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 職員室から、自分の教室に戻る途中、宮地は紗英にこう言った。

「誰もいないわけじゃなくて、少し安心した」

「確かに、誰もいかなったらどうしようという気持ちはあったけど。皆がゾンビになっているよりはましだった」

「けど、飯塚の言い方だともっと校庭で遊んでいたと思うんだよね。それがいなくなったのは」

「うーん。けど、時間も遅くなってるし」

 そうだろうか。宮地は考えていた。何かどうしても小学校を出なければならない状況から、皆出て行ったのではないか。それが何の理由かまでは分からなかった。もしどうしても出て行かなければならない理由があったのなら…… 宮地は考えた。そのタイミングに乗り遅れたことになる。

「あと、職員室もそうだったけど、どうして灯りが点かないんだろう」

 宮地はまた廊下の壁にあるスイッチをカチカチ、と動かしてみる。まったく電気が通っている気配がない。

「……停電?」

「これから暗くなるよね……」

「やめてよ」

「けど、事実じゃないか」

「怖がらせるようなしゃべり方をやめて」

 階段を上る手前で、紗英が手を握ってきた。

「!」

「べ、べつに怖いからじゃないよ」

「う、うん」

 宮地は頬が熱くなるのを感じた。

 階段をのぼり、教室の扉を開ける手前で、紗英が『パッ』と手を離した。

「ただいま」

「……」

 飯塚とケンは、ぼんやりと窓の外を見ていた。

 遠くに山々が見える。まだ陽は沈んでいなかったが、着実にその山の方向に進んでいた。

「お帰り。ミヤジ電気つけて」

 飯塚がそう言うと、宮地は扉の近くにある教室の灯りのスイッチを入れた。

「あれ…… やっぱり、停電なのかな」

「電気点かないの?」

「うん、廊下も点かなかったし、職員室も暗かった」

「ケンと一緒にここから外を見てたんだけどさ。ゾンビなんて一人もいないぜ。っていうか、歩いているひとすらいない」

 飯塚はお手上げ、とばかりに両手を広げた。

「学校って他に誰かいた?」

「いない」

 紗英と宮地がそろって首を振った。

「思うんだけどさ。もうそのゾンビの騒ぎは落ち着いたんじゃないの? 平気なんじゃね? だから、みんな家に帰ったんだよ」

 飯塚の様子から危機感というものが消え失せていた。

「そんなわけ……」

「俺、見てないから。ゾンビが『街中』を歩いているのなんか。見たのはケンと紗英とミヤジだけ」

 紗英が言った。

「私のお父さんも見たわ」

「もう時間がたったからさ、街に自衛隊とかが来てさ、大丈夫になったんだよ。その時の戦いでさ、停電になったかもしれないけど」

 宮地から飯塚を見る。飯塚の背後の窓には山々が見える。遠くの街も見える。灯りが一切なく、空の暗さにあわせてどんどんくすんでいく。

「ま、そういうことだから。お腹減ったから、家に帰るわ」

「ちょっと待てよ」

「だって、何か食べたくても、食べるとケンに何かあげなきゃいけないんだぜ。おかしな話だろ」

「けど、そとにはゾンビが」

「だから『そんなの知るかよ』ってことじゃん」

 飯塚は立ち上がって扉の方へ向かう。

「ゾンビがいたら、引き返してくるさ。じゃあな」

 紗英が引き留めようと手を伸ばしたが、扉がピシャリと閉められてしまった。

 宮地は、ゆっくりとケンの方を向いて何かを言いかけた瞬間、後ろから紗英が話し始めた。

「ケンがいけないのよ」

 ケンは窓の方から、紗英に向き直る。

「なんだよ、それ」

「ケンが何かと引き換えに駄菓子を渡す、とかいうからよ」

「悪いかよ。取って来た代償をもらうだけだ」

「だから……」

「そうか。紗英、いいこと思いついた」

