21
締め切られた扉が、ガタガタと揺れる。
真っ暗な教室の中には、ロウソクが一本灯っていて、その周りに三人の顔が集まる。照らされた顔の部分だけが赤みがかかって見え、光の届かないところは真っ黒で闇に溶けている。まるで顔だけが闇に浮かんでいるようだった。
「まだ入っては来れないみたいだ」
宮地はガタガタと揺れる扉の方に向かってそう言った。
「だとしたら、どうやって学校の中に入って来たのかしら」
ケンが言う。
「あの感じだと、押したら開くような扉があれば、通って来るよな。横に動かす扉は、半開きならともかく、きっちり締まっていれば入ってこれない」
「けど、学校の外にそんな押して開くような扉あったっけ」
宮地はそう言って指で顎にふれる。
「じゃあ、どうやって教頭が学校に入ったんだよ」
「うーん」
宮地は考えた。
ゾンビは学校の外にいる。教頭は学校の中にいたとしたら、ゾンビになることはない。一度外に出て、ゾンビになって帰ってくるとすれば、もっと多くのゾンビが中にいることになる。
宮地は気付いた。
「外から入れないなら学校のなかでゾンビになればいいんだ」
「ちょっとまてよ、どうやって学校の中でゾンビになる? その場合、少なくとももう一人ゾンビがいることになる」
確かにケンの言う通りだった。しかし、宮地はもう一人、確実に学校内にいたはずの人物を知っている。『ザップ』こと中山先生だった。
中山先生は、完全に暗くなる前には職員室にいたが、さっきロウソクを取りに行った時にはいなかった。扉はきっちり閉めたはずだから、ゾンビになる前に外に出たことになる。
教頭先生か、中山先生か、どちらかがゾンビになって、一方をゾンビ化した。そこまではいい。
「だから、どうやって? もう一人ゾンビがいたとしても、そとからゾンビを持ち込まないと」
ケンにしては頭が回る、と言いかけて止めた。さっこと同様、喧嘩になれば負けるのは分かっていた。
「そうか。ゾンビが人であるとは限らない」
「ミヤジは、鼠が教頭をゾンビにしたって言うの? だとしたらもう、手遅れじゃん。鼠のゾンビまで気をつけられないよ」
紗英が学校の裏手を差しながら言う。
「ちょっとまって。あっちに臨時の門があった気がするけど、あれは押して開くんじゃなかったっけ?」
「鍵が開いていれば押せば入れるけど…… けど、鍵が開いていればもっとゾンビが入って来ていると思う。やっぱり鼠とか小動物経由っぽいな」
教頭が『ガンガンガン……』と扉に激しく体をぶつけて始めた。
宮地は扉を心配そうに見つめてから、言う。
「なんだろう。ゾンビの発作なのかな……」
「ゾンビは自身の痛みを和らげる為に正常な人間の血を吸わなければならない、ってさっき言ってたじゃん。それだろ?」
「この感じだと、扉を横に開けなくても、扉を押し倒して開けてしまうかも」
そう言って、宮地は立ち上がった。
「やっぱりゾンビと戦うしかない」
懐中電灯を点けて、扉の方へ近づいていく。
「おい、扉開けんのかよ! やめろミヤジ」
宮地はガタッと扉開く。
「あった」
宮地は掃除用具入れの扉を開いた。
そして中からモップを取り出す。
「ちょうど三本ある」
「……」
ケンは何も反応しなかったが、紗英は立ち上がった。
「ミヤジ、どういう作戦なの?」
「モップで押し続けて、階段に落とす。さすがに仰向けで階段を落ちれば、ゾンビだって」
「それくらいならなんとかなるかもね。ケン、ケンはどう思う?」
「……」
軽く机を叩いて立ち上がる。
ロウソクの炎が揺れて、背後の影も揺れる。
「確かに、ゾンビが増えたらこの扉を突破されちゃうかもしれないし」
宮地が『ガンガン……』と音のする方の扉に近づくと、ケンと紗英は反対側の扉を指差す。
「ミヤジ、こっちの扉から出て、回り込もうよ。そっち開けて、うまくモップで突けなかったら、教室に侵入されちゃうよ」
「わかったよ、紗英」
宮地も教頭がいるだろう扉の反対側に回った。まず少し扉を開けて、懐中電灯で照らして様子を見る。
扉周辺には何もいないようだ。
「よしっ」
宮地、ケン、紗英の順で扉を飛び出し、紗英がきっちり扉を閉めた。
宮地が懐中電灯で、教頭を照らし出す。が、ゾンビである教頭は何の反応もない。ゾンビは音や光にも無頓着なようだ。
三人がそっと近づくと、モップを構えた。
