染色
布が完成し、本格的に服が作れそうだという報告を受けて、俺は進行具合を見せてもらった。
出来上がった布は三ロール。手触りは柔らかく、綺麗な亜麻色をしている。
「一応染め物に使えそうな植物は見つけておいたけれど、何色が好み?」
「……えっ、染色できるの!?」
いつの間にそんな植物を……あっ、そういや今では俺とラプンツェルは単独行動が主だもんな。外を探索した時にしっかりと染め物に使えそうな植物を見繕っていたのだろう。
「この俺の爽やかな髪色に合いそうな色かな」
「水色に合う色? じゃあ、亜麻色にオレンジ系の色を足して、少し彩度をはっきりさせましょうか」
ラプンツェルによると、ここから北に生えている白い花の葉っぱから、オレンジ色の染料が取れるらしい。
白い花の、しかも葉っぱからオレンジが出てくるとか、植物は摩訶不思議だな。
本来亜麻というのは染色しにくい素材らしいが、その白い花はもともと染色力の強い植物らしく、亜麻でも問題なく染まってくれるらしい。
「水色ってオレンジが合うのか?」
「補色の関係にあるからね。生き生きとした印象になるわよ」
なるほど、やはり色で困ったら補色か。
俺の髪色は主張の強いターコイズブルー系ではなく、柔らかくて淡いスカイブルー系なので、服は彩度をズラすために強めのオレンジ系にするそうだ。
よく分からんが、彩度が同じ色同士だと目がチカチカしたり、逆に頼り無い印象になるらしい。さすがデザインのプロだなあ。
「そういや、染色って糸の状態からするんじゃなかったんだな」
「糸から? そりゃ染めることもできるけど、その色一色の服が出来上がるわよ。少し味気ないし。その点布や服を染めれば、色ムラによっては味のある模様になったりするの」
「うーむ。そうなのか?」
俺は染色なんてこれまでの人生で一度も縁が無かったからな。具体的にどうやるのかは知らん。
どうやら普通は布に糸などを適所に巻きつけ、ぎゅっと絞った状態で染めるそうだ。すると糸によって絞られた部分にはあまり染料が染み込まず、そこだけ色が薄くなって色ムラを出すことができるらしい。
なるほどなー。ゲームでも染色シミュレーションなんてジャンルは無いから知らなかったぜ。
「でも、糸に色ムラをつければ細かい模様が表現できて良いんじゃないかと思うんだがな」
「……糸に?」
「糸を糸で絞って染色すれば、同じ糸の中に色ムラを作れるじゃないか。予めデザイン図から絞る位置を一本一本計算すれば、細かな模様を正確に作れるんじゃないかと……って、自分で言ってた気づいたけど、もの凄い手間だなそれ」
一着作るのに一年くらいかかりそうなすごい細かい作業になるだろう。
地球でたまに見るやたらと正確で細かい模様の服は、ほとんど印刷だろうからな。
今のは忘れてもらって、俺は染色を頼もうとした。
しかしラプンツェルは俺の話を聞いてぷるぷる震えだしたかと思うと、わなわなと俺に近寄りがしっと俺の両肩を掴んだ。
ぷるぷる震えるラプンツェルの振動が伝わってきて、俺の身体もぷるぷると震える。酔いそう。
「なんて画期的な手法! ドリア、そのアイデア、買わせてくれない!?」
「おっ、別に構わないぞ。でも実験するなら故郷に帰ってからにしてくれよな。今はラプンツェルの家族に生存を伝えるのが先だろう」
「それは、もちろんよ」
とか言いつつ俺の服を作るためにもたついている今日この頃でございますが。
しかし、俺が今着ている服もあと半年保つかどうかという状態だ。この間脇のところにビリっと穴が空いたからな。
旅の土地で変に足止めを食らうくらいなら、服ぐらいしっかりと準備をして出て行きたいじゃないか。
まあ何にせよ、クリエイター・ラプンツェルに新しい刺激をぶち込めたらしい。
にしても、そこまで言うほど画期的なアイデアだろうか?
まあ確かに、糸から染めるなんて非効率的に思えるかもしれないな。この世界の人類は布にしてから染めて模様を出すという合理的な手法を無意識に選んでしまい、糸から染めたらどうなるかを意外と考えてこなかったのかもしれない。
まあ何にせよ、とりあえず普通に染めてもらおうか。俺としては着れればそれで良いので、一年かけて一着を作ってもらう必要は無い。
もっと言えばオレンジ色に染める必要も俺からしてみれば無いのだが、ラプンツェルによるとそれは誤った認識らしい。
染色には色をつける以外にも、汚れから服を守る効果もあるそうだ。例えばスープをこぼした時、染色していないとすぐにスープは染み込んでシミができてしまう。しかし染色をしていれば、染料分子がスープの侵入を邪魔してくれるので汚れにくくなるそうだ。
ふむふむ。服作りって奥深いんだなー。
――――――
服作りはラプンツェルに任せるとして。
俺は今回より生活を豊かにするブツを作るべく、家の外へ出た。
ガラスを作る時に切り開いた場所を使って、陽の光のもと作業をしてゆこう。
今回作るのは石けんである。
実は今までシャワーは備え付けであったものの石けんは無かったのだ。
石けんの歴史は非常に古く、時代が進むにつれて様々な製法と多種多様な石けんが開発されてきた。なので、初心者である俺にもやりようはあると思う。
原始的な石けんは、油にアルカリ溶液を混ぜて乾燥させるとできる。めちゃくちゃ単純だろ?
中には塩を振ったりして成分を抽出するやり方もある。塩は用意できるので、今回は塩析を利用した石けん作りをやってみようと思う。
油は試しに亜麻仁油を使ってみるとして、アルカリ溶液の調達をどうするか。
実はこれ自体は簡単にできる。水酸化ナトリウム溶液はアルカリ性を示すが、こいつの式量は実は重曹の半分も無い。つまり、今の俺なら魔法で簡単に作れてしまう。いやあ、魔法ってすげえな!
ちなみに、いつかは金も生み出せるようになるんじゃないかとワクワクしたこともある。しかし、今の俺が金を作るとどうなるか計算してみたところ、金を一グラム作るのに必要なMPは四〇万ということが分かった。
ちょっと……桁がおかしくないですかね……。
確かに、無から物質を生み出す魔法はより式量が大きく安定しない物質ほど爆発的に消費魔力が大きくなるが。金は安定した物質だが、重曹の倍くらい重い原子なので必要なMPがインフレを起こしてしまうのだろう。
この間パンケーキを作った時も、俺の技術とMPでは重曹を0.3グラム作るのが精一杯だった。それっぽっちでも700近くある俺のMPが一瞬で溶けたぞ。
パンケーキが膨らまなかったのも、たった0.3グラムの重曹では全然膨張剤としての役目が果たせなかったからだろう。
とにかく、水酸化ナトリウム程度なら問題は無いのだ。俺は予め術式を構築し、その通りに魔力を変調させて20グラムの水酸化ナトリウムを生成しておいた。それをストレージから取り出す。
これを水に溶かせばアルカリ溶液ができるのだが。さて……どの程度溶かせば良いんだろうな?
「とりあえず、少なめ、普通、多めの三種類作って色々実験してみるか」
なんと言っても今日の実験のために色々と準備を進めておいたのだ。俺は水酸化ナトリウムを混ぜた水溶液に亜麻仁油を流し込むと、木のスティックでくるくると攪拌をしてゆくのだった。
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