転移災害
「転移災害に巻き込まれた?」
「ええ、一ヶ月ほど前に。それで、どうやら別の大陸に飛ばされたらしくて……故郷に帰れないのよ」
朝ごはんに皇帝リンゴのジャムサンドをいただいた後。まずはラプンツェルに、彼女の置かれた状況を説明してもらっていた。
話によると、ラプンツェルは転移災害のせいでずっとこの森を彷徨っていたらしい。
一応、その転移災害とやらをディクショナリーで調べてみる。
『転移災害』
連続性が乱れた空間に進入することで正しく空間を移動することができなくなり、どこかへワープしてしまう非常に稀な現象。
大抵は近場にワープするためさほど問題にはならず、被害者が自力で帰還できないほど遠方へ飛ぶケースは報告されていない。
明らかに自力で帰還できてないです。嘘はやめましょう。
「ふむ……別の大陸だと思う根拠は?」
遠方には飛ばないのが常識であるならば。
なぜ彼女はここが故郷とは別の大陸だと思うに至ったのだろうか? 普通は近くにある森林の中だと思うだろう。
「ああそれは、これが根拠よ」
そう言ってラプンツェルは亜空間から一枚の紙を取り出した。
それは裏地が紫色の羊皮紙に描かれた地図であった。
そこには周りを海に囲まれた陸地が全面に載っており、ペクセィ大陸と名がついている。
「魔法の地図よ。便利な道具でね。ピンチ操作で拡大縮小ができるの」
ラプンツェルがピンチインをすると、ある街にフォーカスした地図が表示された。
「ほう、それは便利だ」
「高かったのよね、コレ。ほいっ」
ラプンツェルは一度大陸全土が移った状態に戻すと、広げた地図の上に紫色の石を落とした。すると、その石は淡く光を発しながらブルブルと振動し、地図の中心あたりをぐるぐると回って円を描きだした。
「この石は現在位置を示してくれるの。石が止まったところに術者が居るのよ」
「……ずっとぐるぐるしてるけど。ああ、なるほど。だから、現在位置は地図にない場所、つまり別の大陸だと」
「最初は故障かと思ったのだけれどね。解析しても特におかしいところが無いのよ」
ふーむ。彼女のことはもちろん気の毒に思うが、俺はこの道具にも興味が湧いた。
いわゆる魔道具というやつだろう。魔道具を研究する学問、魔法工学と呼ばれるそれは、かなり敷居の高い分野であるとされる。
単純に、必要な知識量が多いのだ。属性魔法や錬金魔法を含む魔法全般への理解力、工学や物理学、電磁気学などへの造形。それらを身につけた上で魔道具の仕組みというのを一つずつ開拓してゆかねばならない。
要は、俺にはまだまだ作れそうにないシロモノってことだ。
「てか、魔道具の解析なんてできるのか」
「まあ、この地図は素材が高いだけで、使われている技術はそこまででもないのよ。ある程度魔法工学をかじった人なら難しくないと思う」
その魔法工学をかじるのが難しいんだがな……まさか天才肌ってやつなのか?
それとも、俺の才能が低いだけなのだろうか。
しばらく熟練ポイントを貯めていたけれど、また『魔法の才』を伸ばしてみようか。
「じゃあとにかく君は、ペクセィ大陸に行かなければならない、と」
「そうね。だから教えて欲しいのよ。私たちが今いる大陸のこととか、貴方がどうしてここにいるのかとか」
彼女の事情は分かった。転移災害によって違う大陸から森へやってきたらしいこと。帰るために俺の協力を必要としていること。
ただ、困ったな。
俺、マジでこの森の外のことは何にも知らんぞ?
「えーっと、大陸云々はちょっと脇に置いて。俺がここにいる理由を知りたいってのは、どういう意味?」
「そのままの意味よ。どうしてこんなところに、ピクシーが住んでいるのか……もしかして、本当に何も知らないの?」
うん。何も知らない。
むむむ、これは正直に地球から来たことを話したほうが良いのだろうか?
別に隠しているわけではないのだが。『地球でゲームしてたらそのゲームそっくりの世界にいました、自分は元人間です』って、あまりにも突飛すぎる話で、どこから説明して良いのか分からないんだよなあ……。
俺の悩ましげな顔を見て、色々と察したのだろう。ラプンツェルは質問の意図を説明してくれた。
「ピクシーはね、ペクセィ大陸にしか住んでいないのよ」
「……そうなの?」
「少なくとも、ピクシーたちはみんなそうだと思ってるわ」
「でも、ピクシーは飛べるし、越えようと思えば海の一つや二つ越えられるんじゃないか? 歴史の中には、別の大陸に移住したピクシーだって……」
「だから、出れないんだって。国王陛下が出入りを制限してるんだから」
……国王陛下?
国家機関が、ピクシーが大陸の外へ出ないように監視しているということか?
「その顔、やっぱりペクセィ大陸のことも知らないのね」
「まあ、そうだな」
「ペクセィ大陸っていうのは、ピクシー族が住む大陸なの。国王陛下を元首に掲げるピクシスクリーエって国が、大陸の全土を統治してるの」
その後も話を聞いて見ると、なかなか驚くべき事実が分かった。
ペクセィ大陸とは、ごく一部の例外(例えば何処かから漂流してきた人とか)を除けば、ピクシーしか住んでいない大陸らしい。
その大陸は何千年もの間ピクシーたちの王族が支配してきた場所であり、ペクセィ大陸の外にはピクシーが住んでいないとされている。
王が大陸からの出入りを制限しているというのは、要は鎖国をしているという事だ。
大陸の外へ出られるのは特別な許可を得た者だけで、しかも何故鎖国をしているのかは一般には公開されていないらしい。
一つの大陸に押し込められてピクシーたちは窮屈じゃないかと思うが、そもそも資源が豊かな場所だし、なんたって大陸なので、むしろ広々としているくらいだとのこと。
「ほほう、そんな場所があったのか。面白いじゃないか。……鎖国をしている、というのはまた予想外だったが。どうして鎖国をしているかは知らないんだよな?」
「知ってるわよ」
「だよなー、気になるぜ……いや知ってんのかい!」
「……さすがに教えられないわよ?」
「まあ、公開されてないってことは、国家機密ってことだもんな。俺からも質問なんだけど……君って何者? はっ、やはりお姫様だったのか!」
「やはり? ……お姫様じゃないわ、ちょっと王族と仲良くしてるだけの、一般人。それ以外に言い様はないと思うけど」
それは一般人のくくりに入れて良いものだろうか。
「とにかく、私の事情は分かってもらえたみたいだし。次はこの大陸のことを聞かせてよ」
「あっ……うむむ……」
だから、何も知らないんだって。
俺はラプンツェルになんと告げたものかと、しばし頭を悩ませるのだった。
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