熟練度の謎
レベル上げの必要は無い、と言ったものの。
ゴブリン討伐は俺のルーティンだし、俺の場合根っこがゲーマーなので、やっぱりレベルの概念が現実にあるのにレベル上げをしないのはもどかしいのだ。
「結局戦闘狂じゃないの」
「違う、断じて違う」
というわけで、翌日。俺はラプンツェルを連れてゴブリンの洞窟へ来ていた。
この洞窟は森の南のほうにあって、俺の家からは百キロ以上も離れている。
見つけたのはマジで偶然だ。ちょうどこの辺りでオツボネダイコンという野生の大根を見つけたので、他にも何か無いかと具に見て回ったら見つけたのである。
大根は、もちろん食っても美味いが、アブラナ科の薬草でもあり油が採れるという特徴も持つ。しかし俺が見つけたオツボネダイコンという種はほとんど油が採れないそうだ。
見つけた時はちょっと期待しただけに少し残念だったが、まあ仕方ない。大根が見つかっただけ儲け物だ。
閑話休題。その穴は最初に見つけた巣窟よりもかなり広く、ゴブリン以外の魔物も生息している。
と言っても、コウモリとイヌだけだが。
「ケイブエインセルっ!」
俺はスイッチジェムを持って形態を変化させた。別に口に出す必要は無いのだが、ラプンツェルにも分かるように口に出した。
ケイブエインセルは洞窟中の低酸素や毒ガスに強いなどという特殊能力があるが、実は他にも洞窟内の道を忘れにくくなったり(つまり迷いにくくなったり)、反響する音を聞き分けられるようになったり、細々とした適応能力を持つ形態なのだ。
さすが、洞窟に特化しているだけのことはある。
「それで、ラプンツェルも入るのか?」
「ええ。実は洞窟って入ったこと無いのよ。一応クリエイターなんだから、どんどん頭に刺激を入れてゆかないと」
「分かった。じゃあリードするから、俺の指示に従って後をついてきてよ」
洞窟というのは落盤や浸水、窒息に遭難など、本来であれば軽々しく入ってはいけない場所だ。
俺が大した装備もなくするする入って行けているのは、優れた魔法たちのおかげである。
とはいえ、それでも全く危険が無い場所ではない。落盤に巻き込まれたら魔法を使う間も無く死ぬかもしれないし、ここには魔物だっているのだから。
万一俺とはぐれたら、ラプンツェルは広い洞窟の中で死に至る可能性もある。
……ん? そういや、パーティとかいうシステムがあったよな。二年間もぼっちだったから、すっかり忘れていたけれども。
パーティはゲーム内で仲間を組むためのシステムだったが、この世界にもちゃんとパーティという概念は存在する。
パーティとは戦闘集団の最小単位であり、パーティわ組めば仲間の居場所が分かったり、同士討ちを防ぐことができる。
同士討ちはこの場合関係は無いが、互いの位置が分かるというのは非常に重要だ。はぐれても合流できる確率がグンと上がる。
「なあ、遭難防止のためにパーティを組もうと思うんだが」
「パーティ? ええ、良いわよ」
ラプンツェルの了承を得たので、さっそく組んでみることにする。
さて……どうやるんだ?
とりあえずメニューから、パーティのページへ飛んでみる。ゲーム内ではこの画面から近くにいる人を選択してパーティ参加を申し込めた。
てっきりメニューをポチポチ操作するのかと思ったのだが、確認してみると俺とラプンツェルはすでにパーティとなっていた。
なるほど、パーティを組みたいと思うだけでパーティになってしまうんだな。
2/6
ドリア:ピクシー(ケイブエインセル)
HP368/368 MP467/467 正常
熟練ポイント余り 160
ラプンツェル:ピクシー(スピードエインセル)
HP254/254 MP567/567 正常
熟練ポイント余り 623
うむ。ケイブエインセルになったことでHPとMPが増減している。
一番上の2/6というのは、二人でパーティを組んでいるという意味だろう。ゲーム内でもパーティは最大6人だったので、それを踏襲しているに違いない。
パーティの欄からはメンバーのHPとMP、状態異常などの確認が可能らしいな。
……ん?
ラプンツェルの熟練ポイント、余りすぎじゃね?
レベル25の時点で623。これ、もしかして一回もポイントを振ったことが無いんじゃなかろうか?
「なあ、ラプンツェル。熟練ポイントは振っていないのか?」
「振る?」
「熟練ポイント。使ってないのかって」
「…………じゅくれんポイントって何よ。そんなの知らないんだけど」
……。
「え」
「えっ」
「え?」
「え?」
「えっ」
「え?」
ちょっと、待って、整理させて。
熟練度システムを知らないのか、ラプンツェルは?
おかしいな、俺はラプンツェルのことをこの世界の一般的なピクシー女性として見ていたんだが。
いや、逆なのか? もしかしてこの世界の人は、熟練度システムを知らないのか?
そう言えば、昨日ラプンツェルが見せてくれたステータスには、熟練ポイントの記載は無かった。
でも、熟練ポイントなんてメニューからすぐに振れるはずなんだが。
「ラプンツェル、メニュー……は俺が勝手に名付けたんだったな。ステータス画面を開いてくれるか?」
「ちょっと何言ってるか分からないんだけど」
「えーっと……ラプンツェルはいつもステータスってどうやって確認してる?」
「そりゃ、昨日やったみたいに紙に表示してるわよ。他にやりようがあるの?」
むむむ。もしかして、このメニュー自体が俺に固有の能力なのか。この世界の人はそもそもメニューを開けないから、熟練ポイントを振れないってことなのか?
まあ、確認は必要か。
とりあえず、俺のステータス画面をラプンツェルに見せてみる。
「なあ、俺の前に何か文字が現れてないか?」
「いえ、全く」
「じゃあメニューは他人には見えないのか。ちょっとさ、『ステータス』って念じてくれない? できるだけ強く」
「はあ。念じれば良いのね」
するとラプンツェルは、すっと目を閉じて、静かに念じ始めた。
いや、目を閉じられたら困るんだが。前を見てくれ、前を。
「どうよ。目の前に自分のステータスが現れていたりしないか?」
「んー? 全く何も」
「そっかあ」
しかし、だとすると、これはどういうことなんだ?
熟練ポイントはこの世界のシステムのはずなのに、現地民であるラプンツェルには利用する術が無くて、地球から来た俺には利用できている。
熟練度システムはこの世界の人類のためのものでは無いのか? しかし、そこにアクセスする手段が無いだけで、ラプンツェル自身にはちゃんと熟練ポイントが蓄積されている。
「大丈夫? 昨日のキノコに変なのが混じっていたんじゃない?」
「いや、それは無いはず。ちゃんと一本一本ディクショナリーで確かめた」
「ディクショナリー、また知らない単語が出てきたわね。今日のレベル上げ、止めておく?」
「大丈夫、なるべく近いうちに全部説明する。だからちょっと待ってくれないか? ほら、ゾンビだってちゃんと武器を組み合わせる時は待ってくれるんだぞ」
「何の話よ」
とにかく、今はもっと情報を整理する必要がある。
俺は一旦熟練度のことを頭から追いやると、ラプンツェルを連れて洞窟へ入って行くのだった。




