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 締め切られた扉が、ガタガタと揺れる。

 真っ暗な教室の中には、ロウソクが一本灯っていて、その周りに三人の顔が集まる。照らされた顔の部分だけが赤みがかかって見え、光の届かないところは真っ黒で闇に溶けている。まるで顔だけが闇に浮かんでいるようだった。

「まだ入っては来れないみたいだ」

 宮地はガタガタと揺れる扉の方に向かってそう言った。

「だとしたら、どうやって学校の中に入って来たのかしら」

 ケンが言う。

「あの感じだと、押したら開くような扉があれば、通って来るよな。横に動かす扉は、半開きならともかく、きっちり締まっていれば入ってこれない」

「けど、学校の外にそんな押して開くような扉あったっけ」

 宮地はそう言って指で顎にふれる。

「じゃあ、どうやって教頭が学校に入ったんだよ」

「うーん」

 宮地は考えた。

 ゾンビは学校の外にいる。教頭は学校の中にいたとしたら、ゾンビになることはない。一度外に出て、ゾンビになって帰ってくるとすれば、もっと多くのゾンビが中にいることになる。

 宮地は気付いた。

「外から入れないなら学校のなかでゾンビになればいいんだ」

「ちょっとまてよ、どうやって学校の中でゾンビになる? その場合、少なくとももう一人ゾンビがいることになる」

 確かにケンの言う通りだった。しかし、宮地はもう一人、確実に学校内にいたはずの人物を知っている。『ザップ』こと中山先生だった。

 中山先生は、完全に暗くなる前には職員室にいたが、さっきロウソクを取りに行った時にはいなかった。扉はきっちり閉めたはずだから、ゾンビになる前に外に出たことになる。

 教頭先生か、中山先生か、どちらかがゾンビになって、一方をゾンビ化した。そこまではいい。

「だから、どうやって? もう一人ゾンビがいたとしても、そとからゾンビを持ち込まないと」

 ケンにしては頭が回る、と言いかけて止めた。さっこと同様、喧嘩になれば負けるのは分かっていた。

「そうか。ゾンビが人であるとは限らない」

「ミヤジは、(ねずみ)が教頭をゾンビにしたって言うの? だとしたらもう、手遅れじゃん。(ねずみ)のゾンビまで気をつけられないよ」

 紗英が学校の裏手を差しながら言う。

「ちょっとまって。あっちに臨時の門があった気がするけど、あれは押して開くんじゃなかったっけ?」

「鍵が開いていれば押せば入れるけど…… けど、鍵が開いていればもっとゾンビが入って来ていると思う。やっぱり(ねずみ)とか小動物経由っぽいな」

 教頭が『ガンガンガン……』と扉に激しく体をぶつけて始めた。

 宮地は扉を心配そうに見つめてから、言う。

「なんだろう。ゾンビの発作なのかな……」

「ゾンビは自身の痛みを(やわ)らげる為に正常な人間の血を吸わなければならない、ってさっき言ってたじゃん。それだろ?」 

「この感じだと、扉を横に開けなくても、扉を押し倒して開けてしまうかも」

 そう言って、宮地は立ち上がった。

「やっぱりゾンビと戦うしかない」

 懐中電灯を点けて、扉の方へ近づいていく。

「おい、扉開けんのかよ! やめろミヤジ」

 宮地はガタッと扉開く。

「あった」

 宮地は掃除用具入れの扉を開いた。

そして中からモップを取り出す。

「ちょうど三本ある」

「……」

 ケンは何も反応しなかったが、紗英は立ち上がった。

「ミヤジ、どういう作戦なの?」

「モップで押し続けて、階段に落とす。さすがに仰向けで階段を落ちれば、ゾンビだって」

「それくらいならなんとかなるかもね。ケン、ケンはどう思う?」

「……」

 軽く机を叩いて立ち上がる。

 ロウソクの炎が揺れて、背後の影も揺れる。

「確かに、ゾンビが増えたらこの扉を突破されちゃうかもしれないし」

 宮地が『ガンガン……』と音のする方の扉に近づくと、ケンと紗英は反対側の扉を指差す。

「ミヤジ、こっちの扉から出て、回り込もうよ。そっち開けて、うまくモップで突けなかったら、教室に侵入されちゃうよ」

「わかったよ、紗英」

 宮地も教頭がいるだろう扉の反対側に回った。まず少し扉を開けて、懐中電灯で照らして様子を見る。

 扉周辺には何もいないようだ。

「よしっ」

 宮地、ケン、紗英の順で扉を飛び出し、紗英がきっちり扉を閉めた。

 宮地が懐中電灯で、教頭を照らし出す。が、ゾンビである教頭は何の反応もない。ゾンビは音や光にも無頓着なようだ。

 三人がそっと近づくと、モップを構えた。

「押すの? 突くの?」と紗英がきいた。

「押して、階段から落とそう」と宮地は言い、ケンは