「チューしろよ。俺とチューしたら、全員に一個ずつ、『よっちゃんイカ』を渡すよ。もう一回したらもう一個ずつ。おっぱい触らせてくれたら……」

 話している最中、宮地がケンの頬をひっぱたいた。

「いってぇ」

「この野郎!」

 絶対に勝てない、宮地はそう思っていたにもかかわらず、思った時には、ケンにとびかかっていた。

 ケンは、宮地を捕まえると、素早く体を捻って足を掛けた。宮地はあっけなく床に転がった。

「弱いくせに、喧嘩(けんか)をしかけてくるなんて」

 ケンがすばやく倒れた宮地の上に馬乗りになる。

 宮地が足を使ってケンをどけようとするが、ケンは宮地の足を察知してかわしてしまう。宮地が暴れてもケンはビクともしない。

「ほらっ!」

 ケンが握りこぶしを宮地の顔面に振り落とすマネをする。宮地は顔を背けて目をつぶる。

 ケンは同じことを二、三度やった後、

「ビビってやがる。ビビるなら、初めから逆らうなよ、あ?」

「ケン、もうやめて」

「突っかかって来たのはミヤジの方だぜ」

 紗英は離れた席の椅子に座った。

「チューしていいから」

「ほ、ほんとうかよ」

 ケンが体を緩めると、宮地が再びケンの頭に足を掛けようとする。

 ケンは初めから知っていたように、宮地の顔面に拳を落とす。

「ぐっ……」

 宮地は口の中が切れて、血の味を味わった。

「……本当に、チューするんだろうな」

 紗英の表情は曇っていたが、言った。

「ええ。こっちに来てちょうだい」

 紗英は座ったままだった。

 ケンが紗英の所に行って、肩に手を置くと紗英は手を払った。

「触らないで。触っていいって言って無いでしょ」

「あ、ああ……」

 ケンが姿勢を低くして、唇を突き出す。

「紗英、椅子に座ってないで、立ってくれないかな」

「いやよ。そんなのどうでもいいでしょ」

「わかったよ」

 近づいていく顔と顔。

「ちょっとまって、ケン。見られるの恥ずかしいから、目をつぶって」

「え~」

 そう言いながらも、ケンは目をつぶる。そして、再び唇を突き出して、紗英の方に近づけていく。

「あっ、見てる」

 確かに見えてなければ、唇と唇を近づけることは出来ない。正確に唇を近づけていくのは、薄目を開けているからに違いなかった。

「だってみえないじゃん」

「だめよ」

 紗英はハンカチを取り出した。そして、ケンの目を隠すように、ぐるっと回して後ろで結んだ。

「紗英、これじゃ見えないよ」

 紗英が倒れている宮地に向かって無言で手招きする。

「ほら、こっち……」

「目隠しとってもいい? これじゃ何にも見えないよ」

「大丈夫よ、顔に手を当てて、誘導してあげる」

「本当? このまま近づいてるの?」

「本当よ。ほら、あとちょっと」

 チュ…… 唇と唇がぶつかった感じ。頬に当てられていた手が今度急に押し返す。

 ケンは、やった! とばかりに慌てて目隠しを外す。

 目の前には、紗英が座っている。

「これで全員に一つずつ分けてくれるわね」

「うん。分ける分ける」

 ケンがビニール袋を取り出して、駄菓子を机にひとつづつ置いた。

 教室の端で、宮地が唇を拭っていた。

 気が付いたケンが宮地を見つめる。

「?」

「さっきのパンチで血が出たみたいだ」

 ケンは納得したように駄菓子の分配作業に戻る。宮地は内心笑っていた。本当はこの唇とキスしたんだぞ。ケンを誘導するために頬に触れた手も、宮地のものだった。

 そうとは知らず、駄菓子を一種類ずつ三人に分けてから、ケンが言った。

「ほら、ミヤジはこれ。紗英はこれ」

「ありがとう」

「ありがと」

 そう言って、三人は思い思いに駄菓子を食べ始めた。

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