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06




 宮地たち三人は、校門をでると自分たちの通学路方向に曲がり、小さな空き地に向かった。

 空き地に着くと、紗英が他の女子と話していた。

「紗英、行こうか?」

 飯塚がそう呼びかけると、紗英はその女子に『ありがとう』と言って手を振った。

 そして三人の方に走ってやって来た。

「給食室に忍び込むって、何をするの?」

「オカズに入っていたキノコを探すんだよ」

 紗英はあごに指をあてて首をかしげる。

「……残ってるかしら?」

「分からないけど、給食室にある大きな冷蔵庫の中を調べる」

「これから作る給食の材料ならともかく、今日出た給食なんだから、材料なんて残ってないんじゃない? だって、給食にすら全部入っていた訳じゃなさそうだし。だったら、給食を作るときのノートを見た方がいいんじゃないかしら。絶対給食の材料が書いてあるはずだもの」

「ノート?」

「あたし給食のおばさんがノートを見ながら給食作っているの見たことあるもの」

 飯塚と紗英が話している間中、宮地は紗英の唇を見つめていた。

 薄いピンクの唇が、開いたり閉じたり、広がったりすぼまったりするのをみていると、もう一度触れたい、という気持ちになっていた。

「……なあ、ミヤジ。 ……おい、ミヤジ?」

「ミヤジ」

 ケンがポンと宮地の肩を叩いた。

「どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ。紗英の話聞いてた?」

 宮地の方を、紗英が見つめた。

「えっ、あっ……」

 ここで聞いていない、と言ったら紗英はなんて思うだろう。宮地は、焦った。焦って必死に場の感じを読もうとした。

「う、うん。賛成」

 紗英が微笑んだ。

 紗英とケンが学校の裏手に向かって歩き出すと、飯塚が寄ってきて言う。

「じゃあ、見逃すなよ?」

 そう言って学校の裏手に歩き出そうとするところを引き留める。

「えっ、何を?」

 飯塚ががっくり頭を下げる。

「やっぱり聞いてないんじゃないかよ。ノートだよ。ノート。給食の材料とか、その日の調理のメモを残しているらしいんだ。それを見つけて、取ってくるんだ。絶対今日のキノコは何かある」

