18
宮地と紗英は、自分たちの教室と同じ階を端まで歩いた。端にある非常階段への扉のあたりで、外の様子を見た。
学校の塀の中には、ゾンビらしい影はなかった。学校の塀の外にもそれらしい影はない。
「ゾンビいないね。紗英のお父さんがやっつけたかな」
「……」
紗英が不安気な表情に変わるのを見て、宮地は失敗した、と思った。
「四年生はうちのクラスだけみたいだ。じゃ、下の階に行こう」
「うん」
二人は、すぐ近くの階段を下りた。下の階は五年生のクラスがある。
誰かいないか、と思いながら教室を見て回るが、声も姿も見えなかった。
さっきと反対側の端につくと、また二人は外を眺めた。
学校の塀の内にも外にも、ゾンビらしき影はなかった。
「教室には人が寄ってこない…… のかな」
「いくらなんでも、追い付かれていい頃…… よね」
宮地は紗英の言葉にうなずいた。宮地たちを追いかけていたゾンビは、足が遅いとはいえ、そろそろ学校の近くにきてもおかしくないほど時間がたっていた。ゾンビが正常な人を求めて動き回り、噛り付く、それが正しければ、宮地たちがいる学校に向かってくるはずだった。
「それとさ、四年も五年も、一人もいないってことあるかな?」
「校庭で遊んでいた人が学校に入ったって言ったわよね」
「二三年の教室行く?」
「さすがに二三年なら、教室で遊んでるかもよ」
高学年の教室の方が校庭には近い。低学年の教室へワザワザ戻るだろうか。宮地はそう思ったが、紗英の言う事に同意した。
「うん」
渡り廊下を通って、奥の校舎へ移動する。
その間も、誰の声も聞こえないし、姿も見かけない。さすがにおかしい。
「なんか変だよ、やっぱり」
宮地は少し小走りになっていた。
「誰もいない理由があるはずだよ。ちょっと急ごうよ」
「うん」
紗英も宮地の後を追って走った。
二年の教室も、上に上がって三年の教室にも誰もない。
一番下に下がって一年の教室も同じことだった。
「ぜったいヤバいって」
二人は二階に上がってから渡り廊下を走っていた。
「けど、何でいなくなってるの? ゾンビにやられたのなら、ゾンビになって動いているはずじゃないの」
「わからない。わからないけど、残るは職員室しかない。この時間ならまだ先生はいるはずだから、話を聞こう」
「うん」
廊下に二人の声だけが響いていた。
校舎の端にある、職員室に近づくが、まだ物音すら聞こえない。人気というものが一切伝わってこない。
「私こんな話を本で読んだことがある。学校ごと異空間に流されてしまうの。親とも他の友達とも会えないの。変な化け物が学校に入ってきて……」
紗英は自分で言って自分で怖くなったように、話すのをやめた。言ったことが現実になるような気がしたのかもしれない。
宮地は別のことに気が付いた。
「なんか暗いね。もう灯りをつけてもいい頃なのに」
そう言って、廊下の壁についている照明のスイッチに触れた。
「?」
廊下の照明はつかなかった。
二人はそのまま職員室の扉をノックした。
「先生。先生、入ります」
ガラッと音をたてて職員室の扉を開ける。机の端に、タンクトップ姿の教師が見えた。宮地たちの担任の『ザップ』だった。
「なんだ、お前ら。どうしたんだ」
宮地は『ザップ』に駆け寄っていた。
抱き付く寸前で、躊躇した。肌や体の動かし方、首に傷がないかとかを確認してから、抱き着いた。
「先生!」
「なんだ、ミヤジ、珍しいな」
「大丈夫だったんですね」
「何を言ってるんだ?」
「何を言ってるんだ、じゃないですよ。街中ゾンビであふれています」
「そういう遊びでもあるのか」
「先生……」
テレビかラジオのニュースでやるまでこの先生を納得させることは出来ないのだろうか。あるいはゾンビそのものをその目で確認してもらう、とか。
「本当なんです。ゾンビは青黒い肌をして、変な歩き方をします」
「?」
「噛みつかれて血を吸ってきます。そしたら、その人もゾンビになっちゃうんです」
宮地は身振り手振りを交えて必死に説明する。しかし一向に取り合ってくれない。
「先生忙しいから、作り話はその辺にしてくれ。そろそろ家に帰らないといけない時間だぞ」
そう言いながら『ザップ』は褐色の腕につけたダイバーウオッチで時間を見る。
「……」
駄目だ。味方は紗英のお父さんぐらいだ。本当にゾンビが動いている状況を見ない限り、大人はそれを認めない。その状況では、もう遅いと知らずに。
宮地は職員室を出る間際『ザップ』に振り返って言った。
「十分注意してくださいね」
「ああ……」
宮地のことを見もせずに『ザップ』はそう答えた。