「突いて、倒してしまおうよ」と言った。

「どっちにするの?」

 紗英がケンと宮地の顔を見る。

「どっちでもいいから、やっちまえ!」

 ケンはモップを突いた。突いたことで、教頭の体が、三人の方へ向き直った。

「うっ」

 宮地は振り返った教頭の顔を見て、ゾッとした。

 肌の色が青黒いのもそうだが、禿げた頭に血管で描いた模様のようなものが見えた。そして口の端から、真っ赤な体液が流れ落ちた。

「ほらっ、紗英も、ミヤジも、突くんだ!」

 紗英がモップを突き出すと、教頭(ゾンビ)が後ろにズレた。

 宮地は片手で懐中電灯を持っているせいで、威力が足りず、教頭が一歩前に進んだ。

 ケンが突き出すと、紗英と同じように教頭が後退した。

「ミヤジ、両手を使えよ」

「けど、懐中電灯が」

「なんか紐でつって肩に掛けるとかしろよ」

「今言うなよ」

 懐中電灯に紐が付いているわけがなかった。宮地は懐中電灯を脇の下に挟んで、モップを持った。

 さっきよりは威力が増したように思えた。

 教頭(ゾンビ)は、廊下を後退していき、いよいよ階段付近まで追い込んだ。

「とどめだ!」

 ケンが思い切りモップを突き出すと、偶然なのか教頭が体をねじったところに入り、腕と体側(たいそく)の間に挟まった。

「うわっ……」

 押しても階段までは距離があり、引っ張ってもモップが抜けない。

「モップが挟まった!」

「ケン、今モップを外すから」

 紗英が教頭(ゾンビ)を突き、ケンのモップを外そうとするが、教頭(ゾンビ)がガタガタと震えるような奇妙な動きをして、外れない。

「ミヤジ! 助けて、ケンのモップが取れない」

 困った紗英が宮地に言うと、宮地はモップを突いた。

 宮地の力では、教頭(ゾンビ)はびくともしない。

「ミヤジ、思いっきりやれよ」

 ケンはモップを取ろうと、押したり引いたりしている。

「わかった」

 宮地が助走をつけて、思い切りモップを突く。

『ガシャン、コロコロ……』と音がすると、辺りが暗くなった。

 モップは教頭(ゾンビ)にヒットしたものの、ケンがモップを取られないように引っ張っていたため、教頭(ゾンビ)はその場に立ち続けている。

「どうしたんだよ」

 暗い中でケンがそうたずねると、宮地は自分の脇の下を確認する。

「懐中電灯を落とした」

 転がっていった先は、教頭の足元を抜けて、階段の下だと予測された。なぜそうだ、と断言出来ないのかというと、転がった時にスイッチが切れたか、壊れてしまって、懐中電灯の光が消えてしまったからだ。

「なにやってるのよ」

 紗英が責めるようにそう言う。

「いや、ゾンビだって見えない……」

 宮地はそう言いかけて止めた。いや、はじめからゾンビは見えてない。別の感覚で人間を追いかけていると思われる。つまり、この状況は正常な人間に不利だった。

「まずいぞ!」

「モップごと突き落とすっ」

 ケンは、思い切り力を入れてモップを押し込んだ。

 教頭(ゾンビ)はモップと一緒に階段の方へ倒れかけた…… と思うと、何が起こったのか、モップだけが階段の方にスルッと抜けてしまった。

 勢い余って教頭(ゾンビ)の前に出て、転倒してしまう。

 すると勝ち誇ったように教頭(ゾンビ)が口を開く。

 暗い構内でも、教頭(ゾンビ)が開いた口の赤さははっきりと分かった。

「ケン!」

 紗英のモップはほとんど役に立たなかった。宮地が必死にモップで突くが、慌てているせいなのか、体重差のせいか、焼け石に水だった。

 教頭(ゾンビ)の足元で、ケンは床に広がる体液で滑ってしまって立ち上がれない。

「ミヤジ、助けて……」

 振り返ったケンの顔は恐怖で歪んでいた。

 宮地のモップが、教頭(ゾンビ)の開いた口にハマった。

「ケン、早く逃げて!」

 紗英が叫ぶ。

 ずるずると手足を滑らせながら、ケンは少しずつ移動する。

 教頭(ゾンビ)に宮地のモップは押し返され始める。

「早く!」

 ケンの方へ下がり始めた教頭(ゾンビ)の頭が、突然、吹き飛んだ。

 首無しになった体は、ピンと立ち上がったかと思うと、階段下へ転落した。

 宮地は足元に『ゴロッ』という音と共に教頭の禿げ頭が転がってきて、飛び退く。

「な……」

 頭が吹き飛んだ時に、粘度の高い体液が体にかかったケンは、懸命に手で顔を拭っている。

 目をつぶっていた紗英が目を開くと、口を開いた。

「飯塚! 無事だったの?」

 宮地も、その声に反応した。

「飯塚!」

 飯塚が野球のバットを持ってそこに立っていた。

「よお、ひさしぶり」




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