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 宮地たちのクラスは、教頭が引き継いで午後の授業が行われた。

「『ザップ』帰ってこないぜ」

「三田村やばいんじゃないか」

 宮地は教頭の授業より、そんなクラスのみんなの声が気になってしまう。

「『ザップ』責任とらされてクビとか」

「それより給食室の『ダブルオー』だろ」

「まてよ、なんで川原が無罪なんだよ。あいつが一番悪いだろ」

「知らないのか、子供は罪にならないんだぞ」

 そんな、いいかげんな内容が教室中で交わされている。

 三田村が倒れたことを考えているうち、宮地は、今日の給食のオカズに入っていたキノコのことを考えた。

 あの変な味のキノコが毒キノコだったら。もしそうなら間違えて食べた生徒が他にいるはずだ。けれど今のところ倒れたのは三田村だけだ。何人かはその毒に耐性があったとしても、三田村以外にも具合が悪くなる生徒がいても、おかしくないだろう。ましてやあのオカズなのだから、直接キノコを食べなくても、スープに毒が溶け出していることだって考えられる。

 宮地はそう思って、周りを見回した。

 隣の子は、黒板の方を見て、ノートに書き込んでいる。その隣の子は、俯いてユラユラと揺れている。寝ているのだろうか。その隣は……

「先生、阿部さんが、お腹痛いって」

 宮地は声がする方を振り返った。

「どうした阿部」

「お腹がぐるぐるして気持ち悪い……」

 教頭が駆け寄って、阿部を立たせる。

「歩けるか? 保健室に」

 そう言いかけた時、阿部が嘔吐(おうと)した。

「キャー」

 目の前にいた生徒は避けきれずに阿部の吐しゃ物が服についてしまった。

 阿部の腹がくねるように動く。それを見て教頭はトイレに連れて行こうとする。

「まだ吐き気があるのか、まず吐いてしまおう」

「みどりちゃん大丈夫?」

 吐しゃ物を掛けられた女子に、誰かがトイレットペーパーを持ってきた。

「あの給食、何か入ってたんじゃ……」

 誰とはなしにそう言うと、各々が腹を押さえたり、震えたり、体に異変が起こり始めた。

「おれも気持ちわるい」

「お腹痛い」

「頭が」

「気持ち悪い」

「変、お腹が変」

 教頭は吐しゃ物の掃除を生徒に任せると、黒板のところに戻った。

「先生は職員室で相談してくるから、静かに自習するように」

 教頭が教室から出て行くと、萩本『ケン』が飯塚と一緒に、宮地のところにくる。

「なんだろう。これ、やばくね?」

「飯塚は腹いたくねぇの?」

「俺は給食大好きだからな。今日もおかわりしたし」

「ミヤジはどうなんだよ」

 オカズの中に入っていたキノコの話をした。

「キノコ? そんなの入ってたっけ?」

「ケンは味オンチだからな、なーんて、俺も分からなかった」

「明らかに変な味だった。ヤバいと思って吐き出した」

 宮地の後ろから女子がやってきくると、飯塚が言った。

「なんかようか?」

「ミヤジが言ってた、キノコって本当?」

「ミヤジにきけよ」

「だからミヤジにきいてるんじゃない」

「ほら、女子がお前に質問だって」

 宮地は振り返ると、そこには女子が三人立っていた。紗英が押し出されるように進み出て、言った。

「変な味のキノコ、ミヤジのオカズにも入ってたの?」

「うん。ケンも飯塚もキノコが入っていたことすら分からなかったらしいけど」

「実は私も分からなかったんだけど」

 紗英は、自身の後ろに隠れるように立っている女子を、宮地の方から見えるように体を避けた。

「この子も変な味のキノコがあったっていうの。けど『ザップ』に怒られると思って食べちゃったんだって」

 紗英と比較すると体は小さく、洗っていないのか汚れている髪は、ごわごわして左右に広がっていた。

 顔は前を向いているが、視線は床の方をみたまま動かない。

 宮地はその子に向かって、というより全員に向けて言う。

「三田村も、今、吐いちゃった阿部も、お腹痛くなっちゃった子もみんな、オカズのキノコを食べちゃったのかな」

「オカズの話だけどさ、入っていなかった人もいたんじゃないかな。ケンも飯塚も気が付かなかったんでしょ。私もそうだけど。こんなに気付かなかったってことは、そういうことなんだよ」

 紗英はそう言って、平気な人がいることの説明をつけようとした。

 飯塚が切りだす。

「給食とキノコって言えばさ」

「なんだよ」

 ケンがすかさずそう言った。

「『ダブルオー』って、朝林の中を通って、キノコ拾ったりしてたぜ」

「へ?」

「俺、見たことあるんだ、朝、林を通っていると、自転車が止めて合って『誰だろう』と思って回りを探すと『ダブルオー』が林の中をうろうろしているんだ」

 宮地たち以外にも、飯塚の話を聞こうとして近づいてきていた。

「手にザルをもって、木の根元から何かつまんではザルに入れていたんだ。ザルのなかみは、と思ってみてみるとキノコだった」

「けどそれを給食にいれるかな?」

 紗英は疑問を投げかけた。

「一人で取れる量じゃ、給食作るには足りないでしょ」

「だから……」

 飯塚が言い出すところを、宮地が遮って話し始めた。

「紗英、さっき自分で言ってたじゃないか。オカズの中にキノコが入っていた人と入っていなかった人がいるって。それだ!」

 給食のキノコでお腹が痛くなったり、吐き気を催すひとがいた。そのキノコは給食に少量だけ入っていた。少量だけ入っていたのはなぜか。給食のおばさん『ダブルオー』が朝、林でキノコを採ってきたものを入れたからだ。

