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【改稿中】地球から来た妖精  作者: 妖精さんのリボン
二章 嵐の中の来訪者
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マジカルジェスチャー

 後日、嵐からの復興もあらかた終わり、霞網も完成。

 ラプンツェルは布作りに作業をシフトし、俺は畑作業と魔法の勉強を生活の中心に据えることにした。


「あっ」

「ん?」


 ソファに座ってストレージを確認していた俺は、思わず声を上げた。

 せっせと布を織っていたラプンツェルが、手を止めて俺を見る。


「どうしたの」

「いや、たった今思い出したんだが。俺、獣の皮を十匹ほどストレージに溜め込んでた」

「あー、皮。確かに服の材料になるわね」


 フライングピッグの豚皮もそうだし、鹿や子熊や狸の皮もある。全て二年間で獲れた獣たちだ。

 動物はぶっちゃけ一ヶ月に一匹も獲れない程度だが、まあそこそこ獲れているほうじゃなかろうか? 二年間で十匹も畑に来てくれて俺は嬉しいぜ。大切に頂いております。


「革はねー、扱った経験はもちろんあるんだけど。実は私、なめし剤の作り方知らないのよ」

「おっ、そうなのか」


 まあ、当然だよな。ラプンツェルだって服の全てを知り尽くしているわけじゃないよな。


「そもそも、なめすってどういう作業なんだ?」

「お肉が時間経過で腐るように、動物の皮も放置しておくと腐って使い物にならなくなるのよ。その防腐加工のことをなめしって呼ぶの」

「ふむふむ」

「基本的に『腐る』っていう現象は、タンパク質が微生物のうんちに変わることを言うのね。なめしは、タンパク質を保護して微生物に栄養を与えないようにしているのよ」

「ふむふむ。で、なめし剤の材料は分からない」

「いつも契約工房からお取り寄せしていただけだったからねえ……もっと好奇心を鍛えないといけないわ」

「ふむふむ」


 まあ、分からないなら仕方ない。

 どうせストレージに入れておけば腐らないので、いつか使うその時までとっておこう。


 あれからの日々に、特に変化は無い。チャーリーは相変わらず一階から動かないし、特に新しい魔法が使えるようにもなっていない。


 今勉強しているのは『マジカルジェスチャー』と呼ばれる魔法を使う上での技術だ。技術としての難易度はそこそこ高いが、魔法使いとして一つ上に行くには避けて通れない基礎でもある。


 マジカルジェスチャーは詠唱動作とも呼ばれ、一言で言えば身体の動きを呪文の代わりとする技術だ。


 例えば火の魔法で攻撃する時に、「火よ現れろ」なんて呪文を唱えていたら、敵にどんな攻撃を仕掛けるかがバレてしまう。

 そこで、言葉を伴わずに詠唱を完了させるために動作と詠唱を紐付けるのだ……と言ってもよく分からんよな。


 最もメジャーなマジカルジェスチャーは、親指の付け根に中指をぶつけて音を立てる、いわゆる『指パッチン』である。

 ほら、地球でも手品師が指パッチンをすると、不思議なことが起こるだろう? あんな感じで指を鳴らすだけで詠唱を進行・完了させるのがマジカルジェスチャーだ。


 人の動作には言葉さながらに意味がある。指を鳴らせば『注目』、手のひらを突き出せば『静止』、拳を握れば『攻撃』など。


 そして言葉が複数の意味を持ったり、新しい意味が生まれるように。

 実は人の動作の意味も、術者がわりと自由に付け加えることができてしまう。


 例えば、指を鳴らせば『着火』、手のひらを突き出せば『照準』、拳を握れば『力の増大』などである。これらを組み合わせてゆくと詠唱を身体の動きで完結させることができる。


 これらの意味づけは術者によって異なるため、動作だけ見ても、詠唱をしていることは分かるがそれが何の魔法の詠唱なのかは推測しづらくなるのだ。


 しかも口に出す詠唱と違い、唱え終わるスピードが圧倒的に速い。

 例えば俺が追尾火球を使う時は、詠唱無しでは約7秒、口頭の詠唱有りでは約4秒くらいの詠唱時間がかかる。しかしマジカルジェスチャーを使えば、1秒足らずで詠唱が完了してしまうのだ。


 もちろん、人の身体は無制限に動かせるわけではないので、マジカルジェスチャーは表現の幅が狭い。これは膨大な自由度を強みとする魔法において致命的な欠点だが、それを差し引いてもマジカルジェスチャーの速射性はかなり評価できる。


「うーむ、指を鳴らせば着火……?」

「ああ、それ、多分こんな感じよ」


 ラプンツェルがパチンッと指を鳴らしてみせると、ロウソクのような小さな火がラプンツェルの人差し指の先に灯った。


「おお、やるじゃないか」

「コレができるくらいの実力が、ちょうど魔法で稼げるか稼げないかの境界線って言われてるからね。まあ私は魔法で稼ぐというより、仕事の効率化のためには魔法が使えた方が良いから真剣に勉強したのだけれど」


