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 飯塚、宮地、ケンの三人は、通学路から外れて、今朝、『ザップ』が通ってはいけないと言っていた『林』の道に向かっていた。

 三人は、誰かに見られていないか確認しながら、田んぼのあぜ道を通り抜けていく。昨日、宮地が歩いた時とは違って、今日は学校が途中で終わったためにまだ明るかった。

 川にぶつかると、川沿いを進んで、橋に回り込む。

 そこから先は坂になっていて、その途中から『あの』林に繋がっている。

「ないな」

 宮地は、ケンが何のことを言っているのか分からなかった。

「ないよな?」

 再び、ケンが言うと、飯塚がケンの肩を叩いて言った。

「さっきから何言ってるんだよ」

「だから、『通行止め』のテープはないよな」

「うーん、ここからは見えないけど」

 確かに、林に入られたくないなら、ここらあたりから通行止めにしていないとダメだった。しかし、ここには通行止めにしているような形跡はなかった。

「もしかして、もう通行止めは終わったのかな」

「もう調べ終わったってこと?」

 宮地は言った。確かに、警察が入って調べている間は通行止めかもしれないが、それが終わってしまえば解除されるだろう。周りは林だから、ここを迂回しようとすると、結構な遠回りになる。

 日中ではあるものの、林に入っていくと、次第に道は暗くなってきた。

 なんとなく、三人は木の根元を見ながら、ゆっくりと坂をあがっていく。

 キノコがあるかを確認しなければならないのだ。

「ミヤジ、さっきのキノコだしてよ」

 飯塚に言われると、宮地はランドセルに入れていた『松崎』と書かれた袋を取り出した。

「フーン。なんか変なキノコだな…… 赤に白の水玉模様って、キノコにしてはカラフル過ぎる」

「確かに目立つキノコは、毒だって聞いたことがある」

 宮地はそう言った。

「キノコの色は二択だよ。見つからないよう目立たない色になるか、危険を知らせるような毒々しい色を見せて食べられないようにするか」

 自慢げにそう言うが、ケンが反論した。

「俺もキノコ採りに山に入るから知ってるんだ。色が目立つからって毒じゃないってことも、地味な色でも毒なこともあるんだろ?」

「そりゃ、あるけど」

「じゃあ、これだけじゃわからないよな」

「……」

 三人はキノコが見つけられないまま、坂をのぼりきっていた。

「同じキノコどころか、普通にキノコ一つみつかってないぞ」

 飯塚は焦ったように土を蹴る。

「『ダブルオー』が採りつくしたのかな」

「ミヤジ。そしたら、道より中に入らないといけない、ってことか?」

 確かに、道沿いに生えているものは見つけやすいし、取りやすい。給食室の松崎さんが学校の行き来でキノコを採るとしたら、道沿いで済ませるだろう。中に入って確かめるしかないのか、と宮地は思った。

