03
小学校の校門近くで、宮地達に声を掛ける生徒がいた。
「おーい、ケン、紗英!」
宮地が振り返ると、そこに飯塚が走ってきた。
ケンが振り返って、言う。
「先に行ってると思ってた」
「寝坊しちゃってさ~ 林の道を抜けて来ようとおもったんだけど」
「……」
宮地が目を見開いて飯塚の顔をみる。
「な、なんだよ?」
ケンが察したのか、口を開いた。
「ああ、林でちょっとあってな。そうだ、飯塚、林を抜けたら怖い『ゾンビ』を見なかったか?」
飯塚は否定するように手をふる。
「違うんだよ。林を通ろうとしたら、通れなかったんだ」
「通れなかったって?」
ケンが聞き返すと、飯塚が手を横に広げた。
「こーんなテープが貼ってあって、立入禁止だって。なんか警察の車もいたな。だから急いで引き戻して、ようやく追いついたってわけ」
「……」
宮地は昨日のことが本当だった、と今確信した。昨日の立ち上がる死体を警察が見つけて通行禁止にしたに違いない。
「黄色と黒で縞々になったテープだろ?」
とケンが言うと、飯塚は指をさして言う。
「そうそう。それだよ。立ち入り禁止なんだって」
「何があったとかは知らないの?」
宮地がたずねると、飯塚は首を横に振る。
「だって、そんなこと聞いてたら遅刻しちゃうよ」
「宮地、昨日のこと、話せよ」
ケンがそういうと、教室に入るまでの間、宮地は昨日、林で目撃したことを話した。
途中途中で、飯塚は何度も「うそだぁ~」を連発し、その度に宮地は不機嫌な顔になった。
皆が同じ教室に入って、カバンを置くと、宮地の机に集まった。
飯塚が言った。
「もしそれが本当だとしたら、警察がきて『立ち入り禁止』にするよね」
宮地は反論する。
「だから本当なんだって。現に『立ち入り禁止』になったんだろ?」
「けど、宮地が警察を呼んだわけじゃないだろ?」
「そうだけど」
「じゃあなんで警察が来たんだよ」
「誰か他の人も見たってことだろ」
「何か違うことで警察が来たかもしれないだろ」
飯塚は譲らない。
と、ケンが手の平をポン、とたたいてから言う。
「紗英、紗英のお父さん、警察官だよな」
「何、突然」
「わかるだろ? お前のお父さんにきいてくれよ。何があったのか」
「仕事のことは秘密になること多いから、教えてくれるか分からないわよ」
「いいからきいてくれよ。気になるじゃん。もし宮地のことが本当だったら、これから林の道を通れない」
「……うん。わかった。けど、教えてくれるか分からないからね」
飯塚は笑った。
「これで宮地の夢だってはっきりするな」
「!」
宮地が拳を握り込んだが、飯塚もボクシングの選手のような構えをとった。
ケンほど体は大きくないものの、宮地よりは明らかに大きい。体育の成績も宮地より飯塚の方が良かった。喧嘩をすれば宮地が負けるのは、周囲の目からみても明らかだった。
「やめなさいよ」
紗英が間に割って入る。
「先に言っとくけど、お父さんが話してくれなかったら、引き分けね。約束よ」
飯塚は不満そうだったがうなずいて、笑った。
その笑い顔が気に入らないのか、宮地が動いた。
「やめろって」
ケンが宮地の後ろから襟をグイっと引っ張った。宮地は首が締まって、それ以上動けなくなった。
飯塚がニヤつく顔をやめないせいで、宮地も引き留めるケンの手を振りほどこうとする。
「飯塚もその顔やめろよ」
「……」
何も言わずに飯塚は自分の席に戻っていった。
その時、チャイムがなって、全員が自席に戻った。
間もなく宮地のクラス担任の先生が入ってくる。
褐色の肌に、タンクトップ。後ろに撫でつけた黒い髪と強烈に対比するような真っ白い歯。
スポーツジムのコマーシャルに出てきそうなその風貌から、生徒たちから『ザップ』と呼ばれていた。
ザップが入ってくると、日直が号令をかけて、礼をして着席した。
担任のザップは言った。
「今朝は、行き帰りの注意をします。第六地区から通ってるひと、手を上げて」
ザップの妙に高い声が教室に響く。
第六地区は、ケン、飯塚、宮地らの住んでいる地区だった。
宮地と一緒に歩いていた連中がそろって手を上げる。
「第六地区の子にききます。山、のぼったところに林があるの知ってる人」
宮地は『来たっ』と思って素早く手を上げた。
「宮地の他は? 第六地区じゃない子でもいいよ。山の上の林のこと、知ってる子は手を上げてみて?」
ザップは教室全体の様子を見て、他に誰も手を上げそうにないことを確認してから、言った。
「まず最初に、言っとくぞ。あそこは通学路じゃない。いくら近道でも、あそこを通るのは禁止」
教室内に笑いが起こった。
宮地は頭がカッとなるのを感じた。
「い~けないんだ~ いけないんだ。林を通っちゃいけないんだ」
飯塚がそう言うと、宮地は『お前だって今朝通ろうとしただろう』という言葉が頭をよぎった。
「静かに」
ザップが言うと、飯塚は黙ったが、宮地の方を見てニヤニヤ笑った。
「いけないとかじゃなくて、本当に危険だから、学校の行き帰りじゃなくても近づかない、立ち寄らないこと。先生からのお願いです」
宮地が震えながら小さく手を上げた。
「なんだ宮地」
ザップが差すと、宮地は声を震わせながら言った。
「な、なにが危険、なんですか」
「警察から近づかないようにと注意を受けている。昨日も、林で何か事件があったようだな」
飯塚が面白くなさそうな顔をする。
宮地は、さらに手を上げる。
「はい、先生! それは、林でゾンビが出たとかですか?」
勝った、と思って、宮地は笑った。
「お前、何寝ぼけてるんだ。ゾンビとか、テレビの作り事に決まってるだろう」
教室全体が笑った。
飯塚が声を裏返して笑う。その声で宮地は肩を落としてしまう。
止まない笑い声に、宮地の目に涙が溜まってきて、自然とこぼれ落ちた。
「静かに、ほら静かにしろ。いったい、どうしたんだお前ら」
「いいえ、何でもありません」
飯塚が横目で宮地をチラチラ見ながら言った。
宮地は、飯塚の姿が涙でまともに見れなかった。