「押すの? 突くの?」と紗英がきいた。
「押して、階段から落とそう」と宮地は言い、ケンは
「突いて、倒してしまおうよ」と言った。
「どっちにするの?」
紗英がケンと宮地の顔を見る。
「どっちでもいいから、やっちまえ!」
ケンはモップを突いた。突いたことで、教頭の体が、三人の方へ向き直った。
「うっ」
宮地は振り返った教頭の顔を見て、ゾッとした。
肌の色が青黒いのもそうだが、禿げた頭に血管で描いた模様のようなものが見えた。そして口の端から、真っ赤な体液が流れ落ちた。
「ほらっ、紗英も、ミヤジも、突くんだ!」
紗英がモップを突き出すと、教頭が後ろにズレた。
宮地は片手で懐中電灯を持っているせいで、威力が足りず、教頭が一歩前に進んだ。
ケンが突き出すと、紗英と同じように教頭が後退した。
「ミヤジ、両手を使えよ」
「けど、懐中電灯が」
「なんか紐でつって肩に掛けるとかしろよ」
「今言うなよ」
懐中電灯に紐が付いているわけがなかった。宮地は懐中電灯を脇の下に挟んで、モップを持った。
さっきよりは威力が増したように思えた。
教頭は、廊下を後退していき、いよいよ階段付近まで追い込んだ。
「とどめだ!」
ケンが思い切りモップを突き出すと、偶然なのか教頭が体をねじったところに入り、腕と体側の間に挟まった。
「うわっ……」
押しても階段までは距離があり、引っ張ってもモップが抜けない。
「モップが挟まった!」
「ケン、今モップを外すから」
紗英が教頭を突き、ケンのモップを外そうとするが、教頭がガタガタと震えるような奇妙な動きをして、外れない。
「ミヤジ! 助けて、ケンのモップが取れない」
困った紗英が宮地に言うと、宮地はモップを突いた。
宮地の力では、教頭はびくともしない。
「ミヤジ、思いっきりやれよ」
ケンはモップを取ろうと、押したり引いたりしている。
「わかった」
宮地が助走をつけて、思い切りモップを突く。
『ガシャン、コロコロ……』と音がすると、辺りが暗くなった。
モップは教頭にヒットしたものの、ケンがモップを取られないように引っ張っていたため、教頭はその場に立ち続けている。
「どうしたんだよ」
暗い中でケンがそうたずねると、宮地は自分の脇の下を確認する。
「懐中電灯を落とした」
転がっていった先は、教頭の足元を抜けて、階段の下だと予測された。なぜそうだ、と断言出来ないのかというと、転がった時にスイッチが切れたか、壊れてしまって、懐中電灯の光が消えてしまったからだ。
「なにやってるのよ」
紗英が責めるようにそう言う。
「いや、ゾンビだって見えない……」
宮地はそう言いかけて止めた。いや、はじめからゾンビは見えてない。別の感覚で人間を追いかけていると思われる。つまり、この状況は正常な人間に不利だった。
「まずいぞ!」
「モップごと突き落とすっ」
ケンは、思い切り力を入れてモップを押し込んだ。
教頭はモップと一緒に階段の方へ倒れかけた…… と思うと、何が起こったのか、モップだけが階段の方にスルッと抜けてしまった。
勢い余って教頭の前に出て、転倒してしまう。
すると勝ち誇ったように教頭が口を開く。
暗い構内でも、教頭が開いた口の赤さははっきりと分かった。
「ケン!」
紗英のモップはほとんど役に立たなかった。宮地が必死にモップで突くが、慌てているせいなのか、体重差のせいか、焼け石に水だった。
教頭の足元で、ケンは床に広がる体液で滑ってしまって立ち上がれない。
「ミヤジ、助けて……」
振り返ったケンの顔は恐怖で歪んでいた。
宮地のモップが、教頭の開いた口にハマった。
「ケン、早く逃げて!」
紗英が叫ぶ。
ずるずると手足を滑らせながら、ケンは少しずつ移動する。
教頭に宮地のモップは押し返され始める。
「早く!」
ケンの方へ下がり始めた教頭の頭が、突然、吹き飛んだ。
首無しになった体は、ピンと立ち上がったかと思うと、階段下へ転落した。
宮地は足元に『ゴロッ』という音と共に教頭の禿げ頭が転がってきて、飛び退く。
「な……」
頭が吹き飛んだ時に、粘度の高い体液が体にかかったケンは、懸命に手で顔を拭っている。
目をつぶっていた紗英が目を開くと、口を開いた。
「飯塚! 無事だったの?」
宮地も、その声に反応した。
「飯塚!」
飯塚が野球のバットを持ってそこに立っていた。
「よお、ひさしぶり」




