02
朝。
宮地は小学校に向かって歩いていた。そこは正規の通学路だった。
今朝は寒かったからなのか、温かったからなのか辺りには霧かかっていた。
低学年の女の子らを抜かしたかと思うと、今度は高学年の男の子に抜かれる。
いつもは気にしたことがない、そんなことを考えながら歩いていると、鈴が鳴る音がした。
後ろを振り返ると、その音が何度も、やかましく鳴らされた。
自転車だった。
目を剥いて、正面を睨みつけるような表情で、自転車がすごい勢いで走ってくる。
おかっぱ髪で、頬は何か含んでいるかのように膨らみ、体も顔と同様に丸々と太っていた。とても速く自転車をこげるとは思えないのだが、その太い足がグイグイとペダルを回している。
再び、チリン、チリン、と自転車のベルが鳴る。
自転車は、あっというまに、宮地を抜かし、その先の霧の中に去っていく。
「あぶねぇなぁ」
宮地の驚いたような顔を見て男がそう言った。
「なぁ?」
と近づいてくると肩をポン、と叩く。
「ケン」
宮地は肩を叩いてきた男をそう呼んだ。
ケンは宮地と同じ年だったが、頭二つぐらい背が高く、筋肉質だった。
宮地と比べると肌の色も濃い褐色をしていた。並んで歩くと大人と子供のような雰囲気になる。
「まったく、『ダブルオー』はよ」
宮地は首を傾げた。
「なに? 『ダブルオー』って」
「飯塚がさっきの給食のおばさんのこと『ダブルオー』って呼ぶことにしようって」
「なに『ダブルオー』って?」
宮地は自転車で抜かしていった給食のおばさんを『ダブルオー』と呼ぶ理由が分からなかった。
「ローマ字のオーって丸だろ? 顔と体がまん丸で、二つくっついているから『ダブル・オー』だって」
「……」
言葉にはしなかったが飯塚もセンスねぇな、と宮地は思った。
「それにしても、今日はなんかいつもより暗いじゃん」
「……」
宮地は昨日のことを思いだしていた。
元気だった鼠が、いきなり目の前で死んだこと。死人のような者が、林の小道に立ちふさがったこと。
その恐怖で、今日は、いつにもまして早起きし、正しい通学路を通ろう、と思ったのだった。
ケンはニコニコ笑っている。
「なんかあったの?」
「うんと……」
宮地が歩きながら、ボソボソとケンに話をした。
すると、立ち上がる死体の話をした時に、急に一本指を立てた。
「知ってる…… それ」
「知ってるの? 見たことあるの?」
「そうじゃなくて」
ケンは何か思いだそうとしているようだった。
「?」
その時、早歩きで二人を女の子が追い抜き、立ち止まって振り返った。
「それ、ゾンビ、でしょ?」
「なにそれ」
宮地が言うと、ケンはあごに指を当てながら首を傾げた。
「ゾンビ、だっけ? リビング……」
紗英は笑った。
「リビング・デッド。生ける屍ね」
「そうそう」
ケンは思いだせて満足そうだった。
「話聞いてたの?」
「あっ、ごめんね。聞くつもりはなかったんだけど……」
紗英はケンほど身長はなかったが、宮地よりは大きく、女子の一番後ろの子だった。
髪は短く、体はすらっと細かったが、サッカーをしている為に筋肉質だった。
「で、それ、何? ゾンビ、とか、リビングデッド、とか」
宮地がたずねると、紗英は言った。
「屍っていうのは、死んだ人、死体のことね。それが生きているように動き回るってこと」
宮地はそれを聞いて昨日のその死体のような人物を思い出し、目を見開いた。
「何驚いてるの? これ映画の話よ?」
ケンも紗英の横で宮地の方を向いた。
「そう、映画だ。テレビでやってたよ、あの『映画って本当にいいものですねぇ~』の時間に」
紗英がうなずいた。
「テレビでやってる映画見るんだ?」
宮地は悔しそうに二人を見た。
宮地の家では、夜遅い時間のテレビ番組は、子供に見せないことになっていた。だから、『映画って本当にいいものですねぇ~』というのは、知識としては知っていたが、そのものをテレビで見たことはなかったのだ。
「……」
「だから、本当に死体が動くわけ無いってことさ。きっと何か見間違えたんだろ。宮地が道で転んだように、辺りはどろだらけだったんだし。例えば『ミイラ―』に泥がついたのが、そうみえたんじゃないの? あの林、本当に暗くなるもんな」
目を閉じると、頭の中で昨日の出来事がよみがえる。
見間違え、とかじゃない。現実と夢の区別はつくはずだ。
宮地は目を開いて、言った。
「信じてよ」
気が付くと、ケンと紗英は、宮地のその言葉が届かない先にいた。
頬を膨らませて、宮地は通学路を走り出した。