「林の中に入ろう」

 宮地は昨日の(ねずみ)と立ち上がった死体のような男のことを思いだした。

「まっ、迷子にならないように、三人で行動しよう」

「迷子? 怖いからじゃなくて?」

 宮地は一瞬答えに詰まったが、首を横に振り、言った。

「怖くなんかないって」

「声震えてるぜ」

 飯塚がいじわるくそう言った。

「むきになるなよ。紗英もいないんだから。怖いなら、怖いって言えよ」

「さ、さえは関係ないだろ」

 宮地の頭の中で、手を振って去っていった紗英の笑顔が思い出された。

「関係あるだろ」

 飯塚がケンの顔をみて、そう言った。

「そうそう」

「こ、怖いよ。実際は怖い。昨日、立ち上がって動く死体のようなモノを見たからな。けど、紗英は関係ない」

「そんなに関係ないって言うなら、紗英にそう言ってやろうか。宮地は紗英のことなんか『関係ない』って言ってたぜ、って」

 宮地は頭を下げて、黙ってしまった。

「……言わないで」

「言わないけど、ここではっきりさせとくぞ。ミヤジは紗英のことが好きなんだな?」

 飯塚が宮地の顔を指差して言った。

 宮地は下げている頭を更に真っすぐ下げ、うなずいた。

「紗英はおっぱい大きいもんな」

 宮地の頬はどんどん赤くなった。

「ケン、どこ見てんだよ」

「胸だよ、胸。きまってんだろ」

 ケンは胸のあたりで手を動かして、大きいことを強調した。

「この林が怖いことと、紗英が好きな事がわかったところで、中に入ってみるか」

 ケンと飯塚も緊張した面持(おもも)ちになった。

 宮地の言ったことがすべて嘘だとは思えなかった。

 死体ではないにしろ、死んだような姿の者が動き回っていてたら、その者にどんなことをされるか分かったものではない。

 飯塚が見たように、朝、林の入り口が通行止めだった理由も気になる。

 林にはそもそも『ミイラ―』という、やせこけたおじさんも住んでいて、そのおじさんに出会うかもしれない。

 小学生の彼らにはこの『林』そのものが恐怖と同じ意味をなしているのだ。

「いこう」

 と宮地が言って三人は道を外れ、林の中に入り込んだ。

 宮地が提案した通り、三人は同じ方に固まって行動した。

「キノコ、ないな」

「真っ赤なキノコだから、かなり目立つと思うんだけどな」

 林は坂を上り切った山の上だったが、それでも幾分か起伏はあった。

 三人が進んでいくと、前方が盛り上がっていた。

「なんだろう、こんな段差あったかな」

 段差になっているせいで、影になっていて、より一層暗かった。

「おい……」

 ケンが何か見つけて、飯塚に向かってその場所をを示した。

「なんだ、洞穴(ほらあな)?」

 山になっているところに、横に穴が開いていた。

 自然に開いたものというより、人工的に『掘った』ような、大きな穴だった。

 宮地が言う。

「これは、『防空壕(ぼうくうごう)』ってやつじゃないのかな」

「あれ、それ、なんか聞いたことがある」

 と飯塚が言った。

「で、なんだよ」

「昔の人が戦争の時に、爆弾から身を守るために穴を掘って、そこに隠れたんだって」

 宮地はケンに向かって説明した。

 飯塚は思いだしたように、

「そうそう、ぼうくうごう。おじいちゃんが話してた」

 と言った。

「これがその穴?」

 三人は穴の正面に立っていた。

 穴は深く、暗く、先が見えなかった。

 何か、ひんやりした空気が、穴から流れだしてきていた。

 飯塚が言う。

「どうする?」

「ど、どうするって?」

 そう言いながら、宮地はケンの後ろに隠れるように移動する。

「入るか、どうか、ってことだろ。飯塚?」

「もちろん」

 ケンの体から顔だけを出して、宮地はその大きな横穴を見つめた。

 穴の中で、キノコが見つかるなら入る意味はあるが……

「キノコはあるかな?」

「……ないな」

「ない」

 飯塚、ケンもキノコはないと判断した。宮地が言う。

「じゃあ、入らない」

 飯塚とケンが(きびす)を返し、防空壕と思われる穴に背を向けた。

『助けて』

 ケンの体に隠れていた宮地は、顔だけ穴の方に向けた。

「聞こえたか?」

 飯塚は『ダルマさんが転んだ』で遊んでいる時にも見せないようなすごいタイミングで体を止めていた。

 ケンの方は、穴の方から顔を逸らしている。

「聞こえたか?」

「何が?」

 ケンはとぼけ、飯塚は否定した。

「聞こえない聞こえない。何も聞こえない」

『……助けて』

 宮地の手が震えていた。

 三人は顔を見合わせると、飯塚がゆっくりと元来た道の方を指差した。

「逃げろぉ~」

 三人は、薄暗い林の中をそれぞれに駆け、逃げ出した。

 宮地は耳を塞ぎ、転ばないように地面を見ながら走り、ケンは飛び跳ねるように最短コースをスピードを上げて走っていく。

 飯塚は追いかけてくるもがないか、時折後ろを振り返りつつ、走っていた。

 息が切れて、膝に手をつき、大きく肩で息をしていると、宮地は気付いた。

「ケン! 飯塚!」

 足元の草や竹を、ガサゴソと大きな音を立てながら踏み倒しながら走っていた二人がいなくなっている。

 振り返っても、誰もいない。

「どうしよう」

 鉄の板に鉄の棒を擦り付けたような、奇妙な金属音が聞こえてくる。

 昨日とは違う日中のはずなのに、やけに上空の枝が茂り、辺りは薄暗いを通り越して、暗くなっていた。

 周りを見れば見るほど、どっちからやって来たのか、どこに帰ればいいのかが分からなくなってくる。

 宮地はめまいを感じ、額に手を当てて、しゃがみ込んだ。

 奇妙な金属音は、宮地を通り越して、背後に回り込んでいくように聞こえる。

 危ない、そう思って頭だけそちらを向ける。

 再び音が大きくなってくると、その方向から、ガサゴソと草や竹を踏みつける音が聞こえる。

 誰か来る。

 宮地はそう考えた。と同時に『見つかったら殺される』と思っていた。

 理由はなかった。

 聞こえてくる金属音が風で流されるように、大きくなり小さくなり聞こえてくる。

 宮地は姿勢を低くしたまま、木の幹に隠れるように移動した。





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