創造神話
ラプンツェルの話は衝撃だった。
まさかこんなところで『失われた乳首』問題が解決するとは思わなかったし、地球から来たことがバレるとも思っていなかった。
いや、別にバレても良いんだけどさ。単に、ラプンツェルが地球の存在を知っているとは思わなかったので、説明するとめちゃくちゃ長くなるなと億劫に感じていただけだったから。
だが、名前だけでも地球という星を知っているのなら、話は別だ。
「遊ぶために作られた仮想上の空間、か。この世界の仕組みが、その仮想空間によく似ているのね。そしてあなたはこの世界に突然転移させられた、と」
「まあ、そんな感じ」
創造主というのは何者なのか。俺をこの世界に呼んだのも、その創造主とやらなのだろうか。
神話の内容も少し気になる話だ。創造主が創り上げた世界に、地球から人が遊びに来ていただって?
それはまさしく、ゲームとしての『ペンタングル』を示している記述じゃないか。
『ペンタングル』は神が創ったゲームだった? いや、あそこのメーカーは確かにゲームメーカーとしては新興だが、もともとは古書取扱いを軸としていた普通の中堅企業だった。十年ほど前に縮小しつつある書籍業界に見切りをつけて、名作と言われるSTGを引っ提げて期待のゲームメーカーとして生まれ変わったのである。
特に怪しい噂も、神秘的な噂もない、ただ新しいだけの普通のメーカーだ。
だが、地球人は様々な種族になることができたらしい。それって、一番最初のアバターメイキングのことだよな……。
「ドリアは、この世界をあくまでも遊びとして体験したのよね。その時に何か違和感は感じなかったの?」
「画面越しに動くキャラを見てるだけのフツーのゲームだったよ」
「画面……ていうのはよく分からないけど、違和感は無かったのね」
結局、これ以上考察を進めるには情報が足らないということになった。
「そうね、今なら話しても良いかもしれない」
「何を?」
「ペクセィ大陸が鎖国している理由よ」
え、この流れで?
いや、きっと何か関係があるんだろうな。
「言い伝えによればね、創造主がこの世界を作る時に、人々に知性をお授けになったとされてるの。ここまではみんな知ってることよ」
そしてここからが、ピクシーでも一部の者しか知らないこと。ラプンツェルはそう前置きして続けた。
「ある日、私たちピクシーはその知性を進化させてしまった」
「知性の進化?」
「詳しい意味は私も分からない。王家なら何か知ってるかもしれないけれど、私はあくまで一般人だから。何と言ってもあくまで神話だから、そう多くの文献が遺っているわけじゃないのよ。おそらく何らかの原因で、ピクシーは他種族より高度な知能を得てしまったらしいの。そこへ創造主が降臨して、他種族を淘汰しないために、関わりを断つように言ったそうなの」
「その結果が、ピクシー達による鎖国か……」
ペクセィ大陸以外にピクシーは住んでいないとされる理由もそれなのか。創造主がそう望んだから、それが真実だった。
いや、まあ、しょせんは神話だからな。完全に正しいとは限らないけれども。
少し前に、ラプンツェルが気軽に街へ行くのはよしたほうが良いと言っていた。あれは、ピクシー以外の種族との接触を避けようとしたんだな。
地球人はこの世界の成り立ちそのものにはあまり関係が無い存在だ。創造主が創った人間と、地球から来た人間は、その中身は別のものなのだ。
ピクシーの知能についての騒動は地球人は正直言ってあまり関係が無いと思われる。だからこそ、ラプンツェルも元人間である俺にこの件を話してくれたのだろう。
しかし、知性の進化か。
いったい、かつてのピクシーに何が起こったと言うんだ?
「ひょっとして、君の頭が良いのも進化の影響?」
「それは、どうなのかしら? 自分じゃあそんなに頭が良いとは思っていないのだけれど。ああでも、一応、学校の試験で平均点を下回ったことは無いわね」
「ふむ。じゃあ君の能力が単純に高いだけか」
そんなに頭良いかしら。とラプンツェルはいまだ懐疑的だ。少なくとも、頭の回転は速いと俺は思うがね。
「俺は、確かに地球から来たピクシーだ。元人間の。ここ来た当初は、この世界を冒険してみたいと考えていたよ。地球へ帰る方法とかは、まあそのうち探せばいいやって」
少し頭を使いすぎたかもしれない。ストレージから甘いジャムを取り出して一舐めする。美味い。
うむ。糖分を摂ったら落ち着いた気がするぞ。
「でも今は、君の故郷に、ペクセィ大陸に行ってみたいと思う。多分そこに、俺がここに来た理由、その手がかりになるものがある気がするんだ」
「目的地が一致したわね」
これ以上のことが知りたければ、もはや森の外へ出るしか無さそうである。
――――――
「そして五年が過ぎた」
「まだ二〇分も経ってないわよ」
パンケーキの生地をフライパンで焼いてゆく。意外と綺麗な形に焼くのは難しく、ふわふわに焼き上げるには火加減も練習しなくてはいけない。
今回は膨張剤に重曹を少しぶち込んだだけなので、あまり膨らまないかもしれないが。
頃合いをみてひっくり返し、両面をしっかりと焼いたら完成である。
「びっくり〜、ママより上手かも!」
「誰の声真似よ」
焼き上がった亜麻仁油のパンケーキを皿に乗せて、ジャムを添えてテーブルへと運ぶ。
では、キノコのステーキと併せて美味しくいただくとしましょうか。
まずはパンケーキ。そういや、最後にパンケーキを食べたのははるか昔だ。この世界に来た時に、何故か一枚のパンケーキが皿に乗ったままストレージに入っていたのである。
うむ。ふわふわとは言い難い食感。でもしっとりしていて美味いな。
パンケーキと言えばもちもち、と言う人も多いが、俺はしっとり系のパンケーキが好きである。
「んー! 美味しいじゃない。珍しいわね、ピクシーの男って大抵は料理下手なのに」
「そうなの?」
「うん。努力不足とかそういう話じゃなくて、根本的なセンスに欠けてるのよね……」
調理実習でも、もたつくピクシー男子は包丁係に追いやられるらしい。
その夜、俺は彼女からピクシーのいろいろな話を聞きながら、美味いパンケーキを口いっぱいに頬張るのだった。
少し複雑な話が続きましたが、次回からしばらくスローライフに戻ります。




