェルを故郷へ送る旅、そして全ての謎を追う旅は、ついに始まったのであった。
二章『嵐の中の来訪者』はこれで完結となります。
三章『萌えた大輪の花』は一週間後の10月26日から投稿予定です。
活動報告でお知らせした通り、一応は完結設定にしておきます。
四十話以上書いて、まだ登場人物が三人しか居ない小説って他にあるんですかね……?
ローブの人物? アレは果たして登場したと言えるのだろうか。