「う、うん。わかった」

「頼むぞ」

 飯塚と宮地が、先行していたケンと紗英に追い付いたのは、学校の裏手だった。宮地たちのいる側から見ると、学校の壁しか見えないが、壁を超えれば給食室のあたりだった。

「思ってたより高い」

「そうか?」

 ケンはそう言った。確かにケンなら飛びつけば壁の一番上に手がかかるだろう。

 だが、宮地一人では、とても手が届きそうにない。

 紗英が壁に近づき、ぴょん、とジャンプする。壁の上には手がかからない。

「なんか道具がいるな」

 飯塚があたりを見回す。

 一斗缶が無造作に落ちている。ただ、さびていて踏み台に使えるかは分からなかった。

「それ持ってきて」

 宮地が一斗缶を持ち上げて、壁の近くに置く。

 完全に錆び付いている感じではない。十分に踏み台の役には立つ。宮地にとっては高さが足りないが。

 飯塚が一斗缶に足をかけて、塀に手を伸ばす。

 すると、ケンが言った。

「ちょっとまて、これで上るのはいいとして、帰りも同じ高さだろ?」

 飯塚が塀から手を放し、腕を組んだ。

 ケンが言う。

「まさか、帰りは校舎を通ってくる、なんて言わないよな?」

「もう一つおなじようなものを探そう。それを反対側に放り込んで置けばいいだろう?」

 周囲からいろいろなガラクタを持ってきては壁に掛けるが、なかなか、ちょうど足の踏み台になりそうなものがなかった。正確に言うと、あるにはあったが高さが足りない。

「あっ」

 宮地は鉄パイプを見つけた。

「これを、こう」

 鉄パイプを地面に差して、壁に立てかける。パイプの切り口のあたりに足を掛ければ、なんとか手が壁の上にかかる。

 飯塚がボソッと言った。

「しっかりさせば使えるか……」

「行きをこっち(パイプ)にして、帰りは缶にしよう」

 ケンがそう言うと、飯塚がさっさと壁に上った。

「どう?」

「大丈夫、誰もいない」

 飯塚が壁の上に跨り、片手を伸ばした。

 ケンはスルッと壁の上に上り、反対側におりた。

「次は、紗英?」

 パイプの先に足をかけると、パイプがクルっと傾いた。

 カラン、と軽い音を立ててパイプが転がる。

 宮地が慌てて拾ってきて、もう一度壁に立てる。

「押さえてようか?」

「うん」

 パイプが横に倒れないように、宮地が押さえることにした。

 紗英が足をかけて、グッと体重をかけると、パイプがズレる。宮地は必至に押さえつける。

「きゃっ」

 パイプは倒れなかったが、先にかけていた足が滑って宮地の手に当たった。

 紗英も倒れてしまい、宮地の上に被さってしまった。

「ごめん、ミヤジ!」

 紗英が起き上がって、宮地の手を引く。

「大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫」

 言いながら宮地は顔を伏せた。真剣な顔で見つめてくる紗英を正面から見つめ返すことが出来なかった。

「ごめんね、痛くなかった?」

 宮地の手をスッと取り、足で踏みつけてしまった手をさすった。

 下を向いている宮地の頬が、みるみる内に赤くなっていく。

「こ、こんなの、大丈夫だよ。けど、今度こそうまく上がって」

「がんばる」

 パイプを押さえつけると、紗英がパイプの先端に足を掛ける。

「紗英、手を伸ばせ」

 壁の上の飯塚が手を伸ばし、紗英の手を取る。

 グッと力を入れてパイプに乗り上がると紗英の手が壁にかかる。

「あれっ、上がれない……」

 腕の力が弱くて、壁の上に体を引き上げられない。

「押して、押してミヤジ」

 宮地は顔を上げると、そこには紗英のお尻があった。ここに手を触れて…… いいのか? 触ってしまって、いいのだろうか。宮地は躊躇した。

「早くっ!」

 宮地は目をつぶって、紗英のお尻に手をかけ、押し上げた。

「ど、どう?」

「もう少し、もう少し我慢してミヤジ……」

 紗英の足が壁をひっかくように上下する。

「ごめん! ミヤジ、肩借りるね」

 グッと紗英の体重が宮地の肩にかかった。

 そして紗英は塀を超えて向こうにおりていった。

 塀越しに紗英の声が聞こえる。

「ありがとうミヤジ」

 宮地は踏まれた肩を手で押さえていた。

 塀の上から飯塚が言う。

「ミヤジ、肩、大丈夫か?」

「う、うん」

「お前のぼれるか?」

「手を貸して」

「おう」

 宮地はパイプを土に突き刺して、塀に立てかけた。その先端に足をかけると、勢いよく伸びあがった。

 飯塚が腕を取ると、引っ張り上げる。宮地の体はスッと浮き上がって、伸ばした手は塀の上に届いた。

 力を入れると、片足が塀の上にかかった。

「ありがとう」

「ミヤジは誰かと違って軽いな」

 校舎側から紗英が言う。

「なによ、その言い方」

「別に」

 先に落としてあった一斗缶を踏み台にして、帰れることを確かめる。

 そして、四人は給食室の方へ進んでいく。

 業者の出入り口に着くと、飯塚がサッと中を覗き込む。

「大丈夫。誰もいない」

「鍵は開いてるの?」

 飯塚がノブを回してみる。グルッと回った。鍵はかかってない。

「さっきも言ったけど、給食のノートを探すんだ。もしキノコそのものがあったらそれでもいい」

「中では騒ぐなよ」

 ケンが言う。

「よし、入るぞ」

