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【改稿中】地球から来た妖精  作者: 妖精さんのリボン
一章 森と家と遺跡
21/63

飛ばない豚は?

『フライングピッグ』

 飛行能力を持つ豚の魔物。飛べる豚なので、ただの豚ではない。


 瘴気をほとんど体内に持っておらず、そのまま食べることができる珍しい魔物。

 通常の豚に比べて尻尾が長く、その尻尾でバランスをとりながら空を飛ぶ。そのため、尻尾が千切れるとただの豚になる。

 普段の動きは鈍いが、感情がたかぶると意外な俊敏さを見せる。空から敵を押し潰すのしかかり攻撃はそこそこ強力なので注意。




「来たぞ諸君、僕の豚が。ブタニクを持って!」


 俺はテンションが上がっていた。俺の狙い通り、尻尾の千切れたただの豚が畑に迷い込んでいたからである。

 畑は毎日見に来ているので、おそらく昨日の夕方から今朝にかけての時間帯にやってきたのだろう。


 ちなみに千切れた尻尾は、何故か俺の畑に転がっている。いったいここでどんな事故が起こったというんだ……?


 とにかく、豚は尻尾が千切れて脱出できなくなったのだろう。

 さて、さっそく頂こうか。いや、もう一匹異性が飛んでくるのを待って、牧畜でもするか? ……するにしてもキチンと場所や設備を用意する必要があるな。今回はそのまま食うことにしよう。


 俺はそのタンパク質の塊をどう調理しようか考えながら、畑の真ん中に居座る豚にふよふよ近づいていった。


 その時である。ブワッ、と土煙が待ったかと思うと、俺の目の前にあったブタニクが消えていた。

 俺の豚は? ブタニクを持った豚は?


 その直後、俺の周りが急に日陰になった。影の大きさはちょうど先ほど消えたブタニクと同じくらいだ。


「いや、これ。つまりそういうことじゃん!」


 俺は羽を震わせて一気に加速し、緊急回避を試みる。

 日陰を抜けた直後、背後からドシンと鈍重な音が俺の背中を打った。振り返れば、先ほどよりも土煙がをずっと盛大に撒き散らしながらブタニクがのっそりとこちらに向き直っていた。


「あっぶね。飛べないけど、飛び跳ねることは出来るのね。……ん? じゃあ飛び跳ねて逃げれば良かったんじゃないか?」


 いや、違う。まさかアイツ、ここを餌場だと思っているのか? 餌が豊富にあるから出てゆく必要が無いってことか?


「それでも水場が無いから近いうちに死ぬはずなんだが……まあ、喉が乾いてからでも脱出するには遅くないってことか?」


 とにかく、どうやら奴は一丁前に俺とやり合う意思を見せている。ならば、ホコリ高き捕食者としてはそれに応えてやろうじゃないか。


「三つの槍となれ『追尾氷柱』!」


 畑で火の魔法を使うわけにはいかないので、ゴブリン狩りでいつも使っている鋭利な氷を飛ばす『追尾氷柱』を発動する。

 しかも、今回はエインセルとなった俺の力を存分に振るった三連撃バージョン。それを急所と思しき目や鼻を狙って撃つ。

 まともに当たれば無事では済むまい。


 奴もゴブリンほどバカではないようで、何と再び大ジャンプをかまし、俺の魔法を避けようとしてくる。しかし、俺の魔法は追尾式だ。上空まで追ってゆくぞ。


「フゴゴゴッ!?」


 急所には当たらなかったが、右前足に二発、アゴに一発当たった。それはフライングピッグの皮を貫きダメージを与えたものの、出血量としてはさほどでもなさそうだ。

 ゴブリンなら今ので頭が吹っ飛ぶんだが……やっぱゴブリンって特別弱いんだな。


「フゴー!」


 防戦に回るのは下策だと理解したのか、覚束ない右前足にムチ打って、奴はなかなかの速さで突進してきた。うーむ、同じ体当たりで獲物を狩ってきた者として、なんだか嬉しくなるな。

 あっ、そういや、豚ってイノシシの仲間か。ちょとつもーしーん。


「ほいっ『耕作』」


 畑を作る時に使った土を掘り返す魔法の、超ミニ版。地面にぼこっとでっぱりを一つ作るだけの、簡単な魔法。


「フゴー!?」


 そのでっぱりに左前足を取られたせいだろう。傷ついた右前足だけではまともに前に進むことはできず、フライングピッグは突進の勢いそのままにすっ転んだ。


 おいおい、確かに荒らされても良いやって心構えで農業やってるけど、ここまで踏み荒らされると怒っちゃうぞ?