 その謙虚な姿勢がクールでたまらないぜ、ラプンツェルさんよ。やはり俺を見習うと人間とピクシーが合わさったからと言って最強に見えたりはしないな。


 おっと、あまりにラプンツェルが謙虚なのでニポン語が変になってしまった。


「うーむ。とりあえず魔法大全が長々と理論を説明してくれたおかげで、マジカルジェスチャーの仕組みは分かったよ。ちょっと、ラプンツェルのお手本をもとに地下で練習してくる」

「動作には意味があるってことをしっかり意識するのがコツよ」


 カッタンカッタンと布を織るラプンツェルを一階に残して、俺は訓練場がある地下への階段を下りていった。


 ――――――


 計算上、マジカルジェスチャーは追尾火球の詠唱を大幅に短縮する。


 追尾火球の詳しいプロセスは、それなりに複雑だ。大きく分けると三段階に分かれる。


 まず火の玉を作る過程。これは少し難しい話になる。

 というか、簡単だったら俺はこの魔法でつまずかなかったぞ……。


 そもそも火とは、火という物質が存在しているわけではなく、膨大な反応熱によって長時間高い温度が維持されている現象のことを言うのだ。

 要するに、燃えるものが無いと火は起こらない。


 かと言って、たかが火起こしで可燃ガスを用意したりといった面倒な工程を増やすのはナンセンスだ。


 俺が火球に用いているのは、『魔力は熱を持った質量体』という設定付けをする手法だ。

 これは魔法大全にも載っていたテクニックで、そもそも魔力というのはエネルギーを持ってそこに存在しているだけのナニカである。


 物理法則的には、質量の無いものは基本じっとしていることができない。しかし魔力は、質量が無いくせにあまり移動をしようとはしない変な奴らなのだ。


 裏を返せば、魔力は物理法則には従わない。つまりエネルギー体としての自由度が非常に高い存在なのだ。

 つまり、魔力が人の心に反応しやすいという性質を利用すれば、魔力を可燃物のように振る舞わせることもできるのだ。


 何言ってるか分からねーと思う。俺も最初は全然分からなかった。

 とにかく、魔力を燃やして火を起こしていると思ってくれ。


 次に、この火の玉は指定したところに飛んでゆくものだと設定すること。これは簡単だ。


 要は敵に向かって飛んで行けよと火の玉に命令する工程である。


 最後に、『敵のいるところ』を具体的に火の玉に伝える過程。コレがめっちゃ難しい。


 説明しだすと微分とか相対座標とか数学の用語がバンバン出てくるので、これは割愛。

 すごく分かりやすく言うと、「火の玉くん、君はホーミング弾なんだよ」と言い聞かせているのが、ここ。


 これらを魔力の変調によって行うと、火の玉が現れて敵に向かって飛んでゆくのだ。


「じゃ、やってみるか」


 とりあえず、指パッチンで人差し指の先に火をつけるという、ラプンツェルもやってくれたやつを再現してみる。


 指パッチンには着火の意味があり、俺の行動は俺の意思決定の表れ。すなわち着火は俺の心にある願望である。

 それを意識しつつ、指を鳴らすこと五〇回。

 手が痛くなってきたころ、ようやく小さな火が灯った。


「なるほど、今の感じか」


 まず魔力が燃えるという妄想を現実にする。これは頭の中でやってしまおう。

 指パッチンによって、魔力に火をつける。

 拳を握って、燃え盛る火を球体に整形する。

 手のひらを突き出し、対象への衝突を目的へ。

 指を差して、狙いを明確に。


 ここまで、わずか一秒。


「『追尾火球』!」


 直径十センチの小さな、しかし強い熱を持った球体が真っ直ぐ的の岩へ飛んでゆきジリッと表面を焦がした。


「おお……速い。速い上に考えることも少ない。えっ、めっちゃ便利じゃね?」


 そう、後から何度も認識することになるが、めっちゃ便利なのである。このマジカルジェスチャーは。

 楽だし、なんと言っても速いし。これができて魔法使いは一人前というのも、なんだか分かる気がした。


 確かに少し難しいが、これは慣れれば魔法がすごく使いやすくなる。

 俺は指パッチンの意味を『凝固』に変えて追尾氷柱を撃ったりと、何度も練習を重ねたのだった。


 ――――――


「皮がぁ……指の皮がぁ……」

「いくら皮があっても、なめし剤は無いのよ」


 その後、見事に指を痛めた俺は、ラプンツェルに呆れられながら手を冷やす羽目になった。

 マジカルジェスチャーは、ウォーミングアップのついでに練習するくらいで丁度いいな。

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