 飯塚が体を屈めて、中に入っていく。

 そしてケンも同じように体を低くして入っていく。

 小さい声で飯塚が注意した。

「(床が濡れて滑るから気をつけろ)」

「(了解)」

 紗英が答えながら、ケンの後に続いて入る。

 最後に宮地が入った時に、業者用の扉は『バタン』と大きな音を立ててしまった。

「(バカ、なにやってんだ)」

「(ごめん)」

 校舎内の廊下側をチラチラ確認するが、誰も来ない。扉の音に気付かれた様子はなかった。

 宮地たちは、給食室の捜索を始めた。

 何かレシピ的なことが書いてあるノート、あるいはキノコそのものがないか。

 業務用なのか大型の冷蔵室の扉や、棚やキャビネットを片っ端から開けて、探して、閉じて、移動した。

 調理台のしたにある棚にも目を通し、もう見るところがない、と誰もが思った。

 宮地は呆然としながら、言った。

「ない…… 今日のオカズにキノコが入っていたのは間違いないのに」

 その時、バタンと扉の音がして、廊下側に人影が見えた。

「(ヤバい)」

 宮地たちは一斉に、体を屈めて隠れる。

 廊下の人影が通り過ぎるのを、息を殺して待つ。

「?」

 その時、小さなゴミ箱の中身に、宮地の目が留まった。

 廊下に誰かいるかもしれない。そんな状況も忘れて、ごみ箱の中に手を入れていた。

 ビニールの袋。

 マジックで書かれた今日の日付と『松崎』の文字。

 これは……

 宮地が袋を持ち上げると、袋の中に、小さいキノコが入っていた。

『誰かいるのか?』

 廊下側から、男性教師の声が聞こえた。

 男性教師の声はさほど大きな声ではなく、確信をもって問いかけているものではなかった。

 それでも宮地も含めた四人は、それ以上屈んでも意味はないのに、さらに姿勢を低くした。

 宮地は飯塚に向かって、袋を見せ、指で示す。

 飯塚は口の前に指を立てて『黙れ』とジェスチャーする。

『……』

 廊下側の教師が、去っていくと飯塚が言う。

「ミヤジ。もう少しで見つかるところだったぞ」

「ほら、これ。これなら証拠になるんじゃない? 今日の日付と『ダブルオー』の名前」

 飯塚は袋をじっと見つめて、首をひねる。

「ミヤジ、『ダブルオー』の名前って、まつざき、なの?」

「うん。今日、給食室で『ダブルオー』がまつざき、って呼ばれているのを聞いたもん」

「あっ、キノコがはいっているじゃない」

 紗英が言った時、廊下側で物音がして、再び四人は体を屈めた。

「どうしよう」

「もうこれでいいんじゃない? これのせいで三田村くんたおれちゃったんだよ」

 紗英が言うと、宮地は何度も首を縦に振った。

 飯塚は半ば諦めているようだったが、ケンに振った。

「ケンはどう思う?」

「これだけ整理整頓されてると、何もみつからないんじゃない?」

「……よし。これで終わり。後はこのキノコと同じものが林で見つかれば」

 四人は給食室から、業者用の外の扉を使って出て行った。

 全員、大きな息をついた。

『ふぅー』

「さっき、林でこれを同じものを見つけるって」

 紗英が不安げな表情を浮かべる。

「だって、林になかったらただスーパーから買って来たものかもしれないじゃん」

 言いながら飯塚は一斗缶に足を乗せて、ひょい、と塀の上に乗った。

「林にはいかないわよ。気持ち悪いもの」

「ふん。やっぱり女は臆病だな」

「臆病なのは女だからじゃないもん」

 紗英が飯塚の手を借りて塀の上にのぼり、反対側にぶら下がってから、おりた。

 続いてケンが塀の上に上がって、反対側に飛び降りた。

 宮地が一斗缶に足を付き、飯塚の手を借りてなんとか塀の上に上がった。

「男だって臆病な奴はいるもんな」

 と宮地は言って、塀に手をかけてぶら下がり、ぶら下がってから手を放して地面におりた。

「ミヤジは、飯塚と違って分かってるね」

 バッと音がするほど勢いよく足を回して、飯塚が塀の上から飛び降りる。

「まあ、行きたくないなら仕方ない。男だけでいくから」

「飯塚、このままいくか?」

「ケン、飯塚が言ってたろう? 立ち入り禁止のテープが張ってあったって」

「今から行くの?」

 紗英が呆れたような顔で言う。

「まだ陽が高いから、怖くないぞ。ほら、紗英も行くか?」

「明るいとか暗いとかじゃないのよ。あそこ、何か雰囲気が嫌なの」

「もしかして、紗英は霊感強いのか?」

「そうかも。ケンの言う通り、霊感が強いのかも…… あの林、尋常じゃないわよ」

「……」

 宮地は震えそうになる手足を抑え込もうとするかのごとく、力を入れた。

 そういう細かなところに、飯塚が気付く。

「どうしたミヤジ」

 そう言われて、宮地は返す言葉がなかった。

 しばらくの沈黙の後、必死に口を開く。

「怖くないさ」

「よし。よく言った」

「本当に気を付けてね」

 紗英は引き気味に手を振った。

「何があったか教えてね」

「さあな。来なかった奴に教える訳には……」

「教える」

 宮地が言った。

「必ず教えるから」

「ありがと、ミヤジ。じゃあね」

 紗英は微笑みながら手を振った。

 宮地たち三人は通学路を離れて、林に行く道を進んでいった。





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