「あれ、なんかへんじゃね?」

 ケンが言った。

「今日、『ダブルオー』は普通の通学路を走ってたよな?」

 宮地は今朝のことを思いだした。

「あっ、そうか。林の道だって、飯塚が閉鎖されてたって」

「だからー、キノコは今日とったとは限らないだろ」

 全員が黙ってしまった。

「確かめるか?」

 ケンが言った。

「どういうことだよ?」

 飯塚が聞き直す。

「給食室に忍び込む」

「ケン、まずいよそれ」

 宮地は口ではそう言ったが、確かめたい気持ちはあった。もしこの腹痛や腹痛、三田村が気を失って救急車で運ばれた原因が『ダブルオー』にあるなら、その根源が『林』のキノコにあるなら、その事実を知りたい。

「で、どうやる?」

 飯塚が言うと、ケンと宮地がニヤリと笑った。

「席について!」

 教頭が戻ってくると、大きな声でそう言った。

 自習中に立ち上がって歩き回っていた連中が席につくと、教頭はゆっくり低い声で話し始めた。

「今日は、この時間で学校の生徒全員を家に帰すこととした」

 ざわつきだす教室。

 挙手もせずに勝手に声があがる。

「学校の全員?」

「低学年は今日は給食がなくもう下校している。残りの生徒も全員を帰す」

「ほかのクラスでも、給食食べて気持ち悪くなった人いたんですか」

 教頭が答えないうちに、どんどん質問が浴びせられる。

「教室に残っていてもいいですか?」

「親に何て言えばいいんですか」

「教室じゃなくて、校庭で遊んでてもいいんですか?」

 最初のうち教頭は手で押さえるようなしぐさをしていたが、突然、大きな声を響かせた。

「静かにしろ!」

 騒いでいた生徒が静まったところで、再び低い声を出した。

「親には何も言うな。学校の都合で早帰りになった、今日はそれだけしか言えません。教室や校庭、学校に残っていては駄目です。全員、すみやかに帰るように」

 それを聞くと、ケンが飯塚を振り返って、指で合図した。

 宮地もそれを見ていて、三人は顔を見合わせてうなずいた。

 外から、大きな声が聞こえてきた。

 他の教室でも『今日は今から下校』という話がされていったようだった。

 時差があって、あちこちから声が上がる。

『やったー』

 とか

『遊べないの?』

 とか、どこも同じような反応だった。けれどそれは教室が離れているせいで、そんな反応以外は耳に届かなかったのかもしれない。

 全校が一斉に下校させられる為、宮地たちも教頭の見ている前で帰りの支度(したく)をさせられた。

「帰りの準備が出来たら、出来たものからここに来なさい」

 教頭が名簿をみて、チェックして教室から強制的に出て行かせた。

 クラスの生徒が半分ぐらいになった時、紗英(さえ)が飯塚に言った。

「あんたたちなんか(たくら)んでるでしょ」

 飯塚の顔が一瞬こわばる。後ろにいる教頭がこっちを見ていないことを確認すると、教頭から遠ざかるようにして紗英に言った。

「おまえもくるか?」

「その前に何をするの」

「(声がデカい)」

 飯塚が口に指をたてて言った。

「(だから、なにするのよ)」

「(給食室に忍び込む)」

「きゅ」

 体の小さい宮地が、教頭の死角から紗英の口を手で押さえた。

「(声が大きい)」

「(いく。面白そう)」

「(じゃ、決まりだ)」

 そんな会話がされる中、宮地は紗英の口を押える時に、すこし体に触ってしまったことを気にしていた。

 そしてなにより、口を押えた手のひらが気になっていた。

 やわらかくて、いい匂いがする。

 紗英の唇。

 その手の平をじっとみつめながら、それを自らの口に近づけていく。

「おい、宮地。まだ支度(したく)できないのか」

 その声に我に返った。

 教頭の近くに、ケンと飯塚がいるきりで、教室はガランとしていた。

「帰ろうぜ」

 飯塚が教頭に見えないように宮地に向かってウィンクする。

「うん」

 ケンと飯塚の後を追うように、最後に教室を出ると、飯塚が言った。

「何やってたんだよ、手のひらなんか見つめて」

 宮地は手のひらを背中に回し、隠した。

「べ、べつになんでもない」

「それよりこの流れでどうやるんだ、給食室ってたしか……」

 宮地は後ろから教頭が教室を出てきて、教室に鍵を閉めるのを見た。

「(しずかに。聞こえたかも)」

「……」

 下駄箱に着くと、まだ帰っていない生徒が大勢いて、騒がしかった。

 ケンがあらためて言う。

「給食室の前って、職員室なの知ってるよな?」

「知ってるよ。そっちから入るなんて一言もいってないだろ」

「それ以外にどこから……」

「そうか」

「ミヤジ分かったフリするなよ。言ってみろよ」

 宮地はニヤリと笑った。飯塚も笑った。ケンは苛立ったように言った。

「だからどうすんだよ」

「外だよ。業者が入ったりする出入り口があるんだ」

「ぎょうしゃって」

 ケンは、体は大きかったが、あまり勉強は得意ではなかった。宮地が言う。

「業者って、給食の牛乳とかマーガリンとか、おばさんたちが給食室で作れないものを届けてくれる人たちのことだよ」

「人参とかジャガイモとか?」

「そういうのもだよ」

「紗英も外の出入り口は知ってるみたいだったから、一緒に忍び込むぞ」

「紗英」

 宮地はそう言ってまた手の平を見つめていた。

 飯塚がトン、と宮地の肩を叩く。

「どうしたんだよ。さっきからおかしいぞ」

「ごめん。本当に何でもないんだ」

「よし。行こう」





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