 俺は三連撃なんてカッコつけるのはやめて、一本の大きな氷の槍を作り出す。地面に転がって起き上がれないでいるそいつの脳幹に向けて、俺は一思いにその鋭利な氷を突き刺した。


 脳幹は生きものの意識を司っている場所であり、ここがダメになった生きものは即座に意識を失う。おそらく、一番苦しまない死に方だろう。


「フウ……予想外の戦闘だったが、なかなか上手く戦えたんじゃないか?」


 畑は少しベコベコになったが、こんなのはいくらでも直せる。

 俺はいそいそとブタニクをストレージに収納すると、畑の修復作業にとりかかった。


 ――――――


「うわー、魔石ちっちぇ」


 俺は自宅のすぐ近くでフライングピッグを解体していた。体内の、ソトモモの辺りにあったそれを取り出してみると、ゴブリンのそれよりも二回りほど小さな青い石が鈍く輝いた。


 そもそも魔物が体内に魔石――魔素の塊を持つのは、瘴気を魔力でコントロールするためなのだ。瘴気をほとんど持たないフライングピッグに、大きな魔石は不要なのだろう。


 こんな大きさでもゴブリンより強いんだもんなあ。魔石の大きさと魔物の強さは必ずしも比例するわけじゃないのか。


「まあいずれにせよ、同じ豚でもゲルドの魔盗賊みたいなのじゃなくて良かったぜ」


 そういや魔法に関する勉強はたくさんしているが、魔物については知らないことばかりだな。まあ、俺は今まで三種類の魔物しか出会ってないのだから当たり前だが。


「これがディクショナリーの欠点だよなあ」


 辞書ディクショナリーと言っても、普通の辞書みたいに索引があるわけじゃない。本当に、打ち込んだワード、あるいは視界に映したものについて解説を返してくれるだけなのだ。


 つまり、俺が知らない概念や見たことないものについては、全く調べようが無いのである。


「おっ、これは腸か。ソーセージが作れたら良いんだがな」


 ただ機械も無しに挽肉を作るのが面倒くさい。そこまで手間暇かけて食いたい食材かと言われると、俺はそこまでじゃないかな。


 そんな感じでせっせとナイフを入れているが、なかなか終わらない。だって図体デカいんだもん、コイツ。

 ……いや、違うな。サイズは普通の豚より一回り大きい程度だ。ピクシーが小さすぎるのである。

 一応氷を作って冷やしながら解体しているが、あんまし時間をかけてもいられないんだよな。やっぱ鮮度が落ちるし。


「鮮度……血抜きとかもやったこと無いんだが、アレで良かったのかねえ」


 首を切断し、川などに死体を突っ込んで血を流出させる。知識としては知っていたので、実行しようとはしてみた。

 だが、よく考えたらこの近くにあるのは泉であって、川は無い。ダメじゃん。


 後は獲物を逆さ吊りにして、重力に任せて血を抜く方法。もちろん試したが、いったい何を間違えていたのか、ポタポタとしか血は出てこなかった。


 というわけで、俺はヤケになりました。心臓に電気ショックを流して無理やり動かし、血を体内から押し出したのである。詳しい描写は避けるが、めっちゃ噴き出た。

 もちろん電気ショックは魔法である。攻撃に使えるほどの出力は、今の俺の実力では出せないが。しかし、心臓を直接触れるのであれば、マッサージする程度の電力なら問題ない。


 いやあ、結構電気系の魔法って難しいのよな。電子がちっちゃすぎてイメージも湧かないし、そもそも電気とは何かという根っこの知識や理解が意外と俺たち現代人には無いのである。


「へへっ、すっかり服が血塗れだぜ。でも大丈夫! 俺にはもう洗濯魔法がついている!」


 着想から五日ほどかかっただろうか。

 俺は錬金魔法の知識を活かして、服が綺麗だった状態を再現する・・・・魔法を開発した。

 その威力や、まさにクリーニング要らずである。服の状態を俺が魔力に対して変調という手段で伝達し、その状態を再現するのに現実の乖離かいりを物質の除去によって埋めるのだ。


 汚れ物質を除く、というところに重きを置いたから、汚れ物質の指定やらなんやらで開発が停滞していたのだ。

 綺麗な状態を再現する、が魔法の軸となっているからこそ、物質の指定という面倒な工程をスキップできたのである。


 消費MPも意外と少なくて済んでるし、大成功だ。


 ちなみに魔法には、このように複数の魔法の過程や消費MPが違っても、全く同じ結果を出すことが割とあるらしい。今回俺がやってみせたように、このことを意図的に利用して新しい魔法を開発する方法論がある。

 つまり、魔法の開発が行き詰まった時、コンセプトとはズレたアプローチを模索するのだ。このやり方を、マルチプロセス化と言います。魔法学の用語です。


『願いを叶えるため様々な過程を踏むうちに、いつの間にか過程をこなしてゆくことが目的と化してしまう場合があります。いわゆる手段の目的化です』


『魔法使いは楽をするために努力する集団と言えます。だって魔法使いは水汲み一つもやろうとせず、魔法でぱぱっと水を出してしまおうとするのですからね。魔法に限らず、やり方があまりにも過酷だと感じたら、一度立ち止まって別の方法を考えてみましょう』


 魔法大全もこのように啓蒙なされていらっしゃる。


「よし、解体終わり! いやあ、時間かかったな」


 後始末をして、洗濯魔法で服を綺麗にする。

 本来予定に無かった解体なので、午後に予定していたガラス細工の研究を丸々潰していたのである。実際、太陽を見ればすでに落ちかけているではないか。


 さて豚汁を作ろうか、豪勢にポークステーキか。まだまだ使える食材が少ないのが悩ましい限りだ。


 俺はくぅと鳴った腹のために、さっそく家に入ってキッチンに立つのであった。

いつもご閲覧いただきありがとうございます。


次回、一章はいよいよ最終回です。


二章からも宜しくお願いします